第122話 ビール工場と帰省

 今日はブルージェ領主一家がスター商会へ来る日だ。


 メイナードは普段から私達が店に来る日は一緒に来ているが、最近はタッド達に会う為に一人でもスター商会へと来たりもする日がある。

 勿論店の外には出ないのだが、自由に行動できる範囲が増えて嬉しい様だ。それに勉強や剣術と武術の稽古も頑張っており、日に日に逞しい男の子になりつつあるのだった。


 それと今日はマトヴィルも一緒に来ることになっている、週に一度の視察のためだ。後でスターベアー・ベーカリーに顔を出すと言っていたので、マトヴィルの居る時間は込み合う事間違い無いだろう。


 タルコットはすっかりスター商会へ来ることになれたようで、リアムの執務室に来てもリラックスしている。リアムには色々と街の事を教わっているようで、自分が如何に自領の事を知らなかったのかと反省の毎日の様だ。

 そんなタルコットの事をリアムは兄の様に優しく指導していた。勿論お酒が入ると手加減は全くなくなってしまうのだったが、兄弟の居ないタルコットはそれも嬉しい様であった。

 因みにリアムとタルコットではタルコットの方が年上である、マルコたちもそうだが年齢は関係ないなと思う私であった。


 そしてロゼッタはすっかり元気になっていた。体力も付き、体つきも元の様に、とまでは行かないが以前の様にガリガリではなく、女性らしい美しい曲線美を取り戻していたのであった。


 最近はハンナとドナも一緒に来ており、スター商会の女性従業員とは友達の様になっていた。それとローガンの母親であるロージーにはメイドの先輩として色々と教わっているようで、有意義な時間を過ごしているとの事だった。


 頭でっかちだったイタロも柔軟になってきており、ランスやイライジャの主の側付きであり、補佐としての仕事の在り方や心構えを一生懸命に勉強しているのだった。


 そして隊長のピエトロだが、トミーやアーロと同じようにマスコット熊の護衛係であるセディとアディにボコボコにされて、ショックを受けたようで、今はここに来ると二体の熊たちに稽古を付けて貰っているのだった。


 そんなこんなで、ビール工場の建設の件もあり、今はブルージェ領主一家がリアムの部屋の中にある応接室に集まっているのだった。


「ビール工場ですが、カイスの街に作ろうと思っていますが、どうでしょうか?」


 タルコットがビール工場建設場所を皆に相談してきた。中央地区からも通いやすく、不況でスラムに住むようになってしまった人たちを雇うにしても、行きやすい様にとカイスの街を選んだとの事だった。


「場所はいいと思いますが、建設の費用は大丈夫ですか?」


 ブルージェ領は田舎でそれも不況が続き観光客も減っている事から非常に貧乏であるそうだ。イタロが工場建設の為に経理担当者の所に行ったところ、赤字続きで驚いたそうだ。それだけ今まで自分達が領の事を知らなかったのだと改めて感じ、恥ずかしくなった様だった。


「金は……有りませんが、これはブルージェ領を立て直すための一大事業です。私財を投げうってでも何とか致します」


 タルコットは領主としての自覚が芽生えてきているようで、何とかブルージェ領を立て直そうと頑張っているのだった。だが、私財を投げうってしまうとブライアン達に隙を与えてしまうのでは無いかと私は少し不安になった。

 そこでだ、私はある提案をする事にした――


「資金は私が出します」

「「えっ?!」」


 部屋にいる皆が驚いた顔で私を見てきた、リアム達までもだ。


 実はスター商会で出る会頭の給料が思った以上に多く貯まっているのだ。その上私は商品製作者としての給料も入るため、大変高額な給料となっている。何よりも販売している生地や剣の一つ一つの値段が高い上に、元手が掛かっていないという流れになっている為、ほぼ入ってくるお金しかないのだ。

 その上今現在私は子供であるのでお金を使うことが先ず無いし、何より魔法があるこの世界で、魔力の多い私は何でも自分で作れてしまう為、お金の使い道が殆ど無いのであった。


 そんな訳で提案をしたのだが、タルコットは思いもし無かった事に、ただ言葉を失い動かなくなってしまったのだった。


「あのー……勿論ビールが売れるようになったら資金は返して頂きますよ、それにこれはスター商会との共同事業ですから、協力するのは当たり前のことです」


 タルコットはイタロと顔を見合わせていた、そして何かを目と目で話し合ったのか二人で同時に頷くと、私の方へと頭を下げてきたのだった。


「ララ様、そのお話、甘えさせて頂いて宜しいでしょうか……」

「はい、勿論です! 一緒に世界一有名なビールを作り上げましょうね!」


 それから色々な話をした。工場の建設などをだ。これもスター商会で受け持つことになった。土地は領主が持っている土地を使う為、購入費用は掛からない、スター商会で建設工事を行えば私やセオが作業するため、ほぼ木材などの購入費だけで済んでしまうのである、経費を抑えるには丁度いいだろう。


 ランスが簡単な見積もりを出すとタルコットやイタロは驚いた顔を見せた。見積書を目をこすりながら何度も見直して居る、タルコットと目が合った私は間違いはないですよという風に大きく頷いてみせた。


「こ、こ、こ、これは、安すぎませんか? こちらで見積もった金額の10分の1程ですが……」

  

 ランスがタルコット達の方へとニッコリと笑顔を見せて答えた。


「スター商会ではそれでも多く見積もっている方でございます。勿論会頭自ら作業に入る場合のみの金額ですので、ここだけの話にしていただけると有難いです」


 これ程大掛かりな建設作業をスター商会で常に受けるだけの余裕は今は無い、何故なら私とセオがいなければ無理な話だからだ。


 ビルやカイも大工の息子だけあって建設作業は出来るだろう、ただしこれだけの大きさを作るとなると、人数や時間が必要となる。その点私とセオは魔力が豊富なので大きな工場でもあっという間に作ることが出来るのであった。


「ララ様、俺も建設作業を手伝いますぜ」


 話を聞いていたマトヴィルが心強い表明をしてくれた。そしてアダルヘルムも必ず付いてくるだろうと言ったのだった。何故ならブライアンが何か仕掛けてくるのでは無いかと疑っているからだ。


 一緒に領主邸に行ってからと言う物、アダルヘルムのブライアンへの警戒は凄い物であった。マトヴィルの話では、アダルヘルムはああいう愚かな野郎が一番大っ嫌いなのだそうだ。お母様が若かりし頃、愚かな貴族がまとわりついてきて大変な思いをしたのだそうだった。


「まぁ、いざとなったらアラスター様流の挨拶をお見舞いすればいいですよ」


 マトヴィルは笑ってそう言ったが、それは……力づくで黙らせるという意味だろうという事は、私とセオには分かっていたのだった。


「では、来週から作業に入りたいと思いますが、宜しいでしょうか?」


 タルコット達が頷いたのを確認し私は話を続けた。先ずは土地の下見をしたい事、それからタルコット達と話し合い設計図を作りたい事、そして工場長の事だが――


「どなたか責任を持って工場長を務めてくれそうな方はいらっしゃいますか?」


 タルコットとイタロは顔を見合わせると黙ってしまった。どうやら誰も浮かばない様だ。まあ城からほとんど出たことが無いのなら、それも仕方ない事かも知れない、そしてタルコットの話ではブライアンの目が届かない人物となると、城の人間や領で働く人物から選ぶのはなかなか難しい様だった。


「でしたら……暫くはリアムが工場長を兼任するしか無いですね……」


 私の意見を聞くとリアムは飲んでいたお茶を噴き出してしまった。皆が慌てて机の上の書類をどかし、ジョンがすぐに汚れた場所を拭いてくれた。良くあることなのでジョンも慣れたものである。表情も変えずにサッと仕事をこなしていた。


「おまっ! おまえ! 俺を殺す気かっ?!」


 ゴホゴホとせき込み涙目になりながらリアムは反論してきた。確かに今忙しさ100パーセントのリアムには大変かも知れないが、他に思い当たる人がいないのだ。工場を建てて人材が揃えばその中から工場長を選任すればいいが、それまでは仮でもリアムが代表になるのが一番良いだろう。

 それが駄目なら――


「流石に領主が工場長はダメでしょ? 【社長】なんだから…… リアムがダメなら私がなるしかないよね?」


 リアムは頭を抱えながら大きなため息をついてしまった。セオとマトヴィルは笑いたいのをこらえている様だ。他の皆は苦笑いを浮かべている。


「分かった……俺が取りあえずは工場長を兼任する、だけどタルコット達が工場長に相応しい奴を見つけるまでだからな……」


 先程までの商人の喋り方ではなくすっかりいつものリアムになってしまったが、タルコット達も気にしてい無い様だ。それよりも忙しい中で領の事でも迷惑をかけることに申し訳なさそうにしている、リアムはそんなタルコットに微笑むと友達なら当たり前だと言って、さっきまで無理だと言っていた人物とは思えないほどのカッコよさを見せていた。


 その後もビール工場の話を続けていると、ロゼッタが何かを決意した様な厳しい表情を浮かべて話しかけて来た。


「タルコット様……私は城に戻ります、メイナードもです」

「ロゼッタ?!」


 タルコットは思わぬロゼッタの言葉に驚きながらも嬉しそうな表情を浮かべている、ただしロゼッタは変わらず厳しい表情のままだ。


「私は皆様の話を聞いて、領主夫人としての仕事をまっとうしなければならないと思いました。このままララ様のご厚意に甘えているのは楽かもしれません、ですが……それではいけないと思いました……」

「ロゼッタ……では、本当に戻ってきてくれるんだね?」


 タルコットの問いにロゼッタは固い表情のまま頷くと、また話だした。


「私はブライアン様の悪事を探りたいと思います……」

「なっ! それは――」

「ロゼッタ、それは危険です! 何をしてくるか分かりませんよ!」


 私が止めるとロゼッタは首を振った、覚悟は変わら無い様だ。


「領主はタルコット様です。ブライアン様ではありません……私はそれを城の皆に認めさせたいのです……」


 ロゼッタの話では、前領主が亡くなると、ブライアンは自分の屋敷があるにも関わらず、当たり前の様に城に滞在することが多くなったそうだ。そして自分の気に入らない使用人は勝手に辞めさせ、自分のお気に入りを城に連れてくるようになったそうだ。


 そしてロゼッタが寝込んだことを良いことにハンナを勝手に首にし、ドナの事もロゼッタ付きから外してしまった。それをタルコットに何も了解を得ずに行い、まるで自分が領主の様に振る舞っていたとの事だった。

 それを見れば使用人たちも力の強いブライアンに付くのも当然だとロゼッタは言った。タルコットの情報が漏れてしまうのも使用人がブライアンを怖がっているからだろうと、ロゼッタは思って居る様だった。


「まずは、城で仲間を増やしたいと思います。その為には私達が城に戻り領主には味方が居るのだとアピールしなければならないと思うのです」

「ロゼッタ……」


 タルコットは涙目になっている、妻の力強い後押しが嬉しい様だ。


「タルコット様、先ずは私の親戚筋から第二婦人を娶って頂けますか? それか大店の娘でも構いません……」

「なっ……いやしかし……」


 タルコットは反論したいようだが、ロゼッタは首を横に振った。


「タルコット様、領主として味方は多い方が宜しいのです。これは領主夫人としてのお願いでございます」


 ロゼッタは仕事として、領主の役割としてタルコットに第二夫人を娶って貰いたい様だった。ブライアンも第二夫人を進めていたが、それはロゼッタが亡くなった後にタルコットを自分の思い通りにする為の口実だったのだろう。

 きっと第二夫人には自分の身内を送り込むつもりでいたのだろう、それを阻止する為にもそして味方をすぐに作る為にもロゼッタの意見は正しい物であるのだと、タルコットにも分かった様だった。


 タルコットは渋々だが頷いて見せた。ロゼッタは安心したようにやっと笑顔になると、今度はメイナードの方へと向き直した。


「メイナード、私が病んでいる間に貴方には辛い思いをさせてしまいました……ごめんなさいね……」

「母上……」


 メイナードはロゼッタの手を握るとフルフルと首を横に振った。


「貴方は強くて賢い子です、そして今度は私と貴方のお父様という味方が居ます、ですから私達も城に戻ってお父様の味方をしてあげましょうね」


 ロゼッタの言葉にメイナードは はい と良い返事をして頷いて見せた。これで領主一家の帰省が決まったのであった。

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