第118話 面接とララの怒り
モシェとボビーはスター商会に来て驚くことだらけだった様だ。
まず、寮の食事の美味しさに一番驚いていた。そして、スターベアー・ベーカリーのパンの美味しさには目を見張っていた。
モシェは父親のマシューが自分の店を手放してしまって、パン屋の従業員になったと初めて聞いた時は、情けない とガッカリしていたそうだ。
その後も、母であるペイジからの手紙で、マシューが師匠と思える人物を見つけ、生き生きと働いていると聞いても、所詮パン屋だろう……と半分馬鹿にした気持ちでいたそうだたのだが……
スターベアー・ベーカリーのパンを一口食べて、モシェとボビーは衝撃を受けたと言っていた。今まで自分達が食べた事のあるパンとは明らかに物が違ったからだ。
どんなに有名なレストランでもこれほどのパンを作ってはいないと言って、目を輝かせながら食べていた。
父親のマシューが味にほれ込んで、この店に就職しようと思った気持ちがやっと分かったのだと言って、マシュー達に頭を下げていた。
それから、マスコット熊であるベアーズ達には呆然としていた。まさか魔道具だとは思わず最初会った時は、魔獣の子供だと思って青くなって居た様だ。
でも5体の仕事ぶりには感心しており、特に一緒に働く機会の多いマッティの事は尊敬しているようで、自分達の師匠なのだと言っていたとペイジが教えてくれた。
日替わりで来るドワーフ人形達も同じ様に、まさか人形などだとは気付かなかった様で、自分たちより手際の良い先輩だと思っていたのに、人形なのだと聞かされた時は、自分たちの不甲斐なさに落ち込んで居たとの事であった。
だが、二人は王都で働けるだけの才能が有って、しっかりと店の役に立っていた。パンの形成も上手だし、お菓子の作り方も素晴らしいものがあった。先輩のいじめもこの二人の才能に嫉妬したからだったのでは無いかと思った程だった。
二人は毎日楽しそうに仕事をしており、新しい料理を覚えるのが嬉しいと言って目を輝かせている、教えがいがある物だ。
マシュー夫妻も息子が喜んで仕事をしているのを見てホッとしたようで、私とリアムにお礼を言ってきたのであった。
スターベアー・ベーカリーの方は二人が入ってくれたことで、仕事に余裕が出来、念願のケーキの売り出しを出来るようになった。ケーキ販売の初日は宣伝のかいあって、開店前から多くの人が並び、久々の慌ただしい日となった。
トミーとアーロが早朝から並んでいる客を、慣れたさばき整列させてくれたおかげで、特に問題も無く販売することが出来た。
二人は開店の時の激混みの経験が有るから、どんなに並んでいても怖いものはもう無いのだと言って笑っていた。
ただし、週に一度視察に来るアダルヘルムやマトヴィルが来る日は、熱狂的なファンも多いらしく、失神したり店の裏まで付いて来ようとする人がいたりと、違う意味で怖くてまだ慣れないのだと言っていたのだった。
そんな日が続き、やっと商業ギルドでの従業員募集の面接に行く日を迎えた。今回はスター商会で働く人だけでなく、研究員も募集していたので、長期間の募集期限を設けてあった。なるべくいい人材を取りたいと思っているので、引き続き第二弾の募集もこのままお願いする予定でいる。
そして今日の面接に商業ギルドへと足を延ばしているのは、私とセオ、それからリアムとランス、そして護衛のジュリアンであった。
イライジャ、ジョン、ローガンは店で仕事をしている、スター商会が余りにも忙しいので、本当ならば私とセオだけで面接に向かった方が良いのは分かっているのだが、何分見た目が子供という事もあり、リアムなしでは無理な話なのであった。
「リアム忙しいのにごめんね。私が一人前の仕事が出来れば良いのだけど……」
商業ギルドの応接室を面接がしやすい様に整えながらリアムに話しかけると、リアムとランスそれにジュリアンも手を止め驚いた顔をして私の事を見てきた。
セオもまだ自分が子供なので役に立っていないと思っているため、私とセオの表情は曇っていたのだった。
「ララ……セオもそんな風に思っていたのか?」
私とセオは頷いて見せる。今スター商会で一番役に立っていないのは私達二人の様な気がしているからだ、店に来るのも週三回が基本だし、セオは間もなく入試試験がある為、訓練や勉強に力を入れている。なので鍛冶は休んでいるし、私は会頭なのに姿を見せずに大したこともしていないのだ。
なのでリアムに掛かる負担は大きくなってしまうことが、十分に分かっているのであった。
だが、リアム達はそれを吹き飛ばすように大きな声で笑い出した。
「ハハハ! 馬鹿だな、この店で一番役に立っているのはお前たちだろ」
「「えっ?!」」
ランスとジュリアンも頷きながら笑っている、私とセオは意味が分からずポカンとしてしまった。
「あのなー、もう少し自分たちを見る目を養えよ……」
リアムが大きなため息をついてしまった、私とセオが常識が無いときに見せるいつもの顔だ。
「はぁ……お前たちがいなきゃ店がこんなに繫盛していないんだ、もっと自信持てよ」
「でも……」
「でもじゃない、書類仕事なんて誰でも出来るんだ、だから俺たちの代わりはいくらでもいる、でもな、お前達が作り出すものを同じ様に作れる人間がこの世界に何人いると思っている、いないだろ? もっと自信を持って良いんだぞ」
リアムはそう言って私とセオの頭をくしゃくしゃっと撫でて優しく微笑んだ。私もセオも何だか認めてもらえたことが恥ずかしくなって顔を見合わせてしまった。頬がほんのり熱くなるのを感じた。
こんなにもこの世界で大切にして貰えている私は、本当に幸せだと思う。セオもそうだろう。チェーニ一族の村に居た時は今の様な幸せは味わえなかった。
大切な家族や仲間が沢山出来たことは、神様が私にくれたご褒美であると思っている。そしてセオの事も、私が幸せにしたいと思える相手を神様がくれたのだと思う。
蘭子時代では考えられなかった愛情を感じ、ほっこりと幸せな気持ちになった私であった。
そろそろ一人目の面談者が来る時間となり、私達は席に着き準備をした。スター商会は街でも有名な店となっており、従業員の募集には沢山の応募があったそうだ。そこからイライジャとランスで書類選考し、本日の面接で会う30人が選ばれている。
最初の頃を考えるとあり得ない位の事である。街の不況が関係していると言っても、開店してから一年も経っていない店にこれだけの応募が集まるのも、ブルージェの商業ギルドで初めての事だと言ってベルティは驚いていたのであった。
時間になりそろそろ来るかなと思っていたのだが、一人目の面接者は来ることは無かった。その後も二人目、三人目と面接に現れることが無かったので、流石にこれは可笑しいと私達も思い始めた。
受付のお姉さんも面接者が誰も来ない事を不審に思ったのか、私達のいる応接室へと顔を出してきた。そして、直接面接会場へ人が来ていない事を確認すると、ギルド長のベルティを呼びにギルド長室へと向かってくれたのだった。
「これは……この前のモシェ達の事といい、絶対に何かあるな……」
リアムはそう呟くと苦い顔になった。ランスも同じ様に難しい顔をしている。
すると、ベルティとフェルスが私達のいる応接室へと入ってきた。
「面接に誰も来てないんだって?!」
ベルティの第一声に私達は頷いた。いまフェルスが指示を出して、商業ギルドの人間の事を調べてくれているそうだ。スター商会の面接予約を受けていた、何人かの職員の中に怪しいものがいるのではないかと思ったらしい。
すると、そんな話をしている最中に、受付の女性が部屋へと戻ってきたのだった。
「あの、ギルド長、職員で一人無断欠勤して居る者がいるとの報告がありました……」
「それは誰だい?」
「あ、はい、オリバーさんです……」
「オリバー……スター商会の雇用の受付係だった奴かい?」
「はい……そうです……」
ベルティの顔が歪んでいる、相当怒りが込み上げている様だ。自分の管轄内であからさまな不正行為があったのだ、ベルティの怒りは痛いほどわかった。
「各店のネズミが居ることは分かっていたけどね……これはそれとは違いそうだね……」
すると、別の受付の女性が部屋へとやって来た。何だかとても慌てたような様子だ。
「ギ、ギルド長!」
「何だい、そんなに慌てて」
「あの、街の警備隊の方がいらっしゃいました……」
「警備隊?」
「失礼」
一人の男性が威張った感じで部屋へと入ってきた。後ろにも同じ隊服を着ている者が数名いて、全員が警備隊だと思われた。以前ヤンキーズと名付けた裏ギルドの人たちに絡まれた時に来た人たちと同じ服装だ。
ただし、階級が上なのか胸にある階級章は以前会った人たちよりも立派な物であった。
「ここの職員にオリバーと言う者が居ると聞いたのだが」
「ええ、ここの職員に居ますが……」
「今日川辺で男性の遺体が上がった、自殺と見られているがここの職員の者なのか、確認の為に詰所まで同行してもらいたい」
皆が警備隊員の言葉に啞然となった。今話題に上がったばかりのオリバーが自殺をしたと連絡が来たのだ。驚くのも不思議ではない。
それにしてもなぜ家族ではなく商業ギルドへ確認の依頼に来たのか、それと本当に自殺だったのか、私はそれを疑問に思ったのだった。
「あの、警備隊員さん、オリバーさんのご家族は?」
私が質問すると子供だったからか、警備隊員は明らかに嫌な顔つきになった。そして仕方ないと言う風にため息をつくと理由を話し出した。
「オリバーには家族が居なかった、仕方なく職場へと来たのだ」
「何故自殺なのですか?」
「オリバーには借金が有った、それを苦に自殺したと情報が上がっている」
「オリバーさんの【検死】きちんとなされたんですか?」
「け? けん? 何だそれは」
「ご遺体を調べたかって事です」
「そ、そんな気持ち悪い事する訳が無いだろう! 何を言っているんだこの餓鬼は!」
「それでは自殺かどうかは、ハッキリとは分からないってことですよね……殺された可能性もありえると」
「なっ! 何だこの餓鬼は! 私達の調べに文句があるのか! これだから商人は嫌なんだ! とにかく誰でもいい詰所まで付いてこい!」
「では、私が行きます」
「なっ! お前は子供だろうが!」
「私が行けば死因が調べられます、連れて行って下さい」
「ダメだ、ダメだ、そんな物は必要ない! もう自殺なのは調べが付いているんだ! とにかく俺達は忙しいんだ餓鬼は黙ってろ!」
警備隊員が私を叩こうとしたがセオが間にサッと入ってきた。だがセオの行動は関係なく警備隊員の手がそれ以上動くことは無かった。
何故なら私の怒りが込み上げてきて威圧になったからだ。怒鳴った警備隊員はそれ程魔力が多くは無いのだろう、私のそばに居るのが苦しい様で、油汗をかき、顔は赤くなり始めていた。
「ララ、落ち着いて」
「ララ落ち着け!」
セオとリアムの声が聞こえたが私は首を横に振る。人が一人亡くなっているのに、良く調べようともしないで片付けようとしている。こんな事が許されるはずはない。
心の底から怒りが込み上げてくるのが分かった。自分の中の魔力が溢れ出してくるのが分かる。
「ララ! 落ち着いて、周りを見て!」
セオの言葉にハッと目が覚める。周りを見渡せば警備隊員だけでなく、リアムやランス、それにベルティ達商業ギルドのメンバーも苦しそうに汗をかいているのが分かった。
落ち着け、落ち着け……大事な人たちを苦しめてるよ……
心の中で自分に言い聞かせる、警備隊員達はどうでもいいが、大切な人を私の魔力で傷付ける分けには行かない。
セオが抱きしめてくれたこともあり、段々と体の中の魔力が落ち着いてくるのが分かった。一つ深呼吸をしてみると、もう落ち着きを取り戻せたのを感じた。
「セオ、ごめんね、もう大丈夫」
私の顔を見て安心したセオはホッとため息を付いていた。周りの皆も息を吐き安堵しているのが分かった。
「あんた達、このフェルスを付き添わせるから早く出て行ってくれ、子供を叩こうとするようなクズは商業ギルドには置いておけないよ!」
警備隊員は青い顔をさせながら慌てて部屋を出て行った。フェルスは一度ベルティに頷いて見せると、その後を黙って付いて行った。
「まったく……一体何がどうなっているのか……」
ベルティはそう言ってソファへと座ると、苦い顔をして大きくため息をついたのだった。
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