第208話 公共住宅の土地視察

 スター商会の慈善活動の日が来た。今日は領主であるタルコット達もお忍びで付いてきている。

 何故かというと、スラムに建設する公共住宅の土地を皆で見に行くためだ。なので当然スター商会の代表であるリアムも一緒だ。リアムはここの所とても仕事が忙しく、外に出る機会があまりない。スター商会の副会頭として夜会などに呼ばれることもあるのだが、厳選して必要な夜会しか出て居ないため、月に一、二度馬車で夜会の屋敷に向かう程度しか外に出てないのだ。

 後はひたすら仕事、仕事、仕事の毎日だ。勿論商業ギルドに行くこともあるが、それも面接や商品の登録の件で行くので仕事だ。プライベートも何もかも全て仕事で埋め尽くされているリアムであった。


 その為今日のお出掛けの事をリアムはとても楽しみにしていた。勿論そんなそぶりは見せない様にしているのは分かったが、何分素直な性格の男性なので、前日からウキウキしているのが目に見えて分かり、まるで遠足前の子供のようであった。ただし行くところはスラムであり、目的も仕事の関係なのだが、それでも外へ出れると言うのは、缶詰状態のリアムからすると天上に上るような気持ちみたいだった。

 私は仕事詰めのリアムが可愛そうになり、スラムの集合住宅を建て終わったら新商品を沢山作ってリアムを喜ばせてあげようと心に誓ったのた。勿論ノアも 僕も手伝うよ と言ってくれたので、二人で内緒で計画している所であった。


 カイスの街の端に着き、四台の馬車を止めた。今日はタルコットの護衛がピエトロだけではなく、他にピエトロの部下が3人付いてきていた。領主のお忍び視察の護衛と有って、緊張からか皆ピリピリした様子だった。

 大人数での大移動の為、街行人々がこちらを気にして見て居るのが分かった。タルコット達は大店の主の振りをしているが護衛がこれだけ付いているので、自然と目立っていて、幾ら変装しても意味が無いぐらいで有った。


 そしてリアムも今日はその辺に居る ”あんちゃん” 見たいな恰好をしている、リアムは慣れた装いなのか板についていて、全く大店の副会頭で、王都にある大商会の三男坊には見えなかった。ランスの方がよっぽどお金持ちの旦那様の様で狙われそうに思えた。ジュリアンにはランスを守ってもらった方がいいかもしれないとさえ思ったほどだった。


 という事で今日は、一台目の馬車に私、セオ、ノア、ルイ、メルキオール、ニールが乗り。二台目の馬車にリアム、ランス、ジュリアン、トミー、アーロが乗り。三台目の馬車にタルコット、イタロ、ピエトロ、ピエトロの部下三人が乗り。四台目の馬車にノーラン、オーランド、ペイトン、リッキー、ライリーが乗っている。

 店の守りは前回と同じでCランクの傭兵隊モンキー・ブランディのブランディ達が遊びに……ではなく、手伝いに来てくれていた。スター商会に来るのが楽しいらしく、来るメンバーを決めるのにジャンケン大会が開かれるほどで有ったそうだ。そしてこれからスラムに大人数で行くのは毎回の事になるので、仕事の依頼として依頼料を払う事にリアムが決めていた、その為尚更張り切るモンキー・ブランディのメンバー達なのだった。


 あとこれはニカノールから聞いた話なのだが、どうやらモンキー・ブランディの隊長のブランディがブランディーヌに気がある様であった。飲み友達として元々仲が良かったのだが、ブランディーヌの色香にすっかりブランディは骨抜きにされているのだとニカノールが嬉しそうに教えてくれた。二人が並ぶ姿を想像した私は、まさに ”美女と野獣” だなと思い。一人ほくそ笑んだのであった。


 カイスの街からは歩いてスラムが有るエストリラの街へと向かう、エストリラは治安が悪いためか馬車が通れるほど道が良くない部分が多い、道路はボロボロで大きな石などが置いてあったりもする。そして大きなゴミも散乱している為、とてもじゃないがすんなりとは馬車では通れないのだ。だが今日は以前よりも綺麗になっている気がした。私達が歩くであろう道にはゴミが落ちて居ない感じであった。これなら馬車でも通れただろうと感じるほどだ。もしかしたらラウラ達が何かやってくれたのかもしれないと嬉しくなった私だった。


 ただし、下水道というかトイレ自体が完備されていないスラムなので、匂いは相変わらずであった。慣れているスター商会側の護衛達は平然としていたが、タルコット達はしかめっ面になっていて、吐き出しそうになるのをグッと堪えているようにも見えた。

 そしてランス達も鼻を塞ぎたい様な顔をしていた。話は聞いていたがこれ程酷いとは思っていなかった様だ。初めての人達には辛そうであった。ただし、リアムだけは違った、慣れた様子で平気な顔でいるのだ。これはブルージェ領でランスが言う ”おいたをしていたころ” にスラムにも通っていたのだろうなと気が付いた。以前のリアムは無鉄砲でやんちゃで怖いもの知らずだった様だ。友人であり護衛だった友が亡くなり無気力になり、命知らずになっていたので、スラムにもわざと来ていたのかもしれない。そんな考えが浮かんだのだった。


 いつもの炊き出し場所へと着くと前回と同様に多くのスラムの人々が待っていた。何故か手には皆荷物を持って居る様だった。不思議な光景に首を傾げていると。私を呼ぶ可愛い声が聞こえてきた。


「ララおねーちゃーん!」


 それは前回の炊き出しで仲良くなったパオロだった。後ろにはすっかり歩けるようになったラウラも一緒にいた。パオロは私を見ると可愛い笑顔を浮かべて勢いよく走って来た。


 可愛い! 可愛い! とにかく可愛い!!


 抱き着いてきたパオロを私もぎゅうっと抱きしめた。パオロは私が増築したお風呂を使ってくれているのか、前回の様に汚れてはいなかった。服装も私が渡した魔法袋の中から出来るだけ地味で目立たない様な服を着ていた。勿論ラウラもだ。でも地味な服装でもパオロの持っている可愛らしさは隠しきれていない様で、とにかく笑顔に破壊力が有り、私が誘拐したくなるぐらいであった。


「パオロ、ラウラさん、お元気でしたか? 足はいかがですか?」


 ラウラも前回会った時よりも顔色も良く、歩くのも慣れたようであった。ニコニコと微笑むと私の手を取ってお礼を言ってくれた。パオロもその上に手を重ねて居てとても可愛かった。


「ララ、有難うね。あんたのお陰で歩くことが出来るようになったよ」

「いいえ、お役に立てて良かったです。それに勇気を出して炊き出しの場所に来た、パオロが頑張ったからですよ」

「本当にあんたって子は……」


 パオロは へへへっ と可愛い笑い声をあげ、ラウラは私の事を孫でも見るかのような目で見つめながら頭を撫でてくれた。優しい撫で方に少し恥ずかしくなり頬が熱くなるのを感じた。ちょっと手伝っただけなのにこんなに感謝されるとは思っていなかったので、嬉しかった。助けになれたのなら良かったなと思った。

 ラウラは私を撫で終わると満足げな顔を向けて、話し出した。この前の約束の件だった。


「約束通りゴミ集めをしたよ」

「ええっ! もうして下さったのですか?」


 ラウラは笑顔で頷き、パオロは ぼくもー と手を上げて自分も手伝ったのだとアピールした。


「それからスラムの奴らにも声を掛けたよ。ここで飯が食いたきゃゴミを集めて来いってね。今日は殆どの奴がゴミを集めて来ていると思うよ」

「ええっ!」


 並んでいるスラムの人達が手に持っているのは、どうやら集めてきたゴミだった様だ。本当は次回からゴミ集めを行ってもらおうと思っていたのだが、ラウラのお陰で予定よりも早くスラムの改善に着手出来そうだ。有難い。

 私は横で話を聞いていたリアム達にお願いをして、ゴミを持ってきてくれた人たちには簡易トイレを渡してもらうようにした。簡易トイレはもう既に魔法袋の中に沢山準備出来ているので、全く問題は無い。作るのもノアと二人で行えばあっという間だった、なので今日集まっている人たちに配るのは特に支障は無いのだった。


 そして集めたゴミだが、箱型のゴミ消却魔道具を作ってあるので、これにどんどんと入れて行って貰う予定でいた。どんなゴミも消えてなくなるので、分別する必要も無いのだ。魔法万歳である。


 炊き出しの準備も始め、ゴミ消却魔道具の設置もし、簡易トイレの登録兼お渡し場所も作れば、準備万端だ。タルコット達まで急遽手伝ってくれることになり。早速慈善活動を始めていった。

 スラムの人達はゴミを渡した後、簡易トイレが貰えると分かって、驚きながらも嬉しそうな表情を浮かべていた。やはり皆住んでいる場所が臭い事を気にしていたようだ。

 親子や夫婦共にゴミを集めて来てくれた人達には、お礼にクッキーも渡す。甘い高級菓子に皆顔をほころばせ喜んでいた。ごみを集めただけで魔道具やお菓子を貰えることに喜び、皆今後もゴミを集めると言って約束してくれたのだった。


 中にはこの話を聞きつけたのか怪しげな者も列に並んでいた。ゴミもスラムで拾ったのではなく、見るからに家の不用品を集めてきたのではないかと思うような人物だ。そういう人にはスラムの人達は容赦がない。何故なら問題が起きてスター商会が来なくなってしまったら自分達が困るからだ。


「おまえ、スラムのどこに住んでるんだ、見ない顔だな!」

「いや……俺は……端の方に来たばかりで……」

「はん、そんな上等な服着たやつがスラムの人間なはずないだろ、誰かこいつを知ってるやつはいないかい!」

「ひっ……ひぃぃ……」


 スラムの住民に睨まれ逃げ出そうとする男性を、待ち構えて居たようにメルキオール達護衛組が捕まえ、尋問をすると、大体がスター商会と商談を持ちたくても断られた評判の良くない店の者であった。どうやって聞きつけたのかは分からないが、炊き出しに来れば何かあると思っていたようだった。中には裏ギルドの人間では無いかと思われる人物もいた。ただし、転売目的とかではなく本当にスラムに住んでいそうな人だった為に、リアムも街の皆も見逃して居る様だった。裏ギルドの人間だってブルージェ領の領民である。悪い事をしないのなら、受け取る権利はあると私は思った。


 午前中は炊き出しとゴミの回収、そして簡易トイレの配布で終わってしまった。土地視察は午後からになりそうだ。私達も一旦休憩を取るために私が作ったテントを出すことにした。今日集まったスラムの人達にはほぼ簡易トイレを渡し終えることが出来た。また来週も行う予定だが、次回はトイレではなく殆どの人がお菓子を貰う事になるだろうなと思った。それぐらいスラムの人達皆が私達の炊き出しに感謝し、ゴミを集めて来てくれたのだ。ラウラとパオロのお陰だと感謝した。


 そんなラウラとパオロも誘いテントの中に入った。始めてテントに入る人達は外の見た目とはあまりにも中の広さが違う事に、口を開け呆然としていた。トミーとアーロは経験者なので気持ちが分かるのか、そんな人たちをダイニングテーブルへと引っ張って促していたのだった。


 こうして第一弾の簡易トイレ配布会は思わぬ形だったが無事に終わった。午後からの土地視察が楽しみな私であった。


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