第36話 リアムの自宅
私達は辻馬車に乗ってリアムの自宅へと向かった。
辻馬車は前世で言うタクシーのようなもので、指定の場所から行きたいところまで送ってくれる。簡易馬車の様なものなので、かなり狭い。でも街中を走るには丁度いいのかもしれないと思った。
「ティファ街の方へ行ってくれ」
リアムの案内で街をドンドン進んでいき、着いたのは大きな屋敷が続く街並みの一角だった。赤茶色のレンガの家の前で辻馬車を止めて、リアムの後に続き私達も馬車を降りる。
門の前に行くと使用人らしき人物が待っていた。
「リアム様お帰りなさいませ」
リアムは使用人に軽く頷くと、ずんずん屋敷の中へと進んで行く。玄関の扉が開くと、沢山の使用人たちが待っていた。すると、メイド長らしき女性が近寄ってきた。
「坊ちゃま、心配致しました!」
「グラッツア、遅くなって済まない」
グラッツアと呼ばれた女性は泣き出しそうな勢いだ。
「グラッツア、落ち着きなさい。お客様の前ですよ」
そう言って男性の使用人が近づいてきて、私達に挨拶をする。
「御坊ちゃま、お嬢様、ウエルス家が執事長ベルトランドと申します。本日はようこそお越しくださいました」
グラッツアとベルトランドは年のころはオルガぐらいだろうか、優しい笑顔の素敵そうな人達だ。どうやら、リアムはリアム・ウエルスと言う名前らしい。
私達も挨拶を返す。
「初めまして、私はララ・ディープウッズと申します。こちらはセオドア・ディープウッズです。リアム様には本日大変お世話になった上に、ご自宅へお招き頂きました。どうか急なことですので、お気遣いなきようお願い申し上げます」
私が挨拶を終えてセオも頭を下げると、リアムを始め全員が固まっているようだ。動きを止めて皆が私とセオを見ている。まるで信じられないものでも見るように……
私はハッとして、鞄からお菓子を出す。手土産が何も無いわけにはいかないだろうーー
「これは、私が作りましたお菓子の詰め合わせです。宜しければ皆さんでお召し上がりください」
以前作ったお菓子を箱に詰め合わせにして、魔法バックに入れておいた物だ、こう言う所が主婦らしいと自分でも思う。だが、お菓子を差し出したが誰も動き出さない。
「あの……」
私が困っていると、リアムがハッとして動き出した。
そして、リアムは頭を下げて私達の前に跪いた。
「まさか、ディープウッズ家の姫と騎士とは思わず、大変失礼を致しました」
リアムのセリフに合わせ使用人たちも皆、同じ様に跪いている。私とセオは慣れないことにびっくりして、慌ててしまった。
「リアム、止めてください! 私達は友達じゃないですか!」
私の言葉の後に、セオはリアムに近づき引っ張り上げ立たせた。まるで朝の時の様だ。リアムは私達の方を見て深いため息をつくと、額に手をやり何かと葛藤しているようだった。
「……そうだな……俺達は友達だな……」
私とセオはそうだと頷いて見せる。リアムはまた大きくため息をつくと、私達の頭をくしゃくしゃっと撫でていい笑顔で笑った。後ろの使用人たちが息を吞むのがわかった。
リアムは私から菓子折りを受け取ると、使用人たちの方へと振り返った。
「皆、この二人は俺の恩人であり、友人だ。どうか大切に扱ってほしい。それから、ディープウッズ家の名は外に漏らさないように頼む」
「畏まりました」
挨拶が終わり、私達はベルトランドの案内で応接室らしき部屋へと通される。リアムは着替えの為に一旦自室と向かった。
私とセオが応接室のソファに座るとグラッツアがお茶を出してくれた。とてもいい香りの初めて吞むお茶だ。
「このお茶はとてもいい香りがしますね」
「花茶でございます。モティーフの花からできております」
グラッツアがにっこりと笑い説明してくれる。私は魔法バックから以前自分が作ったラディアの花で作ったお茶を取り出して、グラッツアに差し出した。
「これ、私が作ったお茶なのですが、良かったらリアムと皆さんでどうぞ。感想を聞かせて頂けると嬉しいです」
「まぁ、ありがとうございます。お坊ちゃまも喜びますわ」
グラッツアは胸に茶葉をぎゅっと抱きしめてから、トレーに乗せた。喜んでもらえて嬉しい。
「頂いたお菓子ですが……」
そう言ってグラッツアは私がお土産で渡したお菓子を出してくれた。パウンドケーキだ。それとスイートポテトのようなものも一緒にだ。
これはウエルス家が準備してくれたものだ。急に子供が来て困らせてしまったかもしれないと思ったが、グラッツアはとても嬉しそうだ。
私達はお腹が空いていたので早速頂くことにする。私はスイートポテトが気になったので、そちらから食べてみる。芋自体の甘さのみでお菓子と言う程の甘さは無い。美味しいが少し物足りない気がした
「あの……頂いたお菓子はお嬢様がお作りになられたのですか?」
私は一口お茶を飲んでから返事をする。
「はい、お菓子作りは趣味なのです」
「まぁ、お小さいのに素晴らしいですね。始めて見るお菓子で、皆喜んでおりますの。私も頂くのが今から楽しみでございますわ」
「あの……グラッツアさん」
「どうかグラッツアとお呼び下さいませ」
「……はい……あのグラッツア、お砂糖はあまり無いのでしょうか? 今日街で食べた食事も少し味が薄いように感じました。塩とか……味を調えるものが無いのでしょうか?」
「まぁ、お嬢様は聡明でいらっしゃるのですね。そうですね、お砂糖や塩は高級品になります。勿論、他のスパイスも安くは有りませんわ」
私はセオの方へ目をやる、セオも驚いているので知らなかったのだろう。マトヴィルはふんだんに香辛料を使っているし、私もお菓子作りに砂糖を使うが一度も注意されたことも無い。
なぜなら屋敷には砂糖も塩も沢山あるのだ。まさか、それが特別など思いもしなかった。
「お嬢様とお坊ちゃまが屋敷いらしてくださって、私たちはとても喜んでおりますの」
「えっ?」
「リアム坊ちゃまが王都からこちらにいらして、間もなく四年になりますが、一度もお友達が来たことなどございません。それなのに今日はこんなに可愛らしいお友達をお連れになって、その上あんなに晴れやかなお顔で、私たちはお二人に感謝しております……」
「いえ……私達は何も……どちらかと言うと感謝しなければならないのは私達なのです」
私は今日街をリアムに案内してもらった事をグラッツアに話す。グラッツアは目をウルウルとさせて話を聞いてくれた。とっても嬉しそうだ。
「リアム坊ちゃまをこれからもよろしくお願いします」
そう言ってグラッツアは部屋を出て行った。すると入れ替わるようにリアムが着替え終わって部屋に入ってきた。
赤い顔をしている。どうやら、扉の前で話を聞いていたらしい。セオも気付いたようでクスッと笑っていた。
「あー……昼はここに運んでもらうから、まぁ、くつろいでくれ……」
そう言ってリアムは恥ずかしそうに顔をそむけた。
「リアム綺麗になったね」
「はっ?」
無精ひげも綺麗にそり落とし、適当にまとめていた髪はハーフトップで結わかれており、先程までの”お兄ちゃん”とは違い若様になっている。
「リアムって、何者なの?」
私達の問いにリアムは目をパチクリさせた。先程までの照れた様子はみじんもない。リアムは私とセオを交互に見比べる。
「ウエルス家って知らないか?」
私とセオは顔を見合わせた後、フルフルと首を横に振る。
リアムはそうかと言って苦笑いだ。
「俺はリアム・ウエルス、ウエルス商会の三男坊だレチェンテでは有名な商家だ。まぁ、俺には関係ないけどな」
「ディープウッズの名前にビックリしたのは何故? お父様が有名だから?」
リアムは花茶の入ったカップを持ったまま固まってしまった。私とセオをまたジックリ見ている。
「俺にディープウッズって名乗らなかったのは?」
「リアムも名前しか言わなかったから庶民だとそれが普通なんだと思って、違うの?」
「いや……違わないが……」
リアムはカップをやっと置いて、また深いため息をつくと頭を抱えて下を向いてしまった。
私は何か変な事言ったのかとセオに視線で助けを求めたが、セオも何が悪いかわからないようだ。
「まったく、頭が痛くなるぜ……お前たち頭はいいのに常識を知らないって言うか……皆が知っているような事を全然知らないんだな……」
まったく嫌になるぜ……と言ってリアムは額を掻くと、その常識を話出した。
ディープウッズ家のアラスター様、(お父様)は以前から武術に優れ有名だった。エレノア様も、(お母様)人々を助け、聖女の様にあがめられていた。その二人が夫婦になり、皆が喜んだ。だが、先の戦争が起こりこの世界は混乱の渦に巻き込まれた。
その戦争を止め、戦場を癒し人々を救ったのがお父様とお母様らしい。各国の王に感謝され、戦場の地を恩賞として与えられた。その上、ディープウッズ家には何人たりとも今後手出し無用とされ。
ディープウッズ家は治外法権の一国家とし、この世界とは別の世界として扱い、アルデバラン全ての王よりも上の立場に値すると国連で決められたらしい。
しかしその後、アルデバランが平和を取り戻すと二人は姿を消してしまった。ディープウッズの森は豊で実りに溢れ、誰もがその森に心奪われるが。悪しきものは入れずと、心に邪心あるものは森に入る事は出来ない。街道で迷いし物は、精霊や妖精に助けられるとも噂がある。
今では迷いの森や試練の森と呼ばれる事もある。
ディープウッズの名のものに会えし時、幸せが訪れるであろう。と言い伝えられているーー
「……まー、簡単に言うとこんな感じだ……」
リアムは一息ついて花茶を飲み、その後私が作ったパウンドケーキをほおばり。目を丸くした。
「これ、すっげ、うまいな!」
「ありがとう」
リアムはお菓子を気に入ったのか、あっという間に平らげてしまって、残りのお茶をぐびっと一気に流し込むと、ソファの背もたれにもたれ掛かって、ふうっと息を吐いた。
「で、話聞いてどう思った?」
「うーん……別に……お話の世界の事みたいで、余り実感ないかな……」
「はぁ? それだけかよ?」
私はセオの方に苦笑いを向けてからリアムに向き直した。リアムは何だか砕けてふんぞり返っている。
「だって、私が生まれる前の事だし、かなり昔の事でしょ?お母様達は素晴らしいと思うけど、それで私が偉くなるわけではないし、第一私は感謝される様な事何もしてないもの。
でも、貴族とか王とか余り気にしなくていいなら、楽だよねー」
「ぶっ、わははは! まじか! やっぱり面白いやつだな」
リアムは私を見て笑い出した。それも大笑いだ。レディを笑うなんて……とちょっとムッとしたので、仕返しする事にした。
ココを手のひらに置いて認識妨害の魔法を解いたのだ。しっかりリアムに見せて、私の可愛い子を紹介する。
「リアム、私の家族のココです。仲良くしてね」
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