第197話 ポーションと商談
ブランディ達とはその後も話し合いが続いた。使用した商品の事を聞いた後は、スター商会で今後ポーションや薬の販売を行う事を伝えた。薬師ギルドとの兼ね合いがあるが、私的にはなるべく安く販売をしていきたいと思っている。傭兵隊であるモンキー・ブランディの皆は仕事上ポーションや薬を使う機会が多いだろう、そう言う人にこそ使って欲しいと思っているからであった。
「それで……じょ、ララ様はポーションをいくらで販売するんだい?」
ブランディの言葉にうーんと私は考えた。この世界の薬師ギルドで販売しているポーションの値段を、そういえば私はまったく知らなかった事に気が付いた。スター商会のポーションはほぼディープウッズの森で採れる薬草を使っている。それも研究所には温室も作ったので、森まで行く必要もなく薬草が手に入る。瓶などは私が手作りをしたのだが、魔道具を作ったので今後はビルやカイが作ってくれるだろう。その作業もあっと言う間なのである。そうでなければあの人数では研究所は回らない。出来るところは簡単に回せるように魔道具を作ってあるのだ。新化粧品などの製作もあるマルコ達やジュール達は、午前は薬類、午後は化粧品類といったように分けて仕事をしている。それを考えると流石に1ブレとは言い出しにくい。私も少しは常識人になれたなと嬉しくなるのだった。
「そうですね……10ブレでしょうか?」
ブランディ達は値段を聞くと口を開けて固まってしまった。やはりちょっと高すぎた様だ。それもそうだろう、ほぼ人件費以外はただなのである。ぼったくりも良いところだろう。けれど研究員たちの事を考えると、これぐらいの値段にはしてあげたいなと思う私であった。
うーん……5ブレぐらいが妥当なのかな……
そんな事を考えながらリアム達の方を見ると頭を抱えていたので、どうやら私の値段設定がダメだった様だ。やはり薬師ギルドの売っているポーションの値段を調べておくべきだったと反省をした。
仕方なく私はまだ呆けて固まっているブランディ達に、恐る恐る話しかけてみた。
「あー……高過ぎでダメでしょうか?」
ブランディ達は私が心配げに顔を覗き込むと、ブンブンと勢いよく首を振った。冒険者風の厳ついおじさん達がやっても何だかその様子はとても可愛かった。私の横ではセオがまたクスリと笑っていた。三人の動きが面白かったようだ。リアム達はダメ出しなのか、ため息を溢していた。
ブランディはなんとか深呼吸をするとやっと声を出した。
「あのポーションを10ブレだと……じょ、いや、ララ様……あんた本気か?」
「やっぱりダメですか……5ブレなら大丈夫ですか?」
モンキー・ブランディの三人は 「ひっ」 と揃って声を出した。恐ろしい物でも見たかのようだ。それぐらいあり得ない金額のようだった。
でも確か薬師ギルドの薬は高くて庶民では手に入れられないと聞いたはずである。ポーションの値段は違うのだろうかと私は首を傾げた。
「あー、ララ様……高すぎるのでは無く、ララ様が仰られた金額は安すぎるので有ります……」
「えっ?」
助け船を出してくれたランスの言葉に私は驚いた。まさか高いと言われるとはさすがに思っていなかったのだ。何故なら今回は1ブレとは言って居ないのだ。10ブレでも安いとなると薬師ギルドは一体いくらでポーションを販売しているのだろうかと気になった。
「薬師ギルドのポーションは……一体いくらなのですか? 20ブレとかですか?」
私の質問にブランディが渇いた笑いを出した。いつものガハハハッという豪快な笑いではなく、ハハハと感情のない笑いだった。リアムやランスも苦笑いだ。
「いやー……本当にこの嬢ちゃんは……ララ様は、おっそろしいなー。薬師ギルドを潰す気なのかと思ったぜ……」
「ブランディさん、ララは……会頭は森に住んでいるので、国内の常識に疎いのですよ。決して薬師ギルドを潰す気でも、裏ギルドに喧嘩を売る気でも有りません。本気なのです……そこが頭の痛いところなのですが……」
何かリアムにもブランディにも失礼なことを言われた気がしたが、黙って頷くことにした。前もって値段を下調べしなかったのは私の責任である。マルコにでも聞いて……いや、ダメだ、ジュール達にでも聞いて確認しておくべきだったのだ。ただ値段設定はリアム達にお任せすればいいだろうと思っていたので、私は余り気にしていなかったというのが本音なのだが……
ブランディは困り果てたような笑顔を無理矢理浮かべると、私に値段を教えてくれた。
「ララ様、市販のポーションは1ロット5ブレするんだよ」
「ロッ? 1ロット5ブレですか?!」
私が口を開けて驚く姿に皆がクスリと笑った。セオまでもだ。セオだって知らないはずなのにと思ったが、そこは突っ込まないで置いた。1ロット5ブレと言えば庶民の一ヶ月の平均月収だ。ポーション1本がそこまで高い物ならば手が出せないのも仕方が無いと思えた。ブルージェ領の領民はただでさえ今の収入はその平均よりも下回っているのだから。
ブランディの話ではその薬師ギルドのポーションは飲んだ時の効き目がウチの店の物より薄いと言っていた。味も不味いらしいし、それではぼったくりも良いところだろうと思った。
「1ロット5ブレって……流石に高すぎると思うのですが……」
皆がクスクスと笑い出した。世間知らずの私を笑っているのだろうか? というよりも生温かい笑いの様にも思えた。皆優しい笑顔だった。
「ララ、お前と同じ様な高性能のポーションを作れる奴がどれだけいるよ。ディープウッズの森に入って薬草を摘むのは命がけになる、だったらその辺に生えている薬草を使うだろう」
リアムの言葉に頷くが、まだ納得は出来ない。ディープウッズの森まで薬草を摘みにいかないなら、尚更もっと安く出来るのでは無いかと私は持ってしまうからだ。でもそんな様子の私を見てリアムは嬉しそうに笑いながら話を続けた。
温室を建てるのだって私やセオには簡単なことでも領民には大仕事だという、それにポーションの瓶にしても簡単な物では無い、魔道具だって私だから作れるのであって、薬師ギルドは全て手作業だと話してくれた。そうすると値段が高くなるのもしょうがない事らしい。
でもそれでも1ロット5ブレは高すぎる気がした。私は多分納得できない顔をしていたのだろう。皆にクスクスとまた笑われてしまった。
「ララ、普通の奴は、お前みたいに他で売ってない物を安く売ろうとはしないんだよ」
「えっ?」
「儲けようとするのが普通の人間の思考回路だ。お前のように無料で高価な物をホイホイ人に渡す奴なんて、どこにもいないんだよ」
皆がまたクスクスと笑い出した。一般常識が無いと言われているような気がしたが、不思議と嫌な物では無かった。何故か皆、優し気に微笑んで私を見ているのだ。こっちが恥ずかしくなる位に……
「あー、ララ様や、中級ポーションは5ロットもするんだよ。だから俺達が薬師ギルドの中級ポーションと同じか、それ以上に効能が高いスター商会のポーションを無料で沢山貰って驚いた事、分かってくれるか? それも魔法袋付きだぜ? あり得ないだろう?」
ブランディはニヤリと笑って私を見た。確かに面接で会ったその日に私はホイホイポーションをブランディ達に渡していた。50本ぐらいをだ。それは驚かれても仕方ないかなとちょっとだけ思った。あとリアムがいつも口うるさいのもちょっと許そうと思ったのだった。
「あとはなー、さっきの俺の名の菓子だ」
「ブランディのモン・ブラン?」
「そうだ、ああ言った名前を付けて商品化するのだって、貴族が何ロットも出してやって貰う物なんだぞ、俺みたいな奴の名を使うなんてありえないんだ……」
ブランディは少し恥ずかしそうな申し訳なさそうな顔で私に話してくれた。確か以前商業ギルドのギルド長であるベルティーナ・ランゲも同じ様なことを言っていた気がする。確かに良い宣伝効果になるので、噂話が好きな貴族がそれをお金を出して行うのも納得できた。でも私的にはこちらがお金を払っても良いぐらいの感覚だ。ベルティなどは特にギルド長だけあって有名だ、宣伝効果が高くてスター商会もとても助かっているのだから。
「俺みたいのって……ブランディさんはとっても優しくて素敵ですよね」
「はぁあ?! す、すてき?!」
何故そんなに驚くのか分からないが、私は頷く。ゲイブとバメイも同じように驚いている。変なことは言ってないと思うのだが子供が言うべきことでは無かったのだろうか?
するとブランディは心配げな顔を私に向けてきた。言い出しにくそうな様子だった。
「……俺達はよ……こんな見た目だろ、だから良く怖がられるんだよ……ララ様みたいな子供は初めてだぜ……」
そう言えばウチの店に来るのも、自分達が行くと…… と面接のときに迷惑になる様な事を言っていたことを思いだした。確かに髭もじゃだし、毛むくじゃらだし、ガッチリだし、モンキー・ブランディというよりはゴリラ・ブランディだろう。でもそこが彼らの魅力で有って、優しいところは話せば直ぐにわかるぐらいだ。なら尚更私が作った ”ブランディのモン・ブラン” で、彼らの可愛らしいところが宣伝出来たら良いなと思ったのだった。
「ではブランディのモン・ブランで、傭兵隊モンキー・ブランディの優しくて良いところを、私がブルージェ領の街中に宣伝しますね。楽しみにしててくださいね!」
私がニッコリと笑ってそう伝えるとブランディ達三人は 「うっ……」 と言って胸を押さえていた。ぼそりと 「胸に矢が刺さった」 と訳の分からないことを言って、この場の皆を笑わせたのだった。
商談の後は勿論お待ちかねの宴会となった。スター商会自慢の料理とお酒をブランディ達に沢山出して上げた。でも酔う前に先ずは約束通り日本酒を味わってもらった。
「なんだ……この酒は……美味い……やばいだろう……これが日本酒ってやつなのか……」
「日本酒の中でもこれは【爽酒】ですね。お米がもっと美味しい物が出来れば【醇酒】を作りたいですし、【燻酒】や【熟酒】も挑戦したいと思っているので楽しみにして居て下さいね」
ブランディ達は 「はぁ……」 と腑抜けた声で返事をした後、ディープウッズ家ってのはやっぱり伝説通りなんだなー と何故かお父様やお母様の話をしていた。確かにスター商会で作った日本酒は星の名が付いた ”星酒” と名付けてあるので、連想しても可笑しくないなと思った。お父様の名には星(スター)が付いている、彼らもお父様に憧れて居るのだろう。
スター・ブティック・ペコラの面々が仕事を終えて宴会に参加すると、益々賑やかな物となった。スター・ブティック・ペコラの女性たちはお酒が好きだし、話も面白いので、すぐにブランディ達と仲良くなっていた。美人とお酒を飲めると有って、ブランディ達はとても嬉しそうであった。
私とセオ、それにノアやルイと子供たちが帰った後も賑やかな宴会は続いたようで、ブランディ達はスター商会に宿泊することとなり、翌日は二日酔いの酷い顔となっていたのだった。
こうしてブランディ達との話し合いと商談は無事に終わり、スター商会とモンキー・ブランディは友好を深めたのであった。
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