第四章 スラム街
第117話 人材不足と不穏な動き
スター商会はここ数カ月で、ブルージェでは知らない人はいないと言われるほどの商会へと発展していた。
先ずはスターベアー・ベーカリーの売上が大きい。店に買いに来る客だけではなく、飲食店からも店の主食として仕入れたいと言われ、食パンやバケットなどに大きな得意先が出来たことで、売上が倍になったのだ。
これにはリアム達もホクホク顔で、年末には従業員皆に賞与が出せると喜んでいた。
それからスター商会の方では、化粧品の売上は相変わらず順調で、ビル、カイ、それからマルコが研究しては色んな色を作り出し、品を増やしていっていた。
ただ、研究員がまだ見つかっておらず、ディープウッズの森に作る予定の研究所は保留のままで有った。
なので仮として私とセオの第一秘密基地をビル達三人の研究所にしてあり、そこにとうきび以外の温室も建ててあげて、日々研究だけは進めているのであった。
ブリアンナの作る衣装は、今王都でも話題になっていて、度々ユルデンブルク王都の貴族から注文が入る様にもなっていた。その為ブリアンナは出張で王都へ行く機会も増えており、その時はローガンが共として付き、アーロかトミーが護衛に付いて行っているのだが、そろそろオリー以外にブリアンナの助手が必要な状態になっていた。それ程の人気裁縫家にブリアンナはなっているのであった。
体調を崩していたロージーは食事の改善と体力づくりのかいあって、すっかり元気を取り戻し、今は子供たちの教育係りになってくれている。
スターベアー・ベーカリーでパートとして働いているアイラとジェシカの子供、ニック、キース、ドロシーもロージーの指導の下、教養や勉強など身に着けていて、タッド達とも仲良く過ごしているのだった。
子供たちもしっかりスター商会の戦力になっており、店の掃除や洗い物などを自ら進んで手伝っていて、月に一度給料代わりにお小遣いをリアムから貰えるのが嬉しい様だった。
そしてタルコット達はというと、すっかりスター商会の一員の様になっており、毎週のようにビールの打ち合わせだと言って、リアム達と仕事という名の飲み会を開いているのであった。
ロゼッタもすっかり元気を取り戻し、今ではメイナードと毎日の様にスター商会へ来ていて、ドナとハンナと共にブリアンナの刺繡を手伝ったり、進んで商談のお茶出しをしてくれているのだった。
領邸に戻る気も少しずつ起きているようで、今はブライアン達の出方を待っている所でもあった。
そして、今日はマシュー夫妻の息子の面接の日になっていた。マシュー夫妻の息子は王都のレストランで働いていたのだが、先輩の虐めがひどく修行にならないため、ウチの店へと誘ったのであった。
それと息子さんの友人も、同じ様にいじめを受けていたために、今日一緒にこの店の面接へ来ることになっていたのだった。
マシューからは、くれぐれも同情で採用を決めないで欲しいと言われており、一人の職人として雇うのかを判断して下さいと、お願いされていた。
「そろそろマシューの息子さんの来る時間ですね」
今スター商会の応接室には面接の為に私とセオ、それからリアム、ランス、ジュリアンがいた。イライジャとジョンそしてローガンは忙しくなったスター商会の仕事に専念している。ローガンという頼もしい味方が入ったのにも関わらず、相変わらずリアム達は忙しい様で、最近はまた店に泊まり込む日が多くなっていた。
これには原因があり、それはお酒類の販売を始めたことにあった、日本酒、スタービール、それから果実酒、梅酒が今のところの販売酒であった。
元々私が作っていた量では販売できるほどはなかったのだが、ビル達研究チームが頑張って量産してくれたことが大きく、それと私が作ったビール冷蔵箱を、購入先に貸し出しているので、それ目当ての店も取引を希望しているのであった。
その結果、ユルデンブルク王都だけではなく、噂を聞きつけた近隣の領からも注文が殺到しており、リアム達は死ぬほど忙しい(本人談)事になっているのであった。
「あ、リアム、朝、ビル達の所に寄ってきたんだけど」
ビル達は基本スター商会の作業部屋で仕事をしているのだが、何か研究があると仮の研究所となっている第一秘密基地に泊まることもあった。
勿論、転移部屋で店ともディープウッズ家とも繋がっているので戻るのは簡単なのだが、研究に夢中になるとそれさえも面倒になる様で、三人の希望の元、秘密基地を改装し、実験室や個室、それから地下倉庫なども増やし、入り浸れる……いや、仕事に集中できる作りへと変わっていたのであった。
勿論食事に事欠かないように、魔法袋にマッティの作った料理を入れて渡してあり、研究に夢中になっても食事はきちんと摂って居る様だった。
「それで? ビル達がどうしたんだ?」
「あ、うん、ウイスキーが出来上がりそうだって」
私の言葉を聞いてリアムは嬉しいような困ったような複雑な顔をした。これ以上忙しくなるのは厳しいが、店が発展するのは嬉しいらしい。
これは早めにリアムの下に人を雇わなければ過労死してしまいそうだ。ランスも同じような表情を浮かべていたので、今の忙しさ以上になるのは耐えられない様だった。
マシュー夫妻の息子たちの面接時間になったが、二人は現れなかった。最初は王都からの馬車が遅れているのだろうと思っていたのだが、夕方になっても何の連絡もなく来ない2人が心配になってきた。
マシューは 何をやっているんだ と呆れて居る様だったが、これはただの遅刻では無い様な気がして心配になってきた。
「何かあったのかも知れません、手分けして探してみましょう」
私の言葉を聞くと、トミーとアーロ、そして、ジュリアン、セオが外へと探しに出かけた。マシュー夫妻の息子の顔は分からないが、髪の色や風貌を聞いて、マシューによく似ていると分かったので、皆それを目当てに外へと出ていった。
タッドとゼンも店の周りを見てくると言って外へと出ていった、ペイジは真っ青な顔になり震えていたので、椅子に座らせて温かいお茶を入れてあげた。
何事も無くただの遅れだと良いのだけど……
そんな事を考えていると、タッドとゼンが慌てた様子で店へと戻ってきた。そして、裏路地に二人の男性が倒れていると教えてくれたのだった。
私はすぐにリアム達と一緒に裏路地へと向かった。そこは普段人通りが少なく、周りの屋敷の下働きの者ぐらいしか使わない狭い道であった。そこに殴られた様な様子の二人の男性が血を流し倒れていたのであった。
「「モシェ!!」」
マシュー夫妻は柔らかい青緑色の髪をした男性に駆け寄った。どうやらマシュー夫妻の息子の様だ。もう一人の茶色の髪の青年が友人だろう。二人共まだ少しあどけなさの残る若い青年であった。
私はすぐに二人に癒しを掛けた。すると最初はボーっとしていたが、目の前に泣いている両親の顔が急に見えた事に、驚いた顔をして起き上がった。
リアムが抱えていた青年も同じ様に目を覚ますと、驚いた顔をして起き上がったのだった。
「母さん……父さん……はっ! ボビーは?」
「モシェ! ここだ!」
二人はお互いが無事だったことにホッとした表情を浮かべていた。
詳しい話を聞こうと思い、とにかくスター商会へと移動することになった。
二人は血を流していたが、思ったよりも多くは流れていなかった様で、幸いな事に貧血などの症状は見えなかった。
癒しを掛けた事で傷も癒えており、普通に歩くことが出来てホッとした。
応接室へと移動し二人にはお水を出してあげた。喉が渇いていたのか一気に飲み干すと、少し落ち着いた様だった。
探しに出て居たセオ達も戻ってきたので、皆で彼らから何があったのか話を聞くことにした。
「それで、一体何が有ったんだ?」
リアムの言葉に二人は顔を見合わせると首を傾げた。本人たちも良くは分かっていない様だった。
取り敢えず、ブルージェ領に着いてからの話を聞くことになった。
王都からブルージェ領までの合馬車に乗り、予定通りブルージェ領のアズレブの街には何事もなく着いたそうだ。それから少し時間があった為、街の様子を見ながらスター商会へ向けて歩いてきたらしい、もうすぐスター商会だと思った時に、急に後ろから誰かに殴られてしまったとの事だった。
「ここまで来るまでの間に、誰かに付けられたりとかはしなかったのか?」
「いえ……特には……」
リアムの言葉に二人はここまでの事を思い出そうとしながら答えた。
「お二人はこの街に着いてからどなたかと話をしましたか?」
私の言葉に二人はハッとなった、どうやら道を聞くために何人かにこの店の場所までの道なりを聞いたようだ。
「とすると……この店に来ると分かっての仕業だな……ここで働く話はしたのか?」
「あ、はい。一人、店に何しに行くんだって聞かれたので、働くと答えました」
「そいつが一番怪しいな……裏ギルドの奴か……」
「リアムのお兄さんってことは無いの?」
「ああ、ローガンが首になった話が届いたかどうかぐらいだからな、この街に新しいネズミはまだ送って無いと思う……ハッキリとは分からないが、ワイアット商会からも特には連絡は来てはいないからな」
この店でお世話をしたワイアットは定期的に王都にあるリアムの実家の店、ウエルス商会の情報を送って来てくれている。ランスが辞めてから長男が店の経営に大変苦労しているなどとか、王都ではスター商会の話が夜会でも上がるようになったなど、何か情報を掴むと送って来てくれているのだった。
こちらからもお礼に新商品が出ると試供品を送らせて頂いているのだが、それが貴族へのいいネタになると言って喜んでくれているのであった。
「あ……あの、俺たちの面接は……」
「「ああ……」」
ついリアムとの話に夢中になってしまって二人の事を放置してしまった。リアムは二人に向き合うと、ランスから書類を受け取り二人に渡した。
「これは会頭と話して決めていた事だが、俺達は二人を雇うと決めている」
「「へっ?!」」
二人は目を大きく開けリアムの事を見ている、マシュー夫妻もだ。私とリアムがもう採用を決めているとは思っても居なかった様だ。
「一番の理由はこの店の人材不足だ。猫の手も借りたいぐらい今は忙しい、そして、もう一つの理由は俺達がマシューとペイジを信頼しているという事だ」
「リアム様……」
リアムはマシューとペイジの方へ顔を向けるとニッコリと微笑んで見せた。マシューは自分と関係無い人材として見てくれと言ったが、やはりそれは出来ない。マシュー達はこの店に無くてはならない存在だ。彼らが居るからこそスターベアー・ベーカリーはこんなにも人気店になれたのだから。
「まずはお試し期間として1ヶ月、お互いに様子を見よう。それからお前たちもこの店で働くか、それとも辞めるのかを決めて貰いたい」
「そ、そんな事を許して頂けるのですか?」
「ああ、ちゃんと給料も出す、それに寮には部屋も準備する。だから安心して働いてほしい」
二人は嬉しそうに微笑むとリアムに向かって頷いて見せた。今日は疲れているだろうから働きだすのは明後日からで良いと言ったのだが、癒しの魔法で疲れも無く体調は問題が無いと言うので、明日から働いてもらう事となった。
そして、給料の金額を見ると二人は開いた口が塞がらなくなってしまった。
「あ……あの、見習いの給料とは思えない金額なんですけど……」
「それに、寮の部屋代や食事代が引かれていません……」
驚いている二人にリアムがこの店ではそれが普通の事だと教えた。それから、会頭の意向で有給や賞与、病欠もあるのだと伝えると言葉を失ってしまい、動かなくなってしまったのであった。
二人部屋で良いと言っている二人を、マシュー夫妻が寮へと案内する事になった。その際2人がもじもじしているので、どうしたのかとリアムが尋ねると、会頭にいつお会いできるのかと聞いてきた。どうやら店で働けるお礼を伝えたかったようだ。
「なんだ、マシュー、二人に伝えてなかったのか?」
「はい、勿論です。雇われるまではこの店の者じゃないですから」
マシューの忠誠心にリアムが嬉しそうな笑顔を浮かべると、二人に私の事を紹介した。
「この店の会頭は彼女だ」
「「へっ?!」」
「ララ・ディープウッズ、ディープウッズ家の姫様だ。彼女がこの店の会頭だよ」
驚いた二人の声はスター商会中に響いたのであった。
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