第37話 リアムの自宅②

「おま……なっ……それ……」


 リアムの言葉にならない声はほっておいて、ココに声を掛ける。ナデナデしながらだ。それもしっかりリアムに見せ付ける。


「ココ、今日はとってもいい子だったね。あそこにいるリアムお兄さんがココに美味しいご飯を食べさせてくれるから、ご挨拶しましょうね」


 ココは私の手からソファ前のテーブルに飛び移った、その姿にリアムが一瞬ビクッと動く。


(ココ、アルジ、カゾク、リアム、ゴハン、クレル)


「まぁ、ココはお利口さんね」


 私はちゃんと挨拶できたココを撫でてあげる。そしてセオの方へ向き声を掛ける。


「セオもモディを紹介してあげたら?」


 セオは頷くとキーホルダーに魔力を注ぎモディを出した。モディは部屋をぐるっと見回し、リアムの方へ顔を向ける


「リアム、俺の友達のモディだ。よろしくな」


(これは主の新しきお友達、リアム様。我が名はモディと申します。我が神であらせられる美しき姫と勇敢な主に仕えし僕でございます。どうかよろしくお願い致しまする)


 モディは頭を深々と下げた。リアムは口を開いたままソファの上で固まってしまった。私とセオは驚かせた事にニヤリと笑った。

 ココはモディの上に飛び乗ると、二人で部屋の中を探検しだした。その様子を見てリアムの顔は段々と落ち着きを取り戻しているようだった。


 ノックの音がしてワゴンを押したメイド達が入ってきた。執事長のベルトランドも一緒だ。ココとモディが探検している姿を見て皆固まってしまった、メイド達は顔が真っ青だ。


「あー、あの子たちはララとセオの家族らしい、危険はないし大丈夫だ。気にせず準備してくれ」


 リアムの言葉に執事長のベルトランドはすぐに平静を取り戻したが、メイドたちは準備する手が震えている。


 セッティングが終わると、リアムが後は自分達でやるからとメイド達を下げさせた。メイドたちはどこかほっとしている様に見えた。

 ベルトランドだけは部屋に残っている。私達はダイニングテーブルに促され席についた。ココたちも一緒だ。モディは食事は摂らないので席で丸くなっている。

 ココは何時ものようにテーブルの上で出されたご飯を喜んで食べている。出して貰った食事は薄味ながらもどれもとても美味しかった。でもやっぱりパンは少し固い。我が家のパンも固いのでこの世界ではそれが当たり前のようだ。


「今度、食パン作ってみようかな……」


 私がボソッと呟くとリアムとベルトランドが反応した。


「ララ、食パン? てのはなんだ?」


 ベルトランドも興味があるようでこちらを見ている。


「うーん……このあたりのパンて固いでしょ。もう少し柔らかいパンを作ろうかと思って……」

「ララは色んな物を作るのが得意なんだ」


 セオが後押しをしてくれる、私は頷き話を続ける。


「【天然酵母】を作ればもっと柔らかいパンが作れるんだけど、それ以前に【イースト】を作れるかなんだよねーーちょっと帰ったら実験してみようかと思ってるの。

 あ、そうだ、リアムこの辺で取れやすい麦って何か分かる?」

「この辺ですと大麦が手に入りやすいです」


 ベルトランドが答えてくれた。私はふむふむと頷く。


「大麦パンも麦の味がして美味しいよね。それも良いな。あ、【ビール】ってあるのかな?」

「び……びいる?」

「そう、お酒、小麦色でしゅわしゅわしてるの」

「リアム様、もしやビアのことではないでしょうか?」

「おお、ビアって酒ならあるぜ、けど、そこまでしゅわしゅわって程じゃないな。それにあまり上手くない。下町の庶民の味だな」

「ふーん……そうなんだね。でも作り方でとっても美味しくなるはずだよ。それに【ビール】が作れれば【ウイスキー】も【ブランデー】も作れるんだよねワインは有るから、絶対に作れるはず……」


 私が頭の中で色々考えている姿を見て、リアムとベルトランドは呆然としていた。セオとココはいつもの事だとそのまま気にせず食事をしていた。


 これから子供を育てるにはお金がかかる。出来るだけ収入を早くから得て、神様が与えて下さる出会いに備えていたい。ディープウッズ家の資金に頼っていてはダメだ。自分で稼がなくては……

 でもこの見た目では今日の様にまた邪険にされてしまうだろう。何か手を考えなければならないーー


「あの……お嬢様、どうかされましたでしょうか? もしやお食事が合わなかったのでは……」


 私はハッとして心配そうに見ているリアムとベルトランドの方へ視線を送る。いけない、いけない、家では無いのに考え事をしてしまった。


「いえ、美味しく頂いております」


 にっこりとレディの笑顔を見せれば二人ともホッとしたようだった。

 私達は食事を終えるとまたソファの方へ移動した。ベルトランドがお茶を淹れてくれる。

 ココは大満足したようで、私の肩へ来て寝息を立て始めた。モディはセオの首にぶら下がって甘えているようだ。それをリアムがひきつった顔で見ていた。


「リアムは成人しているのよね?」


 この世界での成人は15歳だ、19歳と言っていたリアムは成人男性だろう。でも念のための確認だ。


「ああ、なんでだ?」

「だったら大人よね?」

「そりゃあどう言う意味でとらえればいいんだよ……」


 リアムは頭をガシガシっと掻いてしまった、せっかく整えてある髪が乱れたのでベルトランドは苦笑いだ。


「お仕事は? 何をしているの?」


 聞いてはいけなかったのか、ビクリと体が一瞬固まったように見えたが、リアムはすぐに平静を装う。


「あー、今は何もしてない……前は王都の店を手伝ってた」


 笑顔を見せているがその顔は微かにひきつっている。仕事がないなら丁度いい、私はポンッと手を打つ。


「良かった。なら、家に遊びに来ませんか?」


 私がそう言うと、リアムは目を見開いて驚き、ベルトランドは固まってしまった。セオが私の服の袖を軽く引く。


「ララ、先ずは、アダルヘルムに聞かないと……」


 それもそうかとセオの言葉に納得をして、家に遊びに来てもらう件は、手紙で連絡することにした。

 森から手紙がちゃんと届くのか心配されたので、私は紙飛行機型の手紙の用紙と、鶴型の手紙の用紙を魔法袋から出してリアムに渡す。


「これは……なんだ?」

「私が作った手紙用の紙なの」


 私は色別の使い方と、鶴の使い方を教える。飛行機の折り方は簡単に覚えてくれた。鶴の方はもうかたどってあるので、後は声を乗せるだけだ。ペンをお借りして、先ずは紙飛行機をとばしてみせる。

 私が軽く魔力を通すと、ふっと飛行機は浮かび上がり、リアムの手の中へと舞い降りた。次に鶴に魔力を通す、鶴はリアムに向かって羽ばたき、リアムの手のひらに落ち着くと私の声で喋った。


『リアム、ララです。これからもよろしくね』


 リアムは自分の手のひらの中を見て、わなわなと震えている。その顔は感動しているようだ。


「……すげぇ……」

「この手紙で連絡しますね。リアムは魔力量は、大丈夫だよね? これはそんなに魔力いらないし」

「ああ……俺は平民だけど、魔力は多いほうだ……」


 それなら良かったと安心する。リアムはまだ手のひらの手紙をジッと見ている。何か不備があっただろうか? 私がそう思っていると、リアムが深いため息をついた、何だか今日はため息ばかり付かれている気がする……


「あー、もう、ツッコミどころ満載だな、ホントに……」


 私が首を傾げるとリアムの目がギロっとこっちを睨んだ。セオは察してか横を向く。


「ララ、何度も言うがお前はもっと警戒しろ!」


 リアムは私のおでこをついっと指で押した、デコピンみたいな衝撃だ。それを見てベルトランドの顔色が変わる。


「リ……リアム様、女性にそのような」

「いいんだよ。本当に、お前は、簡単に人に凄い魔法を見せるんじゃない! 俺が悪いやつだったらどうするんだよ! お前なんか簡単に誘拐されちまうぞ」

「アハハ……」

「アハハ、じゃない! 本当に危ないんだぞ!」

「うん……リアムは優しいね」

「なっ……」


 私の言葉にリアムは真っ赤になった。まだ言い足りないのか口をパクパクと金魚の様に開けたり閉めたりしていて面白い。


「私、こう見えても結構強いんだよ」


 セオが隣でこくりと頷く。パワーだけはセオにも勝てる自信がある。リアムはセオが認めたことに驚いている。


「それにセオはもっと強いの、その辺の大人なんか相手にならないくらいに」


 セオは少し照れくさいようで、頬が赤くなる。


「それに、悪い人ならそれでも別に構わないの……」

「なんでだ?」


 私は周りを見回しクスリと笑う。皆不思議そうだ。


「だって、遠慮なくやっつけちゃえるでしょ」


 皆が一瞬ひるむのがわかった。少し威圧になったかもしれない。でも本当に悪い人だと分かったら離れてしまえばいいのだ。我慢して付き合う必要もない、やられたらやり返す、それぐらいの気持ちで私はいるのだ。


「ははは……たくっ、かなわねーな……」


 リアムはソファにまた深く背を預けて、少し天井を見あげた、その後足元に一度視線を落とすとまた深いため息をついた。そしてセオの方に苦笑いを向けた。


「お前も、こんな姫様じゃ苦労するなぁー」


 セオの頭をくしゃくしゃと撫でると優しい笑顔になった。


 リアムは本当に優しい人だ。今日会ったばかりの子供をこんなにも親身になって心配してくれる。


「よし! 分かった! 招待されるのを待ってるからな」


 私とセオはうんっと言って頷いた。


 その後、是非夕飯もと家中の使用人たちに引き留められたが、待ってる人がいるのでと言って丁重にお断りさせて頂いた。

 玄関先に出てセオが馬車を準備するとまた皆の顔が啞然となった。私がドワーフ人形のスノーとウインを起動させると、あれだけ色々見せてきたリアムまで口をポカンと開けて動かなくなってしまった。

 私達が声を掛けると真面目な顔で、お前たち本当は妖精とか精霊でいたずらしに来たわけじゃないよな? と言われてしまって苦笑いをするしかなかった。

 ウエルス家の方々にお礼を言って私達は馬車を走らせた。リアムという素敵な青年と出会うことが出来て、初めての街はとても楽しかった。


「セオ、今日は楽しかったね。」

「うん、俺、ララに助けてもらってあの家で生活してたから、それがこの世界の当たり前かと思ってたけど、違うんだな。街もそんなに村の生活と変わらなかった、食べ物とかさ……俺の村もあんなもんだったよ……俺、今特別に幸せなんだな……」

「うん……私も思った……恵まれてるよね……」


 私達は馬車から見える街をそっと見つめる。夕日が当たって街はオレンジ色に輝いていて、少しリアムの髪の色に似ていた。


「セオ、今日は有難うね。私を守るためにずっと気を張っていたでしょ。探査もずっとしてたんじゃない?」

「あー、はは、魔力を薄く長く使ってたから、最後の馬車を出すので結構疲れたかも……」


 私がセオの手をぎゅっと握ってお礼をもう一度言うと、セオは嬉しそうに微笑んでみせた。

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