第66話 親子
今日はスター商会で働く人たちの顔合わせの日だ。私は朝から店に来て皆を迎える準備をしている。
今日はスター商会のマスコット達のお披露目もある為、皆がどんな顔をするのかとても楽しみでもあった。
今日の店舗のお披露目から、殆どの人が寮へと住むことになっている。寮と言っても前世のマンションのような作りに近いので、この街の庶民の暮らしよりはかなりいい待遇らしく、トミーやアーロなどは無料でここに住めることに、従業員なのに何故か申し訳なさそうにしていた。
その上家具も備え付けてあり、冷暖房も完備されているので、ここの寮の事は怖くて誰にも話せないと言っていたそうだった。
この話はもうすでに住み始めているイライジャから教えてもらった事だ。イライジャはあの販売会の後、すぐに借りていた部屋を引き払うと、この寮に一番に入居して来た。
リアムの仕事を手伝うことが早く入居した一番の理由だが このトイレとお風呂を使ったら、もう他では生活出来ません っと言っていたのが、本当の理由なのではないかと私は思っていた。
私とセオが一番広い応接室を皆が座れるようにセッティングしていると、身支度を整えたイライジャが部屋へとやって来た。
「会頭……いえ、ララ様、セオ様おはようございます。随分とお早いですね」
私が会頭と余り知られないようにと、店では名前呼びで通すことが決まっている。これは心配したリアムが提案してくれた事で、今日の顔合わせで従業員の皆にも伝えてくれるそうだ。
「イライジャ、おはようございます。朝食は食べましたか?」
「はい。ララ様が用意して下さった魔法袋に沢山の食べ物が入っていますので、毎日食事が楽しみでしょうがありません。このままでは太ってしまいそうですよ」
各部屋にもキッチンは勿論あるのだが、リアムの仕事を手伝う関係で朝早くて夜遅いイライジャに、マトヴィルや私が作って魔法袋に保存していた食べ物を、新しい魔法袋に入れてイライジャに渡してあるのだ。
勿論今日の皆の入寮からは、食堂もオープンさせる予定でいる。まだ働く料理人は雇っていないのだが、そこは少し私には考えがあるのだった。
店の周りの見回りにセオが行くと言うので、私はその間にマスコットたちをセッティングすることにする。イライジャが興味深々で私の事を見ていたので 皆が揃ったらこの子たちの事を紹介しますね と話したら、目を輝かせて喜んでいた。
私が作業を終える頃、思ったよりも早くセオが戻って来た。その後ろには思わぬ人物を引き連れていたのだった。
「あなた達……」
そこには先日パンを渡した子供たちがいたのだ。どうやら母親と思われる人物も一緒の様だ。
「あの……この子達が、先日こちらでパンを頂いたというのですが、本当でしょうか?」
母親は顔色も悪く少しやつれている様子だった。私は席に着くように三人を促し、魔法バックから温かいお茶と食事を出してあげ、三人に提供した。
「さあどうぞ。簡単なものですけど、良かったら召し上がってください」
「……でも……」
「母ちゃん、だから言っただろ、食べる事が仕事なんだよ!」
「そうだよ、僕達仕事をお願いされたんだ」
どうやら自宅に戻った子供達の言う事が信じられず、わざわざこの店まで足を運んでくれたようだ。キチンと説明をしていなかったので、少し申し訳ない気持ちになってしまった。
「この子たちのいう事は本当ですよ。この食事も食べて頂いて、評価をしていただけると助かるのです」
私の言葉に母親はホッとしてから食事を口にした。
「温かい……」
母親は今にも泣きだしそうな表情を浮かべ、ゆっくりと味わう様に食事を摂っていた。子供たちはお腹を空かせていたのか、一心不乱に野菜スープやパンなどを口に詰め込んでいる。
食事が終わり一息ついている所に、リアム達がやって来た。親子を見てからチラリと私を見て、大きくため息を付いていた。
「なあ、なあ、この前のノアって男の子は?」
そう言えばこの子たちと会った時は、ノアの姿だったことを思い出した。私は 後で会わせて上げる と子供たちに約束して母親と話をする事にした。
その事を察したセオが 子供たちに店の中を案内してあげる と言って連れて行ってくれた。子供たちは大きな建物の中を見れるとあって、何も疑問に思わずワクワクした表情を浮かべながらセオに付いて行ったのだった。
「お一人で、お子さんを育ててらっしゃるのですか?」
私の言葉に母親は驚いた顔を浮かべた。自分の息子達よりも小さな子に、まさかそんな事を聞かれるとは思わなかったのだろう。リアム達の方に目を向けて、どう対応して良いのか助けを求めている様にも見えた。
「あの……」
「あー……、この子は小さいけど、この店の会頭で、年齢よりもしっかりしてるんだ。だからあまり深く考えないで、話せることは話してみなよ」
リアムの言葉に少し驚いたあと、母親はホッと息をはくとゆっくりと話し出した。
「主人は、二年前……もうすぐ三年になりますか……流行り病で亡くなりました……」
ご主人が亡くなった後頼る当てもなく、小さな子を抱えながら、それでも頑張って生活していたそうだ。だがこの世界は女性が働く場所が限られている。それも小さい子がいるとなると、長い時間は働けない。三人で生きていくのがやっとの生活をしていたそうだ。
そんな時子供たちがパンを抱えて帰って来た。それもパンを食べる事が仕事だと言って喜んでいる。最初は訝しげに思っていたそうだが、一口パンを食べてあまりの美味しさに涙が止まらなかったそうだ。
「お礼を言いたかったのでございます……」
彼女は私の目をしっかりと見て ありがとうございました とお礼を述べた。私はリアムの方を見て頷くと、彼女に声を掛けた。
「あの……お名前をお聞きしても?」
「あ、失礼いたしました。ミリーと申します。子供はタッドとゼンです」
「ミリーさん、こちらで働く気はありませんか?」
「えっ?!」
「先日の販売会で、私達の店に人手が足りない事を私は思い知りまして、今人材を集めているのです。勿論無理強いは致しませんが、ここでは寮もありますし食堂もあります。長い時間働けなくても十分に生活していけると思いますよ。それにあの子達を学校へ行かせることも、ここで生活をすれば可能だと思います」
彼女は驚いた顔をしながら 学校…… と呟いた。
多くの庶民の子が学校に通うことなく働きに出て居る現実を考えると、夢のような出来事なのだろう。
「私は……その……字も書けませんが宜しいのでしょうか?」
「大丈夫ですよ。パン屋の方は数字が分かればなんとかなりますし、それが嫌でしたら裏方の……食堂の手伝いか、寮の管理などをして頂けるだけでも助かりますし、貴女に……ミリーさんにやる気さえあるのならば、字は幾らでもお教えいたしますよ」
ミリーは驚いた顔をした後、ポロポロと涙を流し始めた。私はそんな彼女に近づくとそっと手を握った。
「ミリーさん、ここまで良く一人で頑張りましたね。もう大丈夫ですからね……」
彼女は遂に声を上げて泣き出してしまった。私はそんなミリーの背中をそっと優しく撫でる。ジョンは新しいお茶を入れてくれて、彼女が落ち着くようにと出してくれた。
彼女が落ち着きを取り戻した頃、セオと一緒に子供たちが探検から戻って来た。母親が目を腫らしているのに気付き、心配そうに覗き込んできた。そんな親子の愛情を見て、私の心はキュンとなった。
リアムがタッドとゼンに近付き頭をわしゃわしゃっと撫でると、二人とも頭を抱えてポカンと口を開けながら、リアムの方へと顔を向けた。
「良いか、お前たち、母ちゃんはここで働くことが決まったぞ!」
「「えっ?! 本当?!」」
「本当だ……それでだな、お前たちがやらなきゃならないことは何だと思う?」
「えっ? 大人しくしてること?」
「分かった! 水汲みだ!」
リアムは子供達の目線に合わせるようにしゃがむと、真剣な表情で話し出した。
「良いか、それは勉強だ!」
「「べんきょう?」」
「そうだぞ、学校で教わることだけじゃなく、この店の事や街の事を色々知ることが勉強だ。お前たちが沢山の勉強して立派になれば、母ちゃんが楽になって助かるんだぞ!」
彼らは話を聞くとキラキラした目で、母親とリアムを交互に見た。その顔はとっても嬉しそうに笑っている。
「俺、勉強頑張る」
「僕も! いっぱい勉強する!」
その言葉に周りにいた皆が優しく微笑んだ。母親のミリーもとても嬉しそうに彼らを見つめていた。すると私は視線を感じたのでそちらを見ると、リアムが私とセオのことを何故かジッと見つめていた。どうしたのかと首を傾げていると、リアムが大きなため息をついた。
「あれが、普通の子供だよな……」
どうやら私とセオの今までの子供らしからぬ行動に、同じぐらいの年頃の子をみて、改めて呆れてしまったようだ。確かに常識音痴の自覚のある私達は、リアムの言葉に苦笑いを浮かべたのだった。
親子三人はお風呂も入っていない様で、服もボロボロだったために、顔合わせの前に寮へと案内して着替えをさせる事にした。これから従業員皆が来るので、清潔な方が印象が良いだろうと思っての事だ。でも今は女性? が私しかいなかったため、ミリーの着替えを考えて私が寮へと案内する事にした。
寮の部屋に着くと、ミリーが驚きを隠せない表情になった。
「ここを……私達家族で使って良いのですか?」
「はい、ここは家族用の部屋ですから、自由に使って下さいね。お風呂とかの使い方は――」
「はい! はーい! 俺、さっきセオに聞いたから分かるよ! 母ちゃんここの風呂すっごい面白いんだぜ!」
「あー! 兄ちゃんずるい! 僕が教えたいのにー!」
盛り上がっている三人に私はサッと洗浄の魔法を掛け、魔法バックから彼らに合いそうな服を出して上げた。
「取り敢えず今日はこれを着てください。君たちも着替えが出来るよね?」
「……あの……こんな高級な物は……」
「ミリーさん、これも仕事ですよ」
「仕事……ですか?」
「そうです。この服はこの店の商品になる物です。店員が商品を知らなければ、売ることは出来ないでしょ? だから遠慮せず堂々と着てくださいね」
その言葉に彼女はまた目を潤ませながら微笑んだ。子供達は仕事だと聞いて真剣な顔になり、着替え始めた。
後で洋服だけじゃなく化粧品なども渡すので、使った感想を聞かせてくださいね と伝えたらミリーは驚いた後、今度は泣き顔では無く、子供達と同じ様に真剣な顔で頷いていた。仕事としての自覚が湧いたのだろう……
彼らが着替え終わってから応接室に戻ると、皆が揃っていた。警備員として雇い入れたトミー、それとアーロ一家、パン屋兼お菓子屋の従業員のナッティーとマシュー夫妻、それからスター商会のブリアンナと、既に共に動いているイライジャだ。そして今日ここに来たミリー親子。
そしてウエルス家の面々と、セオと私、このメンバーでこれからスター商会を立ち上げて行く。
オープンに向けての話し合いを、これから皆で始める。
そう思うだけで私は、気持ちが高まるのが自分でも分かったのだった。
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