第207話 タルコット達との話し合い

 今日は金の日だ。けれど今タルコット達がこのスター商会に来てくれている。それは勿論スラムの今後のことについて話し合いをする為であった。


 先日のスラムでの件が有って、タルコットに話し合いをしたいとお願いしたところ、時間を調整してすぐに来てくれる事になった。最初の頃はスター商会に来るのもビクビクしていたタルコット達だが、今は来るのが楽しみのようであった。勿論友人であるリアムと会うのがその楽しみの一つなのだが、一番はスター商会の料理の様だった。


 領主邸の料理は勿論不味くはないそうだが、スター商会の料理は格別なようで、週一回の訪問が待ち遠しいそうなのだ、今週は二回も味わえると、とても喜んでいたので合った。


 さてタルコット達が来ているという事は、勿論メイナードとロゼッタも来ている。そして先日タルコットの第二夫人として結婚式を挙げたばかりのベアトリーチェも一緒だ。結婚したとはいえ、ベアトリーチェは相変わらず年齢よりも幼い容姿で、メイナードの姉で通る様子であった。そしてロゼッタとも仲がいいため、そちらとも姉妹の様に見えるので、タルコットとよりもロゼッタとの方が仲がいいようなベアトリーチェであった。領主一家の和気あいあいとした様子に、私まで心が温まるのであった。


 メイナードは挨拶を済ませると、いつものようにタッド達の所へと行ってしまった。すっかり仲良くなり大親友だ。学校に行ってもきっとここでの経験がメイナードの役に立つだろう。ブルージェ領の学校に通うのなら上級生にゼンが居ることになるし、下級生にはピートが居ることになる。不安な気持ちになることも無いだろうと安心できるのだった。

 そしてロゼッタとベアトリーチェも仲良く裁縫室へと行ってしまった。ミシンを前回初めて使ったベアトリーチェはその性能の良さに大興奮だったらしく、今日もとても楽しみにしていてくれた様だった。ブリアンナ達もお手伝いをしてくれる人が増えて助かる様だったし、領主夫人としてではなく友人として過ごせることが楽しくて仕方がない様だった。いい骨休めにスター商会がなっている様で友人の私としても嬉しい物だった。


 さて、早速スラムについての話し合いを始めることにする。先ずは団地となる公共住宅を建てたい話から始める。家賃は収入金額に応じて決めるようにして、出来るだけ困っている人を優先的に受け入れるようにして欲しい話もした。ひとり親家庭や、老人の一人暮らし、それから苦学生もだ。生活に困る人が一人でも減ってくれたら良いなと思うのであった。


「しかしそれですと、スラムの人間だけ特別扱いと言われないでしょうか?」


 イタロが心配そうに私に話しかけて来た。皆もうんうんと頷いているので、私は勘違いを正すことにした。


「勿論公共住宅を建てるのはスラムが有るエストリラの街ですが、住めるのはスラムの人間だけではありません。ブルージェ領の領民皆が入居できるのです」

「「領民皆が……」」


 私は頷き話を続けた。

 何も貧しいのはスラムの人間だけではない、ミリー親子は別の街に住んでいたが親子三人でギリギリの生活をしていた。母子家庭というのもあったが、流行り病があったせいでそう言った家庭は今も多くある。それにお年寄りが子を亡くして一人で住んでいる家もある。ラウラはパオロを助けたから二人暮らしだが、出会わなければ一人暮らしだっただろう。それも足が悪かった為に誰にも気が付かれずに弱っていった可能性だってあった。そういった事を出来るだけ無くしたいのだ。


 ここまで話すとタルコット達は目をキラキラと輝かせて私を見てきた、尊敬と言う物ではなく、何だか不安な物だった。その私の感は的中した。


「流石ララ様です。 ”聖女” の名にふさわしい行いです!」

「はっ?」


 タルコットは興奮した表情でそんな事を言ってきた。どうやら領主邸にまで不吉な噂が広がっている様だ。恐ろしくて変な汗が出てきた、でもそんな私の様子には目もくれずタルコットは話続けた。


「最近私も夜会に出るようになったので、スター商会の事を良く聞かれるのですが――」


 タルコットは以前は引きこもりの様な生活をしていたために、自領を見て回ることも、夜会に出席することも殆ど無かった様だ。でも最近は自分の味方を作るために夜会には出来るだけ顔を出している様だし、領内も見て回る様にしているようであった。ピエトロ達兵士が付いてきてくれるのも心強いようであった。

 その時必ず聞かれるのがスター商会との共同事業である、ビール工場の事の様だ。今既に作り始めているビールを夜会の手土産に持っていったりするのだが、大人気の様だった。すると話が飛ぶのがスター商会の会頭の話だ。領内で噂になっているような ”聖女” と言う名にふさわしい人物なのかと皆に聞かれるのだと、タルコットは何故か自慢げに話してくれた。


「聞いてくる皆に私は言うのです。スター商会の会頭は ”聖女” なんかじゃないと!」

「……タルコット! 流石です! 素晴らしいです!」


 タルコットは ”聖女伝説” を否定してくれている様だ。私は思わず感謝の意を伝えた。だが、笑顔で頷いたタルコットはもっと恐ろしい事を口にしたのだった。


「スター商会の会頭は ”聖女” ではなく ”女神” なのだと私は皆に言うのです。この未熟な私と不況のブルージェ領を救ってくださったのは、神から使わされた美しい ”女神” である、スター商会の会頭だと……私は皆に自慢しているのであります!」


 タルコットは胸を張り自慢げにそう言った。イタロまで何故かドヤ顔である。私は頭を抱えながらタルコットに最後の希望を持って問いかけた。出来るだけそんな嘘はつかないで欲しいからだ。


「あー、タルコット……因みにその ”女神” と言う話はどなたにされたのですか?」


 タルコットはふふふんと自慢げに笑った。私はその顔を見て悟った……これは悪夢だと。


「勿論! 夜会に出席していたブルージェ領全体の貴族です。あ、他領の貴族や、商人もおりました。皆、ララ様にいつかお会いして見たいと言っておりましたよ」


 私は心の中で 「ギャー!」 と悲鳴を上げた。


 タルコット……なんて事をしでかしてくれたのか……


 イライジャが何故か満足そうな表情でタルコットを見ていた。まるで 「良く噂を広めてくれた、感謝します」 とでも言っている様だ。もう私は恥ずかしくてブルージェ領を歩けないと言うのに……

 タルコット達もイライジャも何故かとても満足そうで余計に腹が立った。どうにかして噂が消えないかと考えてみたが、まったく良い考えが浮かばなかった。これは諦めるしか無いのだろうか……


 私が落ち込む様子にセオとルイは同情するような顔をしていたが、リアムはニヤニヤと嬉しそうだった。その顔を見ると腹パンチを入れたくなった。


「ララ、日頃の行いの結果だな。良かったなー」


 リアムがしたり顔でそんな事を言ってきた。お転婆な事をリアムは言っているのだが、他の皆は その通り! と満足に頷いている。本当に頭が痛くなってきた。今にも倒れそうだ。

 そんな私に気が付いた心優しいノアが、クッキーを食べ続けていた手を止めて話を変えてくれた。もう二度と ”聖女” とか ”女神” とかは聞きたくなかった。


「ララ、他にも話があるんでしょ? それを話したら」


 可愛いノアの笑顔にきゅんと癒された。本当に妹思いの優しい兄だ。私は深呼吸をして、壊れた心を整えると、スラムの話に戻った。優しいノアのお陰で何とか復帰できた気がした。リアムだけは後でお仕置きしてやる。


「先日出会ったスラムの子に、ゴミ集めの仕事をお願いしたのですが」

「ゴ、ゴミ集めですか?」


 驚くタルコットに頷き私は話を続けた。スラムのあるエストリラの街は悪臭が漂い。そこら中にゴミが落ちているからだ。それをスラムに住む人たちに集めてもらいお礼にある物を渡す予定でいた。それは簡易トイレだ。オマルの様な形で出したものが勝手に処理される。これをゴミを集めてくれた人たちにはスター商会の名で配ろうと思っていた。


「それは悪用されるんじゃねーのか?」


 リアムの問いに頷く。転売したり、人にゴミを集めさせて自分が集めたと言う物も居るだろう。だからそれが起きないようにトイレは契約で貸し出すことにしようと思っている。魔法で名前を張り付けてその人達しか使えなくするのだ。家族だったら全員の名前を登録すればいい。手間が掛からないように、契約用の魔紙を準備する予定でいる。字を書けない人の代わりはこちら側で書いてあげれば問題は無いだろう。

 ゴミ集めがめどが付いたら、今度は隣の街、カイスの様にスラム内に花々を植え綺麗にしていく予定だ。衛生的なことを考えても今のスラムでは病気が蔓延してしまうだろう。流行り病がまた広がってしまう可能性もある。そうならないためにも早急に改善が必要だと思ったのだ。


「簡易トイレを渡した後も、ゴミを集めて下さった方にはクッキーをプレゼントする予定でいます。スター商会の宣伝も兼ねたいので星型の型抜きクッキーになりますが、子供たちには喜んでもらえると思うのです」


 マルコの叔父であるブロバニク領の商人、ファウスト・ビアンキから以前貰った小麦が沢山余っている。今回の事に使わせて頂いて、ビアンキの事も宣伝しようと思っていた。こうすることで慈善活動に協力したいと言ってくる商家や貴族は増えるはずである。そうすればエストリラの街はスラムの街などと言われなくなるだろう。


 ポカンと口を開けて話を聞いていたタルコットに、協力が頼めるか聞いたところ 勿論です と言ってもらえた。領主の了承がもらえれば向かうところ敵なしである。


「それでララ様、私は何をすれば宜しいでしょうか?」


 不安げなタルコットに頷くと私はお願いをした。


「公共住宅を建てる土地を提供していただきたいのと、入居者の募集を掛けて住む方々の面接までして頂きたいですね。問題がある方には住んでもらいたくは無いので、しっかりと面談していただきたいです。勿論スター商会との共同事業ですので、リアムと一緒にです」


 リアムはノアとクッキーを食べ始めていたが、面接と聞いて咳き込み始めた。ビール工場の面接がやっと終わりそうなところに、今度は公共住宅の面接の仕事が入るのだ。また忙しくなるので驚いたのだろう。さっきのお返しだ、ざまあみろである。ニヤリ。


「ララ様! お任せください! 私が領主として必ず善良な領民のみを公共住宅に集めて見せます! リアム一緒に頑張ろうな!」


 やる気溢れたタルコットにバンッと背中を叩かれ、益々咳き込んでしまったリアムなのであった。頑張れー!

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