それを奇跡と呼ばず何と呼ぼう4
翌日。私も駅から自転車で来ているので自販機の横に自転車を停めようとしたら、そこにはすでに一台の自転車が停車していた。おそらく昨日聞いた高校生バイトのものだろう。
初出勤、ドキドキしながら引き戸を開ける。
「おはようございま~……す」
夕方なのにおはようございますと挨拶してしまうのは、完全に前のバイト先の習慣だ。でもそういう人多いと思うんだけど、何でどの時間にもおはようございますって言うんだろうね。
中に入ろうとして思わず立ち止まる。店内には誰もいないと思っていたのに、目の前のカウンターに人が座っているのだ。国見さんではない。髪が長いので一瞬女の子かとも思ったが、顔を上げたその人を見て違うとわかった。
「おはよう」
「お、おはようございます……」
カウンターでカバーのかかった文庫本を読んでいる男の子は、私と目が合うと無表情で挨拶を返し、再び本に視線を落とした。沈黙が続く。
今日一日中授業そっちのけでシュミレーションしてきたのに、まさか初っ端から計画が崩れるとは。引き戸を開けスマートに中に入り、無駄な動きなく荷物を置き、先輩の指示があるまでカウンターで来客を待ちながら待機という私の完璧な計画が。
何はさておき、ここに立っていても仕方が無いので「失礼しま~……す」と言いながら店の中へ入った。カウンターの横を抜けて奥へ向かう。空き部屋に荷物を置き腰から下だけのエプロンを巻いて店に戻ると、男の子はさっきと同じ姿勢でカウンターで本を読んでいた。本のページをめくる音だけが店内に響く。
とりあえずカウンターで国見さん達が来るのを待つという当初の計画が潰されてしまった訳だが、この状況私はどうすればいいだのろう。カウンターには椅子が二つ置いてあるが隣には座りにくいし、来客用のソファーに座るのはいけない気がする。
「…………」
私は意を決して男の子に近づいた。今日が初出勤な私にとってはこういう暇な時間は何をしたらいいのかわからない。男の子は暇だと開き直って自分の好きな事をして時間を潰しているようだが、新人の私にそんな勇気はない。
大丈夫、何だか話しかけにくそうな人だけど、仕事のことを聞くのは何ら不自然じゃない。とにかく笑顔で愛想よく行こう。
「あのー、私今日仕事初めてなんですけど、今何したらいいですか?」
横からそっと尋ねると、男の子はちらっとだけ私を見て言った。
「すること無いし何もしなくていいんじゃない?」
何だろう、この人は店長さんの弟とかそういうのなんだろうか。それともここの従業員は全員「とにかく動きたくない病」「働いたら負け病」なのだろうか。
「じゃ、じゃあ掃除でもしとこうかなぁ……」
男の子の反応を待ってみるもガン無視。そんなにその本が面白いですかそうですか。私は聞こえないようにため息をついてから店の奥にほうきを取りに向かった。
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