青春は駆け足で5




「いらっしゃいませーー……」

「麗雷、もっとやる気出せよ」

「これが私の全力よ」

隣で凪砂がハァ、とため息をついた。この金髪の友達は、どうしたって学校行事にやる気を出そうとしない。自分達といる時は楽しそうに話すから、学校が嫌いなわけではないようだが。

凪砂より頭一つ分低い位置で、ちょこちょことパックにたこ焼きを詰める麗雷。依然として売れ行きはE組の方がいいが、麗雷はそんなことは全く気にしていなかった。ただ、早くこの面倒臭い時間が終わればいいのに、と思っているだけだ。

「まぁ麗雷は、学校にやる気のない分バイトに注いでるからな」

「今日も放課後バイトあるし……こんな所で無駄な体力使ってられないわ」

こんな日までバイトかよ、と凪砂は心の中で呟いた。実は、凪砂達三人は麗雷のバイトのことを何も知らない。前に何度か聞いたが、その都度はぐらかされてしまったため、今は何となく聞きにくい状況だ。

ただ麗雷からしたら、あまり安心できる仕事ではないので、友達には迷惑をかけたくないという思いで黙っているのだ。放課後は毎日バイト先に直行して、遊びの誘いを断っているのも悪いと思っている。

「それにしても、全然客なんて来ないじゃない。朱雀並よ朱雀並。みーんなE組に持ってかれてるじゃない」

「朱雀っつーのは何かよくわかんないけど……客が来てないことは確かだな」

現在、午後の店番をしている麗雷達四人。とりあえず、麗雷と凪砂はたこ焼き、結歌と璃夏はジュース販売の係となった。本来結歌と璃夏はお好み焼きの担当だったが、璃夏の猛反対によって急遽ジュースの担当となったのだ。璃夏の言い分は、「はぁっ?何で璃夏がこんな熱っ苦しいことしなくちゃなんないの!?マジ有り得ないんですけど。……ジュース?うん、ジュースならやってあげてもいいかなぁっ。カルピスとかぁ、リンゴジュースとかぁ、かわいい璃夏にピッタリじゃない?」らしい。

「でもさぁ、何とか売らないとヤバいんじゃない?……ほら、材料費とか」

「ほんと、向こうのたこ焼きとどこが違うっつーのかね?」

「材料余ったらめちゃくちゃ赤字じゃん」

「それなら、いい方法がある!」

突如割って入った第三者の声に振り返る二人。麗雷と凪砂のすぐ後ろに、同じクラスの高野康介が立っていた。

「……って、近ッ!」

あわてて離れる麗雷。思い切り汚らわしそうに跳びすさったのだが、康介はそれを全く気にした様子もなく続けた。

「売り上げが心配なら、僕にいい考えがある!」

「何よ……。聞いてあげなくもないけど」

腰に手をあてて言う部屋。康介は「ふっふっふ」と笑ってから、手に持っていた紙袋から一つの衣装を出した。

「君がこれを着て接客すればいいんだ!」

麗雷に突き出された一つの衣装。黒と白を基調として作られたそれは……。

「め、メイド服なんて着るわけないでしょッ!?」

麗雷は突き出されたメイド服を康介にたたき付ける。凪砂は引き気味に呟いた。

「ていうか……あんた、アレ本気だったの?……メイドカフェとか」

「当たり前だ。しかし君は心配する必要はないよ。僕は麗雷さんにこれを着てほしいだけなんだから!」

「ブッ殺すわよ!」

自らの肩を抱いて叫ぶ麗雷。康介はまるで気にした様子はなく、紙袋の中から新たな衣装を取り出した。

「仕方ない、じゃあこのバニーガールで……」

「死ねッ!」

麗雷は真っ赤になって康介の頬を殴った。それからサッと凪砂の後ろに隠れる。

「ちょ、こいつマジキモいんですけどッ!変態よ変態!それ以上言ったら通報するわよ!?」

「ま、まぁ、コイツの変態は結構有名だしな……」

学校にあまり気力を使おうとしない麗雷は、クラスメイトの噂なんて知らないんだろうなぁ、と地面に倒れ伏した康介を見ながら凪砂は思った。

「あ~、メイド服だぁっ。これ、誰が着るのぉ?」

騒がしかったためか、ジュース販売の担当を抜けて結歌と璃夏が近づいてきた。璃夏は落ちていたメイド服を拾い上げる。

「もしかしてぇ、璃夏のために持ってきてくれたのぉ?メイドカフェ、璃夏も賛成だったよっ」

「そ、それは……」

璃夏の持つメイド服を取り返そうと手を伸ばす康介。しかし、璃夏はひょいと腕を上げて、それを許さない。

「あの……九重さんには悪いけど、それは君のために持ってきたんじゃないんだ」

それを聞いて、璃夏はにっこり笑って言った。

「あれぇ?璃夏のためじゃないのぉ?璃夏のためじゃないならぁ……死ねよ変態」

最後の一言だけ低い声でボソリと呟く。康介を見下ろす璃夏の目は冷たかった。未だ地面にへたっている康介と視線を合わせるようにしゃがみ込む璃夏。

「つかさぁ、変態の分際で璃夏のお願い断んの?有り得ないんだけど。マジで死ねよ。生きてる意味ねぇよお前」

「あ……その服、どうぞ着てください……」

ガクガクと震える康介。璃夏は普段のぶりっ子モードに戻って言った。

「ええー、そんなに言うならぁ、着てみよっかなぁ」

璃夏は結歌を引っ張って着替えに行ってしまった。その場に取り残される麗雷、凪砂、康介。康介は何事もなかったかのように立ち上がり、パンパンと服を払った。そしてバニーガールの衣装を手に取り、

「あ、バニーガールなら残ってるけど」

「着るかバカ!」

麗雷の拳が再び康介の頬にめり込んだ。



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