正解は出せないけれど2




八月二十四日、日曜日。ついにこの日が来てしまった。私は緊張しながら店の引き戸に手をかけた。

「お、おはようございます……」

いつもより小さくなる挨拶。目の前のカウンターは無人で、私はゆっくりと店の奥へ向かった。

店の奥のソファーにはすでに全員が揃っていた。彼らはダラダラとテレビを眺めている。近付いてくる私に気付いた深夜さんがこちらに片手を上げた。

「雅美ちゃんおはよー」

「おっせーぞ雅美!待ちくたびれたぜ!」

「闇鴉さんもつい三分前に来たばかりでしょう……」

瀬川君のじとっとした視線に、深夜さんは「そうだっけ?」と返して笑った。これがこれから人を殺しに行く人達の雰囲気か。

私はとりあえず荷物を置くために店の裏の自室へ向かった。廊下を歩く最中、店の方から店長と深夜さんの笑い声が聞こえてきた。はぁ……何かいろいろ心配。

いつもなら荷物を置いたらエプロンを巻くのだが、今日はエプロンには手をつけない。私は必要最低限の物を小さめの鞄に入れて店に戻った。

「それじゃそろそろ行こっか」

店長が面倒臭そうにソファーから立ち上がる。

「えー?食事会は夜だろ?まだ早ぇーよ」

それに深夜さんが文句を言った。

実際、今はまだ十二時を回った所だし、確かに時間的には早過ぎる。深夜さんの文句は最もだ。私も心を落ち着ける時間が欲しいし、もうちょっとここに居ても……。

「でもいろいろ準備もあるし……ていうか行くまでに一時間半くらいかかるし」

作戦決行するお店って行くのにそんなにかかるなか。私は瀬川君が作成した資料の中身を思い浮かべた。確か場所は琵琶湖を挟んで反対側、久能木市だったはずだ。だがまだ不安なので、移動中の車の中でもう一度資料を読んでおこうと思う。

店の外に出て、店横に停めてある店長の車にぞろぞろと乗り込んだ。私と瀬川君が後部席、深夜さんが助手席。

「ラオジェって、アタシの家と近いんだよな?」

「みたいだね」

私は一言も言葉を発さず、資料の一ページ目からくまなく目を通していった。

この高級レストランは琵琶湖を挟んでちょうど正反対の位置にあるようだ。この場所はおそらく玄武の管轄だと思う。玄武店の場所は詳しく知らないが、玄武は北の神様だと聞いたことがある。玄武に依頼してくれたらちょうどよかったのに、何故よりにもよって朱雀なんかに。思わずそう愚痴ったら、資料に載っている依頼人の住所は朱雀店のすぐ近くだった。

「着いたよ」

車の中で資料を読み耽っていると、車が停止した。どうやら目的地に到着したようだ。顔をあげて窓から外を見ると、どうやらここは従業員用の駐車場のようだった。

車から出ると深夜さんが大きく伸びをした。店長と瀬川君はそんな彼女を置いてさっさと店の裏口へ向かう。私は慌てて、深夜さんは文句を言いながら二人についていった。

「ああ、何でも屋の人ですね」

裏口のドアを開けると、入ってすぐのところで作業をしていた若い店員さんが私達に気づいた。服装からしておそらく料理人だろう。料理の下ごしらえでもしているのだろうか。

「店長ー!来ましたよー!」

若い料理人が奥に向かって叫ぶと、恰幅のいい中年のおじさんがやって来た。年は私の父より少し上くらいだろうか。

「ああ、いらっしゃい。店長の春日です。今日はよろしく」

そう言って春日さんは店長に右手を差し出した。店長はそれを握り返し、自分も名乗った。

「えー……と、ホールの子と……スイーツの子は誰かな」

握手を終え、春日さんは私達四人の顔を見回す。

「あ、僕」

「と、こいつ」

店長が思い出したかのように名乗り出し、深夜さんが後ろの方に隠れてた私の腕を引っ張った。春日さんは引っ張り出された私の顔を見、それから店長の顔を見上げる。

「えーと……ね、このお店は一応ご飯を食べるところなんだけど……」

「知ってるよ」

「そう……なら、何も言わないけれど……」

ああ、春日さん折れた。だがあんなに清々しいほど「当たり前」という顔で言われては、何も言えなくもなるだろう。

簡単な自己紹介が済むと、私達は従業員用の休憩室に案内された。

「ちょっと待っていてくれ。制服を取ってくるから」

春日さんはそう言うと、部屋を出て行った。私はその隙に店長に話しかける。

「店長、準備って何の準備するんですか」

準備するからと言ってこんなに早く来たわけだが……正直、その準備の内容がわからない。

「何言ってんの雅美ちゃん。演技指導に決まってるじゃん」

「誰のですか?」

「雅美ちゃんの」

私は中途半端に口を開いたまま固まった。どうやら私は自分の役割を甘く見ていたようだ。



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