夏休みのご利用は計画的に2
「なんでこんなに溜めるんでしょうかね……いや、気持ちはわかりますが」
「何か提出しないと成績に目茶苦茶響くらしいよ。城ヶ崎中学らしんだけど」
「えっ、超有名な進学校じゃないですか!それでこれだけ溜めるって……」
私と店長、そして一言も喋らない瀬川君の目の前には、あの中学生が残していった山積みの宿題がある。
今日の依頼は、この山積みの宿題を明日の午前七時までに完璧に終わらすこと。もちろん採点用に答えは配られているが、それを丸写ししてはダメだ。あくまであの中学生━━金元君というらしい━━がちゃんと宿題をやった事にしなければならない。つまり、適度に間違える。
壁にかかっている時計に目をやる。現在時刻は七時三十五分。夜中寝ないでやっても、終わるかな……これ。
「とりあえず、誰が何の教科やるか分担しようか。金元君はどっちかというと国語とかが得意らしいから、そっち系はリッ君がやってね」
「わかりました」
瀬川君はさっそく分厚い国語のワークに手を伸ばした。
「雅美ちゃんは数学と物理やって」
「私数学も理科も苦手なんですけど……」
「だからだよ。多分金元君と雅美ちゃんの数学のレベルって同じくらいだし」
それって酷くない!?私の脳みそ中学生と同じレベル!?そりゃ相手は有名進学校の生徒だけどさぁっ!
仕方なく数学のプリントの束を手に取る私。軽く五十枚はあるな。ふざけてんのか。
「これもだよ」
宿題の山の下の方から一冊のワークを取り出して私の前に放る店長。そのワークは三十ページ程で、表紙には【超!応用問題集!数学∥ これができれば君も東大生だ!】と、書かれていた。
「まじですか……」
あまりの量に、しばらく呆然となる私。だってこれの他に、あと物理もやらなくちゃならないんでしょ……?殺す気か。
「そういえば、店長は何するんですか?」
すでにシャーペンをガリガリ走らせている瀬川君に尊敬の眼差しを送りながら、横にいる店長に尋ねた。
「僕は自由研究と読書感想文。あと生物と英語。あ、家庭科もあるじゃん。恐ろしいな進学校は」
宿題の山を崩しながら答える店長。今日だけあなたを尊敬します。私は数学だけでもうくじけてました。
「世界平和のポスターだって。雅美ちゃん芸大だよね。やる?」
「……遠慮しておきます」
これ以上宿題増やされたら私は死にます。というか、私だって大学の課題まだ終わってないのに……。まぁ、私は大学生だから来月いっぱいはまだ夏休みだけど。
とりあえず、筆箱から使い慣れたシャーペンを取り出して数学のプリントと向かい合う私。なんだかんだ言ったって、中学生のやる宿題でしょ?余裕余裕。量に怯まずにさっさと終わらしてやろう。
「よしっ」とやる気を出して、プリントの一枚目をめくる。最初の問題は簡単なものだと相場は決まって……。
「…………」
プリントをめくったままの姿勢で固まる私。瀬川君がチラリと顔を上げたが、再び国語の問題に戻ってしまった。代わりに店長が声をかける。
「……雅美ちゃん、どうしたの?」
「あ、いえ……」
いやいやいやいや、これ、ぶっちゃけ、難しい!えええええ!?初っ端からこのレベル!?無理無理ムリムリむり、絶対無理だってコレ!
私は問題文を目で追った。
問一、すべては0でないn個の実数a1、a2、……、anがあり、a1≦a2≦……≦anかつa1+a2+……+an=0を満たすとき、a1+2a2+……+nan>
0が成り立つことを証明せよ。
えっ、証明!?私ちょっと苦手かも!っていうか、言ってることが理解できない!
えーと、まず……。……全然わからん。どこから考えたらいいのかもわからん。何を考えたらいいのかもさっぱりわからんっ!
と、とりあえず次の問題に……。
問二、座標空間内の6つの平面x=0、x=1、y=0、y=1、z=0、z=1で囲まれた立方体をCとする。lの上に→=(-a1、-a2、-a3)をa1>0、a2>0、a3>0を満たし、大きさが1のベクトルとする。Hを原点Oを通りベクトルlの上に→に垂直な平面とする。このとき、ベクトルlの上に→を進行方向にもつ光源により平面Hに生じる立方体Cの影の面積を、a1、a2、a3を用いて表せ。ここに、Cの影とはC内の点から平面Hへ引いた垂線の足全体のなす図形である。
え!?ベクトル!?ていうかこのlの上の矢印は何!?ていうか、光源とかいつの間に出てきたの!?これ数学でしょ!?光とか関係ないじゃん!
と、とりあえず何か書いて次へ……。
問三、a、bは0<a<1、b>0を満たす定数とする。何回でも微分できる関数g(x)がg(ax)=bg(x)を満たしている。
(1)b>1のとき、関数g(x)は0であることを示せ。
ええと、微分……微分って何だっけ。ていうか、何回でも微分できる関数って意味わかんない。ダメだ、高校の時やったのに、全然わからない。脳の衰えを感じる。えーと、とりあえずbは1より大きくて……ていうか何g(x)て。数字が一つも入ってない!bも全く無関係だし!……と、とりあえず、何か数字を書いておこう。
(2)b≦1のとき、次ね2つの場合にわけられる:
(ア)b=amとなる0以上の整数mがある。
(イ)b=amとなる0以上の整数mがない。
関数g(x)は、(ア)の場合、cxm……cが出て来たァァァアア!もう何なのコレ!?問題からして全然理解できないんですけどっ!とりあえず何か答えを……。
「雅美ちゃん……いくらなんでも全部間違うのはどうかと思うけど」
「え゛っ!全部間違ってます?」
店長が私のプリントを覗き込んでいた。いや、全部間違ってることくらいわかってたけどさ!でも実際言われると……。
「うん……。素で間違えてたんだ。なんか……ごめん」
うわぁぁああ!ムカつくし恥ずかしいし悲しいし悔しい━━!
「荒木さん、先に物理をやったら?数学ばっかりやってても……ほら……気が滅入るし」
瀬川君めちゃくちゃ気使ってるよ!私そんなに馬鹿じゃないんだよ!?ただこの問題が難しいだけで……。ごめんなさい、言い訳です。
「そうする……」
私は瀬川君に言われた通り、物理の問題集を開いた。これまた厚さ一センチ以上ある難問たっぷりの問題集だ。さっそく問題を読んでみる。
問一、次の文中の空欄に適当な語句、または数値を入れよ。
音源または観測者が運動しているとき、音源が実際に出している音と観測者によって観測される音の振動数が異なることがある。この現象を(1)効果という。図に示すように、スピーカーのついた車Aと、音を反射する板のついた車Bがある。車Aのスピーカーから発せられた振動数fA〔Hz〕の音は、車Bの板によって反射され、車Aに戻ってくる。風はなく、音速をV〔Hz〕とする。車A、Bが同一直線上を……って、難しい!
いや、なんかもう「やっぱり」って感じだけどさ!絶対難しいと思ってたけどさ!
ていうか私ってこんなに馬鹿だったの?確かに大学生になってからろくに勉強なんてしてなかったけど、でもつい半年前まで高校生だったし!私めちゃくちゃ真面目に授業受けてたし!ま、まぁ、たまには朝寝坊で授業サボっちゃった日もあったけど。だって学校遠かったんだもん!
「……雅美ちゃん、いくらなんでも全部間違うのは……」
「わざと間違えてるわけじゃありませんよ!」
くっそ━━!だったらお前答えてみろよ!思いの外難しいんだぞコレ!どうせ店長今まで二十三年間の人生で、勉強なんて全然して来なかったでしょ!答えられるものなら答えてみろよホラ!とか言って絶対答えるんだけどねこの人は!
「雅美ちゃん、別に答え見てもいいんだからさぁ。全問不正解だけは止めてあげてよ」
「……中学生の宿題で答えを見るなんて……そんな屈辱的な事ができますか!」
無駄に熱弁する私。だって中学生の宿題で答え見るなんて私のプライドずたずただよ。
と、どうでもいい所で熱くなっている私の横で、瀬川君が信じられない事を言った。
「店長、国語一冊終わりました」
「お疲れー」
瀬川君から受け取ったワークを、金元君が宿題を入れてきた大きな紙袋に戻す店長。
いくらなんでも早過ぎる!え?っていうか、瀬川君そんなに頭良かったの!?だって瀬川君野洲高でしょ!?ガラのあまりよろしくない連中が集まった、おバカ高校の野洲高でしょ!?ごめんだけど、絶対私の方が頭いいと思ってた!
「瀬川君……早いね……」
「うん、まぁ……」
相変わらずの無表情で答える瀬川君。
「雅美ちゃんも頑張ろうよー」
そう言う店長はソファーで思い切りくつろぎながら、分厚い本を読んでいた。
「……店長は何してるんですか?」
まさかサボってるわけじゃ……。
「英語終わったから本読んでるんだけど。読書感想文の」
「そうですか……いえ、何でもありません」
ダメじゃんコレ、一番進んでないの私じゃんコレ。
読書感想文を書く本は学校側によって決められているらしく、店長は「面白くない」と愚痴りながらものすごいスピードでページを捲っていた。
数学のプリント見ても、物理の問題集見てもわからない。もう世界平和のポスターにしとこうかな……。
とりあえず答えを見てみる。が、解説が理解できないから、どう間違えていいかわからない。このままじゃ全部丸写しの全問正解になっちゃうよ。
「あのさ、もう九時なんだけど、進んでる?雅美ちゃん」
「……全く進んでないです」
「……帰る?」
「いえ、やります!やりますよ!何ですかその役に立たないみたいな言い方!」
「だって実際……」
「酷すぎる!」
いや、役に立ってないのはわかってるけどさ!
いつも通りにギャーギャー騒いで瀬川君の邪魔をしていた所に、突然店の引き戸が開け放たれた。こんな時にお客さん!?と若干焦ったが、戸口に立っていたのは見覚えのあるポニーテールさんだった。
「よぉー、お前ら!」
「深夜さん!」
「……こんにちは」
やって来たのはつい先日お世話になった寿等華深夜さんだった。まぁ、この名前は偽名らしいけど。
「何しに来たの?」
店長が若干迷惑そうな顔で尋ねる。まぁ、店長が真面目に仕事に取り組むほど、現状は切羽詰まってますからね。
「仕事で近くまで来たからさ、お前ら元気かなーと思って寄ったんだ。喜べよ」
「深夜の顔なんて半年に一回見れば十分だよ」
とか言いながらもソファーを半分開けてあげた店長は、多分深夜さんの事フツーに好きだと思う。まぁ、聞いた所によると十年来の親友らしいしね。
深夜さんの来訪で、私達の席順は奥から瀬川君、店長、深夜さん、私の順になる。深夜さんは本当にフラッと立ち寄っただけらしく、すぐに「腹が減った」と店長に夕飯を催促していた。
「夕飯くらいどっかで食べてこいよ」
店長はそう言ったが、意外にも瀬川君が深夜さんに同意した。
「……店長、僕もかなりお腹減ってるんですけど」
「あ、そう?リッ君が言うならしょうがないな」
ありがとう瀬川君!実は私もけっこう空腹感感じてた。でも絶賛役立たず中の私には言えなかったのよ……。
「ちょっと!アタシの時と全然態度違うじゃねぇか!」
「何で深夜にいい顔しなくちゃいけないのさ。ていうか、暇なら手伝ってよ。宿題」
そう言って、未だ山積みになっている宿題を指差す店長。
「宿題ぃ?」
「そ、今日の依頼。僕が働かなくちゃならないくらい手が足りなくってさぁ」
店長の言葉を聞きながら宿題の山を漁る深夜さん。正直、そっちじゃなくて私の数学か物理をやって欲しい。
「しょーがねぇなぁ!やってやろうじゃねーかっ!」
相変わらず肩に羽織っていた大きな着物をソファーの背に掛け、私の筆箱からシャーペンを取り出した。深夜さん、着物の下は普通に短パンとTシャツを着ている。羽織りだけが異質だが、着て出歩かなきゃいけないルールでもあるのだろうか。
宿題の山の中から一冊のワークを取り出す深夜さん。何の宿題をするんだろう、と思って覗き込んでみると、それは薄っぺらい保健体育のワークだった。この人絶対ワークの薄さで選んだでしょ。
「わ、保健の宿題なんてあるよ。どこの高校だ?この依頼人」
「城ヶ崎中学」
「すげーな……」
ワークの真ん中くらいを開き、初っ端から中途半端な所からやり始める深夜さん。まぁ、やってくれるだけありがたいけど。
「えーと、性感染症についてまとめた文の次のカッコを埋めなさい。丸一、カッコやそれに準ずる行為によって感染する病気、今のところ治療薬のないカッコを除いてはカッコと治療によって完治も可能であるが、カッコへの不安、パートナーへの……」
「ちょ、深夜さん、そんな事あんまり大きな声で読まないでくださいよっ」
なんて所から始めてんのこの人は。普通に一ページ目からやりましょうよ、ね。
「なんだー?雅美、恥ずかしいのかー?全く、可愛いなー雅美は」
そう言って私の頭をバシバシ撫でる深夜さん。
「ちょっと、あんまり雅美ちゃんいじめないでよ。可哀相
でしょ」
店長の言葉を完全に無視して深夜さんは私に詰め寄る。というか、店長いつまで経っても台所行かないな、と思ってたら、どうやら読書感想文を書き終えてから夕飯を作る魂胆らしい。
「なぁ、雅美って彼氏いんのか?」
「いないですけど……」
「好きな奴は?」
「それもいないですけど……」
「だよなぁー!いたらこんな仕事してねぇもんなぁ!」
いいんですよ、私は今そんな存在を欲していないんだから。というか、深夜さんはどうなんですか。職業殺し屋なのに彼氏とかいるんですか?まぁ、口に出したりはしないけどね。
「深ー夜ーちゃーん。口より手を動かしましょうか。リッ君を見習って」
恐ろしいスピードで原稿用紙を文字で埋めている店長が、珍しく真面目な事を言った。
「いや、アタシはな、避妊がいかに大事かって事を雅美に教えてやろうと」
「深夜に語られてもねぇ。説得力が」
「あっ、てめぇ!そんな事言うのか!?殺すぞ!」
耳まで真っ赤になって反撃する深夜さん。テーブルの上に積んであるワークを引っつかんで、手当たり次第店長に投げ付ける。
なんだ、深夜さんも付き合ってる人いないんじゃん。ですよねー、職業殺し屋ですもんねー。
「いいからてめぇは飯作ってこいよ!」
「深夜が邪魔するから読書感想文終わんないんだよねー」
結局ギャーギャー騒ぐ二人。二人がそんなことをしている間に、瀬川君は漢字プリントの束を終わらせた。現在は世界史のワークに取り掛かっている。
私はというと、まだ何も終わっていない。やばい、非常にやばい。とりあえず数学のワークを、答えを写しながらやっている。所々あけておいて、ここは後で頭のいい人にミス解答を入れてもらおう。とにかく進めることが先決。
しばらくして店長は夕飯を作りに台所に向かい、深夜さんは保健体育のワークに取り掛かった。
はぁー、やれやれだよ全く。瀬川君なんて一言も喋らずに黙々と宿題を終わらせているのに。
「雅美めちゃくちゃ難しいのやってんなー。そんなん分かんのか!?」
私のワークを覗き込んむ深夜さん。集中しましょうよ。どうせあなたも答え写してるだけでしょ。
「いえ、こんなの全然わかんないですよ」
そう答えると、深夜さんは安心したように「なんだー」と言った。
「こんなん難し過ぎるよなー。中学生のクセにどんな授業してんだよ。アタシら高校の時にもこんなんしなかったぞ?」
完璧に手を止めて話し出す深夜さん。どうやら十分勉強するだけで集中力が切れてしまうようだ。
「深夜さんってどこの高校行ってたんですか?」
まぁ、この様子を見る限りでは、あんまりレベルの高くない学校だと思うけど。
「アタシ?アタシは空導高校。知らねーかなぁ……。ここと白虎のちょうど中間くらいにあんだけど」
空導高校か……。知ってますよ。不良の集まる高校で有名ですもん。
「聞いて驚け!アタシ生徒会入ってたんだぜ!?まぁ、アタシの人望があれば支持率百パーセントなんて当たり前だけどな!」
「へー、すごいですね」と言おうとして、私は思い出した。この前東さんが来たとき、確かそんな話をしてたような……。
「それって店長が生徒会長だったときのですか?」
それを聞いて深夜さんはちょっと驚いた顔をする。
「へぇ、知ってんのか。レンって自分の事あんま話さねーしな。知らねーと思ってた」
実際は店長から直接聞いたわけじゃないんだけどね。それにしても、店長ってもともと秘密主義者なのか。
「それならアタシの人望じゃないって事もバレてんのか。まぁ、支持率百パーっつーのはあながち嘘じゃねーけどな」
なんだ、深夜さんの人望じゃないのか。そこは知らなかったから、言わなきゃ信じたかもしれないのに。まぁ、店長に聞いたら一発だけど。
「でも深夜さんが生徒会なんて意外ですね。なんか生徒会って仕事いっぱいで面倒臭そうなのに」
私がそう言うと、深夜さんはソファーに踏ん反り返って言った。
「まぁな!レンに土下座されて頼まれたんじゃぁ、やるしかねぇだろ!」
「やりたいやりたいって駄々こねたのは深夜の方でしょ」
その声に顔を上げると、ミートスパゲティーの乗った皿を持った店長が立っていた。
「やっと飯だーっ!」
バッと立ち上がって店長の持つ皿をぶん取ろうとする深夜さん。店長は腕を上げて深夜さんをかわす。
「深夜はせめてそのページ終わらそうよ。一ページもやってないじゃん」
持っていた皿を私と瀬川君の前に置く店長。深夜さんがブーブー文句を言う。
「リッ君、どこまで終わった?」
「国語は全部終わりました。後は世界史のワークとプリント、それと年表作りです」
「うん、順調順調、さすがリッ君だね」
そう言って瀬川君の頭をポンポンと撫でる店長。店長って、なにげに瀬川君に甘くない?まぁ、瀬川君がそれ相応の仕事をしているのは事実だけどさ。
「それで、雅美ちゃんはどこまで終わった?」
くるりと振り向いて私に尋ねる店長。私は開いてあるワークのページ数を確認した。
「……十ページです……」
「そっか……」
もはや深夜さんには聞こうともしない店長。というか、深夜さん私のスパゲティー食べてるんですけど。
「じゃあ、とりあえずご飯にしよっか」
深夜さんはすでに食べてるけどね。私はあとから持って来てくれたスパゲティーをフォークにくるくる巻き付けた。
「なぁー、これ明日の朝までに終わんのかー?」
「深夜が邪魔しなかったら終わるかも」
「アタシがいつ邪魔したよっ!?」
いや、もう邪魔しまくりでしたよ。手伝ってくれてるはずなのに全然進んでないからね。でも私の性格上、瀬川君みたいにガン無視することなんてできない。
むしろもう帰ってくれても……。そこで私は気がついた。
「そういえば、深夜さん明日仕事とかないんですか?」
口をもぐもぐさせていた深夜さんは、それをゴクンと飲み込んで私の質問に答えた。
「明日もフツーに仕事あるけど―……昼寝りゃいい話だしな」
「深夜の仕事はだいたい夜だから」と、店長が横で補足した。
まぁそりゃそうか……。深夜さんはこれで一応凄腕の殺し屋だから。しかし、そんな昼夜逆転の生活してるから、こんなに色白いのかな。
「とりあえず、食べ終わったら真面目に宿題終わらそうね。喋った人は罰ゲーム」
「えええええー?楽しくやろうぜーぇ。その方が早く終わるって!」
「ふざけるんなら帰って。終わんないからホント邪魔だけはしないでよ」
店長がこんなに仕事にやる気だなんて……。本気で時間足りないんだなぁ。まぁ一ヶ月分の宿題を一晩で終わらそうっていうんだから、時間足りないのなんて当たり前なんだけど。
食べ終わった食器を片付けることにする。瀬川君が自分で片付けようと立ち上がったけど、私がやると言っておいた。こんなくらいしか役に立ってないみたいだし。というか、瀬川君には一秒でも長く宿題に向かっていてほしい。
台所の小さな流しでお皿を洗っていると、なんだかちょっと悲しくなってきた。私、そんなに頭悪くないんだけどなぁ……。
瀬川君とか予想外に頭いいし。私の仲間は深夜さんだけだよ。
そんなことをぐるぐる考えながら、お皿洗いを終える。はぁ、向こうに戻りたくない……。
憂鬱な気分で店に戻ると、さっきまではなかった光景がそこに広がっていた。
「だーかーらー、何回言えばわかるの?まず四つの円の位置を決めるんだってば」
「わっかんねーよ。もっとわかりやすく教えろよ」
「深夜が馬鹿だからでしょ?学校で何習ってきたの?」
「先公の教え方が悪かったんだろ」
「違うね、深夜の頭が悪かったんだ。だって僕中高深夜と一緒だし」
またこの二人がギャーギャーと言い合いをしている。……とりあえず、瀬川君に現状を尋ねようかな。私は一人黙々とシャーペンを走らせている瀬川君に声をかけた。
「……あの二人、何やってるの?」
瀬川君が手を止めて顔を上げた。
「何か……店長が寿等華さんに勉強を教えてるらしい」
今めちゃくちゃはしょったでしょ。説明面倒臭いからめちゃくちゃはしょったでしょ。まぁ、結論からでも十分わかったから良いけどさ。
ていうか、そんなことをしている暇があったら、一刻も早く宿題を終わらせた方が……。ぁ、深夜さん達がやってるの私の数学だ。ラッキー。
「何で!?ここはy2<a-xだろ!?」
「だから何でそうなるんだよ!ちゃんと説明しろよ!」
「さっきしたじゃん!y2の2乗-2(a+x)y2+(a-x)の2乗=0だからx+y2<aって!」
「つかこの記号なんだよ!」
「それはルート……っていうか深夜さ、生きてて楽しい?」
「酷ぇ!勉強だけが全てじゃねーだろ!」
とりあえず物理の問題集を広げる私。この調子で数学のワーク終わらせといてくれないかなぁ……。そしたら代わりに世界平和のポスターやってもいいかな。
そんなこんなで一晩中寝ずに難問達に立ち向かった私達。まぁ、深夜さんだけは途中から爆睡してたけどね。ていうか、腹を出して寝るなっ!あなた女の子でしょう!
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