第180話 お帰りなさい。
「ララ様飛ばしますぜ、しっかり捕まっててくだせい!」
私とマトヴィルは今ディープウッズの森へと狩りに来ていた。明日にはセオとルイが試験を終えてディープウッズの屋敷に戻ってくる予定なので、美味しい物を食べさせたいと、二人で張り切って森へとやって来た。マトヴィル運転の魔石バイクに二人でまたがり、今は魔素の濃い、アグアニエベ国寄りの森の奥深くへと向かっている所であった。
「ララ様良いですかい、魔素の濃い場所は同じ魔獣でも強い奴が多い、絶対にやみくもに突っ走らないでくだせいよ」
「はい、師匠、心得ました!」
私達が今捕まえようとしている獲物は、美味しい魔獣とされている ”大豚” だ。マトヴィルから以前とっても美味しいと聞かされてから、いつか食べたいと思っていた物だった。ディープウッズの屋敷の地下倉庫に有った大豚の在庫はすでに無くなっていたために、セオと 「いつか捕まえて食べようね」 と話して盛り上がっていた物だった。それを私とセオだけでは進入禁止とされている、アグアニエベ国寄りの森の奥深くまで捕まえに来たのだ。ワクワクが収まらない私であった。
魔石バイクから降りて魔法鞄へとしまうと、マトヴィルと無言で探査を始めた。マトヴィルにはまだまだ敵わないが、私も随分と成長し広範囲に探査が出来るようになっていた。これも師匠とマスター、二人の教えが良いからだと思っている。
本当はこの小旅行にココも連れて来たかったのだが、最近のココは体が大きくなってしまい、大型犬以上になってしまった。肩にも二人乗りのバイクにも乗せることが出来ないため、泣く泣くお留守番となった。
ココはしょんぼりとしていたが、マトヴィルが
「大豚を捕まえたらココに一番美味しい部分をやるからな、楽しみにしてろよ」
と伝えると
(ブタ ウマイ オオブタ タベル ココ イイコ オオブタ マツ)
と言って素直にお留守番を受け入れてくれたのだった。可愛いココの為にも絶対に大豚を捕まえて帰ろうと、気合が入った私達なのだった。
探査を続ける事30分、大豚らしき集団を見つけた。体の産毛が全て立ちそうなぐらい魔素の濃い場所にその集団はいた。マトヴィルと体に結界のようなものを魔法で纏わせる。体が魔素にやられないための手段だ。自分の存在を小さな物に見せるように意識しながら、その集団へとひっそりと近づいて行った。
マトヴィルが指で私に止まれの合図をしてきた。大豚の様子を草陰から確認するのだ。
大豚は名に ”大” と付くだけあって。5Mぐらいの大きさだった。体は真っ黒で猪の様な牙もあった。獰猛な為、雄同士は争うことが多く、今目の前に居る大豚の雄も体中に傷があったのだった。
マトヴィルが指で自分が一番大きな雄を狙うと言ってきた。私には子供の居ない雌を狙うようにと合図をした。残りはそのまま逃がす予定だ。私はマトヴィルに了解して頷くと。3.2.1.GO! で飛び出した。先日カエサルとの戦いで今までの刀が折れてしまった為、今日はセオが作ってくれていた新作の刀だ。初使用が幻の魔獣大豚とは縁起が良いなと思った。刀の名前は ”豚丸” か ”大豚一振” にしたいなと考えた私であった。これもセオが戻ったら要相談だ!
マトヴィルの渾身の一撃で5M級の大豚はドシンッと音を立てて倒れてしまった。私も ”豚丸” に魔力を流しながら大豚の首を一刀両断にした。他の豚達は驚き逃げて行ったが、予定通りの展開に満足する狩りが出来たのだった。
「濃い魔素は体にあまりよくねー、すぐにここから離れましょう」
大豚を魔法鞄へと急いでしまうと、私とマトヴィルは魔石バイクに乗って急いでこの場から離れた。体に結界を纏って居なければ、危険だっただろう。それぐらい普段の森とは咲いてる物も住んでいる生き物も違った。マトヴィルが一緒でなければ来てはいけないのが十分に分かる場所であった。
ディープウッズの屋敷に戻ると、早速大豚の処理を始める。マトヴィルとは料理の子弟でもある為、楽しくサクサクと作業を熟す。部位別に分ければさばきは終了だ。これからマトヴィルと美味しい料理を作るのだ。
私はお醬油を使った料理を作っていく、にんにく醬油焼きだったり、ジャガイモとバターと醬油といためたり、角煮だったりだ。どれもとろとろでジュウシーな美味しい料理となった。味見だけしたがどれもごくりと喉を鳴らすほど美味しく仕上がった。セオとルイの為の物なので、出来たての状態で魔法鞄へとしまった。二人が喜ぶ顔が今から楽しみだ。
マトヴィルは豚の助骨部分にあるバラ肉をじっくり塩で焼いていた。香ばしい香りが辺りに広がっていて、気が付くとココがキッチンに顔をのぞかせていた。
(ブタ ウマイ ココイイコ アジミ スキ)
「ガハハハッ! そうだな、ココはいい子だったからな、これが焼けたら一番にココにやるからな」
マトヴィルの言葉を聞いてココはぴょんぴょんと可愛く飛び上がって見せた。嬉しくてしょうがない様だ。これだけ大きくなってもやっぱり私のココは世界で一番可愛い。
料理を終えるとマトヴィルと武術の稽古をする事になった。味見とは思えないほどに大豚を食べたココと、マトヴィルの賢獣のアーニャも一緒だ。アーニャはとても優しい森のくまさんなのだ。ココも大好きであった。
私はマトヴィルに先日ジェルモリッツオの英雄カエサル・フェルッチョに試合で負けてしまった話を伝えた。マトヴィルは私がまだ子供で小さいのだからしょうがない事だと言ってくれたが、大人相手に戦うとしたら、何が必要なのかを勉強したいと伝えた。
「そうですね……もしララ様が同じ力量を持つ大人と戦うとしたらどうしやすか?」
「うーん……力では負けますから早さですかね?」
私の答えにマトヴィルは首を振った。どうやら違うようだ。
「その場合は逃げ道を探してください」
「逃げる?」
マトヴィルは真剣な顔で私に戦うなと話した。訓練ならいくらでも戦ってもいい、でも勝負が付かない相手とは戦ってはダメだと言った。それはアダルヘルムやマトヴィルそしてセオの仕事であり、私がやる事ではないとの事であった。でも私は誰かを守るためならそんな相手でも戦いたいと思う、絶対にだ。マトヴィルは私の考えが分かったのかクスリと笑って、私の頭をわしゃわしゃと撫でると。今度は嬉しそうに微笑んだ。
「やっぱり親子だな。アラスター様とそっくりですぜ」
マトヴィルは、もしそういう相手とどうしても戦う事が有るのだとしたら、私の全てをぶつけろと言った。それはこれまで作った魔道具や勉強した魔法、可愛い賢獣たち、そして仲間も全てだ。
「全てがララ様の力だ。皆が守ってくれる、そして一緒に強くなれる。アラスター様も俺にそう教えてくれたからな。だから決して皆を守るために自分一人が犠牲になろうとは思わないでください。そんな場面が来たら俺達は死にかけてでもララ様と一緒に戦う方が嬉しい。ララ様がいずれディープウッズの当主になった時に、一人で抱え込むのは無しですぜっ」
マトヴィルは少し悲し気にそう話すとまた私の頭を撫でた。優しくて力強いマトヴィルの手は少し震えていたのだった。
その後はマトヴィルに稽古を付けて貰った。私とマトヴィルがぶつかり合うとバシバシッと音がして魔力が飛んでいく、ココがお腹いっぱいのはずなのにそれに飛びつき 「ウマイ、ウマイ」 と魔力を体で浴びていた。アーニャも自分の所に魔力が飛んでくるとゲットしてキラキラと輝いていた。
気が付くと裏庭は私とマトヴィルの力で穴ぼこだらけになっていた。練習前に話に夢中で結界魔道具を使うのを忘れてしまったのだ。マトヴィルは 「ララ様も成長したなー」 と嬉しそうだったが、私は背筋に冷たいものが流れた……何故なら私とマトヴィルのすぐ後ろには、素敵な笑顔を浮かべたオルガが立っていたからだ。
「お嬢様、申し訳ございませんが、本日の練習はここまでとさせて頂きます」
「は、はいっ!」
久しぶりに聞くオルガのセリフに私は素直に頷いた。流石のマトヴィルも青い顔になっている。
「さあ、マトヴィル、少し私とお話を致しましょう……夕餉まではまだたっぷりと時間がありますからね……」
オルガはそう言うとエルフ特有に尖ったマトヴィルの耳を身体強化を掛けて引っ張った。そしてマトヴィルの 「ギャー」 と言う悲鳴と共に屋敷に戻っていったのだった。
夕食と湯浴みを終えて、セオもいないので私はゆっくりと読書を楽しむことにした。今日は有名な小説家のゲオルク・グラスミスの小説だ。ゲオルク・グラスミスは私の鍛冶の教科書を書いてくれた作家だ。何度も読み返して勉強した、忘れられない作家の一人だった。
アリナが私の部屋へと来て美味しいお茶を入れてくれる。就寝前なのでリラックスできるハーブティーで有った。アリナのお茶はとても優しい味がする。幸せになれる時間だ。
「お嬢様、今日はどんなご本を読まれているのですか?」
「今日はゲオルク・グラスミスの小説を読んでいます」
「まあ、ゲオルク・グラスミスですか? 鍛冶の本では無くて小説なのですか?」
「はい。ゲオルク・グラスミスは小説も書いていて、今日は ”俺の全てを君に” を読もうと思いまして」
「はっ?」
ゲオルク・グラスミスの小説は男性同士の恋の話だ。リアムの気持ちを知る為に選んだ物であった。今回のカエサルの件で私はリアムの気持ちを理解出来て居なかったと強く感じた。勉強しなければ今後リアムがセオに愛を告白した時に、動揺してしまうと思ったからであった。
アリナは慌てた様子で私から本を奪い取ると、中を大急ぎで確認した。そして終盤部分に差し掛かると、真っ青な顔になり、怖い顔で本を閉じたのだった。
「お嬢様、この本はお嬢様が読むには相応しく有りません!」
「えっ……でもリア」
「相応しく有りません!」
「は、はい……」
アリナの顔が恐ろしくて私は素直に頷いた。実はゲオルク・グラスミスの ”君の全てが欲しい” を既に以前読んでいるのだが、その事は一生の秘密にしようと心に誓ったのだった。
その夜オルガとアリナが話し合いをして、ゲオルク・グラスミスの小説は禁書庫へと移動となった。オルガとアリナは同じ様にため息をつき、早くセオに戻って来てもらいたいと心からそう思ったのであった。
次の日、今日はセオとルイ、そしてアダルヘルムが戻ってくる日だ。私は朝から落ち着かず、何をしていてもソワソワとしてしまった。気が付くと小屋で、何種類ものぬいぐるみを作ってしまい。三人が早く帰ってこないとサファリパークになりそうな勢いで有った。
午後になり私は落ち着かないので、ココと庭でボール遊びをすることにした。ココは私が投げるボールを風魔法でジャンプすると高い位置でキャッチしていた。すっかり魔法も上手に使えるようになっていて、ココは大人になりつつあるのだった。
おやつの時間になりそうな頃、かぼちゃの馬車が屋敷の門に見えてきた。私はココと共にすぐに玄関へと向かった。少しの間離れていただけなのに、こんなにも会いたくなるなんて。孫がいるおばあさんの気持ちはこんな風なのかなと考えて、嬉しくなった。
馬車が付き三人が降りてきた。皆とても元気そうだ。分かっていた事とはいえ、目で元気な姿を確認するとやっぱりホッとした。
「セオ! お帰りなさい!」
先ずはセオに抱き着いた、セオは私をギュッと抱きしめると。ただいまと優しく微笑んだ。少し離れていただけなのに、その笑顔が酷く懐かしく思えた。
次にルイにも抱き着く。ルイは少し頬を赤く染めながら 「帰りました」 と呟いた。迎えられたことに照れているのか恥ずかしそうな笑顔を浮かべていた。
最後にアダルヘルムに飛びつく。アダルヘルムは私を抱きかかえると、優しく抱きしめた。
「アダルヘルムお疲れ様でした。セオとルイをありがとうございました」
アダルヘルムはエルフらしい美しい笑顔で頷くと。優しく私を撫でたのだった。
皆との挨拶も終えると屋敷に入った。私はお楽しみの大豚の話をすることにした。
「フフフ、今日のお夕飯は大豚料理なのよ」
「「「大豚?!」」」
驚く皆に私はニッコリと微笑む。大豚は美味しいがめったに食べられない物だ。皆嬉しい様だった。
「スゲー! 大豚だって!」
「ララ、捕まえたんだね、凄いね!」
「うん。マトヴィルと森に行って捕まえてきたの、沢山美味しい料理を作ったから楽しみにしててね」
そう言った私は何故か背筋にヒヤリと冷たい物を感じた。振り返るとそれはそれは美しい笑顔のアダルヘルムがいたのだった。
「ララ様……大豚は魔素が濃いところにしかおりませんが……まさかそこへ足を踏み入れたのですか……」
「……は、はい……マトヴィルと一緒に……特に危険な事はありませんでした……」
アダルヘルムは益々美しい笑顔になると 「ゆっくりとお話を聞きましょう……」 と言って私とマトヴィルを部屋へと連れて行った。皆私達から目を背け、アダルヘルムを止めてくれる人は現れなかったのであった……
ひー! 助けてー! 怖いよー!
こうしてセオ達は無事に屋敷へと戻ってきたのだった。
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