第141話 ニカノールの友人

「ニカおはよう、どう? 寮での生活は慣れた?」


 今日はニカノールの元職場の人たちがスター商会へと来ることになっていた。

 私とセオは皆が朝食を摂っている食堂へと向かうと、マイラやブリアンナと楽しそうにお喋りしながら食事を取っていたニカノールに声を掛けた。


 ニカノールはすっかりスター商会での生活にも慣れたようで、午前中はランスかイライジャに商人としての立ち居振る舞いを学び、午後はマイラやブリアンナに教わりながら、スター商会の衣装や商品の事を勉強していた。


 勿論、化粧品の成分の事もビル達研究組に教わる日もあるのだが、ニカノールは化粧品の知識は元々ある程度持っているので、今はそれ以外の事を身に着けようとしているようであった。


「ララちゃん、寮は快適よー、何の問題も無いわ」


 そう言って微笑むニカノールはとっても美しかった。

 元々出会った時からニカノールは美しい人であったが、スター商会へ来て専門の知識を学ぶようになってからと言う物、益々綺麗になったと思う。

 それと自分の好きな事を仕事にしたことが、ニカノールの本来持っていた美しさを開花させた気がした。後はランス達から勉強した身のこなしが、とっても様になって来たこともあった。本物のモデルさんのようで、きっと店がオープンしたらすぐに人気者の店長さんになるだろうなと想像できたのだった。


 ニカノールの元職場の人達にはスター商会で雇い入れたい話はまだ伝えていない、これはモシェ達の事件があったからだ。

 あの時の様にここに来ることで襲われでもしたら危険なので、ニカノールの友人として遊びに来てもらうという連絡の取り方をして貰った。まだニカノールの友人は皆新しい職場が見つかっていない様だったが、ニカノールの手紙にはすぐに返事をくれ、どんな職場なのか見に行きたいと、心配している様子で手紙をくれたそうであった。

 これだけでニカノールが元職場でも大切にされていたことが良く分かった私であった。


「あたしが一番年下だったから、こんな歳になっても皆心配するのよね」


 そう言いながら微笑むニカノールは照れくさいのか、少し頬が赤くなっていて可愛いなと思った。


 スター商会で一番小さい応接室を選び、ニカノールの元職場の友人がくつろげる様にお茶の準備始めた、皆が落ち着いたころにリアムにこの部屋に来てもらって、仕事の話を打ち明ける予定でいる。


 ニカノールは友人が来ることが落ち着かないのか、時計ばかり気にしてソワソワとしていた。テーブルにはニカノールの友人が興味を持ちそうな、化粧品やお菓子などを準備した。


 午前のおやつの時間ぐらいにニカノールの友人達はやって来た、少し派手目の服装だったが皆綺麗な人たちばかりであった。


「ニカ! 元気そうじゃない! あんた綺麗になって!」


 そんな事をニカノールに声掛けしながら、皆がニカノールに抱き着き挨拶を始めた。最後に入って来た一番年上でとっても綺麗な女性がニカノールの前に立つと、ニカノールはウルウルと目をにじませたのだった。


「……ママ……」


 ニカノールはそう呟くとその女性に抱き着いた。頭を撫でられて、ニカノールは年齢よりも幼く、そしてその女性の本当の子供の様に見えて微笑ましかった。


「ちょ、ちょっと、ニカ! このお人形みたいに可愛い子達はなんなの?!」


 この部屋に私とセオがいる事に気が付いた一人の女性が、私のことを抱きしめながらニカノールに話しかけた。羨ましいぐらい大きな胸が私の頬にあたり、窒息しそうになった。


「キャーラ! 離しなさい、ララちゃんが苦しそうよ!」


 ニカノールが慌ててキャーラと呼ばれた女性から私を引き離してくれた。涙を見せていたニカノールの為に、場の空気を変えようとしてくれたのかも知れないなと、ちょっと思った。

 ニカノールは皆の前に私とセオを押し出すと、紹介をしてくれた。


「この子達はセオくんとララちゃん。私の命の恩人であり、スター商会で働けるようにしてくれた恩人でもあるのー」


 私とセオを助けようとしてくれたのは、ニカノールの方なのだが、何故か命の恩人扱いになっていた。私はニッコリとニカノールの友人に微笑むと、挨拶をして皆をソファへと促した。


 席に着くと皆も私とセオに自己紹介をしてくれた。”ママ” とニカノールに呼ばれていた人はブランディーヌと言って、色気のある美しい人であった。

 それから先程私を抱きしめた胸の大きなキャーラ、そして背の高いビオラ、唇の下にほくろがあってセクシーなレベッカ、そしてスレンダー美人のマルタという名の五人であった。


 アリーが入れてくれたお茶を味わいながら女子トークが始まった、セオが少し居ごごちが悪そうだったが、ニカノールも男の子なので、決して男一人と言う訳では無いので、そこは我慢して貰ったのだった。


 皆ニカノール同様に美容にはとても興味がある様で、テーブルに並べられたスター商会の化粧品には目を輝かせていた。試供品を渡してあげると驚いて何故か手が震えていた。

 何でも街中でスター商会の化粧品を購入するとなると、彼女たちの給料の3分の1は飛んで行ってしまうそうだ。高価すぎて気軽に使おうとはいかない様であった。


 そう考えると、ここに来る前からお金をためてスター商会の化粧品を購入していたニカノールは、改めて美意識の高い人なんだなと思った。今の勉強の様子を見てもそうだが、美に対して全く手を抜く姿が無い、少しセオに似てストイックの様だと私は感心したのだった。


 スターベアー・ベーカリーのお菓子も皆満足してくれた様であった。今店で販売しているお菓子を全て並べてみたのだが、どれも美味しいと好評だった。ただニカノールはお菓子を食べようとしなかった事が気になった。皆に食べさせてあげようと思って我慢しているのかなと思って声を掛けてみたら、違うようであった。


「ここのご飯が美味し過ぎて、私ちょっと太っちゃったのよー」


 誰が見ても細く見えるニカノールなのだが、どうやら本人的にはお腹周りや顔にお肉が付いた気がする様だ。その話を聞いて私はダイエット食なるものを販売したら、購入したくなるのではないかと思い付いた。どこの世界でも女性は美しくなりたいものだからだ。


「ねぇニカ、ダイエット食品とか美容食品とかあったら買う?」

「「「何それ! そんなのあるの?!」」」


 ママ以外の女性たちが食いついてきた、勿論ニカノールもだ。

 やはりダイエットはどの世界でも永遠のテーマの様だ。今後オープンするレストランでもそういった食事を作ってもいいかも知れないなと、彼女達の盛り上がりを見て私は商機を感じたのだった。


 話が盛り上がっているとリアム達がやって来た、女性たちはリアムの普段とは違うカッコいい姿を見て、頬を染めていたのだった。


「ニカノールのご友人の皆さま、初めましてリアム・ウエルスです。ようこそお越しくださいました」


 ニッコリと微笑むリアムは王子様の様であった。良く仕事の忙しさからソファでだらけて居るリアムを知っている私としては、ちょっと笑いが吹き出しそうになってしまった。隣のセオを見ると口元を押さえていたので、私と同じ気持ちだった様だ。


 ニカノールの友人たちは副会頭のリアムが、一従業員であるニカノールの友人にわざわざ挨拶に来たことに驚いているようであった、啞然としている皆にリアムは早速スター商会での就職の件を話し始めた。


「あー、ニカノールからお話があったかも知れませんが――」


 リアムがニカノール方に視線を向けるとフルフルと首を横に振った、友人が来て大分時間が経つのにまだ何の話もしていないことにリアムは少し苦笑いを浮かべていたが、そのまま話続けた。


「もし貴女達さえ良ければ、スター商会で働いて頂けないかと思っているのですが、いかがでしょうか?」

「「「「え、ええっ?!」」」」


 思っても居なかった事なのだろう、ブランディーヌも含めた全員が驚いた顔になってしまった。それを見てニカノールは、前もって話しておけば良かったというような、申し訳なさそうな顔をしていたのだった。

 これは化粧品談議をしていた私にも非があるので、ごめんなさいとそっと頭を下げておいた。


「……私達が……この店に?」

「本気で言ってるんですか?」

「飲み屋の女ですよ?」


 友人達は有り得ないと言う風な表情で、リアムに首を振っていた。ニカノールも初めて会った時に同じ様な様子だったことから、この世界では ”飲み屋の女” というのが余り良く受け止められないのだろうと思った。

 ブランディーヌが一つため息をつくとリアムに話しかけた、少し迫力のある表情だが、リアムは相変わらずの商人らしい笑顔を浮かべていた。


「……それは、ニカノールのおこぼれでここで雇ってやろうって魂胆かい?」


 ニカノールに何か負担がかかるとでも思ったのか、ブランディーヌの言葉を聞いて他の友人たちにも緊張が走った気がした、人気店のスター商会で ”飲み屋の女” である彼女たちを雇う事に、裏があるとでも思ったのかも知れなかった。


「ママ、違うの、違うのよ――」


 ニカノールが言いかけた言葉をブランディーヌは手で遮った、副会頭であるリアム本人から話を聞きたい様であった。

 リアムはニッコリと笑って頷くとブランディーヌに向けて話し出した。皆が何を言うのかとごくりと喉を鳴らすのが分かった。


「これはまず、ニカノールの友人である会頭の希望でもあります」


 ニカノールの友人達は 会頭? 友人? と驚いたように口々に声を出していた。ブランディーヌだけがそれを聞いて眉間に皺が寄りきつい目つきになった、美人がやると迫力があるなぁと、そんな事を会頭でありニカノールの友人である私は考えていた。


「まさかニカノールを、その会頭ってやつの愛人にでもしようってつもりで、あたしたちに声を掛けたんじゃないよね?」


 リアムは まさかまさか という風に少し鼻で笑いながら首を横に振った、流石に会頭である私はニカノールを愛人にとは望んでいないので、隣で大きく頷いておいた。


 ニカは大切な友達だからね!


「だったら、何でだい? あたし達は昼間の仕事をやるような上品な女じゃないよ、あたしたちに何が出来るって言うのさっ」


 ブランディーヌが吐き捨てるように言った言葉を聞いて、リアムが答えようとしたが、それより先に私が動いてしまった。飲み屋とか、上品じゃないとか、そんな事は関係ないからだ。新しい店には彼女たちの様な美に興味がある人間が必要なのだ、これは会頭である私が説得しなければならない事だと思ったのであった。


「ブランディーヌさんも、キャーラさんもビオラさんもレベッカさんもマルタさんも、この街の女性たちの中で目を引くほどの美人だと私は思います」

「……お嬢ちゃん?」


 急に口を挟んできた私を皆が驚いたような顔で見てきた、まさかここで子供が意見するとは思ってもいなかったようだ。


「ニカ……ニカノールをここで雇いたいと思ったのも、美容に対して高い意識があり、衣装にもセンスがあったからで、決して友人だからとかそれだけの気持ちではありません」


 6歳児の口ぶりでは無いからか皆がポカンとして私を見ているのが分かった。リアムとセオはニヤニヤとしており、ニカノールは感動しているような素振りで有った、私は気にせずそのまま話を続けた。


「ニカノールは優しく、美しく、そしてとても努力家です。そんな人はどこにでもいる訳ではありません」


 皆がニカノールの方へと視線を送った、ニカノールは照れているのか顔が真っ赤になっていた。


「お姉さま方も同じです。夜の仕事と言うのはとても大変だと私は思っています。それもお酒に酔って理性が無くなっているような人たちを相手に仕事をしているのです、沢山の苦労があったと思います。

 私はそんな皆さんの接客のプロとしてのお力をお借りしたいと思って、スター商会で働いていただけないかと考えたのです。なので、もし嫌でなければ、私達と一緒に働いてもらえないでしょうか?」


 私が頭を下げるとリアム達もセオも一緒に頭を下げてくれた、ニカノールも一緒に皆に頭を下げたのが横目で分かった。


「お嬢ちゃん……まさかあんた……」


 ブランディーヌの声を聴いて頭を上げると、驚いた表情で私を見つめているのが分かった。私がどうしたのだろうと首を傾げていると、リアムが笑いながらブランディーヌに頷いて見せた。


「……そうです、彼女がスター商会の会頭ですよ」


 その言葉にニカノールの友人たち皆が、驚いたようにひゅっと息をのんだのだった。

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