第198話 第二夫人

 今日は太陽の日である。タルコット達、領主一家がスター商会に来る日でもあった。

 ビール工場の建設を終えて、商業ギルドでの面接はすでに始まっていた。タルコット達とリアム達が商業ギルドへ赴き、既に30名ほどの従業員を雇う事が出来ていた。勿論中にはスラム出身者もいる。私は人目に着くと危ないという理由で面接時はいつもお留守番だ。


 面接に合格して採用となったビール工場の従業員達は、ビルやカイ、そしてジェロニモの指導を受けながらビールの製作に取り組んでいた。今年は初めての製造の年なので、ブルージェ領内で販売する分だけを目標に作る予定なのだが、来年からは本格的に他領や他国へと出荷する予定であった。

 その為従業員を増やすべく今日も商業ギルドへと面接をしに行くのだが、今日のタルコット達領主一家には私達が知らない人物が一緒に付いてきていたのであった。


「ララ様、ノア様、リアム殿、この者は私タルコットが第二夫人のベアトリーチェでございます。どうか宜しくお願い致します」

「ベアトリーチェ・ブルージェでございます……どうか宜しくお願い致します……」


 タルコットの第二夫人と紹介された女性は、少女と言った方が良いほど幼い顔つきで有った。オークル色の髪色に少したれ気味の緑色の瞳、丸顔でおっとりとした様子がその幼さを際立たせているように見えた。セオとルイと身長があまり変わらない事から、二人と同い年と言っても可笑しくない様子であった。


「来週に結婚式がありますので、その前に皆様に紹介をと思い連れて参りました」


 タルコット……犯罪ギリギリじゃないの……?


 前世の記憶がある私からするとタルコットが10歳近く歳の離れた女性と結婚するのには、どうしても違和感があった。これが10年後ならなんの問題も無いのだろうが、ベアトリーチェは16歳になったばかりなのだそうだが、12、3歳ぐらいに見える為に、思わずタルコットの事をギロリと睨んでしまったのだった。


「ララ様……これは私が望んだ事なのです、ご心配ありません」


 私の表情を見てロゼッタが声を掛けてきた。きっと怒っている様に見えたのだろう。ロゼッタもベアトリーチェも心配そうに私を見ていたのだった。

 ロゼッタの話では、ベアトリーチェとタルコットはまだ婚約に近い関係の様だ。第二夫人のため大掛かりな結婚式などはしないらしい。領主邸で親族のみを集めて式をとり行うとの事であった。

 ベアトリーチェはロゼッタの親戚筋の子らしく、第二夫人でも大抜擢に近い事の様だ。貴族間の事は分からないがベアトリーチェとロゼッタが納得しているのなら、私には異論は無いのであった。


「その婚約式に、タルコットの叔父上は出席するのか?」


 リアムの問いにタルコットは渋い顔で首を横に振った。ブライアン達はあれから引きこもりのままらしい。家督も息子であるデルリアンに引き継いだそうだ。隠居した者を追求するのも物的証拠や現行犯でも無い限りなかなか難しい様であった。

 それに税収入などの誤魔化しをして私益を増やしていた者達も決して口を割る事をせずに、黙秘しているのだとタルコットは話してくれた。ブライアンの指示で動いていたとは誰も言わないらしい。


「……私の実家はブライアン様に目を付けられていたのでございます……」


 大人しく座っていたベアトリーチェが緊張した様子で話してくれた。知らない人達ばかりの前で、こんな幼い少女が話をするのは勇気がいるだろう。私はベアトリーチェの頑張りに好感が持てたのであった。


 ベアトリーチェの話では、領主邸の会計職に就いていたベアトリーチェの父親は、ブライアンから何度か圧をかけられ、自分の仲間になる様にと言われていた様だ。ベアトリーチェの父親が何度も断り、それが無理だと分かったブライアンはまったく関係ない部署にベアトリーチェの父親を飛ばしてしまった様であった。

 その事に領主の仕事を勉強する様になったタルコットは気が付き、ベアトリーチェの父親を元の職に戻すと共に、ブルージェ領の経営の事などを教わったのだと教えてくれた。

 そして今回の結婚である。タルコットには信頼出来る仲間も増え、第一夫人のロゼッタも親戚筋の娘だった事から文句もなく、皆の希望が叶った結婚となったのだった。


「ベアトリーチェさんの結婚式のドレスは私が作りたかったです……」


 私がそう呟くと、ロゼッタとベアトリーチェが顔を見合わせて笑った。仲の良い姉妹の様で好感が持てた。きっと領主邸でもこのような様子なのだろう。


「ララ様、有難うございます。ですが結婚式で用意したベアトリーチェのドレスはスター商会の物なのですよ」

「そうなのですか?!」


 驚く私を見て、ロゼッタとベアトリーチェが可愛く笑った。その姿が美しくてキュンとなる。自分の娘でも見ている様だ。とっても可愛い。


「マイラさんとブリアンナさんにベアトリーチェの実家に行って頂いたのですわ。コッポラ家からの依頼と言えば分かるでしょうか?」


 ランスが頷いているので確かに依頼は有ったようだが、名前を聞いただけでそれが分かるランスを密かに凄いと思った私なのであった。


 その後は今日の予定などを話し合った。メイナードはいつものようにタッド達と合流して勉強や店の手伝いをしてくれるようだ。メイナードもベアトリーチェの事が好きなようで隣に並ぶ姿は姉と弟のようであった。タルコットと夫婦というよりはそちらの方がしっくりくる感じであった。

 ロゼッタとベアトリーチェは裁縫室に行き裁縫の仕事を手伝ってくれるそうだ。一緒に来ていたドナやハンナ、それにベアトリーチェ付きのメイドと思われる人物も一緒に行くとの事であった。ベアトリーチェはスター商会に来ることをとても楽しみにしていてくれたようで、領主邸で出るスター商会のお菓子に夢中なのだと教えてくれた。

 それに裁縫も貴族の子女らしく得意なようで、ミシン魔道具を使うのが楽しみだと教えてくれた。


「でも何よりも、ララ様にお会いして見たかったのです……」

「私にですか?」

「はい。メイナード様から妖精のように可愛らしくて、とてもお優しい素敵な方だと教えて頂いていましたので、今日会えるのを心待ちにしていたのです。お噂以上に素敵な方で、メイナード様が夢中になられるのも頷けましたわ」


 ベアトリーチェがそう言うとメイナードは真っ赤になってしまった。私の事を大げさに言い過ぎたと思ったのかもしれない。流石に妖精の様とは大げさである。せめて銀蜘蛛の様だ位にしていて欲しかった。それでもココの可愛さと比べると私など劣るのだが。でもメイナードの友人を思う気持ちは十分に伝わって来た有難い。

 メイナードは私の送った絵もベアトリーチェに見せて居たようで、ディープウッズの森の美しさに感動したと言ってくれた。二人の仲の良さにほっこりした気持ちになった私であった。


「ねぇ、僕は? 僕の事はどう思ってるの?」


 甘えん坊ノアがベアトリーチェが私の事を褒めるので焼きもちを焼いたようだ。気が付くとロゼッタとベアトリーチェの間に座りに行って居た。二人から褒めて貰いたい様で可愛い笑顔で二人の事を覗き込んでいた。セオとルイは苦笑いだ。幼いノアの行動に兄貴分として少し恥ずかしかった様だった。

 ロゼッタとベアトリーチェは二人してノアの頭を撫でながら褒めてくれた。頭が良くて美しくて強いとメイナードが言っていたと褒めると大満足だったのか、すっかり二人に懐いた様で、ベアトリーチェに抱き着いていたのだった。可愛いノアである。


「ではそろそろ商業ギルドへ向かいましょうか」


 リアムの言葉に皆が立ち上がった。今日も商業ギルドでビール工場の従業員募集の面接を行うので、これからリアム達とタルコット達が向かう、今回は私もベルティと話があるので、私とノア、セオ、ルイも一緒に商業ギルドへと向かうのだ。

 大勢の移動の為、かぼちゃの馬車二台で移動となる。現在かぼちゃの馬車は私所有分とスター商会所有分、そしてアダルヘルム所有で三台ある。魔力量が必要となるので、庶民では大きくするのは難しい物だ。リアムなら何とかなるだろうが、今回は私とセオの魔力で馬車を立ち上げた。

 白い馬と、紺色の馬の美しい姿に皆から おお! と声が上がった。

 ただ、アダルヘルムの魔力を流した時の馬はもっと体つきが立派で、美しさも格別だ。それを知っているだけに、歓喜の声が上がっても今一喜べない私であった。ユルデンブルク騎士学校の受験の時に倍の速さで王都に着いたのもアダルヘルムの魔力あっての事だと私は思っていた。まだまだ修行が足りない私なのであった。


 馬車は、リアム、ランス、ジョン、ジュリアン、タルコット、タルコットの補佐のイタロ、タルコットの護衛タピエトロが白色の馬のかぼちゃの馬車に乗り、私、セオ、ノア、ルイが紺色の馬のかぼちゃの馬車に乗った。あちらは大人だらけでぎゅうぎゅうだが、こちらは子供四人なので余裕のある広さだ。勿論魔法で中の広さをいじってあるので10人ぐらいは楽に乗れるのだが、気持ちの問題だろうか、ノアは絶対に向こうの馬車には乗りたくないなぁと呟いていた。確かに甘えん坊のノアからすると男性ばかりの馬車は嫌だろうなと納得したのであった。


「第二夫人ってもっとギスギスしてるのかと思ったけど、タルコット達は仲良しだったね」


 私の言葉に皆が頷く。リアムの家は母親が愛人だったが、リアムの父親の奥様はその事を良く思っていなかった様だ。この世界では、愛人も第二、第三夫人も別に問題のない事だが、もっとお互いに牽制しあっているのかと思っていたが、そうではない様だ。勿論人が変われば考えも違うだろし、比べようは無いのだが、ロゼッタとベアトリーチェが仲良くしている所を見てホッとしたのは確かだった。

 勿論、タルコットも旦那として二人にキチンと接しているからこそだとは思うのだが、自分の蘭子時代の事を思うと果たして旦那の愛人にあんな風に優しく接する事が出来ただろうかと考えると、愛していない旦那だったとはいえ、余り自信の無い私であった。


「ララ様はさー、第二、第三夫を持ってもおかしく無いよなー」


 私が結婚相手も見つからない様なお転婆少女だとはよく分かっていないルイが、そんな事を言いだした。事情を知るセオとノアはギロリとルイを睨んだ。勿論その事にルイはまったく気が付いては居ない。


「ルイ……私は結婚相手が見つかるか分からないのよー……オルガとアリナが心配するぐらいなんだから」

「えっ? そうなのか? えっ? だってリアム様は?」

「残念ながら、リアムにはとっくに断られてます」

「はあ?! 何それ、おかしいだろ! だってさーー」


 ルイの言葉はそこで遮られた。何故ならノアがリアムに振られた私を傷つけない為に、ルイに威圧を使ってニッコリと微笑んだからだ。セオの笑顔も凄く怖かった。私はリアムに結婚を断られた事など、まったく気にしてなど居ないのだが、妹思いの二人には触れさせたくはない話だった様だ。


 私に第二、第三夫など、夢のまた夢である。この先、旦那様だって見つかるかどうかも分からないのだから……


 私が大きな大きなため息をついた時、商業ギルドに到着したのだった。



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