第185話 閑話26  ニカノールの日常

 ニカノールの朝は一杯の水を飲むことから始まる。


 それも普通の水では無く、常温の炭酸水だ。


 スター商会の会頭であるララが 「【モデル】さんは水を良く飲むらしい」 と、もでるさん? と言う名の美しい人の話を教えてくれたので、スター・ブティック・ペコラの店長として、ララが美しいと思う人物に近づけるために色々と努力している所であった。


 その水を飲む話を聞いて最初は普通の水を飲んでいたのだが、ララが炭酸水作成魔道具をニカノールの部屋へと届けてくれたので、それ以来毎朝炭酸水をニカノールは飲んでいるのであった。


「今度【水素水】も試してみようね」


 ララはニコニコと可愛い笑顔で笑いながらニカノールに分からない言葉を言った。

 ただそれが常識では考えられない物だという事だけはニカノールには分かっていた。きっと副会頭のリアムがまた頭を抱えるだろうなとニカノールには簡単に想像が出来たのだった。


 何故ならただの従業員であるニカノールの部屋には、普通の庶民ではありえない物が与えられており、部屋には沢山の魔道具や家具などが揃っているのだ。冷蔵魔道具や、お風呂にトイレ、ベットだって最高級の物だと商人でないニカノールでさえ分かる。ここでは一般常識など通用しないのだった。


 ニカノールがスター商会で勤め出してまだそれ程日にちは経っていない、だがここの従業員は皆温かく、ニカノールが元酒場で働いていた人間だと知っても対応が変わる者など一人もいなかった。


 それどころかビルなどは 「俺なんて裏ギルドの人間で、それもスター商会を脅したんですよ」 なんて言って何でもないように言ってくれる。

 他にもノエミなどは貴族の娘であるのに、ニカ様ニカ様とニカノールの事を慕ってくれるのであった。こんなにも優しい人だらけの店など他には無いと思うニカノールであった。


 ニカノールは洗顔を終えると鏡台へと向かった。これもスター商会で販売している物の一つだ。

 これは必要な従業員だけに与えられているが、女性従業員は全員使っている。ここでは商品を使う事も仕事の内の為、遠慮は禁止なのであった。


 最初はその事に戸惑ったニカノールだったが、スター・ブティック・ペコラの店長として商品の良さを知らなければお客様に語ることは出来ないとララに言われ、遠慮することも気にする事もやめた。説明を受けてそれが自分の仕事なのだとやっと理解できたのであった。


 身支度を整え食堂へと向かうと、マイラとブリアンナと朝食を共にするのが日課になっている。この二人とはスター・ブティック・ペコラの販売する洋服類の関係ですっかり仲良くなっており、親友とも呼べる間柄であった。


 元酒場の従業員だったニカノールの姉たち(義姉)は朝が遅い。スター商会のお酒が美味しいために普段から飲み過ぎているからだ。いくら注意しても酒量が減らないために、そのうち店長の力で禁酒にしようかと思っているぐらいで有った。


 ニカノールが朝食を食べ始めるころに、酒場のママだったブランディーヌが食堂へとやって来る、ブランディーヌは夜の酒は嗜む程度にしているので、大体この時間だ。姉達は今日もギリギリかなと頭が痛くなるニカノールであった。


「ママおはよう」

「「ブランディーヌさん、おはようございます」」

「おはよう……ニカ、マイラ、ブリアンナ。ニカ、あんたいつまでママって呼ぶつもりだい、いい加減店長らしくおし」


 朝からまた注意されてしまいちょっと恥ずかしくなるニカノールだったが、普段は ”ママ” と呼ぶのを変えるつもりはなかった。ブランディーヌは普段から名前で呼ばなければ仕事でも出てしまうのではと言うのだが、ニカノールにとってブランディーヌは店の ”ママ” では無く、親としての ”ママ” なのであった。


「ママはママだもの変えるつもりはないわ。仕事の時はちゃんとブランディーヌって呼ぶから大丈夫よ」


 そう言って笑いかけるとブランディーヌはため息をついて 「勝手におし」 と言った。少し耳が赤かったので照れて居る様だった。


 食事を終え、食器を片付けていると、姉たちが慌てて食堂へとやって来た。いつもの光景だが呆れて思わずため息が出てしまった。


「姉さんたち、時間ギリギリよ、これが続く様ならお酒は禁止にしますからね!」


 ニカノールの言葉に焦って赤かった姉たちの顔が、一瞬で真っ青になった。スター商会のお酒禁止はとてもつらい様だ。


「ニカごめん、明日からは早く起きるからさー」

「昨日は日本酒っての飲んじゃったのよー」


 言い訳を聞きながらニカノールは大きなため息またをついた。会頭のララが優しいからと姉たちは甘えているように見えるのだ。


「今日が最終通告だからね! これ以上時間にルーズなら店長として会頭に話しをします!」


 ちょっとぐらいお灸をすえるのも大事だとニカノールはきつめに話をした。姉たちはブンブン首を振ると、大急ぎで食事を口に運んでいたのだった。


 ニカノールがマイラやブリアンナと分かれてスター・ブティック・ペコラに行くと、会頭であるララが既に店の中にいた。アルパカ君たちと仲良く話しているその姿はまさに天使の様であった。


「あ、ニカおはよう。開店準備は順調に進んでる?」


 笑顔で話しかけて来たララは今日もとっても可愛かった。そんなララの頭を撫でながら、ニカノールは姉たちの話をしたのだった。


「朝起きるのも遅いし……お酒の量も増えてるし……心配で……」


 ニカノールの話を聞くとララは頷き子供らしからぬことを言い出したのだった。


「そうだね……飲み過ぎは体に悪いからねー【肝臓】にも影響あるし、【アルコール依存症】も心配だものねー……フフフ、皆が来たらちょっと意地悪しちゃおうかな」

「……意地悪?」


 ララの話の半分は意味が分からなかったが、取りあえず飲み過ぎは体に悪い事だけは分かった。そしてこんなにいい子のララが意地悪をすると言うのだ、ニヤリと笑うララを見てこの後の事が少し楽しみになったニカノールなのであった。


 ブランディーヌが店にやって来た後、姉達がバタバタと店にやって来た。美容系の仕事に着くと言うのに全く優雅に見えない姉たちの行動に、頭が痛くなるニカノールなのであった。


「皆さん、おはようございます」


 会頭であるララが自分たちより先に店に来ていた事に姉たちは少し分が悪そうな顔をしていた。流石に6歳児の子より出勤が遅い事は恥ずかしい様であった。


「「「「ララちゃ……ララ様おはようございます」」」」


 ララはニコニコっと笑うと姉たちの顔をジッと見だした。姉たちはララの様子にどうしたのだろうかと首を傾げていた。


「キャーラ……顔色が余り良くありませんね……体調が悪いですか? ビオラも目の下に隈が出来てますね……レベッカはふきでものが出来てますよ、マルタはお酒の匂いが残っているみたいですね……それに皆少し太ったんじゃないですか?」


 子供の正直な言葉に姉たちは真っ青な顔になった。ニカノールとブランディーヌはそれを見て笑いを堪えるのが辛かったが何とかこらえた。


「エステ魔道具を使ってるのにニカノールとブランディーヌ以外は効果が出て居ないみたいですね……どうやら私の作った魔道具は失敗作の様ですね……」


 ララが姉たちから顔を背け、下を向いていると泣いていると思った姉たちが慌てだした。こんな小さな子を泣かせてしまったと焦っている様だ。それも自分達が酒を飲み過ぎているのが原因で肌が荒れているのに、開店間近に魔道具が失敗だと言い出したのだ、焦らないはずが無かった。


「ララちゃ、いえ、ララ様違うんです。これは、私達がお酒を飲み過ぎたせいで……」

「そ、そうなんです! エステ魔道具は問題ありません、私達が悪いんです」


 焦る姉たちを見て笑いを堪えるのが大変だったが、ニカノールは咳をして誤魔化し頑張った。ブランディーヌはアルパカ君たちの陰に隠れ、声を殺して笑っているようであった。どうやらララの作戦勝ちの様だ。


 その後姉たちがお酒の飲み過ぎと言った事でララから病気の説明が始まった。肝臓の話や、胃が荒れる話、肌もあれ、下痢や便秘、それから【癌】【アルコール依存症】という病気になる可能性があると聞くと、姉たちは真っ青になってしまったのだった。


「お酒を飲むのは構いませんが、【休肝日】を作るなどして健康に気を付けて楽しく飲んで下さいね。それからお酒は太る原因にもなるので気を付けましょう」

「「「「は、はい!」」」」


 姉たちは半分ぐらいしか意味は分かっていないと思うのだが、ララにとっても良い返事を返したのだった。


 その後ララは皆に目覚まし時計というのを配りだした。起きる時間をセットするとその時間に音が鳴り、起こしてくれる魔道具だった。ニカノールにもブランディーヌにも気軽にくれたのだが、これも価値のある魔道具だという事は皆にも良く分かったのだった。


 これを使えば起きれないはずは無いと思うので、もし起きれなかったら自分が作った魔道具が悪いのだとララが言うと、姉たちは必ず起きれると宣言していた。流石会頭である。自分の使い方が良く分かっていると感心したニカノールであった。



 今日も開店前の準備や研修を終えると充実した一日に満足してニカノールは部屋へと戻った。

 湯浴みも終えて、ララから貰ったパックをすると、念の為ブランディーヌの部屋に姉たちが集まっていないか確認に行く。

 大体飲むときはブランディーヌの部屋に集まるのが習慣だ、流石に今日は大丈夫だろうと思ってブランディーヌの部屋に向かったのだが、廊下には姉たちの話し声が聞こえて来たのだった。

 ニカノールは (まったく……) とため息をつきながらドアノブに手を掛けた時、少し開いた扉の隙間から話の内容が聞こえてきたのだった。


「ママ……ニカってばすっかり店長らしくなったよねー」

「あの子凄い努力してるのよー、ララちゃんに恩返しするんだって……」

「末っ子だったのに頼もしくなっちゃって……」

「あの子のお陰で今とっても幸せだわー」


 部屋の中からはそんな話が聞こえてきて、ニカノールは照れくさくなった。とてもじゃないが今すぐに部屋に入るのは無理だと思った。するとブランディーヌの声が聞こえてきた……


「あんた達! 弟に甘えてるんじゃないよ! 何歳年が離れてると思ってるのさ、情けない! ニカの仕事が少しでも楽になる様に協力してやるのが姉の役割だろ!」


 姉たちは口々に 「そうだね」 「頑張ろうね」 と言っていた。ニカノールは嬉しくもあり恥ずかしくもあってそっと扉を閉めた。今夜は店長では無く弟として姉たちを自由にさせようと思ったのだった。


 次の日……ララは目覚まし時計の音量を最大にして渡して居たようで、姉たちはその音の大きさに驚き飛び起きたのであった。

 ララのいたずらは大成功だったようであった。

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