第87話 メイナード

 メイナードを連れて屋敷へ転移して戻ると、私の部屋にはアリナをはじめ皆の姿があった。勿論、お母様もだ。

 私とセオが屋敷を勝手に抜け出したので、心配して部屋に駆けつけてくれた様だった。


「ララ、心配しましたよ……その子は……どうしたのですか?」


 お母様は私とセオの顔を見て無事を確認すると、ホッと息を吐いて、一緒に連れて来たメイナードに視線を送った。メイナードは突然大勢の人に囲まれて驚いて居る様だったが、怯えたりはしていなかった。


「お母様、勝手をして申し訳ありません。この子はメイナードです。以前お話した私の文通相手です」

「まぁ! 貴方がメイナードなのですね?」


 メイナードはお母様の微笑みに頷くと、少し頬をピンクに染めながら自己紹介を始めた。


「僕の名前はメイナード・ブルージェです。6歳です。ララの友達です。宜しくお願いします」


 ニコリと可愛く微笑むメイナードの姿を見て、皆が一時停止してしまっているのが分かった。何故ならブルージェという名を名乗れるのは、ブルージェ領の領主一家だけだからだ。

 私が皆の方へと目を向けるとアダルヘルムは頭を押さえていたし、アリナとオルガは困ったような表情を浮かべていた。ただし、マトヴィルだけは何がおかしいのか分からないが、ニヤニヤと笑いを浮かべていたのだった。


 私はそんな皆にメイナードを何故連れて来たのかを話をした。私とセオが助けに行ったときに、森でメイナードが一人でいて、どんな状態だったのか。そしてメイナードの手前、馬車でここまで連れて来た人物の悪口は言わなかったのだが、小さな子にとって森がいかに危険か知るウチの皆には、話の裏が分かる様だった。


 つまりメイナードをこのまま自宅に戻しても、また命の危険があるという事なのである。お母様もその事を強く感じたようで、メイナードの目線に合わせるためにひざを折ると、優しく声を掛けた。


「メイナード、貴方を森まで送ってくれたのは誰か分かりますか?」

「はい、城の使用人です。でも僕はあまりお部屋から出してもらえないので、名前は分かりません……」

「お母様の体調を治すお花の話は、誰から聞いたのかしら?」

「僕のお部屋の扉の前で使用人が話している声がして、お花の話をしていたのです……あの……勝手に話を聞いてしまったから、先生には内緒にしてくれますか?」


 メイナードはそう言うと少し顔色が悪くなった。どうやらその ”先生” と言われる人物が怖い様だ。私はメイナードに癒しを掛けた時に、気になった事を聞いてみることにした。


「ねぇ、メイナード……メイナードの腕には小さな傷が有ったでしょ? それには癒しが効かなかったのだけど、どうして出来た傷なのかしら?」


 私の言葉に皆が目を見張るのが分かった。癒しが効かないという事は、かなり古い傷という事になる。半年か下手したら1年も前の傷であろう。それがメイナードの両腕にはいくつも出来ていた。まるで鞭で打たれたような痛々しい傷跡が――


 メイナードは口を開けたり閉めたりして言い辛そうにしていた。それを見かねたお母様がメイナードに優しく声を掛けた。


「メイナード、ここでのお話はお家の誰にもお話しないから大丈夫よ。それにね、暫くララと一緒にこの屋敷でお勉強致しましょう……」

「えっ? 良いのですか?」

 

 メイナードは目を見開いて驚いた顔を見せた。お母様はメイナードの手を握ると、優しい笑顔のまま頷いて見せた。するとメイナードは安心したようで、傷が出来た経緯をゆっくりと話し始めた。


「僕がいけないんです……僕が勉強出来ない悪い子だから……先生が怒って……それで……」


 お母様はメイナードを抱きしめると優しく頭を撫でた。メイナードは嬉しそうにお母様の肩に顔をうずめている。


「ねえ、メイナード、私はララのお母様なのですけど、お薬を作るのがとーっても得意なのですよ」

「そうなのですか?!」

「ええ、ですからね、メイナードのお母様のお薬は、私が必ず作りますから安心して頂戴ね」


 メイナードはお母様の話を聞くと嬉しそうにポロポロと涙を流して何度も頷いて見せた。その姿を見てアリナとオルガは自分の目元をハンカチで拭っていて、マトヴィルは涙をこらえているのか、窓の方へと体を向けてメイナードから顔が見えない様にしていた。けれどマトヴィルの肩は小さく震えていたのが分かった。

 そしてアダルヘルムは、恐ろしいほど冷たい目をして微笑んでいたのだった……それを見た私とセオの顔が引きつってしまったのは、仕方のないことだある……


 大魔王さま、降臨です!


「アダルヘルム、ブルージェ領主へと手紙をお願いいたします。メイナードの我が家への滞在と、明日伺う事を伝えて下さい」

「はい、畏まりました!」

「あっ! お母様! 領主邸へ行くのは私でも宜しいですか?」

「まあ、ララ……どうしてなのかしら?」

「はい、メイナードは私のお友達ですから、私が責任を持って領主邸の皆様に、話を付けさせていただきたいのです」

「まあ……」


 私はメイナードの話を聞いて怒りに燃えていた。自分でも魔力が体の中で蠢いているのが分かった。たぶんこの場にメイナードがいなければ、今すぐブルージェ領主に会いに行ってボッコボッコにしていただろう。

 でもそれをしないのは自分自身にも腹を立てて居たからだ。なんでメイナードから手紙が届かなくなった事をもっと追求しなかったのだろうか、ペンダントを送っただけで安心して居た過去の自分に腹が立ってしょうがない。

 けれど、今更過去は変えることは出来ない、だったら自分が今できる事を精一杯やるだけなのである。


 私の気持ちが伝わったのかお母様は頷いてくれた。そして――


「では、明日はセオではなく、私がララ様の護衛として参りましょう」

「「えっ?!」」


 私とセオが同時に驚いてアダルヘルムの顔を見た。ニッコリと微笑んでいるが、どう見ても怒っているように見える。


「子供だけですと舐められてしまいますでしょう……王や王子……領主など、面倒な輩にはそれなりの対応が必要ですから……」


 アダルヘルムの過去に何が有ったのか分からないが、とにかく上に立つ者が、権力を振りかざしてアダルヘルムに迷惑を掛けた事だけは十分に分かった……


「それでは、ララ、アダルヘルム、宜しくお願い致しますね」


 お母様はそう言って微笑むと、メイナードの傷だらけの腕を見始めた。そして一つ頷くと私を手招きして近くに来るようにと呼んだのだった。


「ララ、これからメイナードの傷に癒しを掛けます。それをよく見ておきなさい」


 お母様はそう言うとメイナードの古い傷に一つずつ触りながら、丁寧に癒しを掛けていった。それはとても繊細な魔法で、そしてとても温かな光あふれる魔法だった。

 私はお母様の手の動きや魔力の流れを見逃さない様にジッと見つめ続けた。そして、お母様の魔法であっという間にメイナードの古傷は消えて、きれいな肌へと戻ったのだった。


「お母様……素晴らしいです……」


 私がそうお母様に伝えると、お母様は優しく微笑み私の頬を撫でた。そしていつか必ず私にも同じ様に魔法が使える様になりますよ と言ってくれたのだった。

 メイナードは傷がきれいに消えたことに驚いて、目をキラキラと輝かせてお母様を見つめていた。


「あの……ララのお母様、有難うございます」


 お礼を述べたメイナードがとてもいい笑顔で微笑んで見せたので、皆がホッとした表情になった。お母様の魔法で見える傷だけでなく、心の傷も癒されたような気持になったのだった。


 夜も遅い時間になったので、休むことになった。メイナードは洗浄魔法だけをかけてノアの寝間着を着て眠ることになった。

 いつもはセオと二人で寝ている私だが、メイナードも一緒に寝ようと誘うと、可愛らしい笑顔を浮かべて頷いた。セオは珍しく少し機嫌の悪そうな顔をしていたので、どうしたのだろうかと思いベットに横になりながら、聞いてみることにした。


「セオ……難しい顔してたけど何かあった?」


 メイナードも心配そうにセオの事を見ていた。何となくだがセオの機嫌が悪いことに、メイナードも気が付いていたのだろう。


「いや……俺はララの護衛なのに、役に立たないなって思って……」


 どうやらブルージェ領主の領主邸に行く時の、私の護衛をアダルヘルムに変わられたことがセオの自信を無くすことだったようだ。でも今回は領主が相手なので、子供だけで行くわけには行かないのでしょうがないと言える。けれど、セオからしたら私の護衛は自分の役目だと思っているので、納得できない部分もあるのだろう……

 私は普段から守ってくれているセオに、気持ちを伝えることにした。


「セオ……そんな事は――」

「そんなことないよ!」


 私の言葉よりも大きな声でメイナードがセオに話し出した。


「セオはとってもかっこいいし優しいの! いつもララの手紙に書いてあったもん!」


 メイナードはキラキラした目をしながらピンク色に頬を染め、驚いているセオに話をつづけた。


「今日もとってもかっこよかった! あっという間に熊をやっつけちゃったんだもん!」

「でしょっ! セオはとっても強いのよ」


 メイナードはうんうんと私の言葉に何度も頷いた。セオは私とメイナードに褒められ続けて顔が少し赤くなっている。


「僕もセオみたいになりたい! セオみたいなカッコイイお兄ちゃんになりたい!」


 セオは遂に真っ赤かな顔になってしまった。こんなにはっきりと憧れを伝えられて照れくさいのだろう。私はそんなセオを見ているうちに、段々と顔がにやけてくるのが分かった。


「メイナード、セオは私のお兄ちゃんなのよ」

「そうなの?! 良いなぁ!」

「メイナードも暫くウチの子だから、セオはメイナードのお兄ちゃんでもあるのよ」

「えっ?! 良いの? 僕もセオの兄弟で良いの?」

「勿論よ、ねっ、セオ」


 セオは真っ赤な顔のまま小さくこくんと頷いた。恥ずかしいのか顔はそっぽを向いている。


 メイナードは やったー! と言って両腕を上に上げると、セオに思いっ切り抱き着いてきた。


「お兄ちゃん大好き!」


 勿論私もセオとメイナードが抱き合っている所に飛びついた。するとセオは顔だけでなく体中真っ赤になりながらも、優しくメイナードと私の頭を撫でたのだった。


 次の日、アダルヘルムと共にブルージェ領の領主邸に向かう時間となった。皆が私達を見送るために馬車の前へと集まっている、そこには心配そうな顔をしているメイナードの姿もあった。


「メイナード、大丈夫ですよ。少しメイナードのお父様とお話してくるだけですからね」


 メイナードは心配そうな表情のままこくんと頷いた。そんなメイナードの右手は尊敬するセオの手をしっかりと握っていた。


「セオ、メイナードの事をお願いしますね」

「うん、ララも突っ走らない様に、マスターの話をちゃんと聞いてね。マスター宜しくお願いします」


 皆がセオの言葉にクスリと笑う中、アダルヘルムが大きく頷いて見せた。


「では、お母様、行ってまいります」

「ララ、思いっ切りやってらっしゃい!」


 お母様の言葉に真剣な顔でこくんと頷くと、周りの皆は何故かため息をついていたのだった。

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