心の奥が気持ち悪い2
「ただいまー」
女性の登場から二時間と十三分後、間延びした挨拶と共にようやく店長が帰ってきた。
「遅せーぞてめぇいつまで待たせんだよ」
女性はトランプを放り投げ、さっそく悪態をつく。店長は「ごめんごめん」とあまり悪いと思っていなさそうな顔で謝りながら私達の方に近づいてきた。
ちなみに私と瀬川君は、この二時間弱でほぼ全てのカードゲームに付き合わされてだいぶお疲れだった。女性はまだまだ元気だな様子だが、この人の体力はいったいどれくらいあるのだろう。
「何?ポーカーしてたの?僕も混ざろっかな」
今はちょうど、ありとあらゆるカードゲームを制覇し過ぎて、一周回ってトランプに戻ってきていたところだ。やるなら私のいるこの席をどうぞ、と腰を浮かすが、正面の瀬川君も私と同じ体勢になっていた。
「ていうか深夜はちゃんと連絡してから来てよ。僕だって暇じゃないんだから」
「いや、お前は万年暇だろ。店長会議に来ねぇってにぃぽんが泣いてたぞ」
瀬川君が私を見た、ような気がした。私はそっとその視線に気付かないふりをした。
「そのうち行くって言っといて」
「自分で言えよ」
二人掛けのソファーの中央でふん反り返り、ジトッとした目で店長を見上げる女性。
私はここでようやく店長がいつまでもその場に突っ立ったままの理由がわかった。二人掛けのソファーは店長の指定席だ。女性は退こうとしないが、店長も退けとは言わない。
瀬川君が店の裏の自室に戻ろうと立ち上がった。しかし店長がそれを止める。
「待ってリッ君。ついでに仕事の話しちゃうから」
瀬川君は素直にソファーに腰を下ろした。
店長と瀬川君はどうやらこの女性と知り合いらしい。なんだか私だけ蚊帳の外な気分だ。
私は今自分はどうしたらいいのか分からず、とりあえず座ったまま様子を伺っていた。仕事の話をすると言っていたので、おそらくこれが正解だろう。
「とりあえず、深夜は自己紹介」
店長はそう言うと、女性の頭をガシッとつかんで私の方に向ける。女性は私を見てひょうきんな声を出した。
「あり?まだ名前言ってなかったっけ」
頭をぼりぼりとかきながら苦笑いをする女性。そして胸を張ると、高らかに自己紹介をした。
「名前は闇鴉!職業殺し屋!年は二十二!よろしくっ」
そのあとこう付け加える。
「呼びにくかったら深夜でもいいぞ。寿等華深夜(すらかみや)。闇鴉は仕事の時の名前だから」
女性━━深夜さんはポニーテールを揺らしてニカッと笑った。
「そして寿等華深夜も世を忍ぶ仮の名前で本名は……」
「言うなよ!バレたら洒落になんねぇ!」
そう言いかけた店長の口を深夜さんが神速でふさいだ。あまりの勢いに店長は「ぐえっ」という悲鳴を上げてのけ反る。
「全く、どこで知ったんだか」
深夜さんはやれやれと言いたげなため息をつく。店長が「この馬鹿力め……」と呟き、深夜さんはそれをギンッと睨み付けた。
「とりあえず、めったに会わねーと思うけどよろしくな!」
深夜さんはそう言って「ガハガハ」と盛大に笑った。私も名乗ってペコリと頭を下げた。彼女はせっかく美人なのに、この豪快な性格が全てを台なしにしている気がする。
私が思っていることが分かったのか、店長が「口開かなければねぇ」とこっそり私に告げた。が、深夜さんは耳ざとくそれを聞き付けてグーで店長に殴り掛かる。店長は慌ててそれを受けるが、深夜さんはもう片方の拳でボカボカと店長を殴り始めた。
どうやら本当に仲はいいようだ。職業殺し屋って、いったいどこで出会うんだろう。殺し屋になる前から仲がよかったのか、殺し屋になってから仲よくなったのか。もし後者だったらよく仲よくなれたなとびっくりだ。
そんなことを考えながらじゃれ合う二人の姿を見ていると、いつの間にか私の横に瀬川君が立っていた。
「中学が同じだったんだよ」
「そうなんだぁ……」
どいつもこいつもエスパーかよ。お願いだから人の頭を覗かないでほしい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます