第200話 ビール工場の面接とベルティのお守り

 リアムやタルコットが時間になり面接用の応接室へと行った後、私にはベルティからの長い長いお説教が待っていた。これも愛の鞭だと思い、私はうやうやしく愛を受け取った。

 その間のセオはベルティの言葉に相槌のように何度も頷き、私がもっと危機感を持つべきだと態度で訴えていた。ルイはどうしていいのか分からない様で、まるで自分も怒られているかの様に私と同じ様にしゅんとして大人しくしていた。ノアは幼くて甘えん坊で可愛いので、私がベルティに怒られているとは分からなかったのか、食べなくても平気なのに自分の魔法鞄から何故かおやつを出して食べていた。子供らしいノアの姿だけが、その時の私の癒しであった。


 ベルティが満足するほど私に注意し終わった後、フェルスが先程渡した滋養茶のウバイ茶を皆に出してくれた。流石滋養効果があるだけに、ウバイ茶を飲んだだけで、ダメージを受けた私の心はかなり元気になることが出来た。素晴らしいお茶を作った自分の事を少し褒めてあげたいと思ったのだった。


「このお茶は滋養茶なのに飲みやすいねー。さっぱりとしてて良いじゃないか」


 沢山喋って喉が渇いていたベルティは、カップのお茶を直ぐに飲み終わり、フェルスにおかわりを入れて貰っていた。気に入って貰えたようで私も大満足であった。

 折角のお茶タイムなので、ここで先日作ったばかりのブランディのモン・ブランを出すことにした。Cランクの傭兵隊モンキー・ブランディのリーダーである、ブランディをイメージして作ったイチゴ味のモンブランだ。可愛い見た目にベルティもフェルスも ほー とため息をついていた。


「随分また可愛らしい見た目のお菓子だねー」


 ベルティはそう言いながら一口モンブランを口にすると うーん! と唸っていい笑顔になった。お茶に引き続きこちらも気に入って頂けたようで、製作者としてはホッとした。スターベアー・ベーカリーでの売り上げも期待できそうだ。

 私はこのケーキはモンキー・ブランディのリーダー、ブランディをイメージして作った物だとベルティとフェルスに教えてあげた。二人共口に含んでいた物を ごくん といい音を立てて飲み込むと、ベルティは豪快に、フェルスは口元を押さえるようにして笑い出した。


「アハハハハ! ララ、あんたこのピンクで可愛いお菓子がブランディだって言うのかい?! こりゃまた面白い事を考える子だねー!」


 ベルティは私が驚くほど大笑いした後、目元を指で拭っていた。涙が出るほど可笑しかった様だ。フェルスも何とか笑いを納めていたが、その口元はひくひくと動いていたのだった。


「ブランディの奴は、この事を知っているのかい?」


 私が頷くとベルティはニッコリと優しい笑顔を見せてくれた。ブランディ達が抱えていた、見た目で怖がられてしまうという事をベルティも知っていたようだ。このモンブランで彼らの優しさがブルージェ領の領民たちにも分かってもらえたら良いなと私は思ったのだった。


「さてと、本題に入ろうかね、ララが今日来たのは私に渡したいものがあるんだったね?」


 私は頷くと魔法袋からベルティの為に作ったキーホルダーを渡した。


「これは何だい?」


 ベルティはキーホルダーを手に取ると不思議そうに見つめていた。フェルスも後ろから覗き込んで見ていたので、私は二人に詳しく話すことにした。


「これは賢獣キーホルダーです」

「……賢獣って、あんた……」


 ベルティは ”賢獣” と聞くと驚いて固まってしまった。手にはキーホルダーを持ったまま私を呆然といった表情で見ていた。話すより見せるのが一番だろうと思い、セオとルイに賢獣を呼び出して貰った。


 セオは蛇の魔獣モデストのモディを、ルイは大鷲型魔獣アギャーラのティモをそれぞれ呼び出すと、ベルティとフェルスはこれ程目が大きくなるのかという程見開き、口をパクパクとし出した。ベルティにしては珍しい姿に、思わずクスリと笑みがこぼれてしまった。


(これは、これは美しいマダム。我が名はモディ。聡明で優しき主の僕にございまする。どうぞよろしくお願い致しまする)

(僕はティモです。主を守るのが仕事です。よろしくお願いします)


 賢獣のモディとティモがベルティ達に挨拶をすると、二人は へっ? と言って変な声を出した。まさか喋るとは思っていなかった様だ。ティモは鳩ぐらいの大きさでまだ可愛いのだが、モディは随分と大きくなっていて、大蛇の子供? と言われても納得するぐらいに成長している。それも凶暴で有名な魔獣モデストの形なのだ。中身が好々爺だったとしても驚くのは無理が無いだろう。

 ベルティは胸を押さえ、深呼吸を何度か繰り返すと、やっと落ち着きを取り戻したようだった。ノアがその様子をニコニコして見ていた。美しい女性の驚く姿は、甘えん坊のノアには楽しい事の様だった。


「あんた……なんてもん作るんだよ……あたしの心臓を止める気かい?」


 ベルティは冗談にしては物騒なことを言いながら、冷えたからだを温めるかの様に、フェルスに入れて貰ったお茶のカップを、両手で支えながら飲み始めた。今日はベルティはお茶ばかり飲んでいるので、トイレが近くなるのではと心配になった私だった。


「あんたが今私にくれたこのキーホルダーも……この子達と同じ、賢獣なんだね?」


 私がニコニコとして頷くと、ベルティが大きなため息をついた。何故か後ろのフェルスまでもだ。似た者同士の二人に思わず笑みがこぼれてしまった。


 ベルティはまたため息をつくと、セオ達がやったようにキーホルダーに魔力を流した。するとそこから可愛いハリネズミが現れた。セオと相談して魔力量が少ない庶民のベルティでも大丈夫なように、小型の魔獣にしたのだ。魔獣は針鼠型魔獣のアーチンと言う名で、ベルティの髪と同じ様な白色の体をしていたのだった。


「……これは魔獣のアーチンかい? 白くて小さくて可愛いじゃないか」


 ベルティはキーホルダーの針鼠型魔獣のアーチンの事を気に入ったようで、手に乗せ、ジックリ見ていた。フェルスも興味深々な表情で後ろから覗き込んでいた。私はベルティに名前を付けて欲しいととお願いをした。


「……名前かい……そうだね……ベンジャミン……ベンジャミンにするよ。あんたの名前はベンジャミンだよ。今日からよろしく頼むね」

(我が主、美しき人、我が名はベンジャミン、お側にてお支えする事をここに誓います)

「フフフ、可愛いねー。ずっと見ていたいぐらいだよ。ララ、有難うね、大切にするよ」


 ベルティはそう言って微笑んでくれた。ベンジャミンとはどうやら亡くなった旦那さんの名の様だった。今でも旦那様の事を愛しているんだなと、結婚できなさそうな私はちょっとだけ羨ましくなったのだった。

 それからベルティにベンジャミンの針は毒針で、敵を眠らせることが出来るのだと教えた。ベルティに危険な事が起きれば、ベンジャミンは体の針で攻撃するのだ、良いボディーガードになることだろう。勿論普段は針に触っても何の問題も無い。そう伝えたのにベルティは何故か顔色が悪くなり頭を抱えてしまった。そして小さな声で リアムの苦労が分かるよ…… と呟いたのだった。


 ギルド長の応接室を自由に使っていて良いと私達に言い残して、ベルティ達は執務室へと戻っていった。お昼はここで一緒に取る予定だ。まだ少し時間があるのでリアム達の面接の様子を見に行くことにした。セオが ベルティに注意されたのに全く反省してない…… と何やら呟いていたが、ノアとワクワクしながら部屋を出た。セオとルイはため息をつきながらも渋々付いてきた。

 面接は商業ギルドの一番広い応接室で開催されていた。向かう途中の廊下から、人、人、人で溢れかえっていた。応接室の扉は開いていて、商業ギルドの受付の女性ガイアとグレタが手伝ってくれていた。受験者には番号が渡されていて、流れ作業の様に呼び出されては面接官の所へと向かっていた。

 面接官はタルコット、イタロ、リアム、ランスの四人だ、ジュリアンやジョン、ピエトロ達は後ろに控えていた。間もなくお昼だというのに、これだけの人が集まっていたらお昼休憩など取れないのではないかと、不安になるぐらいで有った。勿論時間になれば、一旦休憩を挟むのだが、落ち着いては食べられないだろうなと少し気の毒になった。


 ガイアが少し手が空いていたので何故こんなにも人で溢れているのか聞いてみることにした。甘えん坊のノアはガイアの所へ行くとすぐに手を繋いでいた。ガイアも可愛いノアに甘えられて嬉しそうに微笑んでいたのだった。


「ガイア、何故こんなに混み合っているのですか? 予約制では無いのですか?」


 私の質問にガイアは苦笑いを浮かべて答えてくれた。

 どうやら初回は予約をして面接をしていたようだ。だが、申し込みが余りにも多くなってしまった為に捌き切れず、二回目以降はこちら側が日にち指定して、その日に面接に来てもらっている様だ。なので受験者は皆手に履歴書を持っており、字の書けない物はガイアとグレタが代わりに書いてあげて居る様だった。早い者勝ちでは無いのに、合格するために出来るだけ早く面接を受けようと多くの人が集まっているようだった。

 その上最初の面接で落ちたものもまた受験に来ているようで、どうしてもビール工場に勤めたいと思っている者が沢山いる様であった。


「じゃあ、私もお手伝いします。字が書けない人の代わりに履歴書を書きますね」

「ララ……」

「勿論セオもノアもルイも手伝ってくれるでしょ?」


 三人は顔を見合わせると大きなため息をまたついた。まさかノアまで真似するとは思っていなかったので驚いてしまった。


「はー……僕は女の子限定なら書いても良いよ」


 お母様好きのノアは女性の物なら手伝っても良いと了承してくれた。私はセオとルイの顔をジッと見つめた。二人は顔を見合わせるとまたまたため息をつき、仕方が無いと言って了承してくれた。これでガイアとグレタも少しは楽になるだろう。


 ガイアが長テーブルを用意してくれて、私とノアが女性、ルイとセオが男性の担当をして履歴書を書いてあげることとなった。かなり多くの者が字が書けなかった様で、直ぐに列は長い物になった。中には字が汚いから書き直して貰いたいという者や、自分の生まれ年や年齢も分からない様な者まで居た、そう言う人にはそっと鑑定を掛けて教えてあげたのだが、ブルージェ領でもっと字識率を上げなければならないなとひっそりとそう思った私であった。


 この後お昼休憩のチャイムが鳴るまで頑張り続けた私達だったのだが、この事を知ったベルティに注意したことが全然生かされてないと言われてしまい、またお昼を食べながらお説教を受ける羽目になるのだが、頑張って仕事をしたのにも拘らず、誰も私を助けてはくれなかったのであった。


 酷い……酷すぎる……





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