神様のいたずらかもしれない4




「お、おはようございます……」

「雅美ちゃん遅━━い」

ガラガラと引き戸を開けて店に入ると、カウンターで頬杖をついていた店長が間延びした声を出した。

「あ、店長……」

私はつい店長の顔をジッと見てしまった。あのおじいちゃんからめぐりめぐってこの人が生まれたのか……。うん、何て言うかやっぱり、……似てない。

「どうしたの?雅美ちゃん。僕これから行くところあるんだけど」

なぜ私に見つめられているかわからないからか、店長は珍しく不思議そうな顔をした。

「あ、僕がここにいるから座れないのか。雅美ちゃんの指定席だもんね、ここ」

店長はカウンターから立ち上がったが、私はまだその場に立ち尽くしていた。様子のおかしい私に、店長が近寄ってきて私の顔を覗きこむ。

「どうしたの雅美ちゃん。調子悪いの?」

「店長、実は、私さっき……」

「?うん」

私は未だ明けっ放しだった引き戸を、後ろ手に閉めた。言うか言うまいか悩んだが、言っておいた方がいいだろう。後で店長に知れて、私が隠していたと思われたら決まりが悪い。

「店長の……」

「うん」

「おじいさんに会ってきました」

「うん。……うん!?」

これにはさすがの店長も驚いたようだ。「な、何で?どういういきさつで?」と、珍しく少しうろたえている。「いや……ちょっとありまして……」と口をもごもごさせる私に店長は詰め寄る。

「何か変なこと吹き込まれなかった!?」

「い、いえ、別に……。正体がわかったのも、お互いにの別れる直前でしたし……」

店長がやけに必死なので、私はつい正直に答える。私とおじいちゃんが知り合いになって、何か不都合があるのだろうか。

私の答えに安心したのか、店長はふぅと息を吐いた。が、すぐさま再び私に詰め寄る。

「連絡先とか交換しなかった?」

「いえ、別に……。というか、いいじゃないですか。そんなのどうでも。何ですか、そんなに知られたくない事があるんですか」

本当はおじいちゃんの名前すら聞いていないのだが、店長の態度にむかついた私はあえて言わないでおいた。店長があまりにも何かを隠したがるので、私の表情は自然と不満げになっていった。私は店長が何を隠したがっているのかすらわからないのに。

「いや、何でもない。何でもないからもう気にしなくていいよ」

「何でもないわけないじゃないですか。あ、ちょっと、店長!」

店長はくるりと私と場所を交換すると、流れるような動作で引き戸を開けて出ていってしまった。私が慌てて呼び止めるも、「店番お願いね」という言葉が返ってきただけだった。

私は「もう!」と怒りをあらわにしながら、ピシャッと引き戸を閉めた。

「バカ店長!もう帰ってくるな!」

つい愚痴を口に出してしまう。だがこうして愚痴っていても仕方がない。今から走ったって店長には追い付けないのだから。

仕事をするために、とりあえず荷物を自室へ置きに行こうと、くるっと引き戸に背を向ける。すると、先程私が力任せに閉めた引き戸がガラッと開いた。私はびっくりして肩を跳ねさせる。

「す、すみません!さっきのはちょっとした本心で!」

店長が帰ってきたのかと思って、言い訳になってない言い訳を口走りながら振り向くが、そこにいたのは店長ではなかった。

「せ、瀬川君……」

「おはよう、荒木さん」

さっきの愚痴を店長に聞かれたかと思ったが、引き戸を開けたのはアルバイトの瀬川君だった。たしか今日は学校の用事で遅れると言っていたっけ。

「お、おはよう」

「どうしたの、さっきの」

当たり前だが、先程の言い訳はばっちり瀬川君に聞かれていたらしい。普通に挨拶をしてくるのでもしかしたら聞かれていなかったかもと期待したが、そんなに甘い話はなかったようだ。

「ううん、何でもないんだ。気にしないで」

「そう」

どう考えても何でもないわけないのに、瀬川君は私の答えに納得して真っすぐ店の奥へ向かっていった。無駄に追及されないだけマシだが、彼が私に微塵も興味を持っていないことがよくわかる。

「はぁ」

やっぱり瀬川君とは馬が合わないな。ため息をついて少し俯くと、私はまだ荷物を持ったままだったことに気がついた。すでに瀬川君の姿が見えなくなっていることを確認して、私も店の奥にある自分の部屋に向かった。

店番を始めて三十分程たったが、今日も相変わらずお客さんが来る気配は皆無だ。私は店の壁に備え付けられている本棚にハタキをかけながら、今日の出来事をボーッと考えていた。

せっかく店長のおじいちゃんと知り合いになれたのだから、連絡先くらい聞いておけばよかったな。今更後悔しても遅いけれど。



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