正解は出せないけれど5
翌日、八月二十五日。お昼の十二時過ぎ。
「ありがとうございます!あなたたちのおかげで姉の恨みを晴らすことができました!」
今回の仕事の依頼人である見波拓也さんが再び店に来た。彼がここへ来るのは十日ぶりなのだが、その外見は前回とまるで違っていた。この前のような薄幸そうな雰囲気はカケラも感じられず、ニコニコと笑うその顔は年相応に見えた。
「いやいや、僕らは依頼された事をやっただけだから」
店長は私が出した茶菓子に手を伸ばしながら答えた。見波さんはお茶にも茶菓子にも手をつけず、ただただ口を動かしている。
「いいえ、あなたたちがいてくれたから……!あなたたちのおかげで姉の……姉のかたきが……うぅ……っ」
見波さんはついに泣き出してしまい、流れた涙をシャツの袖で拭った。店長は「何か泣き出したんだけどどうしよう」という顔でカウンターの私を見た。私はそっと壁から出していた頭を引っ込める。
「本当に、本当にありがとうございます……」
その後見波さんは泣きながら何度もお礼を言い、ボロボロと涙を流したまま帰って行った。私は彼に出したお茶と茶菓子を片付けるべく来客用のソファーへ向かう。
「……泣いたね」
「そうですね……お姉さんに何があったんでしょうか」
「ああ、それならこの前聞いたけど」
それは十日前見波さんが依頼に来たときだろうか。そういえば、ぼそぼそと何かを語っていたことを思い出す。
「やっぱ説明すんの面倒臭いなぁ」
「ええ!気になるじゃないですか!」
「雅美ちゃんがいくら気になろうが僕には何ら関係のない事だし?」
こいつ最低だな!いや、わかりきってた事だけれど!この時は諦めたが、後でやっぱり気になったので聞くとあっさり教えてくれた。
見波さんには十歳年上の姉がいたのだが、彼女は笹原さんと付き合っていたらしい。だが酷いフラれ方をし、ショックを受けた彼女は家で首を吊ってしまったのだ。見波さんは母親が早くに亡くなっていて、お姉さんを母親代わりに育ったからどうしても許せなかったとか。
見波さんが笹原さんを恨む気持ちはわかった。だが、だからといって殺してしまうのは、あまりにも……なんというか、すっきりしない。見波さんが恨んでしまう理由はよくわかる。でも殺したいと思う理由は理解できない。それを見波さんに言ったら、きっと「お前は自分と同じ経験をしたことがないからだ」と言われてしまうのだろうが。
でも、いくら恨んでるからって殺してしまうのはやっぱり違うと思う。何か他の方法があったんじゃないかと思う。何がとは具体的に上手く言えないけれど……。でも、きっとお姉さんもそんなことは望んでいなかったはずだ。他の解決法を探す努力もしない内に「殺す」だなんて、やっぱり私は見波さんも許せない。
もんもんとしたまま一日が終わり、帰る時間がやってくる。店長が帰っていいと言うので、私は自室から荷物を持ってきて、店の引き戸を開けた。
「お疲れ様でーす……」
「お疲れ。気を付けてね」
昨日も今日もいつもと変わらない言葉が返ってきた。今回の依頼について、見波さんが選んだ方法について、店長は、瀬川君は、深夜さんは、いったいどんな風に考えているんだろう。
後ろ手に引き戸を閉める。空を見上げたが、今日は星が見えなかった。
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