第201話 武器購入

 ビール工場の面接を終えての帰り道。私は今度はリアムのお説教を聞きながら帰ることとなった。行きは別の馬車に乗っていたリアムだったのだが、帰りは自分だけ私達の馬車へと乗り込んできた。ジュリアンが自分もと言いかけていたが、リアムに領主殿を守ってくれと言われ、渋々別の馬車に乗ることを了承していた。ジュリアンの複雑な表情を見てランスも苦笑いだった。


 なので、お説教中の私を助けてくれる者はおらず、只々リアムのお怒りが鎮まるを祈るしかなかったのだった。でも、リアムのお説教はベルティのとは違って慣れているので、リアムはお菓子ばっかり食べてるのに肌がきれいだなーとか、ちょっと疲れている所がまた色っぽいなーとか、スター商会の香水でいい香りがするなーなんてことを考えながら、相槌だけは打っていたのであった。私はリアムのお説教回避のレベルがかなり上がっている様だ。流石ディープウッズの娘である。やればできる子なのだ。


「いいか、ララ! とにかく勝手な行動はするな! お前は狙われてるんだ! 良いな!」


 リアムの締めの言葉を聞きながら私は はい! と良い返事をして見せた。なのに何故か大きなため息をつかれてしまい、セオやルイも困ったような表情を浮かべていたのだった。

 そして私はリアムのお怒りが収まったところで、以前からの疑問をぶつけた。


「ねー、リアム」

「……なんだ?」

「触ってもいい?」

「はっ?! はぁあっ?! お前何言ってんだ?!」

「リアムに触りたいの」

「はぁあ?!」


 実はずっと気になっている事が有った。リアムの下っ腹だ。甘味王リアムは甘い物に目が無い。さっきもおやつに出した ブランディのモン・ブラン をリアムだけ二個も食べていた。勿論剣の稽古も朝仕事前に毎日しているのだが、それにしてもデスクワークが多く、今日の様に一日中座りっぱなしの仕事が殆どだ。勿論頭を使う仕事なので、甘いものが欲しくなるのは分かるのだが、他の皆よりも食べ過ぎている様に思えてならない。その為、見た目はスレンダーでモデルの様なリアムだが、実は下っ腹が出始めているのではないかと少し気になっていたのだった。スター商会の従業員の健康を管理する私としては、副会頭であるリアムのお腹が出るなんて許せない事なのだ。ましてリアムはイケメンだ。それでお腹がポッコリ出て居るなんて……美意識的に許せれる物では無いだろう。


 私がリアムの下っ腹の方をジッと見つめ、触らせて欲しいとお願いしたところ、リアムは真っ赤になり慌てだしてしまった。これによりリアムのお腹ポッコリ疑惑は私の中で益々大きくなるのだが、商業ギルドからスター商会へはあっと言う間についてしまうので、結局触らせて貰う事は叶わなかった。かぼちゃの馬車から降りるときには、セオとルイはリアムのお腹の事を知っているからか、気の毒そうにリアムを見つめ、ノアは何故か毛虫でも見るような目でリアムを見ていた。きっと甘いものを食べ過ぎだと思ったのだろう。ノンシュガーのお菓子を早めに発明しなければと思った私なのであった。



 それから数日後のある日。傭兵の面接で出会った。Aランクの傭兵隊 ”羊の涙 ” の面々がスター商会へとやってくることになった。これは面接時に傭兵隊の実力を見るために行った試合で、ジュリアンと戦った黄色い髪色の隊員さんに、試合中に折れてしまった剣の代わりに、スター商会(私が作った)の剣を渡したので、その使った感想を言いに来てくれたのだ。そして他の隊員の方もスター商会で剣や防具などを購入したいという事で、本日商談件報告会に来てくれることになっていたのだった。彼らにも美味しい料理を振る舞おうと、私は準備万端なのであった。


 一階の応接室で傭兵隊 ”羊の涙 ” の皆さんが来るのを準備して待った。ノアはあまり興味が無い様で今回も裁縫室へと行っていた。可愛い(女の子)子なら会いたいけど、おじさんはねー と言って居たのでノアも私と一緒で子供好きの様だ。ノアの護衛として動いているルイは、Aランクの傭兵隊に会ってみたかった様で、少し残念そうにしていた。なので 商談が終わった後の食事会には呼ぶからノアの事をよろしくね とお願いすると、やっと元気になってくれたのだった。男の子と言うのは強い者に憧れを抱く様だ。可愛い物である。


 暫くすると時間通りに傭兵隊 ”羊の涙 ” はやって来た。案内してくれた子熊のマスコットのアリーの事を興味深げに見ながら部屋へと入ってくると、会頭である私にすぐに挨拶をしてくれた。


「会頭、ご無沙汰しております。傭兵隊 ”羊の涙 ” 隊長のイゴール・イワノフです。こちらが隊員のミカイルとセルゲイです。本日は宜しくお願い致します」


 やはり ”羊の涙 ” は傭兵というよりは、お城の兵士のようであった。今日もきちんと身だしなみを整えており、髪の毛もビシッと決めていた。流石はAランクの傭兵隊といったところだろうか。ジュリアンと戦った黄色い髪の隊員さんはミカイルと言う名だった。私が渡した剣を腰に帯びており、少し触って 大事にしてますよ とアピールするとウインクを向けてくれた。爽やかなその様子にまた感心したのだった。


「ようこそおいでくださいました。スター商会の会頭、ララ・ディープウッズです。お渡しした剣を使って頂けている様で嬉しいです」

「「「はっ?! ディ?」」」


 三人は変な声を出しながらも私が差し出した手を取り握手に答えてくれた。その後副会頭と名乗ったリアムに対しては、口を半開きのまま無意識で動いているようで、はー とか へー とか言いながら握手をしていた。動きも操り人形の様になってしまい、面接のときとは別人のようであった。


「あー……皆さん……大丈夫ですか?」


 リアムが心配そうに声を掛けると、羊の涙の皆はやっと動き出した。まだ商談も始まっていないのに顔色も悪く、疲れ切っている表情だった。ここに来て私は面接のときにリアムが私が会頭だとは彼らに伝えていたが、ディープウッズの娘だとは言って居なかったことを思い出した。騎士を職業にしている人たちならば、大なり小なり有名な騎士であるお父様には思い入れがあるだろう。彼らが驚くのも無理が無いなと納得したのであった。


「剣の使い心地はいかがだったでしょうか?」


 私が話しかけると ハッ と言ってビシッと三人とも姿勢を正した。王族でも目の前にした兵士の様だ。お父様の名に緊張しているのは分かるが、この場では止めて貰いたい物である。スター商会側のメンバーは皆苦笑いになっていた。


「頂いたこの剣はまるで自分の為に作られたように手になじみ、扱いやすく、切れ味も抜群でございました!」


 黄色い髪のミカイルが私達の顔ではなく、少し高い位置を見つめながら大きな声でそう言った。これだけ近くにいるので普通の音量の声で良いのだが、緊張からか大声になっていた。ノアが居たら耳を塞いで居そうだと思った。

 私が渡した剣はミカイルの身長を見てある程度の判断をして選んで渡したものだ、ただ本人の好みなどもあるので、手にしっくりあったのなら良かったとホッとした。


「なら安心いたしました。ブルーアイアンに挑戦した中で一番よく出来た物だったのです。気に入って頂けて私も嬉しです」

「「「ブ、ブ、ブルーアイアン?!」」」

「そうなのです。セオの……あ、ここに居ます私の護衛ですが、彼の様な作品はまだ私には難しかったのですが、やっと満足できる物が出来たのですよ。ですから使って頂けて本当に嬉しいです」

 

 私は彼らが剣の良さに驚いていると思ったのだが、どうやらホイッと気軽に渡した剣が、高価なブルーアイアンで作られていたことを今知って、驚いて居る様だった。そんな事とは気が付かない私は話を続けた。


「カエサル・フェルッチョ様にはセオが作った剣を購入していただいたのですが、皆様もそちらのがよろしいですか? あ、レッドアイアンで作った物もありますよ、それに勿論ブラックアイアンの――」

「ララ、ララ、ちょっと待てって」


 私は説明をしながら魔法袋から剣を出してテーブルに並べていたのだが、リアムの声でパッと顔を上げて見ると、羊の涙の三人は鳩が豆鉄砲を食らったような顔してテーブルの上の剣を見つめていた。意味が分からず、リアムの方へと顔を向けると、私にそっと説明をしてくれた。


 どうやら普通の傭兵では魔鉱石を使った剣など中々持てないようだ。特にブルーアイアンは価値が高いため、大物貴族や、王族などが持つような高価な物らしい。マクシミリアン・ミュラーは武器商人として有名だからこそ私とセオが作った武器を購入できたが、普通の店では難しい様だ。

 そしてカエサルの名にも驚いているようであった。有名な英雄である、それも当然だろう。そんなカエサルと同等の剣を使っていたことにも驚いて居る様だった。


 でも本来武器とは騎士が持ち、自分や仲間を守るために使う物である。高すぎて彼らが持てないのでは意味が無いなと私は思った。そこで考えた、どうすれば彼らが気軽に丈夫な剣を使うことができるかをだ。そしていつものように妙案が浮かんだ。流石私天才! かも。


「そうです! スター商会と契約した兵士や傭兵の方達には武器を【レンタル】いたしましょう!」

「はあ? なんだそれ?!」


 私は自分の良い考えにうんうんと頷きながら良い笑顔を驚くリアム達に顔を向けた。羊の涙の三人は商売の話だったからか、興味が無いのか目をつぶり、聞こえない様なそぶりを見せていた。商会側の話し合いを聞いてはいけないと思ったのかも知れない。やはりAランクの傭兵隊だ、こんなところまで紳士であった。

 私は閃いた考えの素晴らしさに一人納得しながら話を続けた。


「そうですよ、そうです! そうすれば、領主邸の騎士たちにも良い武器を貸し出すことが出来ますし、タルコット達の防御にもなります。それにモン・ブランさん達にも安くいい武器を貸し出せる。気に入ったら買取も大丈夫なようにして、使っていて途中で壊れてしまったとしても、私とセオで、あ! ノアもだ! 三人で【リサイクル】しちゃえばいいですもんね! そうですね……1ヶ月1ブレとかで――」

「待て待て待て待て! ララ、落ち着け! 話は聞くから、とにかく落ち着いてくれ!」


 リアムの言葉に周りを見回してみれば、ランスは真っ青になっており、今にも倒れそうでジョンが支えていた。ジュリアンは我関せずなのか護衛対象ではなく窓の方を見ており、羊の涙の三人は相変わらず目をつぶったままで、勿論セオはいつものようにクスクス笑いをしていたのだった。


「あー……つまり……ララが言いたいのは……スター商会で武器を貸し出す事を始めたいって事だな?」

 

 リアムの言葉に大きく頷くと、ランスは遂に ああ…… と言って頭を抱えてしまった。感動したのかもしれない。リアムは担当を誰にするか考えているのか、額をグーで叩いていて、ペシペシと良い音がする。きっと儲け話ににんまりとしたいのを痛みを与えて我慢しているのだろう。リアムの口元は引きつっていた。こんなに喜んでもらえるなら、もっと早くに提案するべきだったと悔やまれてならない。まあ、増店などがあった為にバタバタしていたので、そこまで考えが至らなかったのだが……


「フフフ、後でノアにも相談しなくちゃ!」


 といった途端、リアム達が声を揃えて やめてくれ!! (下さい!!) と大声で言ったので、びっくりしてしまった私なのであった。可愛いノアには武器は作って欲しくないようだ。残念である。

 


 

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