神様のいたずらかもしれない
陸男さんと花音ちゃんの玄武店の二人がやってきた、その三日後のことだった。四月二十九日火曜日。私は学校が終わり、電車に乗って朱雀店の最寄り駅である南鳥駅までやってきたところだった。
人の波に流されながら、定期をあてて改札を出る。ちょうど学校が終わる時間で、私の他にも高校生や大学生が大勢いた。みんなまるで機械のように人の流れに乗っていて、私もその流れの一部になっていた。
そんないろいろな人々が流れるようにして歩く駅内で、私はしゃがみ込んでいるおじちゃんを見つけた。ほとんどの人は、おじいちゃんが気になるもののやっかい事には関わりたくないのか無視をしている。
あのおじいちゃんはどう見たって何かに困っている。私はどうしようかと迷ったが、このあとはどうせバイトに行くだけだ。
瀬川君は今日進路についてのガイダンスで遅くなると言っていたし、私がバイトに遅れて店長が慌てるのも面白い。それに、純粋に困っているおじいちゃんが可哀相だった。私はしゃがみ込むおじいちゃんを助けることに決めた。
おじいちゃんは私に背中を向けていたので、一度正面に回ってから声をかける。
「おじいさん、どうしたんですか?」
私の声におじいちゃんがゆっくりと顔を上げた。白くなっているが髪はまだまだ丈夫そうで、髭を長く伸ばしている。落ち着いた色だが上質そうな着物を身にまとっていた。
「いや、定期を落としてしまいまして」
おじいちゃんの話によると、改札を出て少し歩いた所で人にぶつかってしまい、ICカードを落としてしまったらしい。しかも落ちたカードをいろんな人が蹴ってしまって、どこかに行ってしまったようだ。
「とりあえず人が少なくなってから探しましょうか」
私はおじいちゃんに立ち上がるよう促した。このままここにしゃがんでいるのは危険だろう。人にぶつかってしまうかもしれない。
私とおじいちゃんは壁際まで移動すると、駅内の人が少なくなるのを待った。
それにしても、明らかに困っている様子の人がいるのに、ここの駅員はいったい何をしているんだろう。まさか改札脇の部屋でボーッとしているのが仕事だとでも思っているのだろうか。
「人が少なくなってきましたね……。あ、あれじゃないですか?」
駅内いっぱいにいた人がだいぶ少なくなり、私は隅に追いやられていたカードを見つけた。黒い革のケースに入っていたが、面向きに落ちていたのであれがカードだと判別することができた。
「おお、あれだあれだ」
おじいちゃんはゆっくりとカードに歩みよった。私は一歩先に出てそれを拾い、おじいちゃんに手渡してあげた。
「ありがとうございます。助かりました」
「いいえ、どういたしまして」
おじいちゃんは慎重にカードを懐にしまった。それから私にこう尋ねる。
「お嬢さん、お名前は?」
「あ、荒木と言います。荒木雅美です」
私が名乗ると、おじいちゃんはちょっと眉を寄せた。
「荒木雅美さん……?どこかで聞いたことがあるお名前ですね」
おじいちゃんはどうやら私の名前に聞き覚えがあるようだ。しかし私からしたら、おじいちゃんは全くの初対面だった。
おじいちゃんはしばらく私の顔を見ていたが、どうやら何も思い出せなかったらしい。私も少し気になっていたので残念だ。
「荒木さん、このあと時間はありますかな?何かお礼がしたいのですが……」
「お礼なんていいですよっ。たいしたことしてないんですから」
私は首と両手をブンブンと振った。ただカードを拾っただけなのにお礼なんて滅相もない。これは私が優しかったのではなくて、周りの人達が冷たすぎただけなのだ。
「これから用事がおありかな?」
「アルバイトがありますが……。何時に行ってもいい決まりで……」
そう答えると、おじいちゃんは私の仕事に興味を持ったようだ。
「時間が決まってないのですか。面白い仕事ですなぁ」
おじいちゃんが私の話を聞きたいと言うので、なんだかんだで近くにあるファミリーレストランのガヌトに行くことになった。お礼はデザートをひとつ奢ってもらうということで。
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