無知は罪であるか否か




午後五時半をちょっと過ぎた頃、私達三人は何でも屋朱雀店に帰ってきた。車を駐車場に停め、数時間ぶりの店に入る。

先頭の店長が引き戸を開けると、目の前のカウンターに座っていた花音ちゃんが飛び出してきた。

「蓮太郎さああん!お帰りなさいませ!ご飯になさいます?お風呂になさいます?それともわ・た・く・し?」

「ここ花音の家じゃないから」

店長は飛びかかってくる花音ちゃんを最小限の動きでかわし、そのまま店の中に入って行った。私もその後を追う。

「あ、花音ちゃん。店番とヒント、ありがとう」

戸口で固まる花音ちゃんにすれ違いざま声をかける。無事に本部に辿り着けたのは花音ちゃんのおかげだ。お礼を言うべきだと思っていたのだ。

「…………」

私の後ろにいた瀬川君は、花音ちゃんに見向きもしないで店に入った。

花音ちゃんは店先に一人取り残される。そのまま数十秒固まっていたが、「お茶飲む?」と聞くとすごすごと店の中に入ってきた。

「酷いですわ蓮太郎さん!私、とってもと~っても頑張りましたのにぃ」

花音ちゃんは私の言葉はスルーして、すでにソファーに腰を下ろしていた店長に詰め寄った。若干涙目なのは、素なのか演技なのか。店長はそんな花音ちゃんを押し退ける。

「うんわかってるわかってる、ありがとね」

押し退けても尚ぐいぐいと擦り寄ってくる花音ちゃんに、店長はお座なりな感謝の言葉を吐いた。全然心がこもっていないが、いくら相手が花音ちゃんでもこの態度は酷すぎるよ。花音ちゃんだって店長の力になりたい一心で……。

「いいんですのよ!私、蓮太郎さんの為ならこれくらい何てことないですわ!」

花音ちゃんは満面の笑みでそう言うと、店長に怒られないギリギリの距離をあけて隣に座った。

これでいいのかなぁ。あまりにもぞんざいな扱いに、花音ちゃんが可哀想に思えてくる。本人が嫌でないなら私は何も言わないが……。

店長と花音ちゃんから視線を上げて、そこでようやく気がついた。なんと瀬川君がまだ店内にいる。普段だったらさっさと自分の部屋に引っ込むのに、今は来客用のソファーの後ろの壁際にぼーっと突っ立っている。

私は店長と花音ちゃんの前にお茶を置きながら、瀬川君の様子を窺った。どうやらまだ自分の部屋に行くつもりはないらしい。てっきりもう部屋に戻ったかと思ったから、彼の分のお茶を用意していない。仕方がないから自分の分を出すしかない。

お茶をお盆に乗せて瀬川君に近づいたら、彼はちょうど動いたところだった。瀬川君は数歩分の距離を詰めると、なんと花音ちゃんに声をかけたのだ。

花音ちゃんは背後から声をかけた瀬川君に気づく。何て言ったのかはわからないが、本当に一言だけだった。たぶん「ちょっといいかな」とか、そのようなことを言ったのだろう。

花音ちゃんの反応は意外だった。何の用があるのか尋ねるかと思ったが、ソファーから立ち上がるとそのまま二人で店を出て行ったのだ。私はお盆とお茶を持ったまま、ぼけっと二人の背中を見送る。

「どこ行くんでしょうね……」

店長は出ていった二人には目も向けず、ケータイを取り出して何やらメールか何かを打ち始めた。

「まぁいいや。今のうちに陸男呼ぼ」

ああ、どこまでも可哀相な花音ちゃん。せっかくここまで来て店番もしたのに、用が済んだらすぐに追い返されてしまう。私は応援してるからね。



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