それを奇跡と呼ばず何と呼ぼう8




「今日あっついねー。店クーラーついてるうぼほぉっ」

出勤してきた国見さんにタックルレベルの勢いで飛びつく。彼女は空気を発射させたような声を口から吐き、人体の限界まで上半身を仰け反らせて私のタックルに耐えた。

「うわあああ国見さん!どうしましょう!」

「とりあえず落ち着いて雅美ちゃん」

私を引きはがし鳩尾を押さえる国見さん。私はそんな彼女にお構いなしに説明を始めた。

「実はさっきお客さんが来たんですけど!私名前も連絡先も聞かないで返しちゃって!」

「マジか。どんなお客さん?」

「三十前くらいの男の人で、この近くの会社でサラリーマンしてるって……」

「依頼内容は?」

「同僚の所在調査……」

私はメモ帳を国見さんに見せた。メモを見た彼女の顔が曇ったのがわかった。

「マジか……」

「すみません……」

「いや、大丈夫、何とかなるなる」

国見さんは引きつった笑顔で言う。その励ましが私の不安を更に煽った。

「とりあえず店長が帰ってきたら店長に……」

メモ帳から顔を上げた国見さんの言葉が消える。彼女の姿勢の先に目を向けると、店の奥から瀬川君が姿を現したところだった。

「ありゃ?どうした瀬川君。こっち来るなんて珍しいね」

未だに彼との接し方が掴めていない私を放って、国見さんが近づく。すると瀬川君は持っていた数枚の紙を国見さんにわたした。

「夕方来た依頼人の情報まとめときました」

「でも雅美ちゃんが帰しちゃったんじゃ……」

「顔写真から個人情報を調べて依頼内容を直接本人から聞きました。僕は別の仕事があるのでこれで」

瀬川君は無表情無抑揚でそれだけ言うと、さっさと奥へ戻って行ってしまった。私が何も言わずに見守っていると、国見さんは振り返って頭をガシガシとかいて言った。

「いやー、私もこれくらい出来るんだけどね?やっぱり先輩を立てなきゃね?」

テヘッと笑ってペロッと舌を出す国見さんに、私は「そうですね」とだけ答えた。




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