戻ってきたのだろうか?5





部屋で英語の課題をやっていると、机の上に置いてあるスマホが短く鳴った。私はディスプレイの【にっしー】という文字を見て、さっそくスマホを手に取る。にっしーは普段電話よりメッセージ派だ。私は彼女から届いたメッセージを開く。

【友達にピアノを教えてほしいっていう人がいるんですけど、あっらーも一緒に教えませんか?】

ピアノかぁ……。確かに私も習っていたけれど、高校生の時に辞めてしまった。私はにっしーに【どこで教えるの?】と返した。しばらくしてまたメッセージが届く。

【私の家です。電子ピアノですが。まだ音譜も読めない初心者らしいので、あっらーも混ざってワイワイやればいいと思います♪】

それは本当に初心者だな。習いに行くお金がないという事情だろうか。おそらくにっしーの学校の友達だろう。どちらにしろ、知らない子と三人か……うーん、悩む。

【いいよ。土日にするの?】

でもまぁいいか。課題で疲れた私の脳みそは、あっさりと思考を放棄した。最近ピアノを弾けていなかったし、いい機会かもしれない。新しい友達もできると思えば、悪い話じゃない。

【ありがとうございます。平日は私もあっらーも学校ありますし、多分土日になると思います】

それから何度かメッセージを交わす。とりあえずは今月末を目処に始めるそうだ。習いたいと言っている子がすごいやる気で、今すぐにでもやりたいと言っているらしい。しかし今月末にはにっしーも試験があるので、「試験が終わってから」という話で落ち着いたそうだ。

まぁ、私って土日は店のカウンターでダラダラしてるだけだしなぁ。思えば、こんな無駄な青春の使い方ってないよね。私は今月末が少し楽しみになった。







そういえば、轟木さんはどうなったんだろう。

私は布団の中でふと思った。店長が家に帰すの言っていたけれど……。うーん……。警察とかに連れて行かなくてもいいのかなぁ。

私はゴロンと寝返りを打つ。景色が天井から壁に変わった。でも警察に連れて行ったら、北野さんの事も喋らなくちゃいけないわけで……。いや、あの子なら、おそらくジェラートさんの事もバラしてしまうだろう。

北野さんもジェラートさんも、警察に見つかったら危ない人だ。ジェラートさんなんてもう何人も人を殺しているし……。その事を考えたら、轟木さんは家に帰すのがベストだったのかもしれない。

私は寝る体勢を変えた。視界にはまた天井が現れる。でも、轟木さんを家に帰したとして、また殺人をしたりしないだろうか。今日はそんなニュースはなかったけど、明日はどうか分からない。明後日、明々後日、だんだん時間が経つにつれて、また人を殺したくなってしまうかもしれない。

第一、轟木さんは何故人を殺していたのだろうか?憂さ晴らし?人を殺すなんて相当な覚悟がいるはずだが、この世には自分とは全く別の感覚を持つ人間が存在すると、私はもう知っている。

切り裂きジャックの真似をしたのは、罪をジェラートさんになすりつける為と納得はできる。でもジェラートさんは、初めて会ったときに「友達は自分の正体を知っている」って言っていた。だったら轟木さんが友達のジェラートさんに罪を被せようとするだろうか?

「…………」

あ━━、やっぱり分からない。私なんかがいくら考えたって分かるわけないのだ。きっと全然別の生き方をして全然別の悩みを抱えてきた私に。

轟さんの表面は私と同じ何の特徴もない凡人だが、その内側はきっと私とは別の生き物だろうから。

今日はもう寝よう。明日も朝から学校だし。私はもう一度だけ寝返りを打って、静かに目を閉じた。




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