それを奇跡と呼ばず何と呼ぼう2
六ヶ月前までは中華料理系の飲食店でアルバイトをしていたのだが、店長の人柄があまり良くなかったのと、店全体を取り仕切る独裁者がいたため仕事がやりにくくて半年で辞めてしまった。貯金もあっという間に底をついてしまい、進級したついでに心機一転新しいバイトを始めようと思ったのだ。
飲食店のあの連携プレーのような仕事ぶりはどうやら私には向いていないと悟ってしまったので、今回は自分のタイミングでまったりと出来る仕事を探してみた。そうしたらちょうどこの「何でも屋朱雀」という店がアルバイトを募集していることを知ったので、さっそくバイト希望の電話をしてみたのだ。
店の引き戸に張り出されたポスターを見てみると、月給十五万と何より給料がいい。さらに、どれだけ働いても働かなくても月の給料は変わらないのだ。こんな条件で真面目に働く者がいるのかどうかは疑問だったが、「何でも屋」という名前に好奇心を感じたこともあり、電話をしてしまった。
私の電話に出たのは少し気の強そうな若い女の人だったが、「今ちょうど店長がいるから」とすぐに店長らしき男性に代わってしまった。店長と名乗った男性は思いの外若い声をしていて、前の飲食店の時の店長はベテランっぽい五十代前後のおじさんだったので、若干の不安を感じてしまったのは否めない。
とにもかくにも面接の日時が今日に決まった私は、履歴書を握りしめて今店の中へ足を踏み入れたのであった。
店に入ってまず思ったことは、外見に負けず店の中もボロいな、という至極失礼なことだった。私を中へ迎え入れてくれた大学生風の男性は、暇そうに受付に座っていた女性に「バイト希望だって」と一言残して奥へ消えてしまった。
引き戸を開いてすぐ目の前にある木製の大きなカウンターに座っている髪の長い女性が、私を見て立ち上がった。
「バイト希望?ちょっと待っててね、店長呼んでくるから」
そう言って女性も男性と同じように消えて行った。声の感じからしても私の電話を最初に受けたのはあの女性だろう。大学生風で、サバサバとした頼れるお姉さんといった風貌だ。
店内には他に誰もいないようで、女性が出て行った後はシンと静まり返っていた。手持ち無沙汰にその場に突っ立っていると、女性は店長らしき人物を連れてすぐに戻ってきた。
外見からは店長だと想像しがたいが、「バイト希望の子来るならちゃんと言っといてくださいよ、店長!」「ごめん忘れてた」という会話から察するに、彼が店長で合っているのだろう。
おそらく来客用であろう奥のソファーに店長が座り、女性は未だ引き戸の前に立ったままの私をソファーの方へ促した。ペコリと軽くお辞儀をして座ると、ソファーは思っていた十倍ふかふかで、私のお尻はあっという間に埋もれてしまった。
店の奥に消えた女性がお盆にコップを二つのせて戻ってくる。お茶の入ったコップを私と店長の前に置くと、女性はカウンターへ戻って行った。
「えーっと、荒木雅美ちゃん?」
「はいっ」
「僕は店長の相楽と言いますよろしく」
「よ、よろしくお願いします」
再びペコリと頭を下げる。電話で聞いた声で若い人だなとは思っていたが、実際見てみたら本当に若い人だった。これで店長が務まるのかと思ったが、店も自営業っぽくて小さいし、店員の数も少なそうだ。実際務まっているから彼が店長なのだろう。
私はお茶に落とした視線をちらりと上げて、目の前の男性を観察してみた。すごく整っている。何がって顔がだ。私じゃなくてもそう評価するだろう。体格の華奢さも相俟ってか、どちらかというと女性的に感じる。どうやら染めているらしい銀髪も、彼を神秘的に見せていた。長い脚は本人も持て余していそうだ。こんなところで店なんてやってないで、モデルにでもなった方がいいのではないか。
「履歴書持ってきてくれた?」
「はいっ」
学生鞄から履歴書を取り出してテーブルの上に置いた。このガラス製のテーブルもシンプルなデザインだがかなり綺麗なので、ソファー同様高い物なのかもしれない。
店長は履歴書を一瞬だけ見て顔を上げた。おそらく見たのは出勤できる曜日と時間を書いた欄だと思う。ちなみに平日は放課後、土日は朝から、全て出勤可能と書いてある。
「毎日来れる?」
「はい、基本的には……」
一瞬労働基準法という言葉が頭を過ぎったが、前に働いていた全国チェーン店の飲食店でさえもアルバイトなのに九連勤とかたまにあったし、個人でやっている店ならこんなものだろうと思った。雰囲気もかなりフリーダムな感じがするので、もしかするとシフトという制度すら無いかもしれない。
「じゃあ明日から来て。学校終わったらでいいから」
「はい。……あのー」
「ん?」
「私ってもう採用なんですか?」
「え?違うの?」
「いや、違くないです」
こんなもんなのだろうか。バイトの面接ということで、こっちは精一杯真面目に見えるようにして、どんな質問にも答えられるように準備して身構えてきたというのに、これなら猿でも受かりそうだ。だいたい店長の髪の色が銀色だし、明日私が髪をピンクに染めてきてもおそらく何も言われないだろう。
「ぶっちゃけ続けてくれたらそれでいいんだよね。ほら、あそこの鬼面仏心なお姉さんともうひとりのバイトが就活成功したから辞めるらしくてさ。新しいバイトが欲しいなーと思って」
「は、はぁ……」
カウンターの向こう側から「ちょっとそれどういう意味ですか!外見も仏でしょ!」と声が聞こえてきた。「そうだね、外見もふくよかだよね」と返す店長に「絶賛ダイエット中です!」と怒鳴り返し、「万年の間違いじゃない?」と返ってくるあたり、上下関係などの煩わしい物もあまり気にしないでいいようである。
「ということで雅美ちゃんは二人が辞めるまでに頑張って仕事覚えてね。僕働きたくないし」
前のきびきびとした職場との差に呆気にとられながら、いつかこの店長に「働いてください」と言えるようになれるだろうかと考えていた。
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