第169話 出発と開店前
年が明けて霞の月、ついにセオとルイが試験へと出発する日がやって来た。
王都であるユルデンブルク領にあるユルデンブルク騎士学校は、レチェンテ国で一番の騎士学校だ。
その為、各領から受験者が集まるので、一日で試験を行う訳ではなく、毎年三カ月かけて試験を行っている。
何故こんなにも試験期間が長いのかと言うと、貴族の子息や令嬢らの受験者がいるためだ。一度に大勢の貴族がユルデンブルク領に集まれば、ユルデンブルク領がいくら栄えているとはいえ宿泊先が無くなってしまう。貴族と言えば護衛、下僕と受験者本人以外に沢山のお供が付いてくるからだ。
その為先ずは霞の月にレチェンテ国内の七領の受験者、雪の月にまた次の七領の受験者、そして最後の夢の月に残りの七領の受験者が集まる事になっていた。ブルージェ領は今年は最初の霞の月に受験の為、ルイにとっては少し不憫で有った。せめてもう一ヶ月時間があったらここまで勉強を追い込む必要も無かっただろう。
それでも時間が無い中ルイはとても良く頑張り、アダルヘルムからも試験は大丈夫だろうと太鼓判を押してもらえるほどになっていた。安心して試験を受けられそうだ。
試験自体は一週間かけて行う。先ずは筆記試験を一日目に、二日目、三日目は面接、これは受験番号でどちらかの面接日かが決まる。ルイとセオは近い番号なので同じ二日目が面接日だ。四日目、五日目は武術の試験、六日目、七日目が剣術の試験となっている。
ルイとセオはこれらも先日(さきび)の四日目と六日目だった。苗字の”D”が関係して居る様だ。受験票もルイが1036、セオが1041だったので名前で番号が決まるのだろう。近い番号に知り合いが居ればお互いに励まし合う事も出来るので、良かったと安心したのであった。
受験には本当は私が付いて行きたかったのだが、スター商会のスター・リュミエール・リストランテとスター・ブティック・ペコラの開店日と重なってしまった為に、仕方なく付いて行くのを諦めることにした。
セオも私が王都に付いてくるよりここに残ってくれている方が集中できると、気を遣って優しい事を居てくれたために、残ることにしたのだった。
まさかアダルヘルムとセオの間で、私が王都に付いてきたら街中に出かけてしまいそうだとか、王都でも勝手にスカウトしそうだとか、試験に付いてきそうだとかそんな心配をしているなど思いもしなかった私なのであった。
「セオ頑張ってね、ルイも無理しないように」
出かける前の二人にハグをして出発の挨拶をする。二人共最近の修行の成果で一段と逞しくなっていて、抱き付くとそれが良く分かった。一緒に見送りに来ているブライス達もそれぞれに挨拶を交わす。お母様やオルガ達もだ。皆可愛い長男二人に試験を気負わないで頑張って欲しい様で、楽しむようにと伝えていた。
今回はアダルヘルムの引率で、セオ、ルイそしてドワーフ人形のゴーとルミがお供で付いて行く、王都にあるお母様名義の屋敷に滞在する為、ゴーとルミで色々とお世話をしてくれるようだ。二体ともアリナとマトヴィルに鍛えられてい居るためなんでもできるので安心であった。
「ララも開店頑張って、絶対に店の外には出ないようにね。リアムのいう事を良く聞くんだよ」
「うん、大人しくしてるね」(たぶん……)
「ララ様、俺頑張ってくるよ!」
「フフフ、ルイは緊張しないようにね。あ、そうだ、ルイにこれを……」
私はルイに作った賢獣キーホルダーを渡した。ルイは大きく目を見開いた後、震える手でそれを受け取った。
「……ララ様……これって……」
「そう、賢獣キーホルダー。魔力を通してみて」
ルイは嬉しそうに頷くとサッとキーホルダーに魔力を通した。するとキーホルダーから鳥が飛び出し、私達の頭上を一周優雅に飛ぶとルイの肩に降り立ったのだった。その鳥は鳩ぐらいの大きさでルイの髪色と同じ綺麗な赤い羽根色をしていた。
「ほう……大鷲型魔獣アギャーラですね? 丁度子供ぐらいの大きさですか……」
アダルヘルムの問いにこくんと頷いた。空飛ぶ賢獣が作ってみたくて大鷲型魔獣アギャーラを真似て作ってみたものだ。本物のアギャーラは色が濃い茶色だがルイのは赤い色をしている為、魔獣だとは気付かれないだろう。普段から肩に乗せていても大丈夫そうなぐらいだ。
ルイは鳥を気に入ったようでアギャーラの事を肩に乗せ嬉しそうだ。目をキラキラとさせて喜んでいる。勿論魔獣好きのセオもそっと側に近付き、うっとりとアギャーラを見つめていた。他の子達も わー! と歓声を上げている。
私が名前を付けるようにとルイに声を掛けると、ルイは一瞬悩んでからオッティモの”ティモ”と名付けていた。最高という意味である。それだけでティモを大切に思う気持ちが伝わって来たのだった。
「セオ……セオにはこれを……」
私は渡そうかどうしようかと悩んでいたが、一週間も離れるためにやはり渡すことに決めた。
「これは……通信用のペンダント……今使っている通信魔道具みたいには長くは話せないけど、困ったときに呼び出すことは出来るから、そしたら転移してセオの元へすぐに飛んでいくからいつでも呼んでね」
「ララ……」
セオは私をギュッと抱きしめた。嬉しいという気持ちが何も言わなくても伝わって来た。
あの日セオを森で見つけてから、私達はずっと一緒に寝ている。セオはもう魘されることは無いが、もし私がいない時に何か有ったらと思うと心配で、せめて そばに居るよ という意思を伝えるためにと準備した物だった。
私の瞳とおそろいでセオには水色の魔石のペンダントで、私の物はセオの瞳の紺色の魔石の色で作った物だった。お互いが 見ているよ という意味を持っている。
皆に見送られて二人はアダルヘルムと共に馬車に揺られ出発していった。緊張せず自分の力を存分に発揮出来る事を祈るばかりだ。
さて、明日開店を控えているスター商会へと着くと、皆忙しそうにバタバタとしていた。明日はスター・ブティック・ペコラの開店、明後日はスター・リュミエール・リストランテの開店と続く為、皆大忙しだ。
何よりも宿泊されるお客様の殆どが、今日の午後には到着予定となっている為、アリー、オリーを中心に子供達までも作業に追われているのであった。
リタやブライス、そしてアリスもスター商会に着くとすぐに自分達の担当の仕事へと向かって行った。リタはミアに付き客間のセッティングを、ブライスはブリアンナの所へ行って販売衣装の最終チェックを、そしてアリスはピートやドロシーと花壇の手入れをするのだそうだ。皆お祭り騒ぎの様な店の様子にワクワクを隠せない様な顔をしていた。可愛い子達だ。
そして私の今日の担当は寮の料理の作り溜めなのだが、何故担当が寮の料理なのかと言うと、これから数日間はお客様も多く、マッティもレストランにかかりきりになる為、仕事が終わって寮に戻って来た時や、朝のバタバタした時間に皆が少しでも美味しい物を食べられる様にと、自ら望んで志願したのであった。
リアムからはくれぐれも新商品の開発ではなく、皆の食事だけに集中してくれと頼まれたので、頑張って沢山作ろうと気合いが入る私なのであった。
さて、その前にいつも通りリアムの執務室へと向かう事にした。リアムはティボールドがまだ屋敷に滞在中の為ウエルス邸から通ってはいるが、馬車ではなく転移部屋を使い、ティボールドにはもう隠してはいない様であった。
部屋の前に着くと中からは大人の男性の口喧嘩が聞こえて来た。勿論その犯人は良い大人のリアムとティボールドである。私が騒いでいる2人に 「おはよう」 と声を掛けると、黙っていれば落ちた紳士に見えるティボールドが半泣きの顔で走り寄って来たのだった。
「ララちゃーん! 聞いてよー、リアムったら酷いんだよー」
ティボールドは私に抱き付くと、リアムが朝自分を置いてさっさっとスター商会に来てしまったのだと訴えてきた。転移ペンダントの無いティボールドは仕方なく馬車を走らせスター商会までやって来たそうだ。あと30分待っていてくれたら良かったのにと言ってリアムをキッと睨んでいるのだった。
リアムはティボールドが来てから何度もこの愚痴を聞かされていたのだろう、大きなため息をつくとうんざりした顔でこちらを見たのだった。
「あのなー、俺は忙しいんだよ! 暇人の兄貴に合わせていられるわけないだろ! 一緒に来たいなら早く起きたら良いじゃねーか!」
「早く起きてたよー! だけど本に夢中になっちゃったんだ、声かけて時間を教えてくれたら良かったのにさー」
「俺は忙しいの! 兄貴にまで気を遣ってなんかいられないんだよ! それよりいい加減ララから離れやがれ!」
リアムはティボールドの腕を掴むと私を助け出した。そしてティボールドにシッシッと野良犬でも払うよな仕草をみせると、ティボールドは頬を膨らませて怒りだした。
「リアムのアホ、馬鹿、意地悪ー!」
「うるせー、兄貴のクソ野郎。あー臭い臭い」
残念な大人達である。見た目が良いだけに本当に気の毒になるぐらいだ。音声さえ聞こえ無ければ仕事内容で意見を言い合っている様に見えるだけに、小学生男子レベルの喧嘩に6歳児の私が大きなため息をつくと、周りの皆は同情して私を見ていたのだった。
「リアム、セオ達出発したよ」
「あ、お、おう、そうか。そうだな、今日出発だったな」
話しをセオの事に変えると、セオラブのリアムは急に大人に戻った様だった。ソファに腰掛けている私の前に座るといつものリアムになった様に思えた。ティボールドも喧嘩に飽きたのか私の横へと座るとニコッと笑顔を見せてくれたのだった。
「準備は順調?」
「ああ、万全だ。今客が来ても、問題が無いぐらいだぞ」
「良かった、私に出来る事があったら言ってね」
「ああ、有難う」
リアムはやっと笑顔になると自分の執務室机へと戻って行った。セオの名で気持ちが切り替わったようだ。良かった。
次はティボールドに話し掛ける。大好きな本の事だ。
「ルドは本は読んだの?」
「うん! ララちゃんが進めてくれた本、とっても面白かったよー。あともう一冊読み掛けだから、それ読み終わったらまた別の本を貸してね」
私が笑顔で頷くとティボールドも今日一番の笑顔になった。護衛のディエゴも下僕のヤコポもホッとした表情を見せていた。きっと朝から子供みたいにグズって二人に迷惑をかけていたのだろう。想像出来てしまえるのが残念だった。
それにしてもリアムとティボールドは好きな物の話しをすれば機嫌が良くなるなど似た者兄弟だなと可笑しくなる、ついこの前まで他人の様に振る舞っていたなどと思えないぐらいであった。
「ところでティボールドは小説書いてみたの?」
「うん……ちょっとだけだけど……」
ティボールドは本が好きなのでそう言った仕事をしてみたらと話してみた所、小説を書き始めたようだ。好きな事が見つかって良かったと思う。ティボールドは私に書きかけの小説の原稿をそっと渡してきたので、私はそれを開いて読み始めた。
「うーん……ティボールドはなんで騎士の話を書こうと思ったの?」
「えー、商売だから売れ筋の話かなぁって思って」
やはりそういう所が商人の息子なのだろう。書きたい物より売れそうな話の様らしい。見せて貰った小説は下手では無いが、騎士を良く知らないティボールドが書いただけあって、描写がイマイチであった。
「うーん……もっと気になる事を書いた方が良いかも……」
「気になる?」
「うん。好きな事とかね、ちょっと騎士は……もう少し勉強してからの方が良いかな……」
「そうなのかー、うん! 分かったー。ララちゃん有難う!」
ティボールドはニコニコっとすると原稿を鞄にしまい、リアムに近付いって行った。
「リアムー、明日から僕もお客様のご招待手伝うよー」
「はっ?」
ティボールドは良い笑顔のまま話続ける。周りの皆は驚いて手が止まってしまっていた。皆口を開けた状態でティボールドを見ていた。
「僕ってお買い得だと思うんだよねー。王都での付き合いもあるしー、店長の仕事してたから商売の事分かってるしー、兄上に色々と誤魔化して連絡出来るしね。それに給料はそんなに要らないしねー」
ティボールドはリアムの側で悪魔の様に囁く。これだけ忙しく猫の手も借りたいリアムとしては、喉から手が出る程の事だろう。けれど長兄のロイドの事を考えると素直に 宜しく とは言えないようだ。
「ロイドの事……良いのか? 本当の兄貴だろ……」
リアムとロイドは母親が違うが、ティボールドはロイドとは父親も母親も一緒だ。リアムは家族を裏切って良いのか? と聞いているようだ。ティボールドはふーとため息をつくとリアムの綺麗にまとめてある頭を撫でた。兄としてだろう。
「リアムも僕の本当の弟だよ」
「……ルド……」
「ふふふ、それにね、僕は兄上の事、昔から大っ嫌いなんだよ」
「へっ?」
「僕の本を破いたからね……」
そう言って良い笑顔で笑ったティボールドの背中には、何故か黒い物が見えたのだった。
こうしてリアムとティボールドは仲良く? スター商会で働く事となったのだった。
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