いつかって今さ




「あ」

四月二十四日、木曜日。学校が終わった私は、今日も今日とてバイトへ向かう途中だった。

いつもは自転車で来るけれど、昨日タイヤがパンクして修理に出していたから、今日は歩きで行こうと駅からテクテク歩いていた所だ。

帰りは普段通りなら九時頃だが、どうせ頼めば店長が送ってくれるとたかをくくっていた。たまには徒歩も悪くない。

そんなこんなでテクテク歩いていた私だが、そこで見知った後ろ姿を見つけた。あの金髪ツインテールにピンクのセーラー服は絶対に鳥山さんだ。

でも、こんなところで何をしているんだろう。鳥山さんは白虎店の従業員だから、あまりこの辺には来ないはずだ。やはり何か仕事で用事があったのだろうか。

幸い鳥山さんは私には気づいていない。ちょっと苦手な人だからなるべくならスルーしたいなと思ったが、鳥山さんが立っているのは私がこれから曲がる丁字路だ。私がそこを通れば、いくら何でも気がつかない訳がない。

自転車ならともかく、今日は徒歩だ。回り道をするのは面倒臭い。私は少し悩んだが、鳥山さんに声をかけることに決めた。

「鳥山さん?」

背後から控えめに声をかけると、鳥山さんはバッと振り向いた。そして、いきなり私の腕を掴んでそばのブロック塀にたたき付ける。

いや、たたき付けられたと思ったのは私だけで、鳥山さんからしたらちょっと引っ張っただけなのかもしれないけれど。とりあえず、背中が痛かったことは確かだ。

鳥山さんは私に顔を近付けて、人差し指を一本立てて口元にもってきた。そして「シッ」と鋭く息を吐く。私は慌てて口を閉じた。

私が声を発さない意思を確認すると、鳥山さんいったん曲がり角の向こう側を見た。何かを確かめたらしい。そしてようやく私に向けて口を開いた。

「あんたのせいでバレちゃう所だったじゃない!」

そう小声で言う鳥山さん。ちょっとキレ気味だ。いや、彼女はたいていキレ気味か。

「な、なんかあるの?」

どうやら鳥山さんは何かから隠れている最中らしい。が、何から隠れているのか、私には聞かないとわからない。私は少しビビり気味に尋ねた。

本当は世間話とかするつもり無かったんだけどな……。ちょっと挨拶してすぐ店に行こうと思っていたのに。まぁ捕まってしまったものは仕方ない。少し鳥山さんの話に付き合おう。彼女が何をしているのかも気になることは気になるし。

あれ?でも、鳥山さんこんな所にいるんだったら、もしかして朱雀店に何か用だったのかな?

鳥山さんがここにいる理由を考える私に、彼女は曲がり角の向こう側を指差しながら「あれ見て」と言った。見てと言われたのなら見るしかない。私が曲がり角から覗こうとすると、鳥山さんが釘を指した。

「バレないようにしなさいよね」

私は一度動きを止めて、こっそりゆっくり顔を出す。するとそこには……。

「……店長?」

うちの店長と白虎店の店長さんが並んで道を歩いていた。こちら側にではなく、私達に背を向けて遠ざかっている形だ。

店長の銀髪と白虎店の店長さんの真っ黒い髪が何だか対称的に見える。でも、店長が普段から好き好んで着ている黒い服と白虎店の店長さんが見るたび着ている黒いスーツは、二人を似た者同士に見せていた。

「そう、店長が店出たときからつけてたの」

「び、尾行?」

私の問いに鳥山さんは無言で頷く。そりゃ私もいつか店長を尾行しようとは思ってたけど。

そういえば最近尾行ばっかりだな。

「曲がった、行くわよ」

店長達が次の角を曲がって見えなくなったのを確認すると、鳥山さんは私の腕を掴んで駆け出した。私は引きずられるようについていく。

「と、鳥山さんっ。私これからバイトが……」

「そんなのいいわよ。どうせ店長は店にいないんだし」

確かにそれはそうだが……。そんなことより、自分の上司を尾行なんてして良いのだろうか。そりゃ私だって毎日毎日でが外で何してるのか気になるが、本当に尾行するのはやっぱり気が引ける。

「バイトなんかより、自分とこの店長が何してるかって気になるでしょ」

「それは……。すごく気になるけど」

正直に答えると、鳥山さんは満足そうにニコリと笑った。

「じゃあ尾行しましょう」

私の肯定を待たずに、鳥山さんは足を進めた。何だかんだと言ってきたが、私も店長の行動に興味があるので、鳥山さんについていく。それにここで「やっぱり仕事行く」とか言ったら鳥山さんが怖そうだ。

それにしても、店長は白虎店の店長さんと二人でいったい何をしているんだろう。二人は年が近そうだから、店長同士けっこう仲がよかったりするのか。

店長が今日外出しているのは白虎店の店長さんに会うため?それともいつもも白虎店の店長さんと会うために外出しているのか?今日はたまたま白虎店の店長さんだっただけで、普段からこんな風に誰かと会うために外出しているのだろうか。

ぐるぐると思考を巡らす私に、目の前の鳥山さんが話しかけてきた。彼女の視線は店長達に向けられたままだ。

「私さ、この仕事始めてもう三年目になるの」

そうだったんだ……。鳥山さんがこの仕事についている期間が意外に長くて、私は少しビックリした。私よりは先輩だとは思っていたが、私と半年くらいしか変わらないと想像していた。

私は一回頷いて相槌を打ち、鳥山さんに次の言葉を促した。

「だからそろそろこの仕事の真ん中が知りたくて」

「鳥山さんでもまだ教えてもらってないの?」

現状でももう、鳥山さんは私の何十倍も色んなことを知ってるはずだ。それは少し話をしただけでも十分わかる。私にとって、彼女はこの仕事について詳しい人の一人だったのだ。

そう思っていたのに、「真ん中が知りたい」と言われた。鳥山さんならとっくに知っているものだと思っていた。私が知らないのは店長が教えてくれないからだが、もしかして白虎店の店長さんも秘密主義なのだろうか?

「入るときに表面だけは教えてもらったわ。それからは仕事するうちに少しずつ学んでいった。でも私が知りたいのは、もっと裏側の事なのよ。もっと見えない部分なの」

「私全く何も教えてもらってないんですけど……」

熱弁する鳥山さんにボソリと呟く。すると、彼女の顔がちょっと引きつった。

「ま、まぁ、そのうち教えてくれるわよ……」

私は一言で、鳥山さんが気を遣うというとてつもなく珍しい場面を作ってしまった。ああ、やっぱりおかしいんだ。こんなに無知なのは変なんだ。やっぱり私には知らないことが多すぎる。

店長は、どうして私には何も教えてくれないんだろう。直接本人に確かめたことはないが、おそらく瀬川君はいろいろ教えてもらっている。だって彼はこの仕事について物知りだもの。

店長が私にだけ何も教えてくれないのは、私がたいした仕事ができないからだろうか。それとも、店長は私を信用してくれていないの?もしかして、私がすぐにこの仕事を辞めてしまうと思っているのだろうか。

瀬川君はこの仕事についていろいろ教えてもらっているのに、自分だけ何も教えてくれないなんて、やっぱり面白くない。私も瀬川君程役に立てたら何か教えてくれるのだろうか。

「曲がったわ。どこに行くのかしら」

私があからさまに落ち込んだからか、鳥山さんは話題を変えることにしたらしい。まるでさっきまでの話はなかった事のように尾行に専念している。

あの鳥山さんにまで気を遣わせてしまうなんて……今の私はいったいどんな顔をしているのだろうか。そして自分でも驚きだったのが、自分がこの仕事について何も知らないとわかって、こんなにショックを受けているということだ。

私は無言で鳥山さんについていく。彼女は相変わらず店長達から視線を反らさずに、私に話しかけてきた。私は彼女の方から話題を振ってくれるようになったことに、純粋に嬉しかった。

「店長、店を出てからまっすぐ朱雀に行ったの。それでしばらくしたら二人で出て来たわ」

「そうなんだ。店長が店にいるなんて珍しい……」

正直な感想を言うと、鳥山さんは少し驚いた。まるで私がおかしなことを言ったような顔をしている。

「え……。店長ってだいたい店にいるもんでしょ?」

「あ、うちを常識に入れないでください……」

ついには鳥山さんは少し憐れむような目で私を見た。私は悲しくなった。




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