四神集結2




「店長、花音ちゃんがいたから裏から入ってきたんですね」

「うん。入ろうとしたら声聞こえたから慌てて引き返した。必要以上に会いたくないね。ていうかどうせ明日も会わなくちゃいけないし」

そう言って店長は大きなため息をついた。私は店長のため息なんかより、明日何かあるのかな、ということを考えていた。花音ちゃんは何も言ってなかったけれど。彼女だったら嬉しそうに話してくれそうなものだけれど。

「明日何かあるんですか?」

私は店長と自分の前にお茶を置いてソファーに座った。

「うーん、まぁ」

ああ、この聞き方じゃダメだった。やり直しやり直し。

「明日何があるんですか?」

「…………」

「か」に濁点がついてるかついてないかで全然違うからね。事実、店長は言うか言わないか迷っている。というか、そこまで仄めかしたなら言えよ。それとも花音ちゃんとランデブーですか?

「なんか明日さー、店長会議に行かなきゃいけなくなってさー」

「え゛ッ」

私は思わず濁点をつけて驚いた。そりゃあそうだ、あんなに行きたがらなかった店長会議である。出席するというのだろうか。この店長が。いや、行かなきゃいけないのは初めからそうなのだけれど。

「そんなに驚かなくても」

「そりゃ驚きますよ。何ですか、ついに偉い人に怒られたんですか?」

「いや、轟木ちゃんの仕事でさ、僕依頼ファイル書かなかったから」

「書いたら見た人全員死ぬし」と店長は冗談めかして付け足すと笑った。依頼ファイルっていうのはアレだろう、五十三番とか名前がついているやつだ。

「店長、その会議って私も行っちゃダメなんですか?」

「……行きたいの?」

店長の問に私はコクリと頷いた。

「雅美ちゃんには店番しといてもらおうと思ってたんだけどな」

「じゃあ瀬川君は行くって事ですか!」

「書記係に任命しようかなって」

店長は空になったコップを両手に挟んで転がしていたが、チラッと私の方を見た。諦めて店番しといてくれ、という事だろうか。ここで遠慮したら、おそらくこんな機会は当分訪れない。

「瀬川君だけズルいです、私も行きたい」

「じゃあ店番はどうすんの」

「何とか考えてくださいよ」

そうだ、また花音ちゃんに頼めば。……ってダメか。もちろん花音ちゃんも会議に出席するだろう。

「やっぱり雅美ちゃんには話さなければよかったなぁー。だって絶対行きたいって言うもん」

「当たり前じゃないですか!」

店長はコップを手にしたまま立ち上がった。どうやらお茶のおかわりを淹れに行くらしい。

店の裏にすっと歩いて行って、しばらくしてかすかにバタンという音が聞こえた。

「……ハッ!?」

私は気がついた。逃げられたということに。

慌てて店の裏へ向かったが、どうやら裏口から出たらしくもぬけの空だった。くっそー、逃げるなんて卑怯だ。

「はぁ」

私はとぼとぼ店に引き返すと、自分の使ったコップを台所に片付けて、カウンターへ座った。私だって諦めたわけではない。明日また説得して、何が何でも店長会議に行ってやる。




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