第77話 ワイアット商会の二人

「おはよう、リアム、ワイアットさんの体調はどうですか?」

「おお、ララ来たのか、早いな、昨日はアリーがジョセフさんに付いていてくれたが問題なかったようだ」

「従業員のみんなは?」

「問題なしだ、勿論、ジョセフさんの下僕もな」


 忙しそうに執務をこなすリアムの言葉に、セオの方を振り向きながらホッとする。セオも私を見て微笑んでいるので安心したようだ。


 昨日スター商会に商談の為、訪ねてきたワイアットさんを鑑定して見ると、何と流行り病である流行り風邪に掛かっていたことが分かった。

その為、私はほぼ無理矢理この商会の客間にワイアットさんを監禁したのだ。何故ならこの流行り病は癒し魔法の効果が薄く、今までもこの病気が流行ると多くの者が命を落としてきた。だからあのままワイアットさんを外に出せば、この病気がこの街で蔓延してしまう恐れがあった為、早期対策として囲わせてもらったのだ。


 後の問題はワイアットさんがどこで感染したのかと、この街で宿泊していた宿屋である。別の街で流行り出しているのか、この街で流行り始めているのか、それとも宿屋で旅行客に移されたのかで対策がかなり変わってくるだろうーー


 それも踏まえて私は、ワイアットさんが元気になったらここまでの行動などを詳しく聞こうと思っていたのだった。


「リアム、ワイアットさんの様子を後で見たいのだけど、大丈夫かしら?」

「ああ、アリーの話では今朝食を食べているそうだ。熱も下がってるみたいだし大丈夫だと思うぞ」

「そう、じゃあ後でアリーと一緒に部屋へ行ってみるね」


 私は今日も商談が入っているリアムと別れ、スターベアー・ベーカリーへと向かった。


 スターベアー・ベーカリーではマシュー夫妻を始め、ナッティー、ミリーが店を開け奮闘していた。勿論、マスコット熊であるアディ、マッティ、セディも働いている。私はそこに今日連れてきたイッチ、ニッチ、スノーを出す。今日は私とセオは全く手伝いが出来ない予定なのでドワーフ人形を多く連れて来たのだ。


「みんな、おはようございます」

「「ララ様、セオ様おはようございます!」」

「体調が悪い人はいませんか?」


 皆がそれぞれ笑顔で頷いている、顔色も良さそうだし心配なさそうだ。


「今日はこちらを手伝えないのですが、なにかありましたら遠慮なく言ってくださいね」

「ララ様、店は俺たちに任せてください」

「そうです、作業もだいぶ慣れたので任せてください!」


 マシューとナッティーが心強い返事をしてくれた。私はみんなに休憩と栄養をきちんと取るように言って店を離れた。


 廊下を歩いていると子熊のオリーに会った。これからワイアットさんの様子を見に行くそうなので、私とセオも同行することにした。アリーは一晩中ワイアットさんに付いていたため、今充電器で休んでいるそうだ。


「ララ様ー!」

「タッド、ゼンおはよう」

「おはようございます! セオ様もおはようございます!」


 二人はアリーとオリーに教育されている為、日に日に仕草や態度が変わってきている。普段口の悪いリアムよりもずっとちゃんとしてきたように見える。勿論、商人モードのリアムは別人の様なのだが、普段を知っているのでそう思ってしまう。


「二人共どこへ行くのですか?」

「スターベアー・ベーカリーに手伝いに行くんだ……です」

「フフフ……私には普通に話してもいいのよ」

「ううん、俺たち立派な商人になりたいから頑張るんだ、あ、です!」


 タッドとゼンはそう言ってスターベアー・ベーカリーへと向かっていった。二人が目標を持ち張り切っている姿を見ると、この店にミリーを働く様に誘って良かったと心からそう思えた。

 家族がその日の食事に困ることなく、生活出来ているからこその夢や希望である。この世界から貧しい家庭が少しでも無くなればいいなと思った……


 神様から頂いた出会いにはきっと意味がある、大切にしなきゃだめだよね……


 私は神様の事を思い出しながら、ワイアットが宿泊している客間へと、セオとオリーと共に向かったのだった。


 オリーが先ずはワイアットの部屋に入り、私たちが入っても良いか許可を得る。部屋の中からは答えるワイアットの声が聞こえたが、元気そうな声色だった。私達はワイアットさんが連れて来た下僕に促され部屋へと入った。


 オリーはベット脇の水を代えると、部屋を出て行った。


「ワイアットさん体調はどうですか?」

「これは昨日のお嬢さん、お陰様で随分と体調が良くなりました。長旅で疲れていた物が取れた気がしていますよ」


 確かに顔色も悪くなく熱も無い様だ。私は念の為ワイアットに鑑定をさせて頂く許可を貰う。


【ジョセフ・ワイアット 男 45歳 病気 流行り風邪 治りかけ】


 どうやらまだ保菌者の様だ。私はそれをワイアットに伝え下僕のチャドも鑑定をする。


【チャド 男 21歳 健康】


 チャドの方は移っていない様でホッとする。念の為今日も彼には部屋を出た後、癒しを掛け薬を飲ます予定でいる。それから今日の看病も、マスコット熊のアリーとオリーに任せる様にとお願いをした。


「何から何まで申し訳ないね……」

「いいえ、リアムがお世話になった方ですから遠慮なく滞在されてください。あ、お仕事の方は大丈夫ですか?」

「ああ、そうなんだよ、今日にはこの街を立とうと思っていたからね、出来れば郵便飛脚をお願いしたいのだが……」

「ああ、でしたらこちらをお使いください」


 私はワイアットに魔法鞄から飛行機型の手紙用紙を出して渡し、使い方を教える。ワイアットは飛ぶ手紙を見て目を丸くさせていた。


「これも……この店の商品なのかね?」


 病んでいても商人魂は押さえられないようだ。リアムやランスもそうだが、新しい商品を見せた時、商人と呼ばれる人達は皆同じ様な反応をするのだなと思うと笑ってしまった。


「はい、商品です。ですが、お話するのは体調が治ってからですからね」


 私がそう言ってキッと睨むと、ワイアットと下僕は苦笑いを浮かべた。


「君は小さいのに……凄い魔法使いなんだね……」

「えっ?」

「ハハハ……昨日はまさか私の鑑定が跳ね返されるとは思わなかったよ……」


 ワイアットは私の顔を笑みを浮かべながら見ているが、その目はとても真剣だ。まさかこんな子供に自分の魔法を跳ね返されるとは思っていなかったのだろう。


「あの……勝手に鑑定してしまってすみません……」

「いや……先に仕掛けたのは私だからね……それに君のお陰で命拾いしたから感謝しかないよ」


 優しく微笑む彼に私は笑顔で頷いた。それから体調が大丈夫そうなのでこれまでの行動を聞くことにした。


「5日前に王都を出てね、ヒッツウエルズ領で一つ商談を終わらせて、それから、一昨日の夜にこの街に着いたよ」

「そうですか……王都やヒッツウエルズ領で体調の悪そうな方を見かけたりはしませんでしたか?」


 ワイアットも下僕のチャドも首を横に振った。思い当たる節は無い様だ。だがチャドがハッとしてこちらを見た、何かを思いだしたのかもしれない。


「旦那様、ヒッツウエルズ領の宿で偶然お会いした商人のビアンキ様、咳をしていたように思えたのですが……」

「ああ……確かにそうかもしれないが……彼は煙草を嗜むからね、それでかと思っていたが……」

「その方はどちらの商人なのですか?」

「ブロバニク領だね……彼もブルージェに向かう途中だと言っていたが……」

「ワイアットさん、その方に手紙書くのは可能でしょうか?」

「ああ……それは勿論、大丈夫だが……」


 もし彼が保菌者でこの街に来たとしたら、一気に病魔が広がる可能性がある。早めに対象した方が良いだろう。それにまだこの街に居れば捕まえて隔離できるかもしれない。


 ワイアットはすぐにブロバニク領の商人ビアンキに手紙を書いてくれると約束をしてくれた。体調の悪いときに申し訳ないが、病が広がらない様にする為には一刻を争う。

 その商人にもし体調がすぐれない様だったら、すぐにブルージェ領のアズレブの街にある、スター商会を訪ねてくるようにと伝えて下さい とワイアットにお願いをして、私達は下僕のチャドを連れて部屋を出た。

 部屋を出た瞬間にすぐに自分たちに癒しを掛ける。商売をする上で予防は完璧にしておきたい。勿論後で薬も飲む予定でいる。

 

 下僕の宿泊部屋へと一緒に行き、昨日まで居た宿の様子を聞く事にした。宿には体調不良の人は居なかった様だが、念の為そう言う人が出た時は、スター商会に訪ねて来るようにと伝えてくれたそうだ。チャドの言葉を聞いて私はホッとした。


「あの……お嬢様は、何故そこまで見ず知らずの者に手を差し伸べるのですか?」

 

 下僕のチャドは申し訳なさそうな顔をして私に聞いてきた。ワイアットの事だけでなく、ブロバニク領の商人ビアンキや宿の宿泊客の事を言っているのだろう。

 確かに前世の私だったらこんな事はしないだろう、というか、まず出来ないだろう。だが今は魔法もある、それに私は魔力量も多い、お父様ともこの世界を守る約束もした、でも何よりも――


「私はただ自分の家族や、この店の仲間を守りたいだけなのです」

「守る……」

「はい、家族に病気で亡くなって貰いたくはないから、この街に病魔を広げたくないだけなのです。ただそれだけなのですよ……」


 私はそう言って笑顔を向けた。セオも私の言葉にニッコリと笑い頷いている。そしてそれを受けると、下僕のチャドも真剣な顔で頷いた。


「あ……あの、私に何か仕事を手伝わせて頂けないでしょうか?」

「「えっ?!」」

「旦那様もお世話になっておりますし、どんな仕事でもかまいませんのでお手伝いさせてください……」

「でも……」


 下僕のチャドはそう言って私とセオに頭を下げた。どうやらただ世話になっているのが心苦しい様だ。私は戸惑ったが、セオが笑って頷いているので、リアムに相談してみようと思い立った。


「分かりました、チャドさん頭を上げて下さい」


 チャドは嬉しそうに顔を上げて私達に笑顔を見せる、私は リアムに相談してきます と言ってチャドの部屋を出た。


 リアムの部屋を訪れるとイライジャが執務を行っていた。リアムの執務室にはランスやイライジャの仕事用の机も置いてあり、大体がこの部屋で集まって仕事をしているのだ。


 私は情報を集めるのが得意なイライジャにも、流行り病の事を聞いてみることにした。


「そうですね、今の所どこかの街で流行り病が流行っていると言う情報は私には入ってきてはいないですね」

「そうですか」


 イライジャの情報なら確かだろうとホッとする。だがイライジャは別のことに目を付けていた。


「ララ様、流行り病の薬なのですが……ララ様がお作りになられたのですか?」

「ええ、そうですけど?」


 それがどうしたのだろうかと首を傾げる、もしかして味が悪かったのだろうか……


「ふう……ララ様、あの薬は高級品なのですよ……」

「「えっ?!」」


 全く知らなかった事に私とセオは驚いて思わず声が出てしまった。何故ならあの薬は森にある薬草を使ったものだし、足りない部分は家に有る物で出来たものだ。特にお金は掛かっていない、まさか高級な薬だとは思いつきもしなかったのだ……


「リアム様も段々と感覚が麻痺されているのでは無いでしょうか……普通、従業員に簡単に配るような薬ではないのですよ。ララ様はもっと自分がお作りになる物に気を付けないといけませんね……」


 遂にイライジャまでもお小言担当者になってしまったようだ。

 その後、私が森で取った薬草と、家に有る物で作ったのだと言い訳をすると、イライジャは大きなため息を付き、その森に入れる者自体が少ないし、ましてやディープウッズ家のお屋敷に有る物自体が高級な物ばかりでは無いのですか? ともっと呆れられてしまったのであった……

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