第134話 報告と改善案

「本当にこのお屋敷は美しい物と美しい人しかいなくて、天上みたいなところよねー」


 頬に手を当てながらうっとりした顔つきでニカノールは私達にそう言ってきた。ニカノールは美しい物がとても好きなようだ。だから美意識が高く、化粧品にも詳しいし、体も太らないように気を付けているのだろう。


 オルガと別れ、私達も朝食を取るために私の部屋へと向かった。今日はニカノールがいるので気を使わせないために、私の部屋で朝食を取ることになっていた。


 部屋に着いてから、私は自分の魔法袋から男性物の洋服を取り出した。ニカノールは昨日と同じ服装のままいるので、魔法で綺麗にしてあるとはいえ、やはり新しい物が着たいだろうと思って何着か出してみたのだった。


「ニカ、着替え無かったよね、この中から好きなものを選んでみて」


 朝部屋へ行った時に渡そうと思っていたのだが、まさか早くから屋敷の手伝いをしてくれているとは思わず、遅くなってしまい申し訳なかった。昨日のうちに渡しておけば良かったと自分の至らなさを反省した。

 ニカノールは私が出した洋服の山を見ると宝物でも見たかのように目がキラキラと輝きだした、まるでリアムが新しいお菓子を見たときの様で思わず笑いそうになってしまった。


「こっこっこ……こんなに沢山の中から選んで良いの?!」


 鶏みたいになってしまったニカノールに笑い掛けながら私は頷いた。


「ニカは細いからサイズが少し合わないかも知れないけど、リアムの……あー、私の友達のサイズで作って有る物だから、普通の物よりはニカに合うと思うんだ」


 リアムもニカノールも前世のモデルの様に背が高く手足も長い、ただリアムは剣を振っているだけあって細マッチョなのだが、ニカノールはもっと細いのである、美しさを保つ為に鍛えているが、それは決してしっかりとした筋肉を付けるためでは無いため、とっても痩せている、なので少し大きい事は我慢してもらうしかなかった。


「やだー、迷っちゃうわ、どれにしようかしらー」

「フフッ、私が作った物だから好きなの全部持ってって」

「えっ?!」

「あ、でも今日スター商会へ行くし、多分オルガもニカの洋服を作ると思うから、そっちの方がサイズがあってて良いかもだけど……」

「えっ? ええっ?! あたしにも洋服を作ってくれるの?」


 ニカノールは見ていた服をぎゅっと抱きしめながら私に聞いてきた、驚いた顔が赤く染まっている、興奮している様だ。


「私、ニカさえ嫌じゃなければスター商会で働いて貰いたいと思っているの……」


 思ってもみなかった言葉だったのか、ニカノールは餌を欲しがる鯉のように口をパクパクさせると、助けを求めるようにセオの方へと目を向けた。セオはそんなニカノールにクスリと笑いながら頷いて見せたのだった。


「なっなっな、なんで? あたしを?」


 何故自分を雇いたいのか? という質問だろうか、私もニカノールの美男子が台無しになっている姿を見てクスリと笑いながら答えた。


「ニカみたいな貴重な人材を探してたの、こんなに化粧品に詳しい人はなかなかいないもの」

「あ、あたしが貴重?」


 私がうんと大きく頷くとニカノールは勢いよく抱き着いてきた、ララちゃーん! と言いながら泣いている、私がそんなニカノールの頭を撫でてあげると、もっと泣き出してしまった。


 とにかく落ち着くまでニカノールにいい子いい子と言いながら綺麗なホワイトブロンド髪を撫でた、するとニカノールの髪からはとってもいい香りがした。

 

「ニカの髪、すっごくいい香りがする!」


 泣いていたニカノールは私の言葉を聞くと、やっと私から離れて自分の髪に触った、そして自分でも香りを確かめはじめた。


「やっぱりそう思う? このお屋敷の しゃんぷ? りんす? って物をオルガお姉さまに使い方教えてもらって使ってみたのよー! 今日で最後かと思って念入りに使わせてもらったわー」

「えっ? そうなの? じゃあ、私も同じ香りがする?」

「勿論よー! 昨日会った時から、ララちゃんはいい香りだなって思っていたものー!」


 ニカノールの話を聞いて、改めてスター商会の商品の素晴らしさを実感した。この香は女性の魅力を引き立たせるのではないかと思った。

 化粧品の販売は今店で一番人気と言える、だが、シャンプーなどの日用品に近い物はそれ程でもない、皆石鹼一つで済ませようとするのだ。それはシャンプーなどは庶民からするとぜいたく品だからだ、わざわざ石鹼で済むものを高いお金を出してまで購入する人は少ないのだ、特に貧しい庶民ほどそうだろう。


 私は考えた、試供品を作って実演販売をして見たらどうだろうかと、そして何種類か作って庶民でも買える様な物を作れば、もっと購入する人は増えるのではないかと思いついたのだった。


 ニヤニヤと新商品の作成と販売方法を一人考えていると、私の表情があくどい物に変わったことに驚いたニカノールが、セオに ララは大丈夫なのか? と聞いていたのだった、勿論セオの答えは――


「いつもの事だから大丈夫」


 の一言で有った。


 すぐに小屋へと向かおうと思ったところで、セオに止められた。アダルヘルムに相談すること、スター商会へ行ってリアムに昨日の事を報告すること、そして朝食を摂る事、新商品を作る前に先にやることがあるのではないか? との事であった。


 現実に引き戻された私は、朝一でリアムからのお小言が待っている事を思い出し、ちょっぴりガックリ来たのだった。


 グリグリだけは避けたいなー……


 朝食を終えて、お母様の部屋へと向かった。ニカノールも朝の挨拶をしに一緒に行きたいと言うので、セオと共に三人で向かう。

 お母様の部屋へと着くとソファへと促され、そこで話し合いをすることになった。


 まずは何故昨日黙ってスター商会を抜け出したのかと、アダルヘルムからの尋問……質問から始まった。


「あの……散歩の予定だったのですが……」


 私は従業員探しの散歩に出たのだが、何故か気が付くと悪い人たちに囲まれ、そしてスラムに行って子供たちを助けに入る羽目になった事を話した。

 勿論、優しいニカノールが助けようとしてくれて友達になった話も一緒に伝えた。

 アダルヘルムは片手で額を押さえ頭を抱えていたが、お母様は目をキラキラさせて話に興味を持っていたのだった。


「ララは素敵なお友達を作るのが本当に上手なのね、フフフ、ニカノールさん、これからもララの事を宜しくお願いしますね」

「は、はい、もちもちのろんでございますです!」


 美しいもの好きのニカノールはお母様にメロメロになったようで、変わった返答を返すと真っ赤になって固まってしまった。それを見てお母様はまた素敵な笑顔でフフフと笑っていたので、ニカノールは暫く動かなくなってしまったのであった。


 そこにアダルヘルムの大きなため息が聞こえてきた、私の無鉄砲な行動に頭が痛くなってしまったようだった。


「ララ様……何度も申しますが、行動する前にまずは一旦考えることを覚えましょう……」

「はい……」

「宜しいですか、ララ様はアラスター様の行動力のある所を引き継いでらっしゃいます、それは大変すばらしい美徳だとは思いますが、ララ様は女の子なのです。それも普通の女の子ではありません、エレノア様の美しさを引き継いでらっしゃるのです、その上ディープウッズの娘となると、どれだけの輩に狙われるかお分かりですか?」

「はい……」


 お父様譲りの行動的なところは分かるが、お母様のように美しいかと言われるとそうでもない様な気がする。だが、ここで反論しようものなら、アダルヘルムの怒りが収まらない事は良く分かっているので、私は黙って頷いた。


 その後も裏ギルドの事やブライアン達の事を持ち出されて、ぐうの音も出なかった。お母様はいつもの事だとニコニコしたままだが、ニカノールは美丈夫であるアダルヘルムの怒りに圧倒されているようで、少し青くなっているようだった。


 そして私へのお説教が終わると、今度はセオにアダルヘルムの怒りが向かった。


「セオ……難しいのは私にも痛いほど分かりますが、主を危険な場所へ連れて行かない事も護衛の役目です、分かりますね」

「はい……」


 アダルヘルムの言い方にちょっと疑問を感じたが、セオは悪くないので私は口をはさんだ、セオは私を止めようとしたので、アダルヘルムに怒られる必要は無いからだ。


「あ、アダルヘルム! セオは悪くないのです! 私を止めようとしてて――」


 私の言葉を聞いてアダルヘルムは益々美しい顔でニッコリと微笑んだ。


 キャー! 魔王さま降臨! 怖い!


「ララ様、ララ様がご無理をなさればセオが怒られるのですよ、その上ララ様に何か有ればセオは一生の心の傷を負うことになります、分かりますね」

「は、はい……」


 私もセオもしゅんっとなって下を向いた、アダルヘルムの言いたい事がよく理解できたからだ。何故かニカノールまで下を向いて肩を落としていたので、アダルヘルムの恐ろしさが伝わったようだった。


「分かって頂ければ宜しいのです、今後は動く前に考えてから行動するようにしてくださいね!」

「は、はい!」


 私の返事を聞くとお母様が声を出して笑い出した。とっても可愛らしい姿に娘ながらキュンとなった、ニカノールに至っては先程まで落ちこんで青くなっていたのに、真っ赤な顔をしてお母様の事をポーっと見つめている。


「フフフ、昔を思い出しますわ」

「昔ですか?」


 お母様が話してくださったのは、アダルヘルムとお父様のやり取りの話であった。アダルヘルムが危険だから、危ないから、安全では無いからと何度注意しても、お母様を色んな場所へとお父様は連れ出していたらしい。

 どこへ行くか場合を先に報告をして下さいと何度言っても、お父様は突然お母様の所にやってきて、そのまま出かけていたようだった。


 何だか話を聞いて、ちょっと若いころのアダルヘルムに同情してしまった私であった。お父様は思い立ったらすぐ行動の人だったようだ。


「お母様、それで注意されたお父様は大人しくなったのですか?」


 私の問いにお母様は嬉しそうに首を振った、アダルヘルムは後ろでまた頭を抱え出してしまった、どうやら聞いてはいけない質問だったらしい。


 お母様はニッコリと微笑むと、お父様はアダルヘルムに何を言われてもお母様を外へ連れれ出すことを辞めなかったと教えてくれた。


 それを聞いた私はお父様の娘として恥ずかしくない様に、今後もやりたい事をどんどんやっていこうと決意を固めたのであった。

 私達親子の会話を聞いてアダルヘルムとセオが、大きなため息を付いていたのは仕方がない事なのかも知れない。


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