第75話 ヤンキーズ
「良かったら、少しお話しませんか?」
私は前世ではナンパなどしたことないが、今まさに二回の人生で初のナンパを経験している。それにしてもずっと帽子の男性が誰か気になっていたが、まさかヤンキーズの一員とは思っても見なかった。
彼は私が子供だからか、眉間に皺を寄せ怪訝そうな顔でこちらを見ている。手には紙袋一杯のパンを大事そうに抱えていた。
「ちょっとお茶でもしませんか?」
こんな子供に誘われても嬉しくないだろうが、彼はきょろきょろと周りを見回すと、頷いて私の後へと付いてきた。
だが私がスター商会側の入口に着くと、彼は急に焦りだした。
「お、俺を突き出すのか?」
「お客様を突き出したりしないですよ、本当にお話がしたいだけです」
「本当か……?」
「だってパンを買いに来てくれただけでしょ? 何も悪いことしていないんだから、堂々としてればいいのですよ」
渋々ながら付いてくる彼に、今は皆スターベアー・ベーカリーの方に出払っていて、スター商会には誰も居ないと話すと彼はホッとして私に付いてきた。
スター商会の中に入ると、彼は飾られている商品に目を見開きながら応接室へと付いてきた。
私は魔法鞄からお茶を出し彼に進めた。すると彼のお腹が ぐー となったので、ついでに魔法鞄からマトヴィル特製のヴィリマークのビーフシチューを出し、お昼ご飯を一緒に食べることにした。
お腹の虫も落ち着いたところで、私は彼に尋ねてみることにした。
「あんなことがあったのに、どうしてこの店に買い物に来たの?」
私があんなことと言った事が自分達の恫喝行為と分かったのだろう、彼の顔は曇り俯いてしまった。そしてゆっくりと苦い顔をしながら話し出した――
「俺はあんな事……人を脅すようなことをするなんて知らなかったんだ……」
「そうなの? じゃあ、どうして仲間に?」
「……腹が空いてたんだ……」
彼の話では食い扶持を減らすため実家を出されたは良いが、仕事も無く街をウロウロしていたらしい。そんな時にいい仕事が有ると昔の知り合いに声を掛けられたそうだ。
「まさか裏ギルドの仕事だなんて……知らなかったんだ……」
一度仕事を手伝えばもう抜けられ無くなってしまった様で、話す彼の顔は益々曇っていった……
そんな時この店に文句を付けに行くのに駆り出されたらしい。渋々だが付いて行くと、あっと言う間に倒され警備隊に逮捕されることとなってしまった。
もうこのまま奴隷落ちだろうと思っていた時、勾留場所で食べ物が配られた。仲間が言うにはそんな事は今まで一度も無かったそうだ。見たことのない食べ物を恐る恐る口にすると、とても美味しかったそうだ……
「もしかして……おにぎりかな?」
「あれはおにぎりって言うのか……この店の人がくれたって警備隊の奴が言っててさ……俺達あんな酷いことしたのにさ、まさか親切にされるとは思ってなかったよ……」
それから前科の無かった彼だけが奴隷落ちを免れ、釈放されたらしい。彼はそのまま裏ギルドに戻ることは無く、ひっそりと隠れる様に日雇いの仕事をしながら生活しているそうだ。
でもここから貰った食べ物が忘れられなくて、販売会や開店に顔を隠して買いに来たそうだ。
私は彼に帽子を取って貰うようにお願いしてみた。彼は頷くと被っていた帽子をゆっくりと外した。以前会った時は厳つく見せるためか、無精髭を生やしていたが、今はそれが無い。帽子を被っていたこともあるが、髭が無くなっていたから一度見ても気付かなかったという事もあった。
帽子を取った彼は緑色の髪のまだ幼さが少し残る青年だった。リアムよりも少し若いように思えた……
「まだ子供じゃない……」
私の呟きを聞くと彼は苦笑いを浮かべた。自分よりも幼い子供に、子供だと言われたのだ。それも当然だろう――
「俺はこれでも成人してる……16歳だ……」
少しむくれてそう話す彼は年相応に見えた。きっと無理して大人に見える様にしていたのだろう……自分を守るために……
「あ、ねえ、後でおにぎり作ってあげるよ」
「い、いいのか?!」
驚きながらも嬉しそうに微笑む彼に私は笑顔で頷いて見せた。魔法鞄に有ったおにぎりは先日の騒動の際、全て出し切ってしまったので今は在庫が無い。この寮の食堂の台所にはお米もあるので作ることは可能なのだ。
「ねえねえ、酸っぱい種に当たった人いなかった?」
「ああ……居たぞ、ジェロ……あー、頭に毛の無かった人がいたんだけど、あの人が酸っぱいって悶えてた」
「そうなんだ! フフフ……そう言えば【スキンヘッド】の人いたよね!フフフ……あれは梅干しって言う食べ物なのよ」
私の言葉に少し笑った後で彼は首を傾げた。私の事をジッと見ている。どうしたのかと思い私も首を傾げると、彼は質問をして来た。
「なあ、あんた、あの時あの場所にいたのか? 気付かなかったけど……居たのはエルフと小さな男の子2人だった……」
「あー、それはね――」
私が答えようと口を開いた瞬間、大きな足音がして応接室の扉が バンッ と音を立てて開いた。そこには血相を変えたセオとリアム、後ろにはアダルヘルムとマトヴィルが居た。
「「ララ!」」
「「ララ様!」」
皆は私の顔を見てホッとしたように見える、リアムに至ってはその場にしゃがみ込んでしまった。
「皆……どうしたの?」
皆は一斉に ほー と大きなため息をつくと、応接室へと入ってきた。アダルヘルムは眉間に手をやり、またため息をつくと話し始めた。一緒にいた青年は驚きで顔が青くなっている。
「ララ様…… どうしたの? ではありません、それはこちらのセリフです」
「えっ?」
「そうだぞ、お前が急に居なくなったもんだから、俺たちがどれだけ慌てた事か……」
「ララ様……黙って居なくなっちゃーダメですぜ……」
「誰もララがどこ行ったか知らないから、俺たちが探したんだよ……」
「あ……」
そう言えば誰にも見つからない様に黙って裏口から抜け出した事を思い出した。開店当日に多くの客が押しかける中、会頭が行方不明って……大迷惑をかけてしまった様だ……
「皆……ごめんなさい……」
私がしゅんとして謝ると皆が笑って許してくれた。でもリアムだけはデコピンをするのを忘れなかったがーー
「ララ様、行動を起こす前に先ずは相談ですよ。分かりましたね!」
「はい……分かりました……」
アダルヘルムは頷くと、青くなっている青年に視線を送った。見られていることに気が付いた彼は、ヤンキーズの全員がアダルヘルムに簡単にやっつけられた事を思い出したのか、益々青くなった。
「君は……」
「おー! あの時の奴か!」
「へっ? 皆さん知り合いなんですか?」
アダルヘルム達も彼の正体に気が付いたようだ。セオは私を守るように彼との間に入り、私の体を見えなくした。そしてアダルヘルムとマトヴィルが彼の両側へと立った。二人は表面上笑ってはいるが、その笑顔にはとても迫力があった。リアムだけが訳が分からないと言う顔で、少し離れて立っていた。
「それで、何故この者がここに……?」
「一人で仕返しに来るなんて、中々勇気があるじゃねーか……」
「ひっ!」
青年は二人の迫力にぶるぶると震えだした。彼の両肩をアダルヘルムとマトヴィルが軽く掴んでいるが、押さえつけている様にしか見えない。私は慌てて立ち上がり皆の中に入って行った。
「まっ、待って下さい! 彼は仕返しに来たんじゃないんですよ!」
彼は私の言葉に首が折れそうな勢いで顔をブンブン縦に振っている。首が飛んで行ってしまうのではと心配になる程だ。
アダルヘルムとマトヴィル、そして、セオとリアムがじっくり話を聞くために彼を囲むようにしてソファへと座った。彼はアダルヘルムとマトヴィルの間で小さくなっていた。
可哀想に……
私は皆に先程彼から聞いた事を話していく。裏ギルドに入りたくて入った訳ではない事、抜けられずヤンキーズの一員としてこの店を脅してしまった事、この店の味が気に入ってる事などだ。
そして今は裏ギルドから隠れる様に生活している事まで話すと、やっとアダルヘルム達からの威圧が感じられなくなった気がした。
だが私の考えが分かったらしいリアムは、私の方をチラリとみた。私が笑顔で頷いて見せると大きなため息をついて彼に話しかけた――
「……んで、お前名前は?」
「えっ、あ、はい……ビルだ、です……」
「何か得意なことはあるか?」
「得意なこと……? 特には…… あー、物を作るのはわりかし得意だ……です……」
「そうか……分かった……で、荷物はどこにある?」
「えっ? 俺の荷物か……ですか?」
リアムが頷くと、彼は今安宿に泊まっていると話した。ただ寝るだけの部屋がある宿とは到底呼べない様なところらしい。そこに少しの着替えだけが置いてあるそうだ。
「じゃあ、別に取りに行かなくても平気か……」
「へっ?」
「飛脚郵便でその宿に連絡して、荷物は処分させるが、良いか?」
「えっ? な、なんで? ですか?」
「お前をここで雇うんだよ、安心しろ洋服は沢山有るからな」
リアムの言葉に信じられないものを見たかのように彼は驚き、口をあんぐりと大きく開けた。せっかくここで買ったパンはぎゅっと抱きしめられて、潰れているようにも見えた。ぺちゃんこである。
「あ……あの……なんで俺を……?」
「困っている人は放ってはおけないでしょ?」
彼は眉間に皺を寄せ私の言葉の意味が分からないと、周りを見て助けを求める様な顔をした。その様子に皆が苦笑いを浮かべている。
「まあ……うちの会頭がそう言っているんだ、安心してここに居ると良い。その代わり仕事はキッチリやってもらうからな!」
「えっ……? かい……? へっ? あ、はい!」
こうしてヤンキーズの……いや元ヤンキーズだった青年は、スター商会に勤める事となった。私とセオで寮へと彼を案内する事にして、リアム達は仕事に戻っていった。アダルヘルムから くれぐれもララ様から目を離さないように とセオは言われて、ぎゅっと私の手を握りそれからずっと離さなかった。
少しだけ犬の気持ちになった私である……
「個人部屋は二階になっちゃうんだけど……」
寮の空いている個室にビルを連れていき部屋を見せた。まだ誰も使った事が無いので新しい木の香りが漂っている。私は少し窓を開けて空気の入れ替えをしてあげた。
それからトイレやお風呂を見せた後、部屋には小さな台所もあるが寮には食堂があり、そこで食事が取れる話もした。
ビルはずっと驚いた顔のまま、きちんと話を聞いているのか不安になるぐらい呆けたような声を出し頷いていた。
「ここを……俺が使っていいのか?」
「勿論、従業員の寮だもの、ベットもソファも全て自由に使ってね」
ビルは 有難う と小さく呟くとしゃがみ込み泣き出してしまった。私は彼の背中をさすりながらここに居れば安全だからね と優しく伝えた。
このまま裏ギルドと関わりを持たず、この子が幸せになれると良いなと心からそう思ったのだった。
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