第123話 領主の覚悟と6歳の私

「ロゼッタ、メイナード……ありがとう……」


 タルコットは二人の手を取ると涙を流していた。力強い味方が自分の傍に戻ってきてくれることが嬉しい様だ。

 私は手を繋ぎ合う三人を見て気持ちが温かくなった。自分もいつかこんな風に支え合える家族が欲しいと、そう自然に思えたのであった。


 ただし、何の守りも持たせずにロゼッタとメイナードをそのまま領主邸に戻す気にはなれなかった。ブライアンがまた何を仕掛けてくるか分からないからだ。するとマトヴィルが提案を出してくれた。


「イッチ、ニッチを連れて行かせますか……」


 マトヴィルつきのドワーフ人形であるイッチとニッチはマッティ程では無いが料理が得意だ。それに雪合戦を私達と出来るぐらいの力は持っている。メイナードやロゼッタを守るには丁度いいのではないかとのマトヴィルの提案だった。


「タルコットとロゼッタの魔力で、イッチニッチの原動力には問題は無いですものね」


 私もマトヴィルの意見に賛成した。最初にドワーフ人形を起動させるのには魔力が多くかかるが、そのまま使い続けるのは軽く魔力を注いであげれば済むので、領主として十分に魔力のあるタルコットなら何の問題も無いだろう。


 新しくドワーフ人形を作っても良いのだが、仕事や剣術や武術を教え込むのには時間が掛かりすぎる、イッチやニッチはこれまでの経験があるからこそ、これだけ有能な人形に育っているのだった。


 ここでまた先日考えていた、私とセオ付きのドワーフ人形であるスノーとウインの事が頭に浮かんだ、あの子達には一体どんな才能があるのか、やはり一度調べて見なければと再度思った私であった。


「しかし……宜しいのでしょうか? 私達がお預かりしても……」


 タルコットは申し訳なさそうな表情を浮かべていた、後ろに控えているイタロもだ。私達に迷惑を掛けているのが申し訳ないと思って居る様だ、それを見てリアムが口を開いた。


「タルコット、イタロ、ここに居る皆はもう仲間だろ」

「……なかま……」


 リアムは少し偉そうに頷いて見せる、領主へ対してではなく、友人としての助言の様だ。


「仲間が困っている時に助けるのは、当たり前の事なんだよ……」


 タルコットは驚き言葉が出ない様で、ただリアムの事をジッと見つめている、リアムはその視線をしっかりと受け止めると頷いて、そしてまた話を続けた。


「俺達は仲間だ、だからお前を助ける、そして守る。俺も同じ様にそうして貰っている、だから仲間になんかあったら俺は何があっても助けるつもりだ。

 だからおまえもそれで良いんだ、そして助けて貰ったら ありがとう って一言いえばそれで終わりだ、この中に見返りが欲しくておまえに手を差し出してるような器の小さい奴はいないんだ、今はおまえは遠慮なく守られていればいいんだ、そしていつか仲間が困ったときに助けられるぐらいの人間にいつかなればそれでいいんだぞ」


 リアムの言葉にタルコットは静かに涙を流した。仲間であり友人であるリアムの言葉が、タルコットに深く響いたようだった。

 タルコットも今まで人と何かしらの付き合いはあったかもしれないが、ここまで無償で自分のために働いてくれる友人は、誰も居なかったのだろう。

 もしかしたら貴族社会ではそれが当たり前なのかも知れない。

 イタロがリアムとの友人関係を最初訝しがったのも、貴族社会のものなら当然なのかもしれない、家と家の繋がり、立場や家柄、利益があるかどうか、そういったことがまずは優先され、本当の意味での友人が作られなかったのだろう。


 だが、今タルコットには心強い友人がこんなにも沢山出来た。私が手助けした事も勿論あるが、タルコットの素直で誰に対しても低姿勢なところが、庶民であるリアム達にここまで受け入れられた事でもあった。

 タルコットはちゃんと自分の力で、友人を仲間を作ることが出来たのだと私はそう思ったのだった。


「……リアム、ありがとう。ララ様、マトヴィル様、有難うございます。私は必ず皆さんの力になれる領主になって見せます」


 タルコットはそう言って力強く頷くと、リアムに向けて良い笑顔を見せたのだった。


 ロゼッタとメイナード、それにハンナとドナもタルコット達の帰宅と合わせ、馬車で城へと戻ることになった。急な別れに、6歳児のララの心が寂しさを感じている。

 勿論引き続き週に一度はタルコット達共にメイナードもスター商会へとやってくることになるのだが、寂しい事には変わりはなかった。


 ディープウッズの屋敷からブルージェ一家を見送る時間となり、タルコットは私にロゼッタとメイナードを必ず守る約束をしてくれた。そしてガブリエラを首にする事とブライアンの悪事を突き止める事を誓ってくれたのだった。


「領主としての私の力はまだ弱い物ですが、必ず叔父上の不義を見つけ出します」


 強い決意と共にタルコットは家族とイッチ、ニッチを連れて領主邸へと帰っていったのであった。



 その晩私はメイナードが居なくなった寂しさを紛らわすために、裏庭にある小屋へと籠った。勿論新しいドワーフ人形達を作るという目的もあっての事だった。


 そこで、元研究所である秘密基地一号の護衛も兼ねて4体のドワーフ人形を作ることにした。

 黙々と作業を続けていると、心配したセオが小屋へと覗きにやってきた。

 自室で試験勉強をしていたセオは、寝るために私の部屋へと向かったそうだが、アリナがまだ私が小屋から戻ってこないと心配していたのを見て、迎えに来てくれた様だった。


 私はお礼を言いながら新しいドワーフ人形をセオに見せた。


「あれ? なんか一体子供? のドワーフ人形なの?」


 これまで作ったドワーフ人形は皆小父さんであった。だが、メイナードの事が脳裏に浮かぶと、急に子供のドワーフ人形が作りたくなってしまったのだ。


「うん、可愛いでしょ? 子供のドワーフ人形が急に作りたくなっちゃったの」


 私は微笑みながらセオにドワーフ人形たちの名前を教えた。マトヴィルにはイッチとニッチの代わりにゴーとロックを、そして秘密基地の護衛にはセブとハッチを渡すつもりでいた。

 ただし暫くは傍に置いて色々と教え込まなければならない、そんな事を話しているとセオがそっと私を抱きしめてきた。そしていつものように優しく私の頭を撫で始めた。


「ララ、無理しなくていいよ、メイナードがいなくなって寂しいんでしょ?」

「えっ……?」


 セオの言葉を聞いて、メイナードが帰ってしまったことを改めて実感したのか、私の目から涙があふれてきた。セオに抱きしめられているので、セオの胸元がじんわりと湿っていくのが分かった。


「ララはまだ小さいんだから、我慢しなくてもいいんだよ……」

「ふ、ふぇーん――」


 私は声を上げて泣き出してしまった。メイナードが居ない寂しさなのか、セオが優しくしてくれる嬉しさなのか分からないけれど、涙が止まらない。

 6歳のララが寂しさを訴えているのが自分でも良く分かった。蘭子だったらきっとさっさと諦めて何も感じなかっただろう、でも今は甘えられる存在が居るからこそ、泣くことが出来るのだと思う。

 前世だったら殻に閉じこもり、感情を感じないようにしていたことだろう、これからもメイナードとは普通に会える、だけど、城に帰ってしまった事の寂しさと不安が、セオの言葉で堰を気って溢れ出してしまったのだった。


 私は一通り声を出して泣き終わると、セオにぎゅっと抱き着いた。セオの温もりが寂しさを和らげてくれるのが良く分かった。


「……セオはずっと私のそばに居てね……」


 セオの返事は私をぎゅっと抱きしめ返す事だった、それは 絶対に離れないよ と言っているように感じた。


 部屋に戻るとアリナが心配そうに私を覗き込んできた。泣きはらし酷い顔になっているので、何かを察してくれた様だった。すぐに冷えたタオルで目元を冷やしてくれた、泣いて熱を持っていたので凄く気持ち良かった。

 その後は冷えた水を飲んで流した水分を取ってから、セオと一緒に布団へと潜り込んだ。


 今夜の私は甘えん坊なので、布団の中でもセオにくっついて引っ付き虫になった。セオは嫌がらず私が眠るまでずっと優しく頭を撫でてくれたのだった。


 翌日、何故かディープウッズ家の皆が凄く優しくしてくれた。アリナから何かを聞いてのだろう、お母様やアダルヘルムは私が朝食を取るのを心配そうにずっと見て居たり、アリナやオルガには目が合う度にニッコリと微笑まれた。

 マトヴィルは朝から何故かデザート付きの食事を用意してくれて、皆が私を元気づけようとしてくれているのが良く分かったのだった。


 私は何だかくすぐったい気持ちになり、少し頬が熱くなるのを感じた。今この世界には自分の事をこんなにも大切に心配してくれる家族がいることに、とても嬉しくなったのだった。


「マトヴィル、イッチとニッチの代わりのドワーフ人形を作りました。また教育お願いします」


 食後マトヴィルのいるキッチンへとセオと一緒に寄って、昨日作ったゴーとロックをマトヴィルに渡した。

 イッチとニッチが居なくなって、下準備が大変だったから助かると言ってマトヴィルは嬉しそうに二体を受け取ると、すぐに魔力を流し、私と同じぐらいの身長のドワーフにした。


(ゴーデス、ヨロシクオネガイシマス)

(ロックデス、ヨロシクオネガイシマス)


 二体はマトヴィルと私とセオに頭を下げると、すぐにマトヴィルの指示の元、朝食の片付けを手伝いだした。きっとこの子達もすぐにマトヴィルの様な料理上手へと成長していくだろう。


「お前たち、後で武術も仕込むからな!」


 キッチンから出た私達には、マトヴィルのガハハハッと笑う声と共に、ドワーフたちを強くさせようと意気込むマトヴィルの声が聞こえたのだった。


 お母様との授業の後でアダルヘルムにも新しく作ったドワーフ人形二体を渡すことにした。研究所の護衛にする為にアダルヘルムに鍛えて貰おうと思ったからだ。


 そのことをお願いするとアダルヘルムはとてもいい笑顔になり、セオの相手が務まるぐらいに育て上げて見せると約束してくれたのだった。


 二体の人形には何故かお母様が魔力を流したいと言って、ドワーフ達を大きくしてくれた。


(セブデス、ヨロシクオネガイシマス)

(ハッチデス、ヨロシクオネガイシマス)


 セブは私よりも少し大きいぐらいだが、ハッチはピートぐらいの身長だ。小さいけどガッチリとしたドワーフらしい体つきをしている。

 でも顔は幼さが残っていて可愛らしい。


「まぁ、可愛らしいわ、セブ、ハッチよろしくね」


 お母様は嬉しそうに微笑むとセブとハッチの頭を撫でた、魔力が流れ込んだようで二体の体がまた光り出した。これを見てアダルヘルムが面白いことを言い出した。


「ふむ……この二体は魔法を覚えるかも知れませんね……」

「「えっ?」」

「非常に面白いですね……誰が魔力を流したのかで、その子の力が決まるのかも知れませんね……」


 アダルヘルムの言葉に、思わずセオと顔を見合わせながら驚いたのであった。

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