第50話 お化け屋敷
「あはははは! 気に入った!」
ギルド長はお腹を抱えて笑っている。後ろに控えているフェルスがその姿を見て啞然として、リアムやランスも驚きの顔を隠せずにいた。
私は何が可笑しいのか分からず、セオの方を見るが、セオも分からないようでこてんと首を傾げた。ギルド長は目じりの涙をぬぐいながら一通り笑い終えると、はぁーと深いため息をついて話し出した。
「お嬢ちゃん、いや……姫様、その発想は素晴らしいです。ここを買うなら私が手数料を持ちましょう?」
「えっ? 宜しいのですか?」
「なに、目を治して貰ったんだ安いもんだよ。それからどうか私の事はベルティと気軽に呼んでください」
「まぁぁ! ベルティさん、ありがとうございます。では私の事も是非ララと呼んでくださいね」
私とベルティは笑顔で固く握手をした。男性組は話に付いて行けず皆口を開けてポカンとしていた。
ベルティはリアムの方へと向き直し声を掛けた。
「さて、ララはこう言っているがあんたはどうしたい?」
リアムはその問いにハッとして自分を取り戻し、少し考えた。リアムの答えは一度そのお化け屋敷を見てみたいだった。
ベルティはそれに頷き、早速皆でその屋敷を見に移動する事になった。ベルティとフェルスも一緒にだ。
私たちが入口でかぼちゃの馬車とスノーとウインを出すと、ベルティとフェルスの二人は驚いくとともに凄く興味を持ったようで、是非乗ってみたいと言い出した。
仕方なくジョンとジュリアンはギルドの馬車に乗って、残りのメンバーでかぼちゃの馬車へと乗り込む事になった。
ベルティは見るからにワクワク顔になり、早く乗り込みたそうだったので、リアムのエスコートで一番に乗り込ませてあげた。
かぼちゃの馬車の中からは あら、とか まぁ、とかベルティらしからぬ可愛いらしい驚きの声が聞こえて、私は彼女の事が何だかかわいく思えてしまった。
皆で馬車に乗り込んで、中央地区にあるお化け屋敷と言われている屋敷へと向かった。馬車の中ではベルティが上機嫌だ。
「この馬車は乗り心地がいいねぇ、それに中も外から見るよりずっと広いじゃないか、これもララあんたが作ったのかい?」
「はい、作りました。乗り心地は大切ですからね。一番気を使っている部分なので分かって頂けて嬉しいです」
そんな話で盛り上がっていると、あっという間にその屋敷へと到着した。商業ギルド自体が中央地区にあるので当たり前の話である。
私とセオだけだったなら歩いて見に行ったであろう。それほどの距離なのだ。
私達は馬車から降り、塀の外から屋敷を見つめる。まさにお化け屋敷の名に恥じぬ有様だ。屋敷にも外の塀にも草や苔、蔓などが伸びており、それは路地の方まで出張っていた。
これでは町の人が何とかしてくれと訴えてくるはずである。まるで街の中心に出来たジャングルのようで、怖くて近づきたくもないだろうと思った。
「どうする、中にも入ってみるかい?」
「「はいっ!」」
「「いや……」」
声が揃って皆で顔を見合わせる、結局私とセオの意見が通って中に入ることになった。ベルティとフェルスも(フェルスは渋々)付いてくることになったので、皆で屋敷に入ることとなった。
セオが先頭を進み、私が後に付く、屋敷への道は草で生い茂りとても歩き辛い、今日は私はドレスなので尚更だ。きっとベルティも歩き辛いことだろう……良く付いてくる気になったものだ。
「ほら、これ使いな」
ベルティから屋敷の鍵を渡され、先頭のセオが扉を開けた。屋敷の中は埃や、蜘蛛の巣だらけで、とても入れそうにない。床など所々に穴が開き地面から伸びたであろう木の根や草が生えていた。
「なぁ……これはもう、中に入るのは無理だろう……」
リアムが残念そうに見えるように、そう呟いた。私はニヤリとして、任せて と言うと屋敷全体に浄化の魔法を掛けた。
すると一気に屋敷の汚れは落ち、穴にさえ気を付ければ歩くことは出来るようになった。リアムが後ろでボソッと 余計なことを と言っていたのは聞かなかったことにしてあげた。
屋敷の中を皆で歩いて見る、価値のありそうな調度品などがそのまま残っていた。大きな部屋に入るとそこは応接室だろうか、ソファやテーブルなどがあった。
別の部屋も見てみようとこの部屋を出ようとしたら、セオがジッと一か所を見つめている事に気が付いた。セオは応接室の奥の窓側をジッと見つめているのだ。私はセオに近づきどうしたのかと聞いてみた。
「ララ、あの人……見える……?」
「えっ?」
私はセオが見つめている個所を見てみるが、私には何も見えない、リアムがセオの言葉を聞いて、そっとジュリアンの後ろに隠れていたが、後の人たちは私と同じ様にセオの見つめる場所を見ていた。
だが誰も何も見えないようだ。セオは徐々にその場に近づいていく、私も後に続く。他の皆はその場に留まり、私達の様子を窺っていた。そしてセオはその女性に話掛けてみることにした。
「あの……どうしましたか?」
私にはその女性の姿も声も聞こえないがセオには分かるようで、うんうんと相槌を打っている。
「この人……イザベラ・クラークさんって言うんだって、ララにお礼が言いたいって」
「私に?」
会ったことも聞いたことも無い名前の女性に、お礼を言われる事など私はしていないのだけど、と首をかしげる。
セオはまた女性のいる方を見てうんうんと言っている。
「さっきの、ララが浄化してくれたお陰で家族は天上に行けたんだって、だから有難うって言ってる」
「そうなの?……お役に立てて嬉しいです……でもイザベラさんは? 行けないのかしら? その天上へ?」
セオはまた彼女と話を始めた。私は分からないながらも、彼女を見つめる。(見つめているつもりだけど)
「自分では分からないみたいだよ」
セオの言葉に何だか儚い彼女が可哀そうになる。
「あの……イザベラさん、もし許して頂けるのなら……私、ここにお店を建てたいと思っていて、そこには可愛いお花を飾ったり観葉植物を置いたりしたいと思って居るのだけど、もし良かったらイザベラという名の植物を植えてもいいかしら? 折角貴女に会えたんだもの、何か形に残したいわ……」
そう言うとフワッと空気が舞い上がり半透明に光る女性の姿が浮かび上がった。元の場所に居た面々も見えているようで、ああ、とか おお、とか呟く声が聞こえた。
「あの……貴女がイザベラさん?」
彼女はこくんと頷いた。そして私に向かって微笑むと
「ありがとう……」
と言って空へと消えていった。私はそれをボーっと見つめたあと、セオの方へと振り向いた。
「セオ、イザベラさんは天上へ行けたのかしら?」
「……たぶん……」
二人で困惑顔になっていると、ベルティが口を開いた。
「……あんた達……すごいね……」
それは本気の言葉のようで、ベルティはまだ空の方へと目を向けていた。
帰りの馬車の中で聞いた話だと、あの物件は元々クラーク家の持ち物だったようだ。事件が有って別の人の持ち物になったそうだが、気味が悪く放置状態になっていたらしい。
誰も供養する者が居なかったのだろう、きっとあの家でイザベラさんもどうしていいのか分からなくなっていたのかもしれない。
「亡くなった子はイザベラって名だったはずだよ……」
彼女はまだ16歳だったそうだ。きっと夢や希望があっただろうと思うと胸が痛む。店を建てたらイザベラを育てよう、彼女の為にも……私はそう誓ったのだった。
ところで、あの後リアムは具合が悪くなり、真っ青になってしまった。どうやら幽霊とか亡霊とかそう言う話に弱いようだ。
仕方なくジュリアンが抱えて馬車まで運ぶ事になってしまった。リアムは馬車の中で今度は真っ赤になってしまい、どうやらジュリアンにお姫様抱っこで運ばれた事が相当恥ずかしかったようで、ずっと、あと少し待ってくれたら良かったのに……とブツブツと呟いていた。
商業ギルドに着くと先程のギルド長専用の応接室に案内された。そこで物件の契約である。自分を取り戻したリアムがサインをし、無事に契約成立となった。
私達はホッとして出されたお茶を皆で飲んだ。私はリアムを労うため、魔法バックからお菓子を取出しリアムと他の皆にもおすそ分けをした。
今日のおやつはイチゴのタルトだ。リアムは甘いものが好きなので、とっても喜んで食べている。ベルティとフェルスは一口食べると固まってしまった。もしかしたら甘いものが苦手だったのかも知れないと思い、心配顔を向けるとベルティが口を開いた。
「これもあんたが……ララが作ったのかい?」
私はベルティの顔を見て頷く。するとベルティはそのまま黙ってタルトを食べ終わり、リアムの方へ向きを変えた。
「あんた、ララの事をしっかり守りなよ、この子は天才だよ。最初は家柄のせいかと思ったけどね、そうじゃない、この子自体が宝もんだよ。悪いやつらに目を付けられないようにあんたが守るんだよ、いいね!」
リアムは勿論ですと言って頷いて見せた。それから、ベルティは自分も力を貸すからね、と言って笑って見せた。
どうやら頼もしい味方が出来たようだ。良かった。
それから、屋敷の解体工事はどこの業者に頼むのかと聞かれたので、私とセオで解体して店を建てると話すと頭を抱えられてしまい。ギルド側から見回りや護衛を向かわせるからくれぐれも気を付けてやるんだよと注意を受けた。ベルティは優しい人である。
その後は従業員の募集の話になり、一週間ぐらいで何人かの応募は集まると思うから、また連絡すると言われ、その日のギルド訪問は無事に終わった。
別れ際にベルティにはタオルセットを渡し、今後も宜しくお願いします。と頭を下げると。小さいのに良く分かってるね。と言って頭を撫でられた。気に入って貰えた様で一安心である。
帰りの馬車の中、リアムは疲れたようで足を投げ出し腰深くまで身を落として、酷くだらけた格好になっていた。
ランスに子供の前ですよと注意されても、こいつらは友達だから良いんだと言ってふてくされていた。私とセオが笑っていると不意打ちでデコピンが飛んできた。セオにもだ。二人で額をさすっているとリアムが愚痴りだした。
「あのなぁ……俺がこんなに疲れてんのはお前たちのせいなんだぞ」
「えー……」
「えー、じゃない、こっちがお前に意識がいかないように頑張ってんのに、ホイホイと魔法使いやがって……」
「だって、気になったんだもん、人助けでしょう?」
私は頬を含まらせて反論する、セオは私達のやり取りを笑って見ているが、それをリアムがキッと睨みつける。
「笑ってるがなぁ、セオもだぞっ!」
「えっ?」
「どこに幽霊と会話する奴がいるんだよ、危険な怨霊とかだったらどうすんだよ」
「えっ? でも、キレイだったし……」
「そう言う問題じゃねぇ!」
セオは納得いかずに苦笑いになった。だが私はリアムの言葉にピンっときて、ニヤニヤ顔になる。
「ララ、なんだよ、その顔は……」
「ううん……フフフ……要はリアムは怖かったんでしょ?」
「はっ?」
「お化け屋敷が怖くて嫌だったんでしょ?」
「なっ?!」
ニヤニヤ笑ってリアムの顔を見ていると、顔が段々と赤くなってきた。終いには耳や首まで真っ赤になってしまい、私とセオを交互に指差して口をパクパクとさせている。
それが可笑しくて、ついセオと顔を見合わせ吹き出してしまった。リアムは真っ赤な顔のまま私とセオの頭を同時に締め上げてきて、馬車の中は大騒ぎになってしまった。
騒ぎにしびれを切らしたランスに、これではどちらが子供か分かりませんねと言われるまで、リアムの攻撃は続いたのだった。
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