第53話 商業ギルドへ再び

 私達は今商業ギルドへ向かっている。従業員の面接をするためだ。メンバーはいつものごとく、リアム、ランス、ジュリアン、ジョン、セオそして私の6人だ。

 かぼちゃの馬車で森を出てウエルス家に寄って皆を拾った。その時にウエルス家の執事長であるベルトランドから、皆に渡したミサンガのお礼やお菓子などの事について、深々と頭を下げられてお礼を言われてしまった。

 話が長くなりそうだったのでリアムが間に入り、私の手を握って離さないベルトランドをなんとかひっぺ返してくれて、どうにか時間通りにウエルス家を出発することが出来た。

 余裕を持って森を早めに出て、本当に良かったと胸をなでおろしたのだった。


「挨拶状を出す?」

「そうだ、店のオープンに合わせて知り合いの店に挨拶状を出したいと思ってる、ララはどう思う?」

「えっ、凄く良いと思う!」

「そうか! なら良かった。それでだなーー」


 リアムの意見としては、黄色い紙飛行機を使い、フェイスタオルを挨拶の品として一緒に送りたいと言う物だった。タオルという商品に興味を持ってもらうとともに、紙飛行機を使った郵送で驚かせたいと言う事だそうだ。私が良く口にしている宣伝効果に役に立つだろうと思っての提案らしい。


 本来ならこの時代、新しく店を出すとしたら各店へと出向いて挨拶するのが筋らしいが、タオルを送ることで絶対に気を引けるので、出向く際の旅費の削減にもなるそうだ。


 私はこのリアムの意見に大賛成した。流石リアム! と褒めると顔を赤くして、セオにちょっかいをかけ始めたので相変わらずの可愛い人である。


 私はふと以前森で会った商人のマクシミリアン・ミュラーの事を思い出した、商人に詳しいリアムならジェルモリッツオ国の商人の事も知って居るかもしれないと思ったのだ。


「マクシミリアン・ミュラー?」

「そう、ジェルモリッツオ国の商人なんだけど、知ってる?」

「リアム様……武器商人で有名なミュラー様ではないでしょうか?」

「おお! そうか、前にどっかの夜会で会ったことがあるな」

「有名なんだ?」

「おお、そうだな、なんだララ知り合いか?」

「前に助けたことがあって……」

「助けた?」


 私は頷くと、以前ミュラーを助けた時の話を皆にした。森の中で馬車が壊れ立ち往生していたので、車輪を修理して直してあげたのだ。その時は何の商人か聞かなかったが、武器商人なら丁度いいかも知れない。


「ミュラーさんにも挨拶状を出して欲しいの」

「別に構わないが、どうしてだ?」

「セオの作ったナイフや包丁を売ってみたいの」

「おー! 確かに、あれならかなりの良い値段になるな」


 セオは鍛冶が趣味で、今現在かなりの腕前になっている。それをこのまま眠らせておくのは勿体無い。それに、セオも自分の作ったものの価値を知るいい機会になるだろう。


「刀は売りに出さないのか?」


 リアムはセオに聞いている、直接セオの声が聞きたいらしく今日もセオの隣に座って陣取っている。セオを好きなのは分かるがあからさまである、リアムの正面にいる私の方が恥ずかしくなってしまう。


「うん、剣ならいいけど……刀はララだけの為に作りたいんだ……」


 セオのその言葉に胸がジーンと熱くなる。なんて私(親)想いのいい子なのだろう……


「セオ……有難う……」


 私が感謝の意を込めて礼を言うと、セオの頬は少し赤くなった。リアムはそんなセオが可愛いからか、ヘッドロックをしてちょっかいを掛けて、ランスに注意を受けていた。



 商業ギルドに着き、前回と同じギルド長専用の応接室へとこの前の女性が案内してくれた。ソファに座るとお茶を出してくれ、私たちがお礼を述べるとその女性が口を開いた。


「あの、先日私達受付の者もおすそ分けでお菓子を頂いたのですが、とっても美味しくって頬が蕩けそうでした。お店がオープンしたら必ず買いに行きますので、楽しみにしています。頑張ってくださいね」


 女性はそう言って一礼すると部屋を出て行った。どうやらまた客をゲットできたらしい、宣伝効果が良く出て居て嬉しくなる。

 私はリアムに 今日もお菓子を置いて帰るよ と告げてほくそ笑んだのであった。


 そんな話をしていたら商業ギルドのギルド長であるベルティがフェルスを伴って部屋に入ってきた、私達は立上り挨拶をする。


「今日は宜しくお願い致します、ギルド長」


 リアムの言葉にベルティは頷く。私はベルティの様子をジッと観察したが、目を細めたりしていないので、どうやら順調に白内障は改善されているようだ。私の視線に気が付いたベルティがこちらを見て微笑んだ。


「ララ、あんたのお陰で目は良く見えてるよ。ほら、ランプも使ってないだろ」


 ベルティは自分の机のそばにあるランプを指差してみせた。確かに先日は部屋が十分に明るいのにランプを使っていたのだが、今は必要ないようで安心した。

 私は魔法鞄からベルティの為に作った目薬を取り出した。


「ベルティさん、これを使って下さい」

「あんた……これは……目薬かい?」

「はい、私が作ったものです。今は癒しが利いていて良く見えていると思うのですが、そのままにしておくと、今後また視力が低下する可能性があります。この目薬はそれを防ぐものです」


 私がベルティに使い方を教えるために近づくと、ベルティは私の頭を優しくなでた。まるで母親の様に。


「まったく……あんたって子は……」


 そう言うベルティの瞳は少し潤んで見えた。私はベルティに笑顔を向けて宣伝広告の広告塔になってもらえるようにお願いすることにした。

 鞄から作った化粧品類を取出し、感激しているベルティの机の前に並べて置く。


「ベルティさん、これを使ってみて頂けないでしょうか?」


 ベルティは並べられた品を見て驚いた顔をしている、勿論、セオ以外の皆もだ。


「これは何だい?」

「私が作った化粧品です」

「化粧品?! あんた……そんなものまで作ってるのかい?」

「薬づくりと対して変わりませんから」


 私は机の上に並べた品を一つ一つ、ベルティに説明していく。基礎化粧品から、ポーチに入っているファンデーションまで細かくだ。そして、ベルティの為だけに作った口紅をケースから開けて見せる。


「これは私がベルティさんに似合う色を想像して作った口紅です」

「これが紅なのかい? 不思議な形をしているね……」

「はい、それで、お願いがあるのですが宜しいでしょうか?」

「何だい、ここまでしてもらってるんだから、私が出来ることなら何でもするよ」


 私はベルティのその言葉にホッとし、話を続けた。


「ベルティさんがこの色を気に入ったら、口紅にベルティさんの名前を付けたいのです……」

「名前……?」

「はい! 美しい女性が使っている商品は皆が欲しがります。その上、ベルティっていうブランド名が付いたら皆真似をしたくて挙って買いに来ると思うのです。こんないい宣伝はありませんから、お願いしたいのです」


 私がそう話すとベルティはぶっと噴き出し、声を上げて笑い出した。フェルスは苦笑いを浮かべてベルティを見つめている。私は意味が分からず首を傾げた。


「アハハハッ! なんて子だよ! 本当に面白いね!」


 その言葉は私ではなくリアムに向いていた。リアムはニヤリと笑うと、ベルティに頷いて見せた。


「こんなに高価なものをホイホイ人に与えちまうなんてねー、全く欲がない子だよ。宣伝だって? こんなおばちゃんで役に立つのかい? 商品に名前が付くなんて普通は大金払ってこっちからお願いするものさ、貴族何かは、自分の自慢話がしたい奴らばっかだからね」


 ベルティは呆れたように一息付くと、私に頷いて見せた。


「そんなんでお礼になるならドンドン使ってくれて構わないよ」

「良いのですか?」


 ベルティは頷いてまた笑って見せた。どうやらギルド長という大型の広告塔が手に入ったようだ。私が嬉しくなって手をたたいてはしゃいで見せると、リアム達も嬉しそうにしていた。

 その後受付の女性の数を聞いて、三人分の化粧ポーチをベルティに渡す。彼女達が使用してみての意見が聞きたいからだ。

 ベルティもフェルスも高価なものをホイホイ人にプレゼントする私に、目を丸くして驚いていたが、私からすると殆ど森で採れるものを使って作っているので、高価という感覚があまり無い。なのでこれから店を立ち上げるにあたって気

を付けなければいけないなと悟った。

 言い訳として今回だけプレゼントで、気に入ったら次回からはご購入お願いしますと、宣伝しておいた。これには皆が何故か苦笑いをした。


「さて、それじゃあ、本題に入ろうか」


 ベルティはそう言うとフェルスに書類を出させて、私達に見えるようにテーブルに置いた。


「店舗従業員の募集には8名、飲食店用の従業員には10名の応募が入ってるよ。これは新店にしては破格の応募人数だね。今この街は領主が変わって不況だからね、ある意味運が良かったのかも知れないね」


 その言葉を聞きながら私達は資料に目を通す。今回、店舗の方はリアムとランスがメインで従業員を決め、私が飲食店(パンとお菓子の店)の従業員を決める手筈を取っている。

 お互いが接する時間が長い人物を見極めたいからだ。資料の中に女性が少ないことに気が付いた。やはりこの世界では女性が働くことはまれな様だ。

 大体が家事手伝いや、自分の店の手伝いなどをしてそのまま嫁に行く、下手をしたら成人したら働くことなく結婚するのが当たり前なのである。

 結婚自体が就職と言えるのかもしれない、自由な庶民でさえこれなのだ、貴族の女性などは生まれてすぐに婚約などもざらである、勿論、成人するまではお互いが気に入らなければお断りも出来るのだが、親の意見に従うのが一般的である。

 だから尚更最前線でずっと働いているベルティのような女性は珍しく、注目も浴びやすいのだ。


「その資料の人間は、今日時間別に呼んであるからね。ジックリと選ぶと良いよ」


 そう言ってベルティとフェルスは部屋を出て行こうとして、何かを思い出したように扉の前で振り向いた。


「ああ、そうだ。見回りの奴らが貰ったお菓子が美味しかったって感動していたよ。あんな菓子が貰えるならいくらでも見回るってさ、あんたは本当に人を引き付けるのが上手だよ」


 ベルティはそう言って、手を振りながら笑って部屋を後にした。私達は二人を見送るとまた資料に目を通す。

 その中でリアムは二人ほど目ぼしい人物を見つけたようで、私に資料を指差して見せてきた。


「一人はこのイライジャって男だ、結構な大店に勤めていたようだ。ランスの良い相棒になってくれそうだな。後は女だけどブリアンナってのが気になるな、服飾関係の店に勤めていたようだ。まぁ、どっちにしろ人柄を見てからだけどな、後は特に目立った人材はいないな、ララはどうだ?」


 実は私は資料を見てからずっと気になっている人材がいたので、そこを指差して見せた。


「なんだ? 成人したての女じゃないのか? この子が気になるのか?」


 リアムは資料を私から受け取るとジックリと読みだしたが、他と比べても特別その子が気になる人物とは思えないようで、首を傾げている。


「それにしても、珍しい名前だな……なんて読むんだ? ……な、なてぅ?」

「【ナツミ】……その子の名前はナツミって読むのよ……」


 私は懐かしい日本名にある名前を呟いた。

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