第105話 ブルージェ一家の訪問②

「タルコット様……申し訳ありませんでした……私は……」


 タルコットは首を横に振ると、イタロの言葉を止めた。


「イタロ、不甲斐ない主で申し訳ないが、これからも傍に居て私を支えて貰いたい。良いだろうか?」

「も、勿論でございます!」


 何か吹っ切れたように笑い合う二人を見て、周りの皆も良い笑顔になった。ロゼッタは夫の始めて見る姿に感動したようで、目を少し潤ませていたのだった。


 その後は食堂へ行って皆で食事を摂ることになった。色々なメニューから選べるとあって、ブルージェ一家はワクワクして居る様だった。普段ここで昼食を取っているメイナードが、注文のやり方を教えてあげて、親子仲良く三人でテーブルを囲み食事をしていた。微笑ましい姿に皆が温かい気持ちになった。



 ロージーの事が有り、今日から食堂のメニューには和食が一種類だけ並んでいる。今日はサバの味噌煮ならぬ、魔魚グールの味噌煮だ。


 味噌と醬油は私が手作りしたものを使っている。私は勿論迷うことなくこの味噌煮を選んだ。馴染みのない食事だが、ロージーも美味しく食べてくれていると良いなと思った私なのであった。


 ロージーの事だが、今はローガンが付きっきりで看病をしている。体力づくりも必要だし、食事を摂るのに食堂まで来るのもまだ辛そうな為、暫くはロージーの世話を仕事にする様にと、リアムからお達しが出たのだ。

 これにはローガン親子はいたく感動しており、すっかりリアムの魅力に夢中になっていたのだった。


 それと薬は私とマルコで作り、ローガンに渡した。毎日飲めば一ヶ月ですっかり体も良くなる予定であった。

 その後はロージーもこの店で働きたいと言っているそうで、一日でも早く良くなるように頑張るのだと、張り切っていたとローガンが嬉しそうに教えてくれたのだった。


 食事の後は皆で裏庭へと行った。子供たちが剣術の稽古をしているというので、メイナードの希望のもと、一緒に参加することとなったのだ。ロゼッタは休憩を取らせる為ミアにお願いして、応接室へと連れていって貰った。そこでゆっくりしてから、ディープウッズ家へと帰宅することとなる。


「ピエトロさん!」


 剣術の稽古を子供たちに付けていたトミーが、ピエトロを見ると驚いたように名前を呼んだ。どうやらブルージェにある、騎士学校で二人は先輩後輩の間柄だった様だ。まさかこんなところで会うとは思っていなかった様で、お互い驚いた顔になっていた。


 その後はアーロも入って懐かしそうに学生時代の話で盛り上がっていた。子供達はアダルヘルム指導の下、ガッツリ剣の稽古を始めたため。私もノアの姿になって参加しようと思い、一旦部屋へ戻ることにした。


 タッドとゼンは毎日欠かさず剣の練習をしているようで、アディやセディに指導を受けて頑張っているとの事だった。勿論、トミーやアーロも、護衛の子熊二人の指導を受けているので、自分達が驚くほど強くなった気がすると言っていたのだった。


 私はノアの姿になり、ブリアンナが作ってくれた平民服に着替えて、裏庭へと向かった。すると可愛いピートが一人でボールで遊んでいたので声を掛けた。どうやら稽古が激し過ぎて練習に付いていけなくなってしまった様だった。


「ピート」

「あ、ノア様だー」


 ピートはノアの姿の私を見ると、勢い良く抱き着いてきた。


 可愛い……本当に可愛い……


 私はその可愛さにキュンとなり、皆の練習が落ち着くまでピートとボールで一緒に遊ぶことにした。


「ピート、キャッチボールしよう」

「きゃっち? ボール?」


 グローブは無いが、私とピートはキャッチボールを始めた。ボールをバウンドさせてあげたり、高く投げてあげたりと、ピートが喜ぶ事をしてあげる。


「ノア様は、どこまで高くボールを投げられるの?」


 ピートが不意にそんな事を言ってきたので、私は魔力を使ってボールを投げてみることにした。


 身体強化を掛けて、先ずは少しの力でボールを投げてみた。するとスター商会の屋根よりも高くボールは上がっていった。ピートも凄い凄いと言って手を叩いて喜んでいる。次に身体強化のまま力一杯ボールを空へと投げた。すると一瞬でボールは見えなくなり上空へと高く高く上がっていった。


「ノア様すごーい!」


 手を叩いて喜んでいるピートにほんわかした気持ちになりながら、私は目にも身体強化を掛けて、ボールの行方を追った。すると風に吹かれて少しづつ店から落下ポイントがずれているのに気が付いた。


「ピート、ボールが外に出ちゃいそうだから、取りに行ってくるね。ここで待っててね」


 私はピートに声を掛けると、店の塀をぴょんと飛び越え外へと出た。そして足に集中して身体強化を掛けると、誰かにボールが当たる前にジャンプをしてキャッチした。


 ボールを見失う事なく、キャッチ出来て良かったと一安心をした。身体強化を掛けてのボール投げは、思った以上に危険な為、気を付けなければいけないなと反省したのであった。



「君、凄い魔法使いだね」


 店の中へ戻ろうとしたら、不意に声を掛けられた。振り向いてみると黒髪の少年が一人で立っていた。年齢はセオと同じくらいだろうか……

 見るからに上質な服を着ているのに、供も付けずにこんなところに居ることに、何だか違和感を感じた。


「今の身体強化を掛けたの? その年であれだけ高く飛べるなんて魔力が高いのかな?」


 ニコニコ笑って話しかけてくるが、本当に笑っているようには思えない。それにさっきから彼に話しかけられると、心がざわつく感じがして、何かが引っかかるのだ。一体何なんだろうかと疑問が湧き上がってくる。


「僕はウイルバード……ウイルバード・チュトラリー……君の名前は?」


 答えようかどうしようかと悩んでいると、裏庭の方からピートが私を呼んでいる声が聞えて来た。


「ノアさまー! どこー?」


 ウイルバードと名乗った少年はクスリと笑った。


「君、ノアって名前なんだね……、フフ……ノア・ディープウッズと一緒だ……」

「えっ?」


 何故ノアの名前を知っているのだろうか、彼は先程のウソのような表情ではなく、今度は本当に嬉しそうに笑っている。だが、その笑顔はまるで悪巧みでもしているような、毒々しさがあった。


「ねえ…… ”ノア” この店がディープウッズと繋がっているって本当?」

「えっ?」


 名前を呼ばれて一瞬ゾクリとした。それにまた彼はディープウッズの名を出した。ウイルバードはいったい何者なのだろうかと不安が込み上げてきた。

 私が答えずにいると、彼はまた笑みを見せた。でも本心では笑っていないのが表情を見てすぐに分かった。


「フフフ……そうか、面白い……フフフ、ごめんね。小さな子には難しい質問だったね?」


「ノア様? ボールはぁ?」


 ピートが門から私を探しに出てきたので私は思わずピートに手を伸ばし 危ない! と言いかけた。


 だけどそこで自分の行動にハッとする、何が危ないのかと……

 私は無意識にウイルバードという名の少年を、危険だと察知していたのだ。


 だけど何故? ディープウッズの名を知っていたから? それともノアの名を知っていたから?


 自分の行動に疑問を感じながら、ウイルバードの方へと振り向くと、彼の姿はすでにその場には無くなっていたのであった。


「ノア様? どうしたの?」


 急に私が抱きしめて来たからか、ピートは不安そうに私を見上げてきた。私は何でもないよ と返事をすると、ピートにボールを渡した。すると自分の手首に付けてあるミサンガが目に入った。


 ミサンガは黒く変色し、魔石の部分には亀裂が入っていたのだった。


(あの子に何か魔法を掛けられたんだ……でもいつ……?)


 ピートがボールを持って店の敷地内へと入っていくのを追いかけながら、先程の少年の事を考える。

 

 ウイルバード・チュトラリー……チュトラリー……聞いたことのない苗字だ……


 でも彼はノアの事を知っていた、それも本物のノアの事をだ……


 それにディープウッズの事も、この店がディープウッズと繋がりが有る事も、私に聞いてきたけれど、確信があるからこそここまで見に来たようにも思える。

 それに子供なのに一人で来ていた、自分の力に自信があるからこその行動なのかもしれない……


 色んな事に疑問を感じながらも、私は彼の事は誰にも話せないままでいたのであった。


 剣術の稽古も終わり、アダルヘルムはロゼッタを連れてディープウッズ家に戻っていった。アダルヘルムやセオが参加した剣術の稽古は思った以上にハードだったらしく、騎士であるピエトロも、それに普段剣など握っていないタルコット、イタロにもかなりきつかったようで、へとへとになっていたのであった。


 なので、汗を流した後はそのまま宴会の様になってしまい、成人組の男性がリアムの部屋に集まり、お酒を飲み始めてしまったのだった。


 ララに戻った私は、リアムの個室にある小さなキッチンを使い、男性陣におつまみを用意してあげた。それも和食中心の魔魚を焼いたものや、だしを使った卵焼き、なすと豆腐のおろしあんかけなどタルコット達が普段食べない様なものを出してあげた。


 リアムの部屋の少し離れた場所では、子供たちが大人の真似をして宴会ごっこをしていたので、そこにはジュースと唐揚げ、角煮など子供が喜びそうなものを出してあげた、皆運動をした後なので面白いように食べてくれて、作った私も大満足したのであった。


「リアム、これは美味いな、なんて酒だ?」

「流石タルコットだな、それはビアをララが進化させたビールって言うやつだ、最高だろ?」


 酔いも回り、リアムとタルコットはすっかり仲良くなっていた。イタロやピエトロもお酒が入っているせいか、地べたにみんなで座り込んで、色んなお酒の味を比べていた。


 顔がかなり赤いところを見ると私が作った日本酒も既に飲んでいる様だった。でもその中でも冷蔵箱で冷やしたビールには感動しているようで、タルコットは何度も おかわり! と言ってジョンに注いでもらっていた。

 あの様子だと今日は領主邸に戻れないのではないかと不安になってしまう、まあ、まだ飲むには全然早い時間なので、大丈夫だとは思うのだが……


 私はご機嫌になってランスやイライジャと話し込んでいるイタロの元へと向かった。今ブルージェの街は不況の真っただ中で、職がない人が溢れている。ビルの様な仕事が無く裏ギルドに加担してしまうような人を減らすには、領で事業を起こすのが一番いいと思ったので、少し話をして見たかったのだ。


「イタロ、今の領の経済はどうなのですか?」


 真っ赤な顔をしていたイタロだったが、私の質問に急に青くなってしまったように見えた。やはり不景気の影響で思わしく無い様だ。


「税収入がかなり減っています……不況で潰れる店も多く、また農作物も減っているので、他領へと出荷できるものが減っているのが現状です」

「そうですか……良かったらなんですが、ご当地ビールを作ってみませんか?」

「はっ?! ごとうち? びーる?」


 酔っ払っているタルコットも呼び寄せソファへと座らせる、リアム達も何の話だと近づいてきた。


「今タルコットが飲んでいたのは私が作ったスター商会のビールです。ビールには苦み、酸味、甘み、キレ、コクが必要なのですが、私の作ったビールは女性でも飲みやすいようにキレと甘みに力を入れて作りました。なので初心者の方でもそれ程抵抗は無いと思います」

「「は、はあ……?」」


 味について語っている私を見ながらタルコットとイタロは間の抜けた返事をしてきた、リアム達もポカンとしているが、放っておいて話を続けた。


「ブルージェでは大麦が沢山取れます。ですからそれを使って麦のコクと旨みをメインにしたブルージェビールを作ってみませんか?」

「ブ、ブルージェビール?」


 私はこくんと頷く、タルコット達はまだ意味が分からない様でポカンとしていた。


「ブルージェビールを作り他領に販売いたしましょう。ビールの味の研究は私とマルコというウチの従業員に任せて下さい、タルコット達はビール工場を作って街の人を雇って貰えればいいのです」

「そ、そんな事を……? ララ様が?」

「良いビールが出来たら街でビール祭りを行ってもいいかもしれません。そうすれば、昔のブルージェの様に素晴らしい観光地に戻りますよ。一緒に良い街にしていきましょう!」


 タルコット達は驚いた顔のまま何度も頷いていた。領を挙げての一大事業を展開すべく、この後も酔っ払いたちとの話し合いを続けた私なのであった。

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