それを奇跡と呼ばず何と呼ぼう9




その数分後に花宮さんが出勤してきて、更にその数分後に店長が帰ってきた。国見さんがさっそく夕方依頼人が来たことを言うと、花宮さんは若干嬉しそうな顔をして、店長は明らかに面倒臭さそうな顔をした。

瀬川君のまとめた資料によると、依頼人の名前は中畑耕助さん。ニ十九歳。近県の大学を卒業後、主に一般菓子類を製造販売する会社「金本製菓」に就職。現在は営業部に所属しているそうだ。

依頼内容は三日前から姿を消している同僚、立川敦さんの捜索。立川さんは自宅にも帰っておらず、携帯電話や財布も全て社内の彼のデスクの引き出しの中だったらしい。

立川さんは会社近くのアパートで一人暮らし。ご両親は東北に住んでいるらしく息子の行方不明を知らないし、会社も楽観視していて捜索願もまだ出されていないらしい。中畑さんは一刻も早く立川さんを探し出してくれと言っているそうだ。

「じゃあ今回は雅美ちゃんに仕事を教えてあげつつ莉緒と健太で頑張ってね」

「今回はって、これ荒木さんが増えただけでいつもの面子じゃないすか」

「ほら、僕店番あるし」

言い訳にもならないようなことを笑顔で言う店長。国見さんと花宮さんの慣れっぷりを見ると、言い訳するつもりもないのだろう。

「中畑さんから借りた写真リッ君に印刷してもらったからさ。あ、画像で欲しかったらリッ君に言ってね」

店長に配られた数枚の写真を見ると、予想通り全て立川さんの写真だった。一枚はスーツ姿のもの。これは飲み会だろうか、満面の笑みの立川さんと、隣に中畑さんが見切れている。もう一枚は私服姿のもので、バーベキューをしている様子を見るに、おそらく山か川にでも遊びに行ったのだろう。

「あれ?これは何か感じ違いますね」

最後の写真の立川さんはシンプルなメガネをかけていて、スーツをきちんと着て硬い表情でカメラを見ている。証明写真か何かだろうか。

「それは念のために別ルートで用意してもらったの。リッ君に」

「そうなんですか……」

瀬川君すごすぎないか?そんな簡単に用意できるものなの?他人の写真って。この店のラスボスは瀬川君なのかもしれない。

「じゃあ聞き込みとかして頑張って。探し物系はいつものことだから二人とも慣れてるよね。あ、あの虫採りアミ持ってく?」

「インコ捕まえるんじゃないんだから……」

「ペット探しと人探しを一緒にしないでくださいよ」

国見さんと花宮さんが立ち上がったのを見て、私も慌てて立ち上がる。国見さんがエプロンを取ったので、見よう見真似で私もそれに従った。

国見さんは「ちょっと待ってて」と言い残して店の裏へ走って行き、花宮さんも引き戸の方へふらふらと動いてしまったので、何をしたらいいかわからずその場で立ち尽くす。するとソファーでくつろいだままの店長が声をかけてきた。

「たぶん二人から盗めるものなんて何もないと思うけど、雅美ちゃんもテキトーに頑張ってね」

「はい……」

グッドタイミングで戻ってきた国見さんが「何言ってんの、盗めるものだらけですよ!」とさっそくツッコミを入れる。手にはなぜか虫採りアミを持っていた。

どうやら今すぐに立川さんを探しに行くらしい。花宮さんなんてもう外に出て私と国見さんを待っている。

「それじゃあ店長、店番頼んだからね!」

「行ってきまーす」

「行ってきますっ」

閉まる引き戸の隙間から、「行ってらっしゃい」と手を振る店長の声が聞こえた。



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