第168話 兄弟喧嘩
今私の目の前では、兄弟喧嘩が勃発している。目の前というよりは私を挟んでと言った方が良いだろう。
「お前、何ふざけたこと言ってんだよ! ララは6つだぞ、お前と釣り合うわけないだろ!」
「たった17歳の差じゃないか、そんなの普通だよ! 僕はここに居たいんだララちゃんと結婚するんだ!」
「ふざけんな! そんな事が通用するはずないだろ!」
見た目は落ち着きのある紳士に見えるリアムの兄ティボールドと美男子で弟のリアムの喧嘩だ。音声が聞こえなければ、違った雰囲気に見えるだろうが、いい大人が家に帰る帰らないの子供じみた喧嘩をしているのだ。周りの皆が啞然となる気持ちは良く分かる。
それに間に挟まれている私もいい加減面倒くさくなってきた。ティボールドは私を抱きしめて離さないし、リアムはそれを引きはがそうと私を引っ張ってくる、大人とは思えない二人の行動に腹が立ってきたのだ、そろそろ我慢の限界かもしれない。
「リアムはどうしていっつも僕に意地悪するのさ!」
「ふざけんな! 散々俺に意地悪してきたのはお前と兄貴の方だろ! 俺は被害者だ!」
「僕が意地悪何かするはずないだろ! そんな時間があるなら本でも読むよ!」
「言い訳は良いからとにかくララを離せ!」
「ヤダヤダ! ララちゃんは僕の物だ!」
「ふざけんな! ララは俺のもんだ! 俺がララをどれだけ大切に思ってるのかお前は……」
リアムはそこでハッとするとピタリと動きが止まってしまった。売り言葉に買い言葉でお兄さんに言い過ぎたと思ったのかも知れない。私と目が合うと顔が一気に赤く染まり、寒い時期にもかかわらず熱いのか汗もかいているようであった。6歳児の目の前で喧嘩している事が急に恥ずかしくなったのかも知れなかった。
ティボールドはリアムの攻撃が止まったことにホッとしたのか、動かなくなったリアムの目を盗んで、呆然としているランスの手から本をさっと抜き取るとギュッと抱きしめていた。どうやら本が読めなくなるのが嫌でウエルス邸に帰りたくないようだ。
「二人共落ちついて下さい。とにかくルドの護衛さんと下僕さんが待ってるからそこに行きましょう。話はそれからです」
少し威圧を掛けてニッコリと二人を見れば うっ…… と言ってから頷いていた。周りの皆も喧嘩が終わってホッとしたようで体から力が抜けていた。
私が一緒にティボールドの護衛と下僕が待っている応接室へと向かう事をリアムは嫌がっていたが、また喧嘩になりそうだったので、頑として受け入れなかった。この二人を止められるのは私しかいないだろう。その証拠に――
「……行きたくない……帰りたくない……リアムの馬鹿……」
「……ララに ”ルド” なんて子供の頃の呼び名で呼ばせてるのか……クソ兄貴」
と応接室へ向かう間も小さな声でぐちぐちと喧嘩をしているのだ。仕方無く私が威圧でキッと睨めば大人しくなるのだが、今度は舌を出したり、イーっと歯を出したり声を出さない喧嘩をしている。もしかしたらウエルス家の子供は精神年齢が低いのかもしれないと、6歳児の私は二人を見て思ったのだった。
応接室へ着くと、ティボールドの護衛と下僕は無事な姿を見てホッとした様だった。まるで小さな子が迷子になって迎えに来た親の様であった。
「リアム様ご迷惑をおかけいたしました……ティボールド様、心配しておりました!」
「……うん……」
ティボールドは元気のない様子で席に着くと、声を掛けてきた護衛に小さな声で返事をした。先程までとは別人の様に大人しく、ただ本をギュッと抱きしめる小さな子の様であった。リアムは大人の対応で護衛と下僕に気にするなと言って安心させていた。
私はティボールドの護衛と下僕を見たが、特に嫌な感じはしなかった。本当にただ純粋にティボールドの事を心配している様子だった。もしリアム達が言うようにこの二人がもう一人の兄であるロイドの回し者なのだとしたら、この人達は主演男優賞ものだなと心の中で思ったのだった。
皆が席に着きアリーが入れてくれたお茶を飲みながら、今日の経緯を聞くことになった。何故ティボールドが迷子になったかだ。これにはお互いに誤解がある様であった。
ティボールドは護衛と下僕の二人が自分を置いてどっかへ行ってしまったと言い、護衛と下僕は古本屋でティボールドの姿が急に見えなくなってしまったので、街中を探し回ったと言って居るのだ。
皆が首を傾げている所で私は有る事が気になった。ティボールドが急に見えなくなってしまったという点だ。もしかしたらティボールドは、知らずに魔法を使っている可能性があるのではないかと思ったのだ。
「ルド、古本屋ではどうしてたのかを聞いても良い?」
私がルド呼びしたからか、ティボールドの護衛と下僕はビックリした様子で私を見ていた。ルドは本を抱えたまま頷くと 「ララちゃんになら話してもいい」 と言って話し出してくれた。リアムが嫌な顔をしてティボールドを見ていたが気にしないでおいた。
「あのね、古本屋で立ち読みをしてたんだ。だって本て高いだろう? だから本当に欲しい本を探す為に見てたんだ……だけど――」
ティボールドの話では古本屋で本を見ていたところ、店主にとても嫌な顔をされたらしい。良くあることの様だが、商売として立ち読みされるのは腹が立つようだ。当然である。それでティボールドはいつもの様に姿が見えなくなれば良いなと思ったらしい。すると店主は全くティボールドのことを気にしなくなったのだそうだ。
そしてある程度本を物色して、気に入った一冊を買おうと護衛と下僕の居たところに視線を向けたところ、二人がいなくなっていたという事だった。
「ティボールド、見えなくなればいいって今できる?」
「えっ? うん。本読んでいいなら出来るよ」
私がリアムの方へチラッと視線を送ると、リアムが仕方なくだが頷いていたのでティボールドにお願いをした。するとティボールドが本を読み始めてすぐに、ティボールドの姿は見えなくなったのだった。周りにいる皆は突然の事に驚き目を丸くしていた。リアムも兄が言っていたことがやっと理解できたのか驚いているようであった。
「リアム、目に身体強化を掛けてジッとルドの居たところを見てみて」
リアムは頷くと目を細めてティボールドの居た場所を見始めた、そして――
「……ああ、兄貴の居るのが薄っすらだが分かるな……ララは見えているのか?」
「うん、見えるし、探査使えば居るのも分かるし、あとセオが教えてくれた魔力を感じることを意識すれば、何もしなくてもルドがそこに居るのは分かるかな」
リアムは 「そうなのか……」 と呟くと黙り込んでしまった。何かを考えている様だ。ティボールドの護衛も目を細めて居ることから、見えなくなったティボールドを見るために身体強化を目に掛けているようであった。
私はティボールドに声を掛けて見えなくなるのを止めて貰った。声掛けを三回したところでやっとティボールドは私に気が付き姿を現したのだった。
意味が分かって居なさそうな皆に説明をすることにした。やはりティボールドは知らずに魔法を自分に掛けて居る様だったのだ。
「ルドは自分でも気づかないうちに、隠蔽の魔法を使っていると思われます」
「隠蔽? そんな高度な魔法を?!」
ティボールドはキョトンとした表情でいるが護衛達は驚いている様だ。隠蔽は誰でもできる魔法ではない、ココやセオの様に魔力があり、属性が闇属性を持っていなければ出来ない物だろう。そこでティボールドがどうやってこの魔法が使えるようになったのかを聞いてみることにした。
「僕、隠蔽してたの? 本を読むのを邪魔されたくなかっただけなんだけど……」
「じゃあ、質問を変えるね。いつから邪魔されなくなったの?」
「うーんそうだねー。兄上に子供の頃、本を破かれてからかなー。リアムも好きだった本だよ。あの光の女神さまの本。リアム覚えてる?」
「あ、ああ……」
リアムは先程までの怒りはどこかへ行ってしまったのか、別人の様に大人しく、今も呆けているような様子だ。護衛や下僕それに一緒の部屋にいるランス達も、ティボールドの才能に驚いたのか、呆然とした顔をしていたのだった。
ティボールドの使った隠蔽は、リアムと同じで魔力量が多いからこそ使える魔法だと思った。普通の庶民では中々使えない魔法なのだ。皆が驚くのも無理はなかった。
「ティボールド様、申し訳ありませんでした……まさかこのような魔法を使っているとも知らず、勝手に離れてしまいまして……」
護衛と下僕は深々とティボールドに頭を下げていた。きっとこれまでも同じことが何度かあったのだろう。気付くことが出来なかった自分たちを責めているようであった。でもそれも無理のない事である。使っている本人でさえ気が付いていなかったのだから。
ティボールドもニコニコとして二人に笑顔を向けると、優しく声を掛けた。
「僕の方こそごめんよ……君達が勝手にどっかに行ったなんて言ってしまって……僕のせいで街中を探す羽目になってたのに、申し訳なかったねー……」
主(ティボールド)の優しい言葉に二人共ウルウルとしているのが私からも見えた。誤解が解けて本当に良かったと安堵した。
「……本の他には?」
「えっ?」
「本の他にも、兄貴……ロイドに壊されたものがあるんじゃないのか……?」
ずっと大人しかったリアムが急に口を開いた。その顔は渋い顔をしている。何かを思いだしたのかもしれない。ティボールドはそんなリアムの様子とは反対に、ニコニコっとしながら うーん と考え出した。長兄に壊されたものを思いだして居る様だった。
「うーん……沢山あるよー。兄上は僕が大切にしている物を壊すのが好きだったみたいだからねー。でも他は別に良かったけどリアムと一緒に読んでた本の時は許せなくて、兄上の好きな子に泣きながら意地悪を言いつけてやったんだ。あの時の兄上の顔ったらなかったねー。フフフ、小さい子をいじめるなんて最低って言われてたよー。フフフ……」
「俺と遊んでた時、急にいなくなったのも……そうなのか?」
「えー? ああ、かくれんぼかな? 僕はリアムが僕を嫌いだからどっか行っちゃったと思ってたけど、僕が消えてたんだねーごめんねー」
何だか兄弟不仲の誤解が解けてきたようだ。二人の表情が先程までとは違ってきている。リアムは申し訳なさそうな顔をしているし、ティボールドは弟に嫌われてなかったと分かったからか嬉しそうだった。
リアムは立ち上がりグッと体に力を入れると、ティボールドに近づいた。ティボールドは本を抱えながら弟のリアムを見上げていた。そしてリアムはふーっと息を吐くとティボールドに頭を下げた。
「兄貴……今まで誤解してて悪かった……俺はてっきり兄貴に嫌われてると思ってたんだけど……ごめん……」
「フフフ、リアム謝らないでよ。僕だって同じでしょ? お互い様だよ」
ティボールドは抱えていた本を横に置くと立上り、自分より背の高いリアムの手を握り自分の方へと引き寄せた。
抱き合う二人は仲の良い兄弟に見えた。誤解が解けて本当に良かったと心から思った。周りの皆も嬉しそうに笑っていた。勿論私もだ。
「じゃあ、これで僕とララちゃんの結婚は許してもらえるね!」
「はぁっ?!」
「ララちゃんがリアムの未来のお姉さんになるんだ、嬉しいだろ?」
「ふざけんな、バカ兄貴!」
口げんかの様にじゃれあう二人の耳は赤かった。抱き合ったことが恥ずかしいのか喧嘩でごまかしている様だ。
このまま兄弟仲良く出来ると良いなと、じゃれ合う二人を見て思った私なのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます