運命ってそんなもの4
冴さんがメルキオール研究所の一員になったことをすぐに突き止めた何でも屋は、もう冴さんを警戒する必要はないと判断した。同時に朱雀店に応援に来ていた田村椏月ちゃんは玄武店に戻り、三月四日から今日まで朱雀店は私と店長の二人だけで切り盛りしてきた。
椏月ちゃんと仕事をしたのは本当に短い間だったが、彼女の気さくな性格のおかげかかなり仲良くなることが出来た。最後には連絡先を交換して、いつかまた会おうと約束した。
冴さんに刺されて穴戸市の病院に入院した兵藤唯我さんだが、残念ながらまだ入院中だ。動けるようにはなったが、傷はまだ完全にふさがっていないようで、大事を取って入院を続けているらしい。
唯我さんの弟の独尊君は穴戸市が朱雀店に近いこともあって、唯我さんの見舞いのついでに何度か私に会いにきてくれた。ただ店長のことは苦手なようで私の通勤中退勤中を待ち伏せしてくるのは何とかしてほしいのだが。
しかし初めは険悪だった独尊君とも今では冗談を言うまでの仲になった。相変わらず素直じゃないクソガキだが、まぁそれも可愛いげというものだろう。
さて、一番大事な問題、冴さんのことだが。先にも言った通り今はメルキオール研究所で楽しく過ごしているようだ。黄龍の人間が彼女をしばらく監視していたようだが、まるで別人になったかのように生き生きとしていて、害は全くないと判断されたらしい。
お姉さんのことを忘れたわけではないと思うが、何かに打ち込んでエネルギーに溢れているというのなら、純粋に良かったなと思う。今まで寄る辺のない人生だったのだから、これからは研究所の仲間達と楽しい日々を送ってほしいと本当に願っている。
そして、最後に私だが。私は以前と全く変わらない生活を送っている。朝起きて学校に行ってバイトに来て掃除とファイル整理をして帰る。ただこの変わらない日々の幸せを噛み締めたいなと思う。
そんな今日は瀬川君が返ってきて二日後の三月十日。私は学校の帰りにバイトに向かおうと駅からの道のりを自転車で走っていた。だがその途中、見覚えのある着流し姿を見かけた。
「神原さん。またこの道で会いましたね」
「せやな。この道巡り会わせの力があるんとちゃう?」
「はいはい。それでご用は何ですか?」
道の前方から歩いてきたのは、黄龍に勤めている神原閻魔さんだ。そして、冴さんの最愛の姉を殺したのもこの人である。私は神原さんの冗談を軽く流すと、話の先を促した。
「いやな、あの冴ちゃんて子今どうなったんかなぁ思て」
「神原さん黄龍勤務なら聞いてますよね。冴さんなら野洲市のメルキオール研究所に居ますよ」
私はさらに続けた。
「それに、こんなこと確かめるくらいならわざわざ来なくても電話で済ませれば良かったんじゃないですか?黄龍って言っても結構距離あるでしょう」
神原さんの行動のつぎはぎ部分をハサミで執拗に突き刺す。こういうのは先手必勝なのだ。私の先制攻撃に神原さんは笑顔を崩さずいつものペースで返してきた。
「いやな、雅美ちゃんに直接聞きたかってん。店長はんに聞くのは何や気まずいし、雅美ちゃんなら何か知ってはるかな思て」
さっき巡り会わせとか言ったのはやっぱり嘘で、私を待ち伏せしてたのか。まぁ、わかってはいたけども。
「私だってそんなに知りませんよ。冴さんのその後の生活ぶりとか、よく知ってるのはむしろ神原さん達なんじゃないですか?」
黄龍は冴さんが研究所に入所した後もしばらく監視を続けていたはずだ。前に店長が神原さんは特別下っ端というわけではないと言っていたし、まさか監視結果を知らされていないなんて事はないだろう。冴さんの現在の生活ぶりなんて、知りたいのは私の方だ。
「店長はんから何も聞いてへんの?」
「聞いてるわけないじゃないですか」
「何で?雅美ちゃんやのに?」
「たぶん私に限らず瀬川君も聞いてないと思いますよ。店長の性格知ってますよね?」
神原さんは吟味するように「ふぅん……」と呟いた。と思ったら、すぐにいつものニッコリとしたスマイルを作る。
「ほなボク今日は帰るわ。またな雅美ちゃん」
「は、はぁ……。必要以上に来なくても結構ですよ」
「いやいや。雅美ちゃんも気ぃ向いたら黄龍においで」
神原さんはそのままひらひらと手を振って駅の方へ歩いて行ってしまった。私は数秒だけその後ろ姿を見ていたが、すぐに頭を切り替えてペダルに乗せた足に力を込めた。
店先に自転車を停め、「おはようございます」と挨拶しながら引き戸を開ける。返事が無いなと思ったら、店内に店長の姿がなかった。おそらく出かけたのだろうが、店長が店をほったらかして出かけるのも久しぶりなので少し懐かしい気分になる。
荷物を置くために店の奥の廊下を通ると、瀬川君の部屋からカタカタとキーボードを叩く音がかすかに聞こえた。私はエプロンを腰に巻いて店に戻り、とりあえずはたきを手にして本棚の前に立った。
今日はいい天気だ。掃除日和ということで一丁大掃除でもしてやるかと意気込んで、私はパタパタとはたきを動かした。
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