第104話 ブルージェ一家の訪問
「ここがララ様のお店ですか……」
感心したようにスター商会の応接室を見回しているのはタルコットだ。今日は先日の約束通りスター商会へと遊びに……いや、見学に来たのだ。
タルコットは屋敷からは馬車でしか出たことが無いらしく、転移部屋にとても感動していた。自分の足で城の外に出るなど有り得ない事だったようだった。
そして、体調の良くなったロゼッタも今日は一緒に来ている。お母様の薬が効いてロゼッタは普通に生活が出来るようになっており、後は少しづつ体力と筋力を戻して行こうと話している状態まで回復していたのだった。
その為ロゼッタは最近、ディープウッズ家の中庭を散歩したり、なるべく起きている時間を長くしたりと一生懸命努力をしている最中なのだ。
体力、筋力だけは薬で改善とは行かないので、日々の努力が必要となるからであった。
それから、イタロと護衛のピエトロ、そしてメイナードも勿論一緒に来ている。メイナードは母親のロゼッタの手を繋ぎ嬉しそうに笑っていた。家族でどこかへ出かけるという事も初めての事なのだそうだ。
ブルージェ一家の皆には今日は平民服を着てもらっているのだが、イタロだけはしっくりこない様で、ずっと首元を触っていた。オルガが作ってくれた平民服は、庶民にしては高級な生地なのだが、動きやすい服がイタロにしてみると気持ち悪い様だった。
その点ではタルコットの方が適応能力が高い様で、今日はとある大店の主の設定なのだが、喜んでその設定に乗っていた。着たことのない庶民服に嬉しそうな表情を浮かべていた。
そして、今日はアダルヘルムも一緒に来ている。ブライアン達の事が有ってから、週に一度はスター商会にアダルヘルムかマトヴィルが視察に来ることになっていたので、タルコット達の訪問に合わせたものであった。
今日のアダルヘルムは少しラフな服装をしており、とても色っぽい。いつものビシッとキメているアダルヘルムはカッコいいのだが、今日は妖艶という言葉がピッタリ合う感じであった。
アダルヘルムは私が以前上げた色付きのシャツを着ており、ただそれだけの事でここまでセクシーになる人も珍しいなと、私は思っていたのだった。
「ようこそお越しくださいました、領主様」
リアムにはタルコット達が領主一家だとは伝えてあるので、応接室に案内すると待ち構えており、きちんとした挨拶を交わしていた。
でも今日はお忍びという事と、タルコットの友達計画もあるので、この応接室を出たら一般人で、ただのメイナードの父親であり、商家の主として扱う事となっていた。
勿論ロゼッタはその妻で、イタロは下僕設定、ピエトロは大店主の護衛設定でいる。
タルコットはそのことが嬉しい様でワクワクした表情を浮かべており、困惑しているイタロとは雲泥の差であった。
「父上、僕はいつもお手伝いをしているのですよ」
スターベアー・ベーカリーに先ずは向かうと、メイナードが嬉しそうに普段の様子を話し出した。ここのパンはとっても美味しのだと話すと、良い香りに誘われたようにタルコットとイタロは喉を鳴らしていた。
ロゼッタやメイナードは普段からディープウッズ家で同じ様なパンを食べているので、二人の様子をクスリと笑ってみていた。
マシューが焼きたてのパンをタルコットとイタロ、それとピエトロに渡して上げると、3人は顔を見合わせたあと行儀の事など忘れてその場で食いついたのだった。
「これは……なんて美味しいんだ……」
タルコットとイタロは目を丸くしながら、パンを食べきった。勿論ピエトロもだ。ミリーがそっと三人にお茶を渡してあげた、三人は今度は渡されたお茶の美味しさにも驚いた様だった。
「これは……初めて味わうお茶ですが……何という名のお茶でしょうか?」
普段タルコットにお茶を入れることがあるイタロが、茶葉に興味を持ったようで私に聞いてきた。なので頷くとお茶の名前を教えてあげた。
「私がラディアの花で作ったお茶なのです。店内にあるイートインスペースではこのお茶を自由に飲むことが出来るようになっています」
「えっ? このお茶が無料で頂けるのですか?」
驚いているイタロ達をイートインスペースまで連れて行った。まだお昼前という事もあり、それ程人は居なかったのだが、それでもその場にいた人たちはアダルヘルムの妖艶さに大ダメージを受けたようで、パンを食べる手が止まって真っ赤な顔をしていたのだった。
「ここにコップとお茶、それからお水が用意されています。これはお客様が自由に飲んで頂ける様になっています。勿論、パンやお菓子を購入されたお客様に限っておりますが……」
イタロは話を聞くと感心したようにイートインスペースを見ていた。少しはこの店に興味が湧いてきたようで、イタロの様子に安心をした私であった。
「お客さんが使ったコップは、僕やタッド達で洗うんだよ」
メイナードが洗い物をしていると聞いて、ブルージェ一家は目を丸くしていた。普段から話を聞いているロゼッタもだ。まさかそこまでの事をメイナードがやっているとは思っていなかった様だった。
「あのね、コップとかお皿とか魔道具が洗ってくれるの、だから僕でも簡単に出来るの」
タルコット達は食器を洗う魔道具があると聞いて、とても興味を持ったようなので、実践して見せて上げることになった。
ミリーが客が使ったコップやお皿を集めて来て、メイナードがやって見せることとなった。メイナードは普段から使っている自分用のエプロンを付けると、台の上に立って、軽くコップなどをすすぎ始めた。
タルコット達はメイナードがエプロンを自分で付けれた事にも驚いていたが、コップをゆすぐ行動も慣れた手付きだった事から、タルコット達は何とも言えない、宇宙人でも見たかの様な表情を浮かべていたのだった。
魔道具である食洗器の中にゆすいだ食器を入れると、メイナードが扉を閉めてスイッチを入れた。すると水の音や小窓から泡が上がる様子を、タルコットは食い入るように見ていた。そして、あっと言う間に食器は綺麗になり、その仕上がりの素晴らしさにタルコット達は貴族ではあり得ない口を開けた状態で驚いていたのだった。
「わ、私もやってみたい!」
タルコットはそう言うと、ミリーから新しいエプロンを受け取り自分でつけて見せた。メイナードの手前、イタロに付けてくれとは言いだせなかったのかもしれないが、見様見真似で頑張っていた姿に、タルコットにも色々な経験が必要なのだなと思った私であった。
残念ながら後ろのリボンは縦結びになっていたが、領主の子として小さな頃から着替えなど、全て人にやって貰っていたであろうタルコットにしては、良く出来ていると私は思ったのだった。少しずつでも良いが経験値を増やし、領主として立派になって欲しいものであると思った。
タルコットは魔道具である食洗器を、メイナードに教わりながら使ってみると楽しかった様で、他の道具にも興味を持ち始めた。
オーブンや冷蔵箱などを、触って確かめながら嬉しそうに見ていたのであった。
「お菓子も食べてみませんか?」
そろそろ忙しさが本番を迎えるスターベアー・ベーカリーに、こんなに大勢が居ては邪魔になるだろうと、リアムが皆に声を掛けた。
気に入ったお菓子を皆が選び、応接室へと移動することになった。
ロゼッタはミリーやペイジ、それにナッティーなどにメイナードの普段の様子を聞いていたようで、女同士いい友達になれそうだったので安心をした。
タルコットも元々領主としての意識が薄いのか、マシューやリアムにスターベアー・ベーカリーにある商品の質問をしたりして、何と無く打ち解けていたのだった。
ピエトロに関しては騎士友達もいるであろうから心配はしていないかったのだが、問題はイタロであった。
今日は庶民の振りだと言っているのにもかかわらず、タルコットが何かやろうとするたびに、ブツブツと領主ですのに…… とか、その様な事は領主のする事では……と小さく呟いていたので、イタロはなじむのには時間が掛かりそうだなと、感じた私だった。
それにしても、ブルージェ一家がお菓子を選ぶのは分かるのだが、何故か普段から食べているリアムまで試食のお菓子を選んでいたことに、首を傾げてしまった私であった。
「リアムはお菓子食べ過ぎだね……」
そう小さく呟いたセオに、大きく頷いて見せた私であった。
応接室へと移り、皆でおやつタイムをする事になった。
タルコット達には先日ブライアン達にお詫びの品を渡す際に、スター商会のお菓子の詰め合わせを同じ様に渡していたのだが、ここで食べるのはまた別口だった様で、とっても嬉しそうな顔をして食べていたのであった。
「我が商会のお菓子はいかがでしたか?」
お菓子を食べ終わりジョンが入れてくれたお茶を飲みながら、リアムがタルコットに質問した。タルコットは味わうように飲んでいたお茶のカップを受け皿に置くと、満足した様子で話し出した。
「先程頂いたパンも、このお菓子も驚くほど美味しかったです。ロゼッタやメイナードが城に戻りたくない気持ちが少しわかったような気がします……」
タルコットは顔は笑ってはいるが、体は明らかにしょんぼりしているのが分かった。やはり城にロゼッタとメイナードがいないのは応えている様だ。だが、ブライアン達が幅を利かせている以上危険なため、本人たちも戻る気にはなれない様だし、私も命の危険がある場所に戻す気にはなれないのであった。
「あの、タルコット様、宜しければ今日はこちらで夕食を取られて行かれませんか?」
「えっ?」
元々今日はお昼をスター商会で食べたら、ディープウッズ家に戻る予定でいた。ロゼッタも元気になり始めたとは言え、まだまだ長時間の外出は厳しいので、それが限界だったからだ。
けれど、今のタルコットの様子を見てリアムは同情したのか、夜までここに居ればいいと声を掛けたのだった。
「勿論、奥様は体調の事が有りますし、ディープウッズの屋敷に先に帰って頂いて、我々は男同士、酒でも飲んで語り合いませんか?」
リアムの言葉にタルコットは嬉しそうに目をキラキラとさせている。でもイタロは少し不機嫌な顔を隠す事は無く、ジロリとリアムの事を見たのだった。
「し、しかし……私と話などしても、面白くないのでは無いでしょうか……」
タルコットは自分に自信が無いのだろう、面白い事など何も話せないのだと思っている様だった。これも過保護に育てられて友人作りや、外に出して貰えなかった事の弊害かもしれなかった。
だが、リアムはその答えに笑い出した。
「フフ、タルコット様、別に面白い必要などないのですよ」
「えっ?」
「一緒にいて酒を飲むだけで十分なのです。特に言葉はいりません、どの酒が美味いとか、そんな他愛もない話で十分なのですよ……」
リアムがニッコリと笑って微笑むと、タルコットは嬉しそうに笑って頷いた。だが、イタロは黙っていなかった。
「リアム殿、貴方はこの方を領主と知っていてお誘いしているのですか。だとしたら余りにも不敬では有りませんか?」
イタロの言葉に一瞬リアムは驚いた表情を浮かべたが、別に怒ったりはしなかった。ただし、タルコットは苦い顔になったのだった。
するとタルコットは何か思い至った様に頷くと、立上りリアムに頭を下げた。
「リアム殿、私の補佐が失礼な事を言って申し訳ない!」
「なっ! タルコット様、商人に頭を下げるなど――」
「イタロ! 黙れ!」
タルコットは厳しい顔でイタロの事を見た。こんな様子のタルコットの事を初めてみるのか、イタロだけではなく、ロゼッタやメイナード、それにピエトロまでもが驚いた顔をしていた。
「イタロ……お前の望む領主の姿とは何なのだ? 自分の領の人間とも話さず……誰とも本心を割って話すことをせず……城に閉じこもって居ればお前はそれで満足なのか?」
「いいえ、タルコット様、そうではありません。私はただ領主として、相応しい相手とご友人になって頂きたいだけなのです」
イタロの言葉にタルコットは苦々しい顔になった。まるで自分を軽蔑しているかのようだ。
「領主に相応しい友人とは何だ? いとこのデルリアンか? それとも貴族家の娘のガブリエラか? どちらも私を馬鹿にしている……」
「そんな……タルコット様……」
タルコットは悲しそうな表情で首を横に振った。イタロはそんな主を見て言葉を失ってしまった様だった。
「イタロ、お前はディープウッズ家の姫である、ララ様のご友人を馬鹿にしたのだぞ、分かっているのか?」
イタロはハッとした表情を浮かべると、青くなってしまった。
「私はリアム殿と友人になりたいと思っている、メイナードがここの商会で出来た友人の話をした時の顔を、お前も見ただろう?」
イタロは小さく頷いた。それを見たタルコットは少し微笑むと話を続けた。
「あれは本当の友人を得たからこそできる表情だ……私もメイナードの様になりたいと思っている……」
「父上……」
驚いているメイナードの頭を優しく撫でると、タルコットはリアムに再び頭を下げた。
「リアム殿、どうか私と友人になって頂けないだろうか……よろしく頼む」
タルコットの言葉を受けリアムは頭をガシガシっと掻くと、照れくさそうにタルコットに声を掛けた。
「あー、頭を上げてくれ、友達とは自然になる物だ。俺はもう自分の店にあなたを呼んだ時点で、友人だと思っている。どうか今後はリアムと呼んでくれ……」
リアムがそう言って手を差し出すと、タルコットは嬉しそうにその手を取ったのだった。
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