やさしい罰をください3
私達は朱雀店から数百メートル離れた場所にある小さなカフェに入った。中年の夫婦が二人で営業している、落ち着いた雰囲気の店だ。
独尊君が対面の椅子に座ったのを見てホッとする。冴さんは独尊君の最愛の姉である唯我さんに大怪我をさせている。二人が顔を合わせたら、独尊君が噴火するどころでは済まなかっただろう。
「とりあえず飲み物でも頼もうか」
独尊君はオレンジジュースを、私は紅茶とチーズケーキを注文した。注文を受けた店員さんが離れたのを見て、独尊君が口を開く。
「今日はその……この前言ってたやつどうなったかなと思って来てみたんだけど」
「あ、ちょうど昨日行ってきたよ」
「ほんとか!?」
「うん、今日帰ったらちゃんと地図にしようと思ったんだけど、今教えるね」
私はエプロンのポケットから折り畳んだ紙を取り出した。これは玄妙駅から玄武店周辺までの地図で、昨日仕事中に瀬川君に頼んで印刷してもらったものだ。このエプロンは何日かに一回しか洗わないから、昨日から入れっぱなしだったのである。地図はほぼ最大まで拡大されていて、細かい道までよくわかる。
「駅から玄武店まで十分弱だったよ」
「ああ、俺と姉ちゃんが行くときもそんなもんな気がする」
私はペンを取り出して、ペン先を玄妙駅につけた。そこから道をなぞるように線を引いてゆく。
「花音ちゃんの通勤ルートはここを真っ直ぐ行って、ここで曲がって、この細い道を通り抜けてこう。こっちの道の方が近いと思うんだけど、この店に寄りたかったみたい。あの様子だとたぶんほぼ毎日店をチェックしてると思う」
「なんの店なんだ?」
「服屋さんだよ。見た感じ花音ちゃんが好きそうなセンスの服屋だったよ」
ここで店員さんがケーキとドリンクを持ってくる。注文した品はこれで全部かという恒例の問いに私は「はい」と返事をした。話を花音ちゃんのことに戻す。
「作戦に使えそうな場所はあったか?」
「ここのベーグル屋さんが使えるよ。けっこう有名な店で、滋賀にはここしかないし。買ったあとこの辺うろうろしてれば花音ちゃんに会えるよ。ベーグル買ったから今から駅に向かうとか言って」
「完璧な作戦だ!さすがだぜ荒木さん!あんた天才だ!」
「言っとくけど、独尊君が話しかけれなきゃ何にもなんないんだからね。勇気出してよ」
「ああ、死ぬ気で行くぜ」
独尊君が瞳の中の炎をゴオゴオと燃やす。まぁ、これだけやる気があるなら大丈夫かな。私は地図を畳み直して独尊君の前に置くと、次の話に移った。
「ちょっと考えてみたんだけどさ、花音ちゃんを含めた何人かを誘ってどっか遊びに行くのはどう?遊園地とか、どこでもいいし」
「遊びに?」
「うん、同い年くらいの人誘ってさ。何でも屋の店員同士仲良くなろうとか適当に言って。仕事で会えないなら仕事以外で会える関係になった方がいいよ。そしたら仕事の時でも話しかける理由ができるし」
「荒木さん……あんたがそんなに考えてくれてたなんて……」
独尊君は涙ぐんでそう言った。ほんと、こんなに頑張ってるって私優しすぎでしょ。でもまぁ私の場合、自分が恋愛してないから余裕があるんだろう。まぁ自分に好きな人ができるまでは、せいぜい他人の恋を応援しようと思う。
私達はそれからしばらく話し合い、今後の方針を固めた。まずは独尊君のバッタリ会う作戦。顔見知りになったところで、他に何人か誘ってネズミィーランドへ遊びに行く。これは「いろんな店の年の近い者同士もっと仲良くなろう」と銘打つことにした。なので全ての店舗から一人ずつは呼びたいところだ。
そして、私と独尊君が出会って十ヶ月目で、ついにこの時が来た。私達はスマートフォンを近付けて、QRコードで自分の連絡先を送りあった。
「あ、来たよ。友達登録しとくね」
「何で今まで連絡先交換しなかったんだろうな」
「だって独尊君の初めの印象あんまり良くなかったもん」
その後なんやかんやで結局仲良くなったのだが、今更感も相まってなかなか連絡先を交換せずにいた。まぁ私からの用事はなかったし、用があれば独尊君は勝手に来るしで連絡先を知る必要もなかったのだ。だがこれからは予定を相談したりするのに相手の連絡先は必須だ。
「とりあえず花音ちゃんに会えたら教えてね。ちゃんと印象づけてくるんだよ」
「おう、任せろ!やってやるぜ!」
独尊君はスマホを握りしめて意気込んだ。週が明けて月曜日にはバッタリ作戦を決行するとのことだった。勢いづいているうちに決行したほうがいいだろう。へっぴり腰になったら発破をかけるのが大変だ。
話も済んだし、各々の店へ帰ることになった。
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