第113話 閑話12 リアムの日常

 リアム・ウエルスの朝は早い。


 だがリアムは早起きが苦手だ。前日の酒のせいもあるかもしれないが、子供のころから朝の早起きが苦手だった。大人になった今は仕事が忙しいので早く起きなければならないのは分かっているのだが、ジョンに起こされてもなかなか目が覚めない。起き上がってからもボーっとしてしまう。

 最近は仕事の忙しさからスター商会に寝泊りしているが、ララが作ったベットは柔らかく、リアムの睡魔を一段と呼び起こした。


 そんな寝起きが悪いリアムにララがあるものを作ってきた【目覚まし時計】だ。


 ララが作った目覚まし時計という魔道具は、起きる時間をセットすると【アラーム】と言う物が鳴る優れモノだ。そしてリアムの物は特別【バージョン】とかいうものを作ってくれたのだった。


 ララがリアムに ”特別” と言っただけで胸がときめいた。リアムの年齢を考えてもこんな小さな子の一言に振り回されているのが不思議でしょうがない。

 今まで付き合った女もいた。リアムはこの容姿だからハッキリ言ってモテる。それにウエルス家と聞けば、それだけで寄って来る者は沢山いた。

 あんな平凡なリアムの兄でさえも結婚の申し込みがあるぐらいだ、リアムには当然早い時期から沢山の申し込みがあった。

 何故なら父親が占いの話を夜会などでアホみたいに自慢していたお陰で、ウエルス家の後継ぎはリアムでは無いかと周りはそう思っていたからであった。


 それがリアムの兄ロイドの自尊心を傷つけた、長男でありながら期待されず皆が注目するのは、見目麗しい腹違いの弟であるリアムであった。嫉妬はいつしか憎しみに変わり、それがリアムに対しての攻撃になった事をリアムは知らなかった。


 リアムが起きる時間になると目覚まし時計のアラームが鳴りだした。それはララとセオの声が【録音】されているものだ。何でもピンクの折り紙を応用をして作ったんだとララは言っていた。


『リアムおはよう! ララだよ! 起きて!』

『リアムおはよう、セオだよ、起きて』

『もー! セオもっと本気で起こす気で喋らなきゃダメだよー』

『だって……なんかこれ恥ずかしいよ……』


 リアムは可愛い二人の声に思わず笑みがこぼれた。毎朝同じ声を聞いてるのだが、何故か飽きることは無い。何度も二人の可愛い声を聞いていたいぐらいだった。リアムがアラームの音声を止めずに聞きながらにやけていると、ジョンがリアムを起こしに部屋へと入ってきた。ジョンがそっと目覚まし時計のスイッチを止めると、起き上がるのが毎日のリアムの日課だった。


「リアム様、おはようございます」

「ああ、ジョンおはよう。今日もよろしく頼むな」


 サッとジョンの手伝いの元に着替えを済ませると、リアムはスター商会の寮の裏にある裏庭へと向かう、剣の稽古をするためだ。

 最近は仕事の忙しさもあり、剣を持つのはこの朝練の時間のみになっていた。ララを守るためにも、それから自分の訓練の為にも、本当はもう少し練習時間が欲しかったのだが、どうやりくりしても朝に少し時間を作るのが今の精一杯だった。

 取りあえず店が落ち着くまでは仕方ないとは諦めているが、ララの事を考えると、店が落ち着く日が来るのか不安になるリアムであった。


 ララのやつ、次から次へと新商品を作ってくるからな……体がもう一つ欲しいくらいだ……


 そんな事を考えながらリアムが裏庭へ行くと、そこには既に汗だくのジュリアンがいた。セディとアディに稽古を付けてもらうのが、リアムとジュリアンの日課になっているのだった。

 この店のマスコットである子熊二体はとても強い。アディはアダルヘルムの、そしてセディはセオの動きを真似しているのだが、ハッキリ言って全く歯が立たない。

 見た目は紺色と白色の可愛い姿をしたクマなので、最初トミーとアーロは二体をなめてかかり、一瞬でボコボコにされていた。それを見ていたリアムやジュリアンの開いた口が塞がらなかったのは当たり前である。

 何故なら、トミーとアーロも騎士学校を卒業しているだけあって決して弱くは無いのだ、それだけあの二体の熊が半端なく強いという事だった。


「ジュリアン、アディ、セディおはよう」

「リアム様、おはようございます」

((リアム様、おはようございます))


 朝練を終え、シャワーで汗を流すと、朝食の為に食堂へと向かった。

 スター商会の食堂ではいつでも自由に好きなものが食べられるようになっている。朝と夜はマトヴィルを模写したマッティがメニューの中から好きなものを作ってくれるが、昼はマッティがスターベアー・ベーカリーに仕事で出て居るために、ララが用意した保存箱という名の魔道具から自分の好きなメニューを取り出すことになっていた。

 この中には沢山の料理が入っており、毎日選ぶのが楽しみでしょうがないリアムであった。


 リアムが朝食を取る頃には従業員の皆が食堂にすでに揃っている。スターベアー・ベーカリーのメンバーは朝が早いので既に店へと出向いているが、この朝食の時間に皆と顔を合わせ話をすることも副会頭としての大事な仕事の一つでもあった。


 そして皆と話しながら食事をしていると、ララとセオが食堂へとやって来た。二人は子供でありながら大人が心配になるぐらいの働き者だ。睡眠時間をちゃんと取っているのかとリアムは心配になるのだった。


「リアム、おはよう」

「おう……ララ、セオ少し時間が早すぎないか? もう少しゆっくりしてから来いよ……」

「そう? じゃあ、次からはリアムが執務室に行く時間に合わせてくるね」


 ニッコリと笑って答えるララに、リアムはそれでも早すぎるだろう……と思ったが口には出さなかった。何故ならララから少しでも目を離すととんでもない事をしでかすことをリアムは知っていたからだ。

 だったらスター商会に早目に越させて、店の中でゆっくり休ませればいいとそう思うリアムであった。


 ララとセオと一緒にリアムの執務室へと向かった。今後の事を話し合う為だ、今は研究所の建設と研究員の募集をスター商会では考えている所だった。


「あ、そうだリアムにこれ上げるね」


 執務室に入るとすぐにララが自分の魔法鞄から何かを取り出した。


 ペンのようだが……何か形が珍しいな……


「見て可愛いでしょ、ブレイの【ボールペン】だよ」


 ララがニコニコ笑いながらリアムに見せたものはブレイの顔の部分がペン頭に付いている ”ボールペン” という名の物だった。ララがペンをカチャカチャと動かすとペン先が出たり入ったりし、ブレイを模写した人形の頭が面白い様に動いていた。

 リアムは見た事の無い物に驚き、開いた口がふさがらなかった。勿論周りにいるランス達もだ。

 だが、ララはリアム達が驚いている事も気にせずに話続けた。


「私のはココなの」


 ララが自分用のボールペンを取り出し、動かして見せる。カシャカシャと音がするたびに、ペン頭に付いたココを模写した銀蜘蛛のおもちゃの様な物の足が、わしゃわしゃと気持ち悪く動き出した。


「可愛いでしょっ」


 リアムはララのペンを見て、銀蜘蛛が動くペンを可愛いなんて言う女の子はララぐらいだろうと思ったが、声にならず頷くに留めた。ララはそれを同意だと思ったようで満足すると今度はセオのボールペンをリアム達に見せた。


「セオのは勿論モディなの、これもとっても可愛いんだ」


 そう言ってララが見せたセオのボールペンは、モデストという名の蛇魔獣モディを模写した人形が付いたものだった。これは動かすたびに蛇の口から舌が出る物だった。これを可愛いと思うララの感覚は少し理解できないが、セオは愛おしそうにそのペンを見ていた。


「……おまえ、まさかこれを売り出すのか?」


 俺の問いにララは首を振った。今は仕事が立て込んでいるので、これ以上新商品を作るのは待って欲しいとララには伝えてあったのだが、まさか売り物か? と思ったリアムはホッと胸をなで下ろした。

 どうやらリアム達にだけ特別に作った物の様だった。ランス達も新商品では無いと分かって、ホッとしている様だった。


 だが、その考えは甘かった事をリアムは次の瞬間思い知った……


「売り物はスターベアー達のペンなの、この三つは試作品なんだ」


 そう言ってララは自分の魔法鞄から、5種類のマスコット熊と同じ色の熊の人形が付いたボールペンを机に並べた。


「これが売り物のボールペン、可愛いでしょ。勿論大人が持つような普通の物もあるんだよ」


 そう言ってまた別のボールペンを魔法鞄からララは取り出した。黒、白、赤、青、紫、紺、ピンク、黄色、緑、銀色、全部で10種類ものペンを取り出してきた。

 それを見てリアムは頭が痛くなり思わず自分の頭に手を置いてしまった。だがララはこれだけでは止まらなかった――


「この10種類のペンの芯は、あー……インク部分は黒色なの。だからインクに色が付いてる物も作ったの」


 そう言ってララは赤と青のインクのボールペンを魔法鞄から取り出すと、自分の持っていた紙にサラサラと線を書いて色が違うことをリアム達に見せた。


 リアムはもう何も言葉が出ず、何故か無表情になってしまっていたのだった。


「大したものじゃないけど、これも売れるかなぁ?」


 ニコニコと笑ってそう言うララに誰か突っ込んでくれと思ったのはリアムだけでは無いだろうと、その場にいたメンバーは皆思ったのだった。

 こんなすごい物を作っておいて、それを大したものでは無いと言うララの感覚が理解出来ないリアム達であった。


 誰かこの娘に一般常識を教え込んでくれー!


 リアムはそう思いながら、ララに増やされた仕事にひたすら打ち込むのであった。


 やっと仕事を一段落させるととっくに夕飯の時間を過ぎていた。ララとセオも屋敷に戻ったようで何故か少しホッとした気持ちになったリアムであった。

 皆で食堂へと行き夕食を取ることにした。するとトミーとアーロ達が何やら盛り上がっているのが見えた。


「あ、リアム様お疲れ様です」

「ああ、なんだ、何を盛り上がっているんだ?」


 少し酔いが回っているのかマシュー達も顔が赤い、コップには酒を飲んだ後がある事から、どうやら酒を飲んで盛り上がって居た様だ。

 すると、マッティが俺たちに【ビール】を出してきた。ララが発明したビアの進化版だが、それとは少し違うようだった。


「リアム様、ララ様が【黒ビール】という名のビールの試作品を作ったそうです」

「はぁ?!」

「いやー、なかなか美味くて、つい酒が進んじまって、ララ様が明日意見を聞きに来るって言ってたんでリアム様達も飲んでみて下さい」


 トミーがほろ酔いの状態でマッティが出した酒を進めてきた。マッティは俺たちにつまみも出すと厨房へと戻っていった。


 これはまた仕事が増えそうだ……


 リアムは諦めた表情を浮かべながら、ララが作った黒ビールと呼ばれた物を一口口にした。


「美味い!」


 ランス達も目を見開いている所を見ると、どうやら黒ビールを気に入ったようだ。つまみを口にしながらついつい酒が進んでしまう。これは販売されたら確実に人気商品になるだろうとリアムは思ったのだった。


 スター商会の自室に戻り湯浴みを終えると、リアムはベットに仰向きで倒れ込んだ。今日も一日があっという間の充実した一日を過ごすことが出来た。つい一年前はこんなに忙しい日々が自分の未来に待ち構えているなどリアムは思っても居なかった。

 半分自分の人生を諦めたようなくすぶった日々を過ごしていた。それがあの日、ララと出会った事でリアムの止まっていた時間は動き出したのだった。


 明日はララにどんな事で振り回されるのだろうかと、そんな事を考えながらリアムは程よい疲れと、美味い酒の酔いと共に今日も眠りにとつくのであった。

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