第65話 ウエルス家
次の日には庭や、家具などを作り上げ、スター商会の全てが出来上がった。
パン屋兼お菓子屋には、商品棚や、イートインスペースも作り、赤い屋根でレンガ調の可愛いお店となっている。勿論イザベラの花も植えた。彼女が天上で、少しでも喜んでくれたらいいなと思っている。
スター商会はパン屋の横から、馬車でも入っていける様になっており。趣のある入口となっている。受付にはショーウインドウや、ショーケースを置いて、販売する品々を並べてあって、そこにはオルガが気合を入れて作ってくれた、ドレスとスーツが飾ってあり、来店した人が最初に目を奪われる事だろう。
寮の入口は前世のマンションの様になっており、パン屋の丁度裏側に入り口がある。店舗内全てが繋がっていることから、こちらの入口は殆ど使われる事はないかもしれないな、と思った。
だが従業員が結婚などして家族を持ったら、店の中を通って外へ出るわけにもいかないので、今後使う事が多くなっていくだろう。現時点で使うのはアーロの家族だけかも知れない。
あれからリアムのお家にお邪魔して、空いてる部屋に転移陣を張らせて貰った。その部屋に入れば店へと転移が出来るようになっている。ただし魔力が多く使われるため、リアムだけは何とかなるかもしれないが、庶民の平均の魔力量では一度転移しただけでヘロヘロになってしまう。
そのため私はリアムに魔力のこもったペンダントを渡すことにした。
「このペンダントは何だ?」
「転移に魔力が掛かるから、我家のみんなから少しづつ魔力を分けてもらって、ペンダントの中にためてあるの」
「――そうなのか?!」
「我が家の人達は私を含めみんな魔力量が高いからね。あ、お母様の魔力も入っているの」
私はペンダントをリアム、ランス、ジュリアン、ジョンに渡した。青色に輝く魔石が入ったペンダントだ。
「それで……100回ぐらいは転移出来るとは思うんだけど……」
「100?!」
「少ないよね……毎日来たとしても、往復ですぐに無くなっちゃうもの……」
「いやいやいや! 多いだろう!」
「そう? なら良いけど、魔力が無くなってくると色が元の魔石色の黒に近くなって来るから、早目に私かセオに教えてくれる?」
「ああ、分かった。でも、お前たちは魔力大丈夫なのか?」
「うん、セオも私も魔力は多い方だからね」
実際私は幾らでも魔力が引き出せる。ただ体が小さくて、それに耐えられないだけだ。でもペンダントに魔力を注ぐだけなら、体には特に負担も無いし、全員分のペンダントを補充出来るぐらいなのである。
リアムは何とも言えない顔でペンダントを受け取ってくれた。嬉しい様な、それでいて悔しいような、そんな表情に見えた。
その後はリアムの家の転移部屋へと鍵を付けた。誰でも出入り出来てしまうと、店に勝手に入られてしまう可能性があるからだ。
自宅にネズミがいると言っていたリアムは、かなりそのことに神経を尖らせて居る様だった。
鍵はリアム、ランス、セオ、私が持ち、私達ディープウッズ家側の鍵も4人各自が持つことにした。
それとディープウッズ家側の鍵は、念の為アダルヘルムにも渡してある。何かあった時に対応して貰う為だ。
私はせっかくウエルス家に来たので、リアムの家のお風呂とトイレの改装工事を行うことにした。以前我が家へ泊まりに来た時に、トイレやお風呂を這いつくばうようにしてリアムは見ていた。
その上使ってからはその虜になっていたのだ。なので友達として喜ぶことをしてあげたかったのだ。
「本当にタダでいいのか?」
「あのね、リアム、友達からお金取るはずないでしょ。それにこれは仕事じゃなくて、物作りの修行なの!」
「修行?」
「そう! 最初の頃よりかなり早くなったんだよ。勿論セオも上達したんだから」
私の言葉にセオは恥ずかしそうに頷いた。セオは几帳面な性格からか、仕事がとても丁寧である。細かい作業などは私より断然上手だ。その上今回の店の建設で、かなり腕が上がっている。二人でやればリアムの家の改装工事は、あっと言う間に出来てしまうだろう。
「リアムの部屋と、共有風呂とトイレだけで良いの?」
「ああ、それで十分だ」
「それだけだと、一時間もあれば終わっちゃうよ?」
「いっ?! 一時間?」
頷く私とセオを、リアム達ウエルス家のメンバーが驚く顔で見ていた。実際の作業をこれまで見ていないとはいえ、いい加減私達の感覚に慣れてもらいたいものである。
やはり私とセオはあっと言う間に改装工事を終えてしまった。結局一時間も掛からなかったのである。何度も作業を行う事によって、慣れるということは大事だなと思った。
その後はリアムの家の台所にお邪魔させて頂いた。砂糖や塩などをおすそ分けで持ってきたので、ウエルス家のシェフの方と一緒に料理をした。リアムがお菓子好きなので、お菓子の作り方なども教える。代わりに私はこの世界の料理なども教えて頂いたりと楽しい時間を過ごすことが出来た。
お昼をリアムの家のでご馳走になり、食後のお茶を飲みながら休憩している時に、私はそっとネズミの事を聞いてみることにした。
「リアム、今日はネズミさんはいないの?」
リアムはお茶を吹き出しそうになりながら、こちらを見てきた。リアムの横ではランスが面白そうに笑っていた。
「――お前たちが来るからな、使いに出した」
「もしかして、改装工事を余りやらせなかったのは、その人のせい?」
これにはリアムは苦笑いを浮かべた。どうやら図星の様だ。
「泳がせてるとはいえ、余り情報を与えたくはないからな……」
「私達の為だね……」
「そんなんじゃねーよ、兄貴に邪魔されたくないだけだ」
お茶を飲みながらリアムはそう言ったが、照れているのか頬だけでなく耳まで赤くなっている。リアムは本当に可愛くて優しい青年なのである。
「フフフ……リアムは優しいね、有難う」
リアムは恥ずかしかったのか、熱いお茶を一気に飲み込んでしまい、舌をやけどしていた。それをランスが残念な物を見る目で見守っていた。
「ネズミさんをこの後どうするの?」
「そうだなぁ……兄貴がこっちの情報を掴んで何をやりたいのか、先ずはそこからだな……」
「そうなんだ……」
「どうした? 何か心配なのか?」
リアム達が心配そうに私を覗き込んできた。確かに私には心配事はあるが、それは自分のことではない、ネズミが何故そんな事をしているかだ。イライジャと話をして、思い至ったことでもある。
「イライジャの子飼いと、リアムの家のネズミさんって同じ立場の様に思えるの……」
「まあ……そうかもしれないが……」
「ねえ、ランス、リアムのお兄さんとリアムを比べると、どちらが主として相応しい?」
「勿論、比べるまでもなくリアム様でございます。残念ながらロイド様には人の上に立つ魅力がございません」
また乙女の様に頬を染めているリアムを無視して、話を続ける。
「私もリアムはとても魅力的だと思うの、だったら何故ネズミさんはお兄さんの言う事を聞いているのかしら?」
リアムは顔を真っ赤にしていたが、私の言いたいことが分かったようだ。ランスも目つきが変わった。ネズミがスパイをしている理由――
お金で動いているのならそれも彼の仕事だ、リアムに解雇されてもしょうがないだろう。だが何かで脅されているのだとしたら? リアムに解雇されたりしたら、そのネズミはどうなってしまうのだろう。そんな事を考えてしまった。
リアムは少し考えた後、執事長のベルトランド、メイド長のグラッツア、そして護衛のパーカーという男性を部屋へと呼び出した。ネズミの事を聞く様だ。
「ローガンの事を聞きたいんだが、いつからここに勤めている?」
「そうですね……成人してからここに務めておりますから、丁度10年かと……」
「25歳か……兄貴と同い年か……」
「ええ、さようですわ。小さな頃は仲良く一緒に遊んでおられました」
「どういう事だ?」
「元々、ローガンの母親がこちらで働いていたのです。ロイド様がこちらへと来られる時は、遊び相手としてローガンが呼ばれておりました」
「そうなのか……?」
何だかリアムは少しショックを受けているようにも見えた。そんなリアムを気遣ってか、代わりにランスがパーカーに話掛けた。
「あれから、ローガンが郵便を使っている様子はありましたか?」
「いいえ、一度もありません。郵便飛脚の者にもチップを渡してあり、郵便を使い次第分かるようにしているのですが、ローガンが郵便を使ったと言う連絡は受けておりません」
「そうですか……では、姫様たちの事はご実家には伝わってはいないという事ですね?」
「はい、そう思われます。ただ、ローガン宛には手紙が届いていたようです」
「ふむ、何か指示があったかもしれないという事ですね……」
話が終わると、三人は部屋から出ていった。その際にグラッツアとベルトランドからは、とても感謝されてしまった。私の手とセオの手を握り、リアムの事や、今日の事、それから、お土産や、タオル等、今までプレゼントした物のことなど、沢山お礼を言われてしまった。何だか大げさすぎてとても恥ずかしくなった。
そして最後に リアム様の事をどうか宜しくお願いします と言って部屋から出ていったのであった。
チラリとリアムの方を見ると、普段なら赤くなり照れていても可笑しくないのに、ずっと暗い顔のまま椅子に座っている、先程の話を聞いてから、ずっと何かに落ち込んでいる様だ。
「リアムどうしたの?」
「いや……俺は家主として失格だと思ってな……」
リアムはこの街に来てから4年の間、何もやる気になれなかったと前に言っていた。きっと使用人の事も、気にもしていなかったのだろう。
でもそれはリアムらしくなる前の話だ。今は違う。それにベルトランド達は、あんなにもリアムの事を慕っているではないか、どうみても彼らは仕事だからと言うのではなく、心からこの優しくて可愛らしい青年を慕っているように見えた。
そう、私のように――
「リアム、失格かどうかを決めるのはリアムじゃないと思うよ」
リアムが目を大きくして、私の方を見た。私はそれに笑顔で返す。
「リアムが自分らしくなったのって最近でしょ?」
「ああ……まあ……」
「だったら、今から皆の事分かれば、それで良いんじゃないのかな?」
「ララ……」
「私はリアムは良い主だと思ってるよ、だって皆がこんなにも慕っているじゃない!」
リアムは座っている自分の足の上で手をギュッと握ると よしっ! と言って気合を入れた。その顔はもう曇ってはおらず、やる気に満ち溢れた何時ものリアムの顔になっていた。
ランスもジュリアンやジョンも、それを見て嬉しそうに微笑んでいた。
私とセオがウエルス家を後にする時間がやってきた。ネズミのローガンの事はリアムがもう一度キチンと調べてから、対象することとなった。リアムの事だきっと悪い様にはしないだろう。
私たちが別れの挨拶をする時、リアムがいつもと違う事をして来た。私の頬に別れのキスをしてきたのだ。
ほんのりと頬が熱くなるのを感じて、私は何だか恥ずかしかったが、リアムは照れてはいない様だった。
「ララ、色々と有難うな、セオもだぞ!」
「こちらこそ、お食事ご馳走さまでした」
私とセオはリアムとウエルス家のみんなにお礼を言った。すると皆からも沢山お礼を返されて、また照れくさくなってしまった。
別れぎわに何故かリアムが急に膝をついて、私と同じ目線になった。その目はとても真剣に私を見つめていた。
「ララ、俺はお前が好きだ。だからどんなことがあってもお前とセオと店を守る! 絶対だ、約束する」
「リアム……」
リアムの言葉が嬉しくて、私はリアムに思いっ切り抱き着いた。
「私も! リアム大好きだよ!」
私はリアムと友情を十分に確かめ合うと、馬車に乗って帰路へと付いた。帰りの馬車の中では少しセオが怖かったが、その原因が分からない私だったのであった。
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