運命ってそんなもの5




雅美が店についてから時計の長針が十つほど時を刻んだ頃。南鳥駅の前で話す二人の男がいた。

「あれ、閻魔じゃん。偶然だね。こんなところで何してるの?」

「これはこれは店長はんやないですか。実はさっき雅美ちゃんにも会うたんですよ」

長身の男が二人で話をしている様はなかなか人目を引き、周囲の人々は彼らにチラチラ目を向けながら歩いている。

「へー、偶然って重なるものだね。で、こんなところで何してるの?」

「ちょっとした散歩ですわ。ボクみたいな下っ端はそないに仕事が無いんで。ところで店長はんはここで何を?」

「僕は少し知り合いに会いに来たんだ。まぁ用事はもう済んだけど」

ここで一瞬だけ会話が途切れる。先に口を開いたのは閻魔だった。

「そういえば、あの子どないならはりました?なんや野洲の研究所で上手いことやってはるて聞きましたけど」

「冴ちゃん?そうみたいだね。最近会ってないからよくわからないや」

「そうですか。心配やないんですか?そないにほったらかして」

「冴ちゃんだってもう子供じゃないんだからほっといても大丈夫でしょ。それよりどうしたの。閻魔が冴ちゃんのこと聞くなんて」

「今回の事件、やたらに大きならはったやないですか。さかいに気になって。あれはボクが初めて一人で任された事件ですから」

「あれのせいか閻魔出世早かったもんね」

蓮太郎が微量の皮肉を込めて言う。誰だって自ら進んで人を切り刻むような人間と一緒に仕事などしたくない。しかしそんな人間をクビにしたら何をしでかすかわからない。結果、何でも屋は神原閻魔を黄龍に飛ばすのが一番だと判断した。

「それに、あの仕事から店長はんがボクのこと見てくれるようにならはりまたしね」

「何それ気持ち悪い」

「まぁまぁ、そないなこと言わんといてください。下っ端の者はいつかて出世のチャンスを狙ろとるんですよ」

「閻魔は出世なんて興味ないくせに。出世したかったら真面目に働けばいいもんね」

「いえいえ、ただ出世よりそっちの方が興味があっただけですわ」

閻魔は身振りでもう帰ることを伝えると、「それに」と付け足した。

「出世した方がいろんな人に会えますさかい」

「会った方は不快極まりないと思うけど」

蓮太郎の言葉を軽く流して、閻魔は糸目を貼り付けた頭を軽く下げると駅の方へ歩いていった。

雑踏の中でも尚目立つ着流しと赤髪を見ながら蓮太郎は一つため息をついた。







「あ、店長おかえりなさい。今日は早かったんですね」

相変わらず閑古鳥が鳴きまくる店のカウンターで店番をしていると、目の前の引き戸が開いて店長が現れた。壁の時計を見ると、時刻はまだ十一時過ぎだ。

「まぁねー。チーズケーキ買って来たよ食べる?」

「食べます!」

チーズケーキという単語に反応して私はガバッと立ち上がった。店長の手からコンビニ袋を半ば引ったくるようにして受け取ると、さっそく中身を確認する。

「あ!これコーソンの新商品じゃないですか!期間限定のやつ!」

店長が「よくわからないけど適当に買ってきた」という声を半分スルーして駆け足で台所に向かう。

「お茶淹れて来ます!」

あのチーズケーキはインターネットのPRで見かけてからずっと食べてみたかったのだ。私は鼻歌を歌いながら棚から紅茶のティーバッグを取り出した。

「お待たせしました~……。?」

お盆に温かい紅茶を二つ乗せて店に戻ると、普段私が座っているソファーに人がいた。どうやら私が台所へ行っている間に来客があったらしい。一瞬のあと、私はその人が誰だかを理解して、思わず鳥肌が立った。

「ごめん雅美ちゃん、紅茶じゃなくて緑茶が良かったみたい」

店長の顔も心なしか引きつっているような気がする。

「お構いなく、紅茶でも有り難く頂戴しますから」

そう言って微笑んだのは、生地の良さそうな着物に身を包んで杖を握っている老人、私達の社長その人だった。

つまり、店長のおじいちゃん相楽一郎さんである。



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