第93話 アダルヘルムの説明とロゼッタの現実

 リアムも連れて屋敷に転移して戻ると、ドワーフ人形のスノーにはドナを呼びに行って貰い、ウインにはアダルヘルムに戻ったことを伝えて貰った。その間に今メイナードが使っている部屋の、使用人用の続き部屋にハンナを連れて行った。

 ハンナは部屋の広さに驚いて一瞬目を見開いたが、すぐに出来るメイドの顔に戻り荷物を片付け始めた。するとそこにドナとアリナがやってきた。今はロゼッタにはスノーが付いているようで、姉妹は嬉しそうに抱き合っていた。

 アリナが部屋の使い方や物の置き場所などをハンナに説明し始めたので、私とセオとリアムは、私の部屋へと移動することにした。

 メイナードは自分の部屋にいると言っていたので、ハンナとドナとアリナにお願いしてきた。久しぶりにハンナ達に会えたので一緒に居たいのだろう。


 自室に戻り、お茶を入れ休憩を取ることにした。今日は色々とありすぎて私はお昼を取っていないことに気が付いた。魔法鞄からサンドイッチを取り出し、リアムとセオにはイチゴタルトを出してあげた。


「この菓子は旨いな!」


 甘味好きのリアムはイチゴタルトを気に入ったようで、ホールの半分をぺろりと平らげてしまった。運動不足を気にしていたのはどこに行ってしまったのだろうかと苦笑いになってしまった。


 今スター商会のお菓子屋では、ナッティーが作れるようになったクッキー各種や、マドレーヌ、フィナンシェだけを販売している。来年からはケーキ類の販売も始めたいと思っているので、もう数人パティシエを育成したい所である。

 それとマシューの技術はパン作りだけではもったいないので、レストランも開業したいところでもある。そうなるとスターベアーベーカリーだけでもかなりの人数の従業員の補充が必要だし、スター商会の方もリアムとランスそれとイライジャの三人でほぼ運営を回している現状なので、こちらの方も人手が必要となってくる。今また商業ギルドへ行って従業員の募集を掛けるべきかとみんなで悩んでいる所でもあった。


 製作部門は、ビルが年齢は一番若いのだが、ブリアンナやマルコが自分の世界に入りがちなので、ビルがリーダーの様になっており、三人で制作部門を回していた。

 衣装では男性物のシャツが一番人気でブリアンナは様々な色のシャツを、ミシンを自動化させながら沢山作っていた。

 勿論オーダーメイドの注文も入っており、トミーかアーロを護衛に付けて注文者の家に出向くことも多々あった。普段は人見知り気味のブリアンナだが衣装の事となると饒舌になるので、注文者の家族のドレスやシャツまでも注文を取ってくる営業力があり、それにはリアム達も驚いていた。


「レースや刺繡を使った物を沢山作りたくて」


 どうやら自分の趣味……いや、仕事の為には何でもできる様だ。


 マルコは薬剤研究所が出来るまでの間は化粧品の作成をお願いしたのだが、これがとても気に入ったようで、色や形を少しずつ変えては肌に対しての性能別に、ブランド名として女性の名前を付けて販売をしていた。

 ベルティの物は勿論だが、ララ・スターとかエレノアとかミアやミリーの名前の物も作っていた。特にマルコ的には名前にこだわりは無い様なのだが、女性の名前を付けた方がマルコは商品に愛情を持つとビルが教えてくれたのだった。

 ビルはお風呂やトイレの改装工事もそうだが、圧力鍋やミキサーなどのキッチン用品も作れるようになっていた。それから化粧品のケースやポーチの金属部分などもビルが受け持ってくれており、スター商会制作部門の重要人物となっていたのだった。


 店の事をリアム達と話して盛り上がっていると、アダルヘルムが私の部屋へとやって来た。私はアダルヘルムへもお茶を入れようと立ち上がったが、アダルヘルムはそれを止めて席へと付いた。どうやら早く話をしたいようだ。


「ブルージェの領主邸の話は、ララ様からお聞きでしょうか?」


 リアムはすぐにアダルヘルムの言葉に頷いて見せた。勿論セオもだ。アダルヘルムは微笑んで頷くと、これから気を付けなければならない事を2人に話し出した。


「まず、領主の叔父ブライアン・ブルージェですが、息子をララ様の夫にと望んでいるようです」

「「「えっ?!」」」


 これには私も含め三人が声を上げて驚いた。アダルヘルムは一体いつの間にそんな事を知ったのだろうか――

 驚いている私を見てアダルヘルムは少し呆れた表情になったが、そのまま話を続けた。


「アダルヘルム・セレーネの娘だと紹介した途端、自分の息子と仲良くしてくれと言ってきました。これは貴族間では婚約の打診の言い回しでもあります」


 私はアダルヘルムの言葉に驚いていたが、リアムは苦い顔で頷いていた。どうやらこれもまた一般常識の様だ。


「で、でも、あの息子のデルリアンは私よりもかなりの年上でしたよ……」


 薄い希望をもって年齢の事を言ってみたのだが、アダルヘルムやリアムには鼻で笑われてしまった。


「ララが成人するまでは第二婦人でも先に娶っておけば良いとでも父親に言われたんだろう……それにな、貴族の間じゃ20、30歳上でも関係ねーよ」


 要はどれだけ自家に利益のある家と縁を結べるかが大事らしい、本人の意思は二の次で子供の頃からある程度のお相手は候補に上がっているそうだ。

 そんな話にゾッとしたが、自分も前世では親の決めた相手と結婚しただけに、何とも言えない気持ちになってしまった。


「私嫌です、あんな気持ち悪い人と結婚なんてしたくありません……」


 あのデルリアンの笑顔を思いだすだけで気持ち悪くなる、まるで値踏みするように私を見ていたのだ。


「ララ様大丈夫ですよ、そんなことは私がさせません」


 アダルヘルムが優しい笑顔でそう言ってくれたので、私は心から安心できた。セオやリアムも 勿論だ と言って頷いていた。


「それからララ様が、ブライアン親子と共にガブリエラという名の女性教師を吹き飛ばしまして」


 セオとリアムが私の方を見てため息をついた。何やってるんだとでも思ったのだろう……でもアダルヘルムがガブリエラの事を、メイナードに鞭打ちをして深い傷を負わせた張本人だと話すと、怒りが込み上げて来たのか、良くやったという顔付きに変わっていた。そして――


「ああいうタイプの女性は根に持ちます。ディープウッズの森に何かを仕掛けてくることは無いでしょうが、スター商会の方が心配です……」

「マスター、店とララが繋がりが有る事を、その女は知っているのですか?」


 アダルヘルムがこれには苦笑いを浮かべた。そしてそのままの顔でリアムに理由を説明しだした。


「ララ様が兵士達に、何かあればスター商会に来るようにと話されまして……勿論リアム様のお名前で……」


 リアムは頭を抱えながら はぁー と大きなため息を付くとアダルヘルムに真剣な表情を向け、答えた。


「ララを守るのが俺の役目です! どんな嫌がらせも受けて立ちましょう!」


 リアムはそう言って胸を叩いて見せた。アダルヘルムやセオは頷くと、自分たちも協力すると言って、どうしても困った時はディープウッズの名を出しても構わないという話にまでなった。

 それから週一回はアダルヘルムかマトヴィルが店に顔を出す約束もし、これで話はまとまったのだった。


 リアムはすぐに店に戻って、皆と対応を考える と言って部屋から出て転移部屋へと向かった。アダルヘルムもリアムを見送るとお母様への報告に行くと言って戻っていった。


 私はこれから店が狙われることを考えると、対策をしなければならないと思い、どんな物が必要かを考えた。そして良いことを思いついたので作業をするために小屋へと行くことにした。

 セオはその間に自主練習をすると言って、裏庭でココやモディを相手に訓練を始めた。もう入試試験までは三ヶ月しかない、アダルヘルムの記録への挑戦も兼ねている為、セオは徹底的に自分を追い込んでいるようにも見えた。

 ここ最近のセオは魔力も体格も急成長しているように思えた。男の子はこうやって親離れをしていくんだな……なんて事を考えながら私はセオの訓練が始まったのを見とどけると、小屋の扉を開けたのだった。


 次の日朝食を終えるとロゼッタの所へと向かった。お母様も私も昨日から2時間おき位に様子を見に行っているが、随分と意識がはっきりとして来ていた。今日からは柔らかい食事も取れそうだし、薬も薄めずに済みそうなぐらい回復をしていた。ただし、体はやせ細って筋力も無くなっているので、これからのリハビリが大変そうでもあった。


 ロゼッタの部屋へ入ると丁度お母様も来たところだった様で、応接室にアダルヘルムと一緒に来ていた。お母様は私にだけ寝室に付いてくるように話すと、アダルヘルムとセオは応接室で待機するようにと告げた。

 寝室ではドナがロゼッタを少し起こし食事を与えていた。まだスープに近い食事だがそれでも随分改善されていると言えよう。

 ロゼッタはきちんと起き上がり挨拶をしようとしていたが、お母様がそれを笑顔で止めていた。


「ロゼッタさん、頑張りましたね。これからはゆっくりと体調を戻していきましょうね」


 お母様の言葉にロゼッタが涙を流すと、ドナがそれをかいがいしく拭いてあげていた。

 ドナがベット脇に椅子を用意してくれたので、お母様と私はそこへと座った。そして一通り診察を済ますと、お母様はロゼッタに今の体の症状を話し出した。


「ロゼッタさん、体調が悪い時に話そうか迷いましたが、領主夫人として知っておいた方が良いと思いましたので、お話いたしますね……」


 お母様の真剣な表情にロゼッタもドナも固い顔になり頷いて見せた


「ロゼッタさん、貴女は長期間堕胎の毒を投与されていました。それによって今後子供を儲けるのは厳しいくなってしまいました……」


 お母様の言葉にドナは息をのんだが、ロゼッタは驚いた様子もなく小さく頷いて見せた。きっとある程度覚悟は出来ていたのだろう。

 領主夫人という事は子供も産むことも仕事として含まれている、もしかしたらロゼッタは離縁も考えているのかもしれないとその表情を見て思った。


「私も子を亡くしました……」

「えっ……」


 お母様は微笑みながらロゼッタの手を優しく包み込むと、ノアの事を話し出した。二歳のかわいい盛りに亡くなったこと、それでも今は幸せであるとお母様はロゼッタに伝えた。


「私にはララがいます、そして貴女にはメイナードがいます。この子たちを守ることに希望を持って生きていきましょう」


 ロゼッタは少し微笑むと、小さくだが覚悟を決めたように頷いて見せた。きっと何かを自分の中で決めたのだろう。

 それからお母様はロゼッタに夫である領主から面談のお願いの手紙が届いたことを伝えた。どうやらアダルヘルムがタルコットにロゼッタの意識が戻ったことを連絡してあげたようだった。


「貴女はどうしたいですか? 会うのも会わないのも貴女の自由ですよ……」


 ロゼッタは少し考えた後、一つ頷くと小さく呟いた。


「会います」と――


「分かりました。ではもう少し体調の良くなる一週間後に面談を受けましょう」


 ロゼッタもドナも頷くと、お母様はニッコリと微笑んで見せた。そして――


「さあ、ではメイナードを呼んでまいりましょう。貴女に会いたくて朝からソワソワしていますよ」


 お母様がそう言うとロゼッタは今日一番の美しい笑顔で微笑んだ。私はその笑顔を見て、メイナードとロゼッタがよく似た親子であると嬉しく思ったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る