第136話 リアムとニカノール

「あの……リアムごめんなさい……勝手に抜け出して……」


 リアムはまだアダルヘルムの様な笑顔で私を見ている、お怒りは謝ったぐらいでは解けないようだ。


 私はリアムにも何故店から抜け出したのかを話し出した。

 従業員探しの散歩の予定だったこと、ニカノールに助けられたこと、スラムで子供たちを助けた事などだ。スラムに二回も行った話をするとリアムだけでなくランス達も頭を抱えてしまった。


 そんな皆を気にしながらもそのまま話を続けた、スラムで助けた子供たちをディープウッズで引き取ろうと思っている事だ。あんなに怖い笑顔だったリアムも思っても居なかった事だったのか、ただ茫然とし、驚いた顔のまま固まってしまった。

 仕事を続けていたランス達も驚いたのか、ついに近場の椅子に腰を下ろして、驚いた顔を私に向けていた。


 そんなリアム達を一旦落ち着かせるために、話を変えてニカノールの紹介をすることにした。助けてくれたと言う話をした時に、とても優しくて素敵な人だと伝えてあるので、皆のニカノールに向ける視線はとっても優しい物であった。


「えーと、さっき話したニカノールさん、ニカには新しく作るブティックと化粧品販売店で働いて貰いたいと思っているの」

「へっ?!」

「はっ?!」


 リアムとニカノールの声が揃った。二人で顔を見合わせると、驚いた顔のままで私の方を見てきた。何だか息ピッタリな二人の姿に思わず笑いが込み上げてしまう。


 仕事の話になったのでランス達も何とか動き出し、こちらへと近づいてきた、でも顔は固まったままの商人スマイルだ。


「ララ……詳しく話してくれるか?」

「ええ、そうよララちゃん、あたしにも説明して欲しいわ」


 同じ様な動きと言動をするリアムとニカノールに微笑みながら、私は頷き説明を始めた。

 先ずはニカノールがスター商会の化粧品に詳しい話をする、製作者の私やマルコ達並みに成分などを良く理解している事、自分でも使って試している事などだ。

 スター商会の化粧品は庶民にはまだ高い物である、でもそれをニカノールは購入し試している、相当な美に対しての意識があるからだ、こんな人はめったにいないのだとリアム達に説明をした。

 次にブティックの件だが、ニカノールはリタに合う洋服をキチンと見つけることが出来た、これは庶民では難しいことなのだ。

 商人としての知識があれば色や形など購入者に合ったものを選ぶことが出来るだろう、だがそれは修行をして役職に就くぐらいになって初めて出来る様な事なのだ、これはマイラから教えてもらった事なのだが、庶民が服を選ぶ基準は値段で有り、それ以上の物は求め無いそうだ。

 反対に貴族はいかに派手なのか、目立つのか、高価なのかという事が大事だそうで、似合う似合わないは二の次にされているとの事であった。


「私はニカに、【トータルコーディネート】の仕事をして貰う予定でいるの」

「と……とうたる? こーで? なんだそれ?」


 後ろにいる皆もリアムやニカノールのように首を傾げている、いい大人の男性が揃って可愛らしく首を傾げている姿はとても面白かった、笑いたくなるのをグッと我慢しながら私は話を続けた。


 ブティックでは服の販売の他に化粧品の販売それから、トータルコーディネートのサービスをしようと思っていると話した、購入者に似合う服や化粧品を提示し実際に試着したり、化粧を施して上げる仕事だ。出来ればヘアースタイルまで見て上げられればいいのだが、そこは似合うリボンや髪飾りを選んであげるとこまでとなるだろう。


「ララちゃん、そ、そんな事あたしには無理だと思うの……」


 ニカノールは少し青くなりながら首を横に振っている、内またになり手を組んでいる姿もニカノールがやると男性なのに可愛らしかった。

 私は安心させるようにニカノールの手取り、優しく話しかけた。


「ニカ、そんなに難しく考えなくていいの、昨日リタにドレスを選んでくれたでしょ? あれをやって欲しいだけなの」

「えっ? そ、そうなの?」


 私は一つ頷き続けた。


「来たお客様に似合う服を選んであげて、お化粧品を見てあげるの、どうかな? 嫌かしら?」

「……それは……大好きな事だけど……あたしにできるかしら……」

「ニカだからお願いしたいの、ニカじゃなきゃダメなんだよ」

「ララちゃん……でも、あたし……酒場でしか働いた事無いのよ……高級店の接客なんて出来るかしら……」


 私とニカが押し問答している所にリアムが手を上げてきた。


「あー……ニカ? ニカノール、何も一人でやる必要は無いんだぞ」

「えっ? そ、そうなの?」

「接客ならここに居るランスやイライジャ、それに今ここにはいないがマイラも接客は完璧だ、だから指導もするし、開店してからしばらくはそばに居る、安心してくれ」

「そ……そうなのね……」


 ニカノールは安心したように笑みを浮かべて大きなため息をついた、リアムはじろりと私を見て、説・明・不・足 と口パクで伝えてきたので、ぺこりと頭を下げておいた。昨日の抜け出しへのお怒りはどうやら落ち着いたようだ……良かった……


「ねぇ、ニカ、ニカが働いていたお店にいた人達は今どうしてるの?」

「ええっ? どうかしら……まだ潰れてそんなに経ってないから、皆ぶらぶらしてると思うけど……」

「じゃあ、その人たちにも声を掛けてみてよ!」

「ええっ? 良いの? あたしたちは酒場の人間なのよ?」

「うん、それって凄い事だよね、お酒を飲んだ人の相手するって大変だもんねー」


 蘭子時代の事を思い出す。お酒を飲んだ父や旦那がいかに手が掛かったかを、夜中に帰ってきたら、水だ何だと騒ぎ立て、服は脱ぎっぱなし、寝ても鼾がうるさい、次に日には頭が痛いだと大騒ぎで有った。

 吞むことも仕事だと言われれば、私には文句は言えなかったが、もっと楽しいお酒を飲めばいいのにといつも思っていた。だからそんな手のかかる酔っ払い相手に仕事を熟すニカノール達の事は心から尊敬出来るのであった。


「……ララちゃんって、本当に……」

「ハハハ、変わってるだろ?」

「えっ?」


 リアムとニカノールは何にかを通じ合った様で、私の驚く顔を見て笑ってい居た。何故かランス達もだ。セオだけが意味が分からないといった表情を浮かべていたので、どうやらまた私達は仲間外れの様だ。この世界の常識を持つのはまだまだ先になりそうだった。


 次に気になったスラムの話をした。昼間だと言うのにスラムに入ってすぐに絡まれたこと、とても汚く匂いが酷かった事、スラムの人たちを雇いたいが、あれではその前に病気や悪い人に襲われて死んでしまう可能性が有る事を話した。


「確かに今のスラムはかなり荒れてるな……昼間でも女、子供は歩けない位だろ」

「そうね……あたしも近づきたくない位だもの……」


 子供たちが話していた”おじさん”と呼ばれる人が気になる話もした、人助けをしている人が警備隊に捕まって連れて行かれた理由が分からないが、そういう大事な人材を守りたいと私は思ったのであった。


「だから、スラムを綺麗にしようかと思ってるの」

「「はぁ?!」」


 セオまで何故か大きな声を上げている、そんなに驚くようなことだろうか……


「待て待て待て! ララ、今度は何をやる気だ!」

「えー、【慈善活動】? 【ボランティア】? って言えばいいのかな?」


 スラムを綺麗にし、住みやすい街にしようと思っている話をした。ルイ達のような子供たちが、あんな路地の隙間で家とも呼べないような場所で生活をしなくてもいい様にしてあげたい。

 昨日歩いただけでは一部分しか見えなかったが、きっと困っている人はもっと沢山いることだろう。病気の人や怪我人、それに食事にさえ困っている人も多々いると思う、そう言う人をスター商会の名前で手助けできればと思っているのだと話をした。


「それに、あのスラムの臭いを何とかしたくて……トイレってどうなってるのかなぁ……」


 話を聞いてただ驚いた表情を浮かべていたニカノールが、ハッとしてからスラムのトイレ事情を教えてくれた。自宅でツボの様な物に用を足すと、公共の捨て場まで持っていき、そこで処理をする様だ。そう言った事が面倒な人はすべてその辺りに適当に捨ててしまうらしい、その為街中が酷い臭いになっているようであった。

 スラムのあるエストリラの隣の町カイスはとても花々が咲き誇る美しい街であった、そのすぐ横の街があれでは観光に訪れた人々は興ざめしてしまうだろう、エストリラの街も同じ様に花が咲く美しい街にできたらと思っている。


「で、でもララちゃん……また悪い奴らに襲われるんじゃないのかしら?」


 ニカノールの言葉にニヤリと笑う、悪い人たちをおびき出すのも一つの作戦でもあった。


「”おじさん”って言う人を助けたい事もあるんだけど、街から悪い人たちを追い出したいんだよねー」

「ララ、おまえ、どれだけ危険か分かってるのか?」

「うん、大丈夫、分かってるよ、タルコットにスター商会として許可も貰うし、それにセオがいれば大丈夫だから」


 セオの方に向いてそう言えば顔を赤らめてしまった、急に褒められて恥ずかしくなったようだ。リアムは頭を抱え、ニカノールは心配そうな表情で私を見ていた。セオが強い事は知っているが、それでもまだ心配が拭いされない様であった。


「……セオだけじゃ、護衛が足りないだろう……」


 リアムが頭を抱えたままポツリと呟いた、スラムの改革を少しは前向きに検討してくれている様だ。その改革にはスラムの事を良く分かっている子供たちも連れて行きたいと思っているので、確かに護衛は必要だと私も思っていた。勿論私も戦えるのだが、自由に動くためには大人の力が借りたい。

 リアム達にはスター商会の仕事が有るので、ジュリアンやトミーとアーロ、それに護衛熊のセディとアディは連れて行けない、ドワーフ人形達なら大丈夫だと思うが、今後のビール工場の件も考えるとここは人材を増やしてい所でもある、なので私は先日から考えていたある案をリアムに話したのだった。


「傭兵を買い取ろうかと思ってて」

「はあっ?!」


 今日はリアムが間抜けな声ばかりを出すが、私は気にせずに話を続けた。この不況でトミーとアーロでさえ解雇されるぐらいである、フリーランスの立場で雇われる傭兵たちはもっと厳しい状態にあるだろう、だからこそ今ならいい人材が選びたい放題の様な気がするのだ。


 そんな話をすると、リアムはソファにぐったり倒れ込み天井を見上げてしまった。周りの皆も、もう何と言っていいのか分からないと言った風に、引きつった表情で各自の椅子に座りこんでいた。どうやら立っているのも辛い様であった。


「……それで……傭兵に出す条件は何だ?」


 どうやら商業ギルドに傭兵募集の申し込みをしてくれるようだ。リアムはまだぐったりしたままだったが、手招きでランスを近くへと呼ぶと、私から希望の条件を聞いて、依頼を掛けるようにと話してくれたのだった。

 

「弱くても良いから、人柄重視でお願いします」

「……弱くては護衛にならないのでは無いでしょうか?」


 ランスは心配そうに私に聞き返してきたが、私は首を横に振った。いい人材を取ろうとすればまた裏ギルドから目を付けられて面倒なことになってしまうかもしれない、それならあちらが気にしない程度のランクの傭兵で構わないのだ、何故なら――


「弱くても全然かまいません、私とセオでビシバシ鍛える予定ですから」


 皆の不安を取り除くためにそう言ってのだが、何故か益々皆の顔が曇ってしまった、一体何が行けなかったのか、まったく分からない私なのであった。

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