それを奇跡と呼ばず何と呼ぼう11




「雅美ちゃんお待たせー。さっそく行こっか」

翌日、国見さんと花宮さんが二人一緒に出勤してくる。二人は荷物を置いてすぐに戻ってきた。

店長に投げやりな「行ってきます」を言い、立川さんの会社へ向かう。昨日同様ここをスタート地点にし、昨日よりさらに広い範囲を聞き込みする。時間も昨日より一時間早いし、この辺を歩いている人の層も変わってくるだろう。

「じゃあ九時になったらいったん集合ね」

国見さんの掛け声を合図に聞き込みを開始する。しかし昨日同様良い結果が得られないまま一時間、二時間と時が流れていく。

「もうすぐ九時ですね……」

「そうだね。残念だけど、今日はもう終わりにしよっか」

「はい……」

何の情報も得られないまま今日も店に帰る。次の日も、その次の日も、捜索に進展はなかった。

立川さんはこのまま見つからないのかと、私が半ば諦めかけていた時、店に一人の女性が訪れた。それは中畑さんが来た四日後で、時間は先輩二人が出勤してきた数分後だった。

国見さんがお茶を出すと、物静かそうなその女性は軽く頭をさげた。

「実は私、こういう者なんですけど……」

女性が差し出した名刺を見た店長は、それを花宮さんにパスする。名刺は花宮さんの手から国見さんの手に渡り、そして私の所にやってきた。小さな紙を覗くとそこには【金本製菓営業課 八木香奈子】と書かれていた。

「同じ課の人に聞いたんですけど、あなた方は立川さんの目撃情報を聞いて回っているそうですね。それで、私にもお手伝いできないかと思って来たんですけど……」

「立川さんの行方について何か知ってるの?」

八木さんは小さく頷く。

「実は、一昨日仕事中窓の外を見てみたら会社の前に立川さんが立っていたんです。ちょうど社名の入ったあの石の辺りに」

私は建物の門の横に【金本製菓】と彫られた大きな石が置いてあったのを思い出した。

「だから、まだこの近くにいるのかと思って……」

店長は小さく「なるほど」と呟いて顔を上げた。

「そういえば、君も立川さんを見つけたいの?会社の人達はあんまり乗り気じゃないみたいだけど」

「も、もちろんです!大切な仕事仲間ですから」

「うんそうだよね。もしまた立川さんが来たらすぐにここに電話してくれる?」

そう言って店長は引き出しから取り出したメモに電話番号を書いて

八木さんにわたした。私もバイト希望の時にかけた、この店の電話番号だろうか。

八木さんには中畑さんと立川さんについていろいろ教えてもらった。中畑さんは四年前に職場で知り合った女性と結婚し、この近所にローンを組んで一軒家を購入し生活しているらしい。ちなみにお子さんはまだいないようだ。仕事も真面目にこなし、毎年無遅刻無欠席。皆が嫌がる残業も進んで行い、その勤勉さが評価されての今年チームリーダーに昇進したらしい。

一方立川さんはおおらかで細かいことは気にしない性格。職場のムードメーカーであり、流行りの芸人のマネなどで皆から笑いを取っている。気さくで後輩からの人気が厚い反面、遅刻や小さな伝達ミスが多く先輩からはそれを注意されることも多いようだ。

そして、中畑さんと立川さんは中学時代からの親友らしい。それを聞いて、中畑さんが必死に立川さんを探している理由がようやくわかった。中学時代からの親友が突然行方不明、誰だって一刻も早く安否を確認したくなるだろう。

「中畑さんは普段は仕事一筋って顔をしているんですが、実際は仲間想いで本当に優しい人なんです。奥さんが身体の弱い方で、進んで家事をしたり。奥さんの手術費用が出せなかった時も、知り合い中に頭を下げて借金をしたそう。今も立川さんが行方不明になって心配で仕事に身が入らないみたいなんです。しょっちゅう上の空で」

「ふーん。そういえば立川さんは仕事の後何してるとかわかる?どこによく行くとか」

「えっと……。たぶん後輩の方達と居酒屋に行ったりしてるんだと思いますけど……」

「誰とどの辺の居酒屋に行くとかわからない?」

「そこまでは……。中畑さんは駅前にたまに二人で飲みに行くって行ってましたけど」

八木さんは中畑さんや立川さんのことを丁寧に教えてくれた。しかし私は今後の八木さんからの電話は期待していなかった。だって、突然逃げ出した会社に二度も来るだろうか。一昨日は何かどうしてもしておかなくてはならないことがあって仕方なく来たに違いない。

と私は推理していたのだがこの翌日、八木さんから「会社の前に立川さんがいる」さっそく電話があった。正確には店長がその電話を受けて、会社前に聞き込みに向かっていた私達に連絡してきたのだが。

「とにかく急いだ方が良さそうね。雅美ちゃん走れる?」

「はい!」

店長からの電話で急いで会社へ向かうことになった私達。運動不足気味な足を動かして、国見さん達の背中を必死で追う。会社の目の前に着くと、そこには小さな人だかりが出来ていた。

「どうしたんでしょう……」

「さぁ……。あ、あれ!」

指を差す国見さんの視線の先を背伸びして見てみると、立川さんらしき男性に掴みかかっている中畑さんの姿が見えた。その一歩後ろには、口元を手で抑えて驚く八木さんの姿もある。周りの人だかりは止めることもせずに「何だ何だ」とつかみ合いを見物している。

「急いで止めなきゃ!健太!」

「わかってる!」

人だかりに向かって飛び出して行く花宮さん。それを追う国見さん。かっこよく飛び出して行った花宮さんだが、増えはじめた人の壁に呆気なく激突した。

「ダ、ダメだ。人が多過ぎ、て……?」

「何やってんの!あん、たは、踏み、台、よっ!」

花宮さんの後を走っていた国見さんがアスファルトを蹴り、花宮さんの背中を踏み台にし、人の壁を飛び越えた。そして中畑さんと立川さんの目の前に華麗に着地。お見事だ。私は国見さんのかっこよさに惚れ惚れとした。踏み台にされた花宮さんが「ぐぇっ」とか何とか言っていたのは聞かなかったことにする。

「どういう状況?」

国見さんが近くにいた八木さんに尋ねる。国見さんのアグレッシブな登場に驚いていた八木さんだったが、すぐに気を取り直して簡潔に説明した。

「窓の外を見て電話している私を不審に思った中畑さんが立川さんを見つけて飛び出して行ってしまって……。私も慌てて後を追ったら、こんなことに……」

その内に私と花宮さんは何とか人だかりをくぐり抜けた。花宮さんは未だ立川さんに掴みかかっている中畑さんをどうにか引きはがす。立川さんは黙ったままスーツの襟を直し、中畑さんは肩で息をしながら立川さんを睨みつけていた。

「どうしたんですか中畑さん。立川さんに会いたかったんでしょう」

花宮さんが諭すように言うと、中畑さんは立川さんに指を突き付けて怒鳴った。 

「構わないでくれ!私は立川に話があるんだ!」

「ですから、ここでは目立ちますから……」

「離してくれ!おい立川!あれをどこにやったんだ!お前が持っているんだろ!答えろ!」

「お話ならどこか別の場所で……」

「あれを使って俺を脅すつもりか?どうなんだ!答えろ!答えてくれ!」

中畑さんはどうして怒っているんだろう。中畑さんの言う「アレ」とは何なんだろう。一体これはどういう状況で、二人は何の話をしているのか……。先輩達の顔を窺ったが、どうやら彼らもちんぷんかんぷんなようだ。

と、ここで今まで黙っていた立川さんが口を開いた。

「脅すだなんて、そんなことはしないさ。俺はお前がどんな気持ちでああしたのかわかってるつもりだ」

立川さんは再び掴みかかっていた中畑さんの手を優しく振りほどいた。

「俺ももうどうしたらいいかわからないんだ。どこか別の場所でゆっくり話せないか?ここで話すのは俺のためにもお前のためにも、俺達の友情のためにも良くない」

その時、私の脳内に突拍子もない物語が生まれた。いや、馬鹿な。考えすぎだ。でも。中畑さんの奥さんの病気、近所中にした借金、突然消えた立川さん、中畑さんと立川さんの性格の違い、戻ってきた立川さん、立川さんのためにも、中畑さんのためにも、二人の友情のためにも。

「あのっ」

緊迫した空気の中、勇気を出して声を出す。国見さん、花宮さん、中畑さん、立川さん、八木さんの五つの目が同時に私を見据えた。

「は、話し合いをするなら、うちに来てもらうのは、どう……です……かね……?」

国見さんと花宮さんの反応を伺う。花宮さんは近くのファミレスかどこかで話をする気満々だったらしく、「何でだよ?」と不思議そうに呟いたが、国見さんがそれに被せるように「そうね、そうしてもらいましょ!」と言った。国見さんが会社の玄関の方に目をやると、社長とその秘書らしき男性二人がちょうど自動ドアの向こうから出てきた所だった。どうやら騒ぎを聞きつけて様子を見に来たらしい。

「ほら、みんな急いで急いで!」

国見さんが中畑さんと立川さんの背中を押す。立川さんは「き、君達はいったい……?」と不思議がりながら歩いて行った。

八木さんはついて行くか行くまいか悩んでいるようだったが、私が「八木さんも是非」と言うと小さく頷いてついて来た。




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