第182話 閑話23 メイナードの日記
○月○日
今日窓から外を見てたら不思議な物が見えたの。
白い紙だけど、空を飛んでた。僕がこっちに来ればいいのにって思ってたら、壁を通り抜けて僕のところに本当に飛んできたの。
僕はもう一度飛ばないかなって、ポイって投げてみたけど駄目だった、ハンナに見つかったら怒られちゃうかなって思って、宝箱にしまったの。僕悪い子かなぁ。
○月○日
お空を飛んできた白い紙、ハンナに見つかっちゃった。怒られるかなってドキドキしたけど大丈夫だった。でもね、ハンナに内緒はダメだって言われたよ。ごめんなさい。
○月○日
ハンナが白い紙に字が書いてあるのを見つけたの、そこには お友達になりませんか? って書いてあるってハンナが教えてくれたよ。とっても綺麗な字だった。大人の人かな? どんな人だろう僕はワクワクしたよ。
ハンナにお返事書きたいってお願いしたの、最初ハンナは危ないからダメだって言ってたの、だけど僕が何度もお願いしたら許してくれたよ。ハンナ大好き。
○月○日
お手紙にお返事が来たの。それも今度は黄色くってお菓子まで一緒に飛んで来たんだよ、びっくりしたよ。
でもね、ハンナが危ないからお菓子は食べちゃダメだって言ったの、悪い人かも知れないし、いつのお菓子か分からないから危ないんだって、残念。
ララにお手紙で ごめんなさい って伝えたの、僕の事嫌いになっちゃうかな? 僕の初めての友達だから、ずっと仲良くしていたいな、ララが怒りませんように。
○月○日
ララから絵が届いたの! とーっても上手! ハンナも絵を見て驚いていたよ、本物みたいで動き出しそうだって言ってた。ララって凄いよね。
僕も絵を描いてみようかな。だけど僕はララみたいにお外にも余り行けないし、つまらない絵しか描けないかも……それでも大丈夫かな? ハンナに聞いてみなくっちゃ。
○月○日
ハンナがお花をお部屋に持ってきてくれたの、これを描いてララに送ろうって言ってくれたの、ララはお花好きかな?
一生懸命絵を描いてみたけどララみたいに上手に描けなかった、絵って難しいんだね。母上がお元気なら色々教えてくれるのになー。残念。
母上が元気になったらララの事教えてあげなくっちゃ。ふふふ楽しみだな。
○月○日
今日新しい先生が来たの、今まではハンナにお勉強を教わっていたけど、それじゃダメなんだって大叔父様が言ってた。僕は父上の様な領主になるから、きちんとした先生が付かないとダメなんだって、お勉強頑張っておじいさまや父上の様な立派な領主になるからね。僕頑張るよ!
○月○日
新しい先生に鞭でぶたれたの。とっても痛かった。僕がね、お勉強が出来ないのがダメなんだって。ハンナが薬を塗ってくれて、父上にも話してくれるって言ってくれたよ。先生が優しくなってくれると良いな。
○月○日
ハンナがいなくなっちゃった。寂しいよ。
「メイナード様! 何をぼんやりとしてるのですか、今は授業中ですよ!」
「は、はい。ごめんなさい」
「そこは ごめんなさい では無くて、申しい訳ありません、ガブリエラ先生 でしょう? そんな事も言えないなんて、今までの教師は何をやっていたのかしら!……ああ、教師では無くてメイドでしたね。それではメイナード様が愚かなのも仕方のない事ですわ。ですが、これからは私がおりますからね、キッチリと教育させて頂きますので、覚悟してくださいませ」
「……」
「お返事は!」
ガブリエラは黙っているメイナードの手の甲に ビシッと強めの音が鳴る程の力で鞭を振った。メイナードは痛みをこらえながら はい と返事をする。けれど声が小さいのが気に入らなかったガブリエラは、また鞭を振ると今度はメイナードのももに鞭を打ち付けた。
「うう……」
思わず痛みに声が出てしまうと、ガブリエラはニタリと嫌な笑みを浮かべた、領主の子がこんな痛みに耐えられなくて何としますかと言ってまた鞭を振るう。ガブリエラ先生の授業は勉強よりも痛みに耐える時間の方が長い日ばかりだった。
メイナードの心の救いはララとの文通だった。父上とは元からあまり会えず、母上は病気で会う事が出来ない。いつもそばに居てくれたハンナはどこかへ行ってしまった。たまにドナが母上の様子を教えてくれるけど、ガブリエラにメイドと話している所を見つかると、また鞭で打たれるので、メイナードは夜にこっそりと今までララが送ってきてくれた手紙を読むことだけが、今の心の支えで有った。
○月○日
今日、扉の向こう側でメイドたちの話す声が聞こえてきたの、母上の病気が良くないって言ってた、どうしたら良いんだろう。僕にできることはあるのかな。
本当は人の話を勝手に聞くなんていけないのは分かっていたけど、母上の病気を治したくって暫く扉の内側で話を聞いていたんだ。
そしたらね、 "ヨルガオ'' ってお花が病気に効くんだって聞こえてきたんだ。そしてね、その ヨルガオ はディープウッズの森にだけ咲いてるんだって話していたの。僕はお外にあまり出ることが出来ないけれど、どうにかしてディープウッズの森へ行ってお花を摘みたいなって思ったんだ。
○月○日
今日のガブリエラ先生は何だか優しかった、図鑑を見せてくれて、色んなお花を見せてくれたよ。その図鑑の中にね、 "ヨルガオ'' も有ったんだ。僕は覚えるためにそれをずっと見てたんだけど、ガブリエラ先生は今日は怒らなかった。
授業の後ガブリエラ先生が、お勉強に疲れたらお散歩すると良いんだって教えてくれたの、だからお城の中を初めて一人で歩いてみたんだ。
そしたら、見たことのない使用人が僕に話しかけて来たの、僕はあまり部屋から出ないから使用人の顔も知らないんだ。だからね、初めてみるその紺色の髪の使用人の事も、別に不思議に思わなかったんだ。
「メイナード様、この様な場所でいかがなされましたか?」
「はい……僕……お散歩してて……」
「お散歩ですか? 何か悩み事でもお有りなのでは無いですか? 私に出来ることがありましたら何なりとお申し付けください」
メイナードは話すべきかどうするべきか悩んだ、この使用人に "ヨルガオ'' の事を話せば、メイドたちの話を立ち聞きしていたことは知られてしまうだろう。けれど母親の病気を治すためには、どうしてもディープウッズの森に行きたい思うメイナードなのであった。
そしてメイナードは意を決して使用人に話を打ち明けることにしたのだった。
紺色の髪の使用人はメイナードの話を聞くと、母親想いで立派だと褒めてくれた。そして自分がメイナードを森まで連れて行ってくれると約束してくれたのだった。
夕暮れ時まで部屋で待つようにと、その使用人に言われ、メイナードは大人しく部屋で待っていた。城から抜け出すなんてことは初めてなのでドキドキと胸が鳴り、悪い事をしているような気持ちになった。
時間が経つのもいつもよりも遅く感じ、使用人と約束した時間までの数時間がとても長く感じたのだった。
小さな音でメイナードの部屋の扉がノックされた。メイナードは何も返事はしなかったが自分の喉がごくりとなる音が聞こえた。そっと昼間会った紺色の髪の使用人が部屋へと入ってきた、なんだかその使用人はとても落ち着いていて、こういったことに慣れているように見えたのだった。
「ではメイナード様、参りましょうか」
メイナードはカートの中へと乗せられた。箱型のカートの中は外から見えることが無いので、中にメイナードが居るとは誰にも気が付かれないだろうとメイナードは思ったのだが、それでもドキドキした胸の音はずっと鳴ったままだった。
紺色の髪の使用人のおかげで誰にも見つかることなく馬車まで辿り着くと、メイナードは見えないように毛布をかぶされ馬車に乗せられ、使用人と共に出発したのだった。
城の門辺りで馬車は一時停止し、門の兵士に何かを話しかけられていて、益々ドキドキしたメイナードであった。
無事に又馬車が走り出して暫くすると、使用人はメイナードにかぶせていた毛布を取ってくれたのだった。
「メイナード様、良く頑張りましたね。もう暫くしたらディープウッズの森に付きますからね」
メイナードは使用人に 頑張った と褒められて嬉しくなり頬が熱くなった。最近はハンナもおらずメイナードの事を褒めてくれる人がいないのだ、紺色の髪の使用人の事が少しだけ好きになったメイナードなのだった。
ディープウッズの森に入るとかなり奥の方まで馬車で行き、そこで一人降ろされた。 "ヨルガオ'' は森の奥にしか咲かない花なのだそうで、しょうがない事なのであったが、灯りも持たず一人暗い森に降ろされるのはとても怖い事であった。
使用人は 「それでは」 と言ってメイナードを置いて馬車に乗り離れて行った。使用人からは不思議な香りがしたけれど、森の花の香だとメイナードは思っていた。メイナードは空を見上げ今日が満月でよかったと感謝した。母親の為の花を探すのには月だけが頼りだったからだ。
○月○日
ずっと文通をしていたララにやっと会えた。ララは僕と同い年のとっても可愛い女の子だった。僕よりもお勉強も出来て、お仕事もしてるんだよ。僕はちょっと恥ずかしくなった。だって僕は何も知らないから。でもね、ララがこれから沢山お勉強して覚えて行けばいいんだよって教えてくれたの。だからね、僕は沢山頑張るんだ。
それにアリナもララもセオも優しく教えてくれるの。ガブリエラ先生みたいに怖くないから楽しいんだ。
○月○日
母上と久しぶりに会えた。母上はまだ病気みたいだったけど、僕の事をぎゅって抱きしめてくれたよ。とっても嬉しかった。全部ララのお陰なんだ。ララがいたから母上は助かる事が出来たし、ハンナにまた会えることが出来た。僕は絶対にララに恩返しをしようって決めたんだ。ララが困ってたら、僕が一番に助けられるようになりたいな。その為にはお勉強が必要なんだってハンナが教えてくれたよ。だから僕は頑張るんだ。
○月○日
父上に会った。僕はちょっとだけ父上が苦手。だって、今まであんまり会う事が出来なかったから、どうして良いのか分からないんだ。父上は大叔父上のお話はちゃんと聞くけど僕のお話は聞いてくれないから、なんて言って良いのか分からないんだ。母上が少し怒ってた。父上が頼りないって。
ララがね、父上は物を知らないだけだって言ってた。だからちょっとだけ待ってあげてって、それでも変わらなかったら、パンチするんだって。ふふふ、ララって本当に面白いよね。でも大好き。
○月○日
ララのお家に居るのが楽しい。タッドやゼン達と一緒に居るのが楽しい。僕このままララのお家にずっと居られたらいいのにって思ってる。だけど、父上が一人ぼっちで可哀想って母上が言ってた。僕は父上の事も守れるようになれるかな? お勉強も剣術と武術の稽古も頑張るから強くなりたいな。セオみたいにカッコ良くなれるかな。
○月○日
領主邸に帰って来た。父上も母上もハンナもドナも一緒、前とは違う。僕は独りぼっちじゃない。だからね、絶対にガブリエラ先生にも大叔父上にも負けないんだ。それにあの紺色の髪の使用人を探してみようって思うんだ。僕頑張ってみるよ。
「メイナード様、お勉強ですか?」
机で日記を書いていたメイナードにハンナが話しかけて来た。今は自由時間の為メイナードは自分の日記を見直していた。紺色の髪の使用人の事を思いだすためだ。けれど何故か全くあの使用人の顔の記憶がないのだ、あの日の事も日記を見たから何となく思いだしてきたが、記憶が曖昧だった。
ララと手紙のやり取りがしたいが為に、字を覚えるため始めた日記だったのだが、書いていて良かったとメイナードは思っていた。
メイナードは今領主邸の中を自由に歩くことが出来る。使用人たちの顔も徐々に覚え、ピエトロ達騎士の顔も覚えていた。強くならなければならないとディープウッズの屋敷に行ってメイナードは学んだ。相手にいいように使われない人間になるには勉強をし、体を鍛え、自分が利用されない人物になるべきなのだという事が幼いメイナードでも分かったのだった。
「ハンナ、明日はスター商会へ行く日ですよね、父上と母上も行きますか?」
「ええ勿論、お二人共メイナード様とご一緒にスター商会へ行かれますよ」
メイナードはハンナに 「ありがとう」 と頷いてお礼をした。今ブルージェ領で悪い事をしてきた大叔父上の事を父上は調べている。メイナードも役に立ちたいと思い、使用人たちに話しかけているのだが、口を割る者はいなかった。それだけ屋敷で大人しくしていてもまだ大叔父上の方が自分たちよりも影響力があるのだとメイナードは思っていた。
「強くなりたい……」
メイナードはそう呟くと、ハンナが入れてくれたお茶を飲み、また何か手掛かりが無いかと、自分の日記に目を通すのであった。
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